22/08/20(土)23:44:15 見上げ... のスレッド詳細
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22/08/20(土)23:44:15 No.962889749
見上げれば青空。しかしその色をかき消すほどに日差しは強い。 太陽は、今が真夏であることをこれ以上ないくらいに主張し続けている。 「あっついなあ、クソ……」 額に手をかざし僅かな日よけを作りながら、トレーナーはついぼやいてしまう。 30℃を下回ることのない酷暑が続いている。 この頃は冷房の利いた空間にもすっかり体が慣れてしまって、涼しいのか分からなくなってくるくらいだ。 「さっさと夏が終わってくれないかなあ……」 青さの薄れた高い空。色の落ちた草木。哀愁を伴った涼風。 まだひと月以上は先の次の季節に思いを馳せていると、 「ああ、いたいた。随分と探したよお」 そう言いながら一人のウマ娘が足早に近付いてくる。 彼の担当ウマ娘であるワンダーアキュートだ。
1 22/08/20(土)23:44:30 No.962889833
スレッドを立てた人によって削除されました >fu1365778.gif こんな素晴らしい物わざわざ作って貼りましたし! 超一流クリエイターの集うたぬきスレをよろしくし!
2 22/08/20(土)23:44:32 No.962889850
「トレーナーさんや、ちょっといいかねえ」 「ん、どうかした?」 「ハッカ飴が欲しいんじゃけども」 「へ?」 「持っとらんかね……?」 いきなりのことで多少面食らったものの、すぐにトレーナーは自分の鞄を漁る。 暑さ対策のために買っておいたのを思い出したのだ。 「──あった。はい、どうぞ」 特に好物というわけでもないものなので、袋ごと渡してやる。 「……ん~~~~~……」 しかし受け取ったアキュートの顔は曇ったものになる。 「これ、ミントキャンディーじゃろ……」 「え?だからハッカ飴だろ?」 「違うんじゃよぉ~」 アキュートはゆっくりと首を横に振る。
3 22/08/20(土)23:44:49 No.962889980
「こういう派手なパッケージやら、強烈刺激とかじゃのうて……」 イマイチ言ってることがトレーナーには分からない。 「じゃあ、どんなの?」 「どう説明すればいいかねえ……。もっとこう、普通で落ち着いた感じの……」 やっぱりよく分からない。 そのことが表情に出てたのか、目が合うとアキュートはふう、とため息をこぼした。 「今はもう、こういうのが主流なのかねえ。売店に置いてあるのもみんなこんなのじゃし」 たかが目的のお菓子が手に入らない、それだけのことだったが。 どこか寂しさを含んだアキュートの声色が、トレーナーの心を揺さぶった。 「じゃあ、探そうか」 「ええっ!?ええよ、ええよ。そこまでせんでも──」 「でも、欲しいんだろ?」 「……舐めたいねえ」 「なら一緒に探そう。今日はお互い特に予定もないんだし」 そう持ちかけると、アキュートは遠慮がちだがうれしそうに頷いてくれた。
4 22/08/20(土)23:45:02 No.962890065
──とはいうものの、どんな代物なのかも不明な物。全く当てが思い浮かばない。 「どんな場所に置いてありそうかな」 「そうじゃねえ……タバコ屋さん、かねえ」 「タバコ!?飴を探してたんじゃ……」 「そうじゃのうて。ほれ、田舎のタバコ屋さんはちょっとした雑貨や食品なんかも置いてあるじゃろ」 「ああ……」 確かに昔ながらの小さな商店はそんな感じだったな、と幼い頃を思い出す。 しかしこの辺りでそういう店をなると──…… 「あっ」 「?」 「知ってそうな人、心当たりあるよ」
5 22/08/20(土)23:45:15 No.962890129
「あ~、あれね!こういうの!」 「そうそう、こういうの!」 ナイスネイチャとアキュートは、両の人差し指の感覚を僅かに空けて何かを象り共感し合っている。 「やっぱり全然分からん……」 独り置いてけぼりなトレーナー。 しかしどうやら、こういうことに詳しいだろうという考えは正しかったようだ。 「それで、置いてありそうな店ってあるかな?」 「うーん、ヨシダ商店かな?商店街西口近くの金物屋さん横の路地を抜けて、少し行ったところ」 悩むこともなく、すぐに心当たりを教えてくれた。 「あったらアタシの分も頼みますわ」と要求されたりもしたが。
6 22/08/20(土)23:45:29 No.962890211
教えられた店はすぐに見つかった。 昔ながらの住宅地に溶け込んだ、これまた古びた小さな商店。 ほとんどかすれてしまった看板を屋根に携え、ひっそりと佇んでいる。 入り口は自動ではないガラスとステンレスの引き戸。 ゆっくりと動かすと、カラカラと立てつけの悪くなった音が鳴る。 「はいはい、いらっしゃい」 奥からは腰の曲がったおじいさんがのっそりと出てきて迎えてくれた。 薄暗い店内の木製の棚には雑貨やお菓子などがところ狭しと置かれている。 「これは……」 まるで過去からタイムスリップしてきたかのような光景にトレーナーが呆気に取られていると、 「ああ、あったあった!」 棚に沿って歩いていたアキュートが声を弾ませ足を止める。
7 22/08/20(土)23:45:43 No.962890312
トレーナーも彼女の元に足を運び、棚を覗いてみた。 「ああ……」 そしてそこに置かれた商品を見て納得の声を洩らす。 古めかしい字体でハッカ飴とだけ書かれている、涼やかなあさぎ色単色のシンプルなパッケージ。 中に入っている飴は湧水のような透明感で、やや四角く細長い形をしている。 いつかどこかで見た覚えのある、懐かしい代物だ。 「これこれ。こういうのを探してたんじゃよ~」 声に感慨を含ませて、アキュートは手に取ったハッカ飴をそっと胸に抱く。 「そんなにこういうハッカ飴が好きなの?」 「この季節には欲しくなるねぇ。これを口にすると、夏を優しく感じられるから」 「うん……?」 またしても理解が及ばず怪訝な顔をするトレーナーに、 アキュートは「すぐに分かるよ」と微笑みで答えるのだった。
8 22/08/20(土)23:45:58 No.962890437
目的を達成した二人は、すぐ近くにあった児童公園で一休みすることにした。 大ぶりの桜の樹の下。木陰になったベンチに並んで腰を掛ける。 「はい。おひとつどうぞ」 早速ハッカ飴の袋を開けて、アキュートはトレーナーに手渡してくる。 「ありがと」 勧められるままにトレーナーが受け取ると、アキュートは自分の分も取り出しいそいそと包装を剥がす。 「あむっ……ふぅ~~~♪」 コロコロと口内で転がした後、その口から満足げな感嘆の息を吐き出した。 「ああ、いいねえ。やっぱりこの味がいい……」 そんなにいいものかな、と彼女の様子を眺めてトレーナーは思う。 小さな頃に大人からもらって食べたことはあるが、子供にとっては地味で味も特徴がなくて。 もらってうれしいお菓子じゃなかった気がするけど。
9 22/08/20(土)23:46:12 No.962890557
考えながらも包装を剥がすと飴が姿を晒す。 「──……」 その透明な色合いが目に入った瞬間、心に不思議な感触が走った。 何か遠いものを呼び覚ますような。色そのものの記憶でなく、色を通じてリンクしている感触や気配。 突然のそれに戸惑いつつも、惹かれるようにしてトレーナーは飴を口に入れた。 しっかりと硬さがありつつも、飴は口内の湿り気でほろほろと溶けていく。 広がる甘味の中から生まれる清涼感。刺激は弱く、ゆったり染み渡るようで──…… 「──ああ……!」 そのひんやりとした感覚が、心をかすめただけだったものの正体を明確に浮かび上がらせた。 これは。ずっとずっと昔の、夏の朝の感覚だ……! 肌をくすぐる、まだ冷たさを残す空気。さほど熱くない日差しに輝く葉の緑。 セミは鳴き始めているけれど、どこか静かで。 景色も、音も、感触も。全てが透き通っているように思えて……
10 22/08/20(土)23:46:27 No.962890652
「………………」 瞳を閉じて息を吸い込むと、ひんやりとしたその感覚はさらに強まり記憶から手繰り寄せる感触もますます明確になる。 緩やかに吹き込む夏の風。ゆらゆら動く簾の隙間から差し込む光は、まるでせせらぎのように畳の上を踊っている。 隣の部屋から微かに聴こえるテレビの音は、甲子園の中継だろうか。 頬に感じる畳の感触がとても愛しく、心を落ち着かせる。 そういや昔は、夏休みになると必ず田舎のばあちゃんちに泊まりに行ったっけ……。 この感覚が好きだった。この夏の気配が。 なのにいつの間に、忘れ去ってしまってたんだろう──…… …………………… ……………… ………
11 22/08/20(土)23:46:40 No.962890749
「…………ん……」 「おやおや。ようやくお目覚めかい」 「……──えっ!?」 目を開けると、空はすっかり夕焼けの色に染まっている。 それだけでない。いつの間にか横になっていて、アキュートの膝に頭が乗せられていた。 「わわっ!」 慌てて体を起こし、アキュートから離れる。 「ご、ごめん!!」 「よく寝てたねぇ。きっと仕事の疲れがたまってたんだねえ」 のんびりとした声に、ニコニコと穏やかな笑顔。 それを見ていると、トレーナーのドギマギも徐々に落ち着いてくる。 「なんだかハッカ飴を舐めてると、心がスーッと軽くなって……」 「そうかい、そうかい。フフッ♪」 やっぱりいいもんだねえ、とうれしそうなアキュート。 そんな彼女を見つめるトレーナーの口から、自然とその言葉がこぼれた。
12 22/08/20(土)23:47:02 No.962890906
「……ありがとう」 「んん?」 突然のことにアキュートはキョトンとした顔になり、しげしげと見つめてくる。 「あ、いや。なんでもない。まだちょっと寝ぼけてるのかな」 ただただ暑く耐えがたく、続くことに辟易するだけだった夏。 しかし今は五感で感じるその季節が、とても愛おしく優しい気持ちで受け止められる。 幼かった頃と同じように──。 けど、それを言葉にして伝えられそうになかったから。トレーナーは頭を掻いてごまかした。 「そろそろ帰ろうかねえ。そうだ、今日のお礼に夕飯はあたしが作ったげるよ」 「本当?じゃあお願いしようかな」 「何か食べたいものはあるかい?」 「えっと……そうめん」 「ああ、そういや今年はまだ食べてなかったねえ」
13 22/08/20(土)23:47:15 No.962890987
立ち上がると、アキュートは手を差し伸べる。 「じゃあスーパーに寄って買い物して帰ろうかね」 「うん」 トレーナーはその手を素直に握り返した。 繋いだ手は汗ばんでいるけども、その隙間を吹き抜けていく夕暮れの風は心地よい。 「今日は楽しかったねえ。明日もいいことがありますように」 「──うん」 こんな彼女と過ごせるなら。この夏は穏やかに楽しいものになるだろう。 そしていつか思い返すとき──きっと鮮明に、感覚を伴って甦るに違いない。 トレーナーはそう思うのだった。
14 <a href="mailto:S">22/08/20(土)23:47:33</a> [S] No.962891141
おしまい。きっとこんな感じじゃないかなーと自分的にキャラ解釈。 あと昔ながらのハッカ飴いいよね…
15 22/08/20(土)23:48:13 No.962891419
よかった…
16 22/08/20(土)23:48:44 No.962891592
情景描写がうめえ
17 22/08/20(土)23:49:27 No.962891871
自分の思い描いていたアキュートさんと重なるのも良いし情景や心情の描写がすごく好き… 良いものをありがとう…
18 22/08/20(土)23:53:31 No.962893678
これは解釈一致ですね…
19 22/08/20(土)23:55:34 No.962894607
ばあちゃん好き...
20 22/08/21(日)00:01:00 No.962896860
良い怪文書だ・・・
21 22/08/21(日)00:01:30 No.962897058
すごい…
22 22/08/21(日)00:01:45 No.962897162
日本の夏、ばぁばの夏。
23 22/08/21(日)00:05:20 No.962898569
ちょっとラジオ体操行ってくる
24 22/08/21(日)00:12:48 No.962901397
>ちょっとラジオ体操行ってくる 昔ラジオ体操に向かう時の空気感はまさにトレーナーの感じてるそれだったなあ
25 22/08/21(日)00:14:12 No.962901931
柔らかで景色の浮かぶ良い文だ
26 22/08/21(日)00:32:44 No.962909015
ハッカ飴の良さは歳を重ねてから分かってくるね…
27 22/08/21(日)00:35:30 No.962910140
ばあちゃん…