22/08/13(土)00:32:01 砂浜は... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1660318321882.png 22/08/13(土)00:32:01 No.959804793
砂浜は茜色に染まり始めている。 沈みゆく夕日であっても、夏の日差しに変わりはない。 とっとと宿舎に戻ってシャワーを浴びたいとこだが、まだそういうわけにもいかない。 お守りなんかさせられるくらいなら、トレセンで引きこもってた方がマシだった。 俺はもうすでにトゥインクルシリーズ現役を退いた身だ。本来なら、合宿にくる必要なんかなかった。 だが、トレーナーとデュランダルにどうしてもと頼まれ、チームの後輩たちの面倒を見るため、半ば引率代わりに引っ張り出されてしまった。
1 22/08/13(土)00:33:30 No.959805268
そんなもんお前ら二人がいたら必要ないだろう、と思っていたが、いざ来てみると意外とやることは多い。 大所帯になったうちのチームは、どういうわけか、というよりも類は友を呼ぶ、というべきか、問題児が多い。 トレーニング中に暴走してへばったり、急にやる気をなくしたり、他のチームと揉めたり。トレーナー一人で全員のトレーニングを見るには限界がある。 そのため、ペースメーカー等の補助をするやつは一人でも多い方がいい、ということで経験豊富でヒマそうな先輩が駆り出されるのはよくあることらしかった。 トレーニングで一日中駆けまわったり泳いだりしてるやつらほどじゃないにしても、炎天下で一日中ずっと動き回っていたわけだから、体は疲れ果てている。 さっさと汗を洗い流したいところだが、まだそういうわけにはいかない。 さっきトレーニングを終えて宿舎の前で点呼したら、一人足りないことに気づいたのだ。
2 22/08/13(土)00:34:00 No.959805463
たぶんまだ砂浜にいるだろうから呼びに行ってくれ、とトレーナーに頼まれて俺一人引き返す羽目になってしまったのだ。 マジメなあいつが団体行動しないとは珍しい、と思いながらだらだら探していると、海辺でぼんやり夕日を眺めながら突っ立っている影を見つけた。 「おい、ソング!」 「あっ……ドリジャ先輩!すいません、もしかしてトレーニング終える時間になってましたか?」 「お前以外はとっくに全員帰ったぞ。なにやってたんだ?」 「ちょっと考え事を……すいません、私もすぐに戻るので……」
3 22/08/13(土)00:34:37 No.959805712
そういって、ソングは黙り込んでまた夕日を眺め始めた。 少し前から様子がおかしかったが、最近は輪に掛けて調子が悪い。 こいつがおかしくなり始めたのは、合宿に来た直後。理由はなんとなく察しがついている。 「そんなにエールと走るのが嫌か?」 その言葉を聞いて、ソングははっとしたようにこちらを向いた。
4 22/08/13(土)00:35:11 No.959805931
同じチームのメイケイエールは、秋の目標をスプリングステークスに決め、そのステップレースであるセントウルステークスに出走することを早い段階から決めていた。 その後、ソングラインは7月に入ってから、11月のブリーダーズカップマイルを目標にし、間隔を開けすぎないようにメイケイエールと同じセントウルSで出走することを決めた。 二人は、過去に桜花賞で一緒に走っている。 だが、それはメイケイエールがチームを移籍する以前のこと。同じチームになってからは今回が初めてということになる。 ソングラインは、海の方を向いて、ゆっくりと話し始めた。 「……私、メイケイエールと一緒に走るのを、ずっと心待ちにしてたんです。桜花賞で大敗したのはあいつのせいだって思って、恨んではないですけど、はっきり言って少し嫌いでした。次に同じレースで走った時は目にもの見せてやるって。同じチームに移籍してくるって知ったときは驚きました。なんであいつが、同じチームになったら再戦も遠のくし、正直最初は嫌でした。……だけど、あいつと同じ時間を過ごすこと増えて、あいつのことを初めて知れたんです」
5 22/08/13(土)00:35:35 No.959806081
ソングラインは、夕日を眺めながら、これまでのことを思い返すように、ゆっくりと話し続ける。 「あいつは、誰よりもまっすぐで真面目なやつだった。レースが大好きで、うまく走れないことをもどかしく思っていて、意外とお嬢様な生まれで、名古屋押しが強くて、邪険に扱う私に妙に絡んできて、私がレースに勝ったときは自分のことのように喜んで、負けたときは誰よりも早く慰めに来て……」 ソングラインはこちらに向き直り、少し自嘲気味にも見える笑顔を見せながら言った。 「私、あいつと仲良くなりすぎたんだと思います。あいつの出るレースでは毎回声を張り上げて応援しているし、負けてほしくない、勝ってほしいと思ってる。やっと同じレースに出れるってなって、あいつは頑張ろうねって無邪気に言ってたけど、私は……以前みたいな熱気を持てていない。得意なコースじゃないから、距離も短すぎるから、出走を辞めてもいいんじゃないかとすら思ったこともある。……私、もうメイケイエールのライバルにはなれないのかもしれません」
6 22/08/13(土)00:36:06 No.959806274
そう言って、ソングラインは視線を落とした。 こいつがここまで落ち込んでるのを見るのは初めてだ。いつもマジメで、闘志を漲らせていたソングライン。レースで負けた時も、落ち込むよりも悔しがり、リベンジを誓ってトレーニングの活力に変えていた。それが、この有様とは。 小さくしおれたソングラインを見て、俺は。 「ずいぶんぜいたくな悩みじゃねえか。仲良しこよしが一番ってか?」 「……えっ?」 腹が立っていた。
7 22/08/13(土)00:36:37 No.959806458
「お前、エールと走るのを心待ちにしてたって言ってたよな?同じチームになったら再戦が遠のくから嫌だって言ったよな?これから先、同じチームで路線が違うあいつと一緒に走るチャンスがあると思うか?」 「それは……もしかしたら、二度とないかも……」 「もしかしたらじゃねえ。同じ距離同じ世代だろうと、二度と戦えなくなるのが普通の世界なんだよ。トレーニング中ケガしねえって保証はあるのか?いきなり出走取りやめってこともあるんじゃねえか?リベンジを誓った相手が次の日いなくなり、背中を追ってきた後輩と戦うことなく引退して追い越されるようなことが当たり前に起こったりする。真剣に走れないから諦めるだと?他の走れなくなったやつになんて言うつもりだ、おい!」 こちらを見つめて固まるソングライン。その顔を見て、少し大きく息を吐きだした後、俺はまた言葉をぶつけ始めた。
8 22/08/13(土)00:37:08 No.959806671
「お前が出走を辞めたら、誰よりもお前を許さないのは、エールの方なんじゃねえか?」 「あいつが……私を?」 「エールがお前に妙に絡んでくるって言ってたな。あいつは、お前の愚直で負けん気が強いところが気に入ってるんだよ。それをらしくねえ姿見せてみろ、お前に愛想尽かしちまうかもな。お前は、再戦の機会とお友だちを同時に失うことになるんだよ。それでいいのか?」 その言葉を聞くと、ソングラインは下を向いた。そして、ぶつぶつとつぶやき始めた。 「……イヤだ。イヤだイヤだイヤだ!!私は!メイケイエールのライバルなのに!二度と戦えないなんて!メイケイエールのライバルにふさわしくない自分になるなんて!そんなのイヤだ!!!」
9 22/08/13(土)00:37:58 No.959806998
そう叫んだあと、ソングラインはこちらに大きく頭を下げた。 「すいませんでした!私、甘ったれてました!!今度こそあいつの鼻を明かしてやるって決めてたのに、走りたくないなんて!!目を覚まさしてくれてありがとうございました!!」 「いちいち声がうるせえんだよお前は……そんなに騒げるならもう大丈夫だろ。さっさと宿に戻れ」 「はい!!お先に失礼します!!うおおおおおおお負けないぞメイケイエール!!!!」 ソングラインは、叫びながら走り去っていった。 やっと以前のうるさいあいつに戻れたというところか。もうほっといてもなんとかなるだろう。 すっかり沈みかけた夕日を見て、現役のときのことを思い返す。
10 22/08/13(土)00:38:30 No.959807173
同じレースで走りたかった相手と走れない、なんてことはざらにある。 今更気にそてもしょうがない、と思いつつも、いつまでも心にしこりが残るようなことも、いくらだって起こる。 「もう半年だけでも現役でいられたら、あなたもあの子と一緒に走れたかもしれなかったんですけどね」 後ろから声が聞こえた。振り返ると、デュランダルが立っていた。 「聞いてやがったのか」 「すいません。あんまり遅いので、様子を見に来たんですが……なかなかの先輩っぷりでしたよ」 「うるせえよ。ガラにもねえことさせやがって」
11 22/08/13(土)00:39:01 No.959807355
現役が長く、もう走れるような状況ではなかったが。もしあと半年。半年だけでも、闘志を持ち続けることができていたならば。 俺が待ち焦がれていた勝負は、実現したのだろうか。 いつの間にか横に立ち、一緒に太陽を見つめていたデュランダルが、ぽつりとつぶやいた。 「ジャーニー。あなたと妹、どっちが速かったんでしょうね」 「……相手は三冠馬サマだからな。まあ一筋縄ではいかねえだろ。俺はとっくに全盛期すぎてたし」 ……だが。 「だが、まあ。姉として妹に負けるわけにはいかねえだろ」 デュランダルは、いつものようにふっと笑った。
12 22/08/13(土)00:39:31 No.959807545
太陽はほとんど沈み、空は星が光っている。 「帰るか。いい加減腹減ったし」 「そうですね。みんなも待ってるでしょうし」 「……なあ。気になってたんだけど、その兜みてえなカチューシャって夏は熱くならねえのか?」 「ご心配なく、夏場は通気性が良くて熱がこもりにくいものを着けているので」 「なんでそこまでして着けんだよ……もういいわ、さっさと帰ろうぜ」 飯と騒がしい後輩どもが待つ宿舎へ戻るべく、暗くなった浜辺を歩き出す。
13 22/08/13(土)00:40:01 No.959807728
全てを出し切り、最善を尽くしたとしても、悔いは必ず残るものだ。 先輩としてやるべきことがあるとすれば、あいつらが少しでも後悔しない選択をできるようにしてやることくらいだろう。 満天の星空が、勝負に胸を馳せる者の成長と行く末を見守っているような気がした。
14 <a href="mailto:s">22/08/13(土)00:41:00</a> [s] No.959808082
秋も色々面白いレース見れそうですね 今はただ楽しみです
15 22/08/13(土)00:42:41 No.959808669
姉貴が舎弟の強さちゃんと認めた上で絶対負けねえってなってるのいい…
16 22/08/13(土)00:44:20 No.959809272
姉より優れた妹はいないからな…
17 22/08/13(土)00:44:39 No.959809360
プレハブ怪文書久しぶりに見たな
18 22/08/13(土)00:47:27 No.959810367
あと1ヶ月足らずでエールちゃん達が走るんだよな…
19 22/08/13(土)00:47:36 No.959810425
>姉貴が舎弟の強さちゃんと認めた上で絶対負けねえってなってるのいい… 自慢の妹だぞ 相手にとって不足はないし何よりカッコ悪い背中は見せられねえ ……でもそうはならなかった
20 22/08/13(土)00:47:43 No.959810474
>姉より優れた妹はいないからな… その通りプイ
21 22/08/13(土)00:48:31 No.959810763
書き込みをした人によって削除されました
22 22/08/13(土)00:49:26 No.959811103
>>姉より優れた妹はいないからな… >その通りプイ (姉上が吐く音)
23 22/08/13(土)00:51:09 No.959811688
そのころエールちゃんは筋肉モリモリマッチョマンになっていた