22/08/30(火)00:16:18 「――私... のスレッド詳細
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22/08/30(火)00:16:18 No.966272967
「――私ね、スカイさんのことが好きかも知れない!」 お腹に寄り掛からせながら抱えた分厚い資料たちが、ぐらりと揺れてまっすぐ戻る。とっくの間に放課後な学園の廊下を、職員室目指して歩いていたとき。のっぴきならない言葉がどこからか私の耳元へ飛び込んできた。秘め事みたいに響くのはたぶん音のする根源が、人気の薄くなったいち教室から漏れ聞こえて来てるからだ。 なんでだろう、すごく気になる。私にはぜんぜん関係ないことのはずなのに、聞き逃したらダメなような気がする。ちょっとだけ、数秒数分だけ。確認するだけの時間を取ろう。スカイさんのことなら何でも知りたい私は、思わず足を止めて誰とも知れないひとの夢に耳を澄ませた。 「あっさりしてるように見えてさ、色んな所見ててかっこよくて……!」 あれ。立てた聞き耳がぴくぴく動く。誰かも知らないひと、スカイさんのこと好きって言ってたのに、それって特別なことのはずなのに。何を当たり前のことを言ってるんだろう、このひとは。
1 22/08/30(火)00:16:38 No.966273096
知っていて当然のことを私だけが気付いたものみたいに口にしてる。ソフトクリームを食べたとき、すっごく甘いねなんて誰も言わないのに。そんなことに今更気付くだなんて見る目がない。だって私はずっと前から知っているのに。誰よりも優しいスカイさんのことを。 「むぅ~……!」 気持ち強く床を踏みしめ、教室の扉近くから離れる。ひとっていうのは怒ったりすると歩みが勝手に早くなるって知っていたけど、まさか私までそうだとは思わなかった。ほっぺたと下唇の内側を苛立ち隠しに甘噛みしながら、ずんずんと前へ進んでいくそのなかで。本当に突然疑問の温泉が沸いてきた。 「……ん~……あれ?」 競歩みたいな速度感で廊下を歩いているとき、ふと思ったんだ。 あれ、結局のところ私は、なにをそんなに怒ってるんだろうって。 「う~ん……」 歩くスピードを出来るだけ遅めて、答えを出せるだけの時間を捻出する。不思議な話だけど、この問題は分からないままにはしておけない気がするから。ほんのちょっとだけ考えてみるべきだと思った。怒るってイミにあげる、ふさわしい理由について。
2 22/08/30(火)00:17:00 No.966273211
「むむむ……」 もし、さっきのひとたちが。スカイさんの悪口を言っていたのだとしたら、怒る理由は当然わかる。けれど、わかり切ってることだけど、あのひとが言っていたのはちゃんと『好き』の気持ち。だったら、うんうんって頷くのが普通なはず、なのに。 「私の方が……だもん」 奪られたような気持ちになってるんだ、私だけが知ってるはずの『好き』を。こういうのを傲慢っていうのは知ってる。けど、けれど、自慢かも知れないけど、あのひとより私の方がスカイさんのことを…… 「あっ……」 頭を捻りながら歩いていたら、いつの間にか職員室の前へと着いていた。考えはまだ全然まとまってないけど、ここで止まってしまうのもへんてこだ。やることを済ませてしまおう。フリーの指を上手く使ってノックしたら扉を開いて。先生の机に資料を置き、軽い会釈と会話を済ませて部屋を出たら。礼儀だとか校則だとかを意識の片隅に追いやって、歩きのスピードから小走りの速度へと足の動かし方を変える。何故だか私、いまとても速く行きたい、息せき切って身体は走り出す。あのひとが待っていてくれる場所まで、脇目もふらずにまっすぐに向かっていく。
3 22/08/30(火)00:17:29 No.966273379
すると、階段を降りたところでここだよ、って。聞き覚えのある声が私を呼びかけた。 「あっ、スカイさんっ!」 「はーい、そーですセイちゃんですよ~。お疲れ様、フラワー」 今日は帰り道一緒に歩こうよ。お昼ごろに私のクラスに来て、そう耳打ちしてくれた私の大好きな先輩は、ちょっとしたモデルさんみたいに。かっこよく下駄箱に背中を預けて、しかも私のカバンを片手に提げたまま、優しくにこやかに微笑んだ。 「先生から頼まれたやつ終わった……ってあれ、どうしたのさ。そんなもやもやしちゃって……」 「その……」 「うーん、よし。フラワー、セイちゃんに言ってみてごらん?」 「でも……」 スカイさんの言う通り、私はいますごくもやもやしてる。でも、その根幹をちゃんと吐き出していいものなのか、正直良く分かっていない。だから、私は口ごもってしまう。ラブレターでも渡すみたいに、下駄箱の前でもじもじしてしまう。 「大丈夫、周り誰もいないし笑わないから。なんなら指切りする?」 茶目っ気たっぷりに首を傾げるスカイさん。そんなことされたら私は、逆らえなくて抗えなくていつも以上に甘えてしまう。
4 22/08/30(火)00:17:54 No.966273523
「じゃ、じゃあ……」 「うん?」 「私の手だけ、握って貰えますか……?」 「うん、いいよ?」 ためらいもなく握られる私の手。自分のじゃないあたたかさが繋がっている場所から伝わってくる。しぼみかけていた胸の花が、たったそれだけの栄養分でパッといきかえって、とってもすごく嬉しくなって、すぐにどうしようもなくなっちゃう。 「ありがとう……ございますっ」 「こんなもんで良ければ幾らでもあげるよ」 「でも……ずるいですよ、そんなふうに言われたら……」 「ぜーんぶ喋んなきゃってなるんでしょ?」 いじわるな顔つきで、試すような口調で、それなのに優しい目つきで。逃げられない私の意気が整うのをスカイさんは待っている。 「だったら、もう。言っちゃいなよ」 それに、と一言置いてスカイさんは続けた。 「私は綺麗に咲いてる方が嬉しいけどなあ、かわいい、そのお花はさ」 「うぅ~……!」
5 22/08/30(火)00:18:50 No.966273814
なみだとかそういうのじゃない力で目の前がぽわぽわし始めて、息を吸って吐いてを数回するうちに全身が熱くて熱くてたまらなくなって、ずるいずるいずるいって想いだけが強くなっていって、すぐ限界に達してしまって私は、スカイさんが促してくれた通りに。他には何も考えられずに、十キロ先の誰かの耳まで音が届くぐらいに、すう、と息を大きく吸って、叫んでしまった。 「私が!」 「うん、ん……?!」 「一番知ってます……から!」 「へっ? ちょっ、ま、想定外、なんの話……?!」 「スカイさんがかっこよくてかわいくて一番なの、そんな当たり前のこと、私が誰よりも知ってますからぁーっ!」 廊下に響き渡るような大声で叫んで、すぐ正気に戻ってさあっと血の気が引いた。 「あああっ……ご、ごめんなさいスカイさん、本当にあの、これはその、違わないんですけど、でもぉ……!」 「や、その、あー、あは、いや~……まさか、もやもやって何かな~と思ってはいたんだけど、まさか……」 困ったように目を泳がせて、スカイさんは朱色の混じる白い横髪を弄っている。その仕草にもしかしたらを考えた。予想があっているか、じいっと見つめ確かめる。
6 22/08/30(火)00:19:18 No.966273964
「もお、フラワー……! じっと見ないでって、バレるから……!」 「えっ、バレるって……?」 「あっ、いや、ごほんっ! 何でもないの、まあとりあえずさ、そのちょっと驚いたけど嬉しいよ。でさ、叫んでみて少しはすっきりした?」 訊ねられたから胸に手を当てて考えてみる。叫んだからか吹っ切れたお陰なのかは分からないけれど、心の奥でとがっていた気持ちたちの角は少しずつ取れている気はする。 「その……ちょっと、だけ」 「ちょっと、ちょっとかあ。なら……」 とぼけたような口振りで笑いながら、スカイさんは頭の後ろで腕を組んで。 「けっこうすっきりするために、帰り道の距離増やしちゃおっか!」 提案してくれるんだ、私のぜんぶを丸くするために。 「あのお茶屋さん……そのさ、好き、でしょ?」 ぽっ、と。華やぐほっぺたの色合いは、桜と桃のあいのこで。 「ほら、早く行こうよ!」 握りあったままだった手をぐっと引っ張って、スカイさんは今日一番の優しい笑顔を私にくれる。 「準備はもう出来てるでしょ?」 「……はいっ!」
7 22/08/30(火)00:19:45 No.966274105
雑談を交わしながら靴を履き替えて、ガラスの扉を押し開く。お茶屋さんまでは歩いて十分くらいの距離だ。それまでにもやもやは晴れるかな、角っこひとつなくなるかな。そればっかりは分からないけど。本気で叫んだおかげかな、私だけしか絶対見つけられないものを手に入れられた気がしている。 「ねえ、フラワー。アレ、さっきの本気だったりする?」 「はいっ、それはもう本気です!」 「ええ~……本気なの。じゃあそれらしくあるようにしようかな~」 「それらしく、ですか?」 ほっぺたを掻きながら照れ臭そうに。 「大好きだよ、フラワー」
8 <a href="mailto:おわり">22/08/30(火)00:20:13</a> [おわり] No.966274248
スカイさんはそう言った。そう、言ってくれた。貰った気持ちがすごく嬉しくて、ハート全部使って咲かせる大輪の喜びがぱあっと花咲く。そっか、気づいちゃった。誰かがスカイさんの魅力に気付いたとしても、今日のこの一瞬は私だけしか知らないものだから。スカイさんの左手をぎゅっと握り締めながら、一緒に隣を歩いて、私は。 「私も、大好きですっ、スカイさん!」 心の片隅に残っていたもやもやを吹き飛ばして、ようやくそうやって応えられたんだ。あとに考えたことなんて、スカイさんが食べた一段目のおだんごの、その次が食べられたらいいなあなんて。そんなことばっかりだった。
9 <a href="mailto:s">22/08/30(火)00:22:27</a> [s] No.966274945
酒飲んだ勢いで書いたのをぶん投げ かわいい独占欲あるといいよね…フラワー…