22/09/06(火)23:24:49 「さて…... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1662474289008.png 22/09/06(火)23:24:49 No.969001307
「さて………と。次はこれかな?いや、こちらの可能性を捨てるのはあまりにも……」 「相変わらず研究頑張ってるね。昨日からぶっ通しじゃない?そろそろ休んだほうがいいよ」 「…………ふぅん?君がそう言うならば、私の体が休息を求めているのかもしれないね。確かに、このままやっても非効率的か。少しだけ休むとするよ」 実験中に突然現れたトレーナー君の提案にも一理あると思い、薄暗い教室に不釣り合いなほどカラフルに光る試験管の中身をビーカーに移すと、私はソファーで横になる。カーテンの隙間から漏れ出る日光が目に刺さり、少しばかり目を細めると白衣のポケットからアイマスクを取り出し視界からすべての光をシャットアウトする。使われなくなったとはいえ、元は授業に使われていた場所、日当たりが良いのは当然だが、眩しすぎる太陽は正直不愉快だ。この点においては、同じく教室を拝借しているカフェも同意してくれるだろう。 「今日は俺で実験しなくてもいいのか?薬を飲んで様子を記録するだけなら君が休んでいる間にもできるけど」
1 22/09/06(火)23:25:17 No.969001497
「君は………本当に従順なモルモットだねぇ………でも、これは私がしなくてはならないことなんだ。君が手伝う必要はないよ」 「そうか。何か手伝おうと思って来たんだけど……」 「一つ頼むとするなら……ここに居てくれないかい?話し相手になってくれればいい」 「珍しいな。君がそういうこと言うなんて」 「色んな出来事が私を変えていったんだよ。これからもそうだろうね」 「いいことだと思うよ、君がそういう変化をするのは。少し寝てなよ、その間飲み物でも買ってくる」 「待て!待ってくれ!」 私はアイマスクを引っ剥がし、部屋から出ていこうとする彼を呼び止める。睡眠できると勘違いした脳細胞が私の頭を痛めつけるが、構ってはいられない。彼が開きかけた扉の向こうは明るく、彼の存在ごと光に呑みこもうとしているようだった。 「ここに居てくれと頼んだだろう?話し相手になるとも」 「でも、タキオンが眠そうだし……」 「いーや、君が薄情だから眠る気なんて無くなってしまったよ」
2 22/09/06(火)23:25:39 No.969001626
もしや、"時間"が近いのか?この実験は今回が初めての成功、少しでも多くのデータを取らなくては。いや………それ以上に…… 「置いていかないでおくれよ、トレーナー君」 「急にどうしたんだ。本当に疲れてるんじゃないか?休んだほうが……」 「心配はないよ、君のおかげでまだ頑張れそうだ」 「色々と君らしくないな。でも、言っても止めないんだろ?」 「当然さ。さて、唐突だがいくつか質問に答えてくれるかい?我々に残された時間は僅かかもしれないからねぇ」 「これも実験かい?もちろん、いいけど」 彼が教室の扉を閉じると、再び教室に暗闇が戻る。私たちを照らすのはサイケデリックカラーの光を放つ薬品たち。それが心地よかった。外の世界とは全く違うからこそ、現実を忘れて作業もできる。 それから、彼に様々な質問をした。現在の気分はどうだとか、最近印象に残った出来事だとか、私が知らないであろう話をいくつか話してくれだとか。どれも貴重なデータだ。一言一句逃さず書き留めていく。 「………で、これは一体なんの実験なんだい?」 「ふぅん………しいて言うのなら、君の為でもあり、私のためでもある研究の実験だよ」
3 22/09/06(火)23:26:04 No.969001776
「よくわからないけど……僕の為にも実験してくれるなんて珍しいね。嬉しいよ」 ………動揺するな、これは一種の幻覚に過ぎない。それも私の脳が生み出した、都合のいいモノだ。だけど、こちらをにこやかに見つめる彼を見て、聞かずにはいられなかった。 「最後に……トレーナー君、君は私に何を望む?」 この質問は、私のエゴだ。実験には全く必要が無いし、彼の答えも大方検討はついている。それでも、私は……… 「前にも言わなかったっけ?君が限界を超える所を……」 「君の言うとおりその話は何度も聞いたよ。そうじゃなくてこう………もっと身近というか、すぐに達成できそうな……それでいて確実に私が出来るようなことはないかい?」 「身近かぁ………あっそうだ!タキオンの泣き顔が見たいかな?虐めたいとかそういうのではなくて」 「…………ほう?なかなか興味深いじゃないか、もっと詳しく頼むよ」
4 22/09/06(火)23:26:46 No.969002010
「いや、タキオンが泣いたところ見たことないなって思ってさ。3年間走ってきて、色んなことがあって、君にとって楽しいことばかりじゃなかっただろう?辛いこともたくさんあったはずだ。だけど、君はどんなときも不敵に笑っててさ……だけど、どんなに知識があっても君はまだ子供だ。思いっきり泣いたっていいし、その涙を見ることができるくらい君に頼りにされたい……っていうのが理由なんだけど、満足?」 「なるほど、つまり君は子供の私の面倒を見る保護者ぶりたいと、そういうわけだね?」 「いや、普段から君のお世話はしてるしそういうわけではないかなぁ。要はたまには君が感情を爆発させてスッキリしてるところを見て安心したいってことだよ。」 「ふぅん…………なるほど、なかなかいいことを言うじゃないか。大いに参考になったよ、ありがとう」 「やっぱりなんかおかしいよ、今日のタキオンは」 心配する様子の彼をよそに、私は再び試験管とのにらめっこを始める。実験は成功、あとはこの実験で得られた結果をフィードバックし、さらなる限界を超えねば……… 「何やってるんですか、タキオンさん………」
5 22/09/06(火)23:27:25 No.969002244
「おやおやおや、カフェじゃないか。今はまだ授業の時間ではないのかい?」 「あなただって授業に出てないでしょう………それより今日も"一人で"実験ですか?」 「えっと………カフェ?一応僕も居るんだけど……」 当然、彼の声はカフェには届かない。 「確かに君から見ればそうかもしれないねぇ…いや、ここはむしろ君が彼を認識できていないことを喜ぶべきだろう。君の力を借りず、純粋に科学の力で彼を取り戻すことが出来たのだから!」 「あなたって人は………トレーナーさんがかわいそうです」 「カフェ?無視しないでくれよ………ねぇ…」 「ククク。死者に同情する時間も余裕もないんだよ、私には」 「だったらどうして泣いてるんですか、あなたは……」 「泣いている………?この私が……?」 顔に手を当てると、確かに涙らしきものが私の両眼から頬に流れ出ているのを確認する。 …………そうか、やはり私は彼の願いを……
6 22/09/06(火)23:27:39 No.969002333
「永遠に戻ることのない最後のピースなんだよ、彼は………私の実験は、いつまでも終わることがないだろうね。それでも私は諦めないよ、カフェ。諦めてたまるものか。どんな手段を使っても私は彼を………」 「少しは正直に吐き出してみたらいかがですか、あなたの為にも、あの人の為にも」 「……そうだね。彼の言うとおり、それも悪くない……かも………………うぐっ………戻ってきておくれよぉ……どうして、死んじゃったりなんかするんだよぉ……トレーナーくぅん…………」
7 22/09/06(火)23:27:57 No.969002427
………………………………………………………………………………………… 「うーん………ハッ!モルモット君!?」 「安心してください、モルモットさんなら今私の腕の中に居ます」 「ほら!タキオン、ちゃんとカフェにも触れてるよ。本物のモルモットだぞ!」 目を開くと、そこにはカフェに後ろから抱きかかえられるトレーナー君の姿があった。開かれたカーテンは眩しすぎるほどに二人を照らしている。 「どうしてトレーナー君が…………いや、そんなことよりカフェ!彼は私のモルモットだぞ!今すぐ離すんだ!」 「そこまで言うのなら、あなたが自分で取り返せばいいじゃないですか」 そうだ、これが夢だろうがなんだろうが彼に触れればすべてハッキリするはずだ。一瞬だけ、ほんの少しだけ……もしも私の手が彼をすり抜けたらどうだろうと考える。期待が大きければ大きいほど、裏切られたときの傷も深くなるものだ。だが、彼の実在を確かめたいという好奇心をそんな感情で誤魔化すことはできない。それに……… 「もしトレーナー君が存在しなかったら、そのときはまた思いっきり泣くだけさ」 そして私は彼の体に手を伸ばして…………
8 22/09/06(火)23:28:27 No.969002616
タキオンが目を醒ます1時間前…… 「タキオン泣いたまま寝ちゃったよ…………えーっと、これはどういうことなの?」 「いえ、見てのとおりですよ?タキオンさんはあなたが死んだと思っているようです」 「道理でさっきから様子が変なわけだ。色々突っ込みたいことはあるんだけど………まず、なんでさっき僕のこと無視してたの?」 「私が反応したらタキオンさんが気づくかもしれないじゃないですか……」 「いや、普段からタキオンが迷惑をかけていることは申し訳ないと思ってるけどそれはちょっとやり過ぎなんじゃ………」 「大体、今の状況だってあの人が自分で飲んだ薬のせいじゃないですか。全部自業自得です」 「薬…………?あー、あの作業効率を最大化させるってやつか!あれ?僕も一昨日飲んだけど、やる気が出てきただけで他に変な作用は無かったけどなぁ」 「タキオンさんはあなたが亡くなると最も効率的に作業が出来るということじゃないですか?……愛されてますね、あなたも」 「なんか僕の幻覚を見る薬作ってるみたいだったけど。作業が効率化できても作業そのものの方向性が変わっちゃうなら薬としては失敗だよなぁ……」
9 22/09/06(火)23:29:06 No.969002847
「あなたも大概ですね………」 「薬の効果は一日で切れるだろうけど、明日までこの調子だと困るよ」 「たまにはいいんじゃないですか?あなただって散々迷惑をかけられてるでしょう?」 「いや、そうなんだけど………やっぱりあんなタキオン、見てられないよ。手っ取り早くタキオンの目を覚ます方法とか無いかな?」 「あなたもお人好しですね………一応、考えならありますよ」
10 22/09/06(火)23:29:23 No.969002957
………………………………………………………………………………………… 「やれやれ、実験は失敗な上、貴重な一日を無駄にしてしまったよ」 口調とは裏腹に、どこか楽しげなタキオンがトランクケースに荷物を詰めながら呟く。 「しっかし君が急に旅行に行きたいなんて言うとはね。これも実験なんだろうけど、当日に休暇をお願いするなんて理事長があの人じゃなかったらまず無理だったよ」 「当然、実験の一環さ。それに私は昨日君のささやかな願いを叶えてやったじゃないか。それ相応の対価は払ってもらうよ。もちろんカフェにも今度実験に付き合ってもらうつもりさ」 「いや、元を辿れば君がカフェで実験しようとするからあんなことになったんじゃないのか?」 荷物の準備が終わると、二人でトレセン前のバス停にやってきたバスに乗り込む。平日ということもあり、ほとんど貸し切りのような状態であった。行き先は以前彼女と行ったことのある温泉旅館だ。
11 22/09/06(火)23:29:59 No.969003174
「しかし日光が眩しいね。バスの中は冷房が効いてて良かったよ」 「これくらいの光度も、たまには悪くないと思えるよ。ところでトレーナー君、私の泣き顔を見て何か感じたことはあるかい?」 「あぁ、昨日の出来事もせっかくだから君の研究に活かさないとね。そうだなぁ………やっぱり嬉しかったかな。自分の為に泣いてくれる人がいるって知れたのは。それ以上にいたたまれなかったけど」 バスは街を抜けて山道に入っていく。日に照らされて目に刺さるほど爽やかな青さを主張する木々の葉が夏を感じさせる。 「………ふぅん。君はどうも自分に都合の良い解釈をするのが得意なようだねぇ」 「まぁ昨日の件はタキオンに非は無いしこれ以上言及しないでおくよ」 「私を子供扱いしているようで、気に入らないね。その言い方は」 「こうして実験に付き合ってるんだから許してくれよ、これくらいは。こっちも質問したいんだけど、今回の旅行は前回と同じく感情についての実験?」 「それもあるが………君という存在が、私にどのような影響を与えているのか見つめ直そうと思ってね。つまり今回の観察対象は私ということになるな」
12 22/09/06(火)23:30:47 No.969003434
「ふーん………そりゃ、トレーナーとしては喜ばしい限りだな」 都会を離れ、曲がりくねった坂道を走るバスの揺れが大きくなる。意図してかどうか、タキオンの両手が僕の右手を包み込む。彼女はいつもの好奇心に満ちた笑顔ではなく、無くした玩具を見つけた子供のような、そんな顔をしていた。昨日、今日と今までに見たことのない表情ばかりする彼女には"これも実験の一環か?"なんて野暮なことを言う気にはなれなかった。 「なんだか、やっぱり子供っぽいところあるよね、タキオンって」 「どうしても私の保護者でいたいようだね、君は」 「まぁ、否定はしないよ。」 「ならば私も、それ相応に甘えさせてもらうとするよ」 「いつものアレで甘えてないつもりだったの?困った担当だよ、まったく」 「君だって満更でもないんだろう?お人好しのモルモット君だねぇ、まったく」
13 22/09/06(火)23:31:06 No.969003526
そう言うと、それまで僕の肩に頭を乗せていた彼女がこちらに向かい合うように目の前に立って目をじっと見つめる。何度も見てきた少しだけ濁っていて、それでいてどこまでも果てを見つめている澄んだ瞳。僕のために涙を流してくれた瞳でもある。 「これからも、私のそばにいておくれよ?」 真っ直ぐで、どこか強い決意を感じさせる、少しだけ大人びた瞳だった。
14 22/09/06(火)23:32:04 No.969003865
4日前くらいに見た夢のようななにかですが我ながら刺さったので書きました。 長くなった上読みにくくてすまぬ。
15 22/09/06(火)23:36:20 No.969005290
良い...
16 22/09/06(火)23:37:26 No.969005642
死んだのか…と思ったのに生きてた! まあ良かった良かった
17 22/09/06(火)23:45:06 No.969008032
いいねえ
18 22/09/06(火)23:51:36 No.969010064
ハッピーエンドだった 良かった
19 22/09/07(水)00:13:41 No.969017927
ハッピーエンド大好き 曇った分一杯甘えて欲しい
20 22/09/07(水)00:22:09 No.969021044
そうそうこういうハッピーエンドでいいんだよ
21 22/09/07(水)00:45:18 No.969028827
大切な人が亡くなったように認識させる薬…こりゃ管理しないとヤバい
22 22/09/07(水)00:46:00 No.969029024
>大切な人が亡くなったように認識させる薬…こりゃ管理しないとヤバい 【学園からのお知らせ】