ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
22/08/09(火)01:36:17 No.958334363
練習が終わった。一日が終わった。明くる日が始まり、また一日が終わったなら、有マはもうほど近い。蹄鉄の鳴る音、ボクに近づいてくる有マの足音が聞こえる。雌伏の終わりが近い。終点に近づいていく列車の悲鳴が鳴り響いている。あと、一週間程度時間が経てば、復活するために励んできたすべてを、ぶつけるための舞台が始まってしまう。 「……あーむっ」 「……いった!」 譲りたくない夢の戦いが目前に来てなお、ボクらのやり取りはついぞ変わらない。ボクらだけの寮室に鍵をかけて今日も秘め事に興じている。 「こら、もー……」 「えへへ……」 「ワザとやったでしょ。血出ちゃうよ」 本気で顔をしかめたボクに対して、悪びれる様子もなく。 「テイオーちゃんもかんでみる?」 いつもと同じくらいの小悪魔っぽい瞳の色で、唾液に濡れた艶めくリップで、ボクに囁く。 「ボク……? ボクは……」 顎に手を当て少しだけ考えてみる。噛めるのかな、ボクは。当然の疑問を消化するために脳みそを回して、すぐ答えに辿り着く。
1 22/08/09(火)01:36:48 No.958334457
「……やめとくかな」 ボクがマヤノを噛むことはまだ出来ない。ボクが携えた牙で噛み付いてしまえば、確実性のあるキリングバイトに成り得てしまう、そんな気がする、 「えー、ちょっとザンネン……」 ほっと息を吐いて苦笑いする。マヤノを噛むことはやっぱり、出来そうにない。噛めば何かを失うような、殺してしまうような気がするって、そんなところまでしか自己解釈が進んでいない。噛むということ。そこに理性だとか理由だとかを付加させて、もっともらしい意味を捻り出すことが出来ていない。 「テイオーちゃん、なんでだめなの?」 「んー……なんかりんご味しそうだから?」 差し出された首筋を押し退けて、枕を抱き締めるように壁を向く。 「えー、べつにいいにおいなのになあ。テイオーちゃんが教えてくれたやつなのに、キライなの? グリーンアップルのスキンミルク」 「まあイヤじゃないけどさ、それじゃ味わかんないじゃん」
2 22/08/09(火)01:37:22 No.958334567
程度のいいマッサージに思えるようなぽかぽかなんて殴り付けに、くすぐったいものと仄暗いものを覚えてしまう。傷にならない痛めつけは、気付かれないように息を吐いて、自虐する。ボクは噛まれることに快感を覚えている、のかな。純粋培養されてきたはずの女の子にあるまじき思考の帰結、だと思うけど。増えていく生傷を確かめる余裕すらなく時間だけが過ぎていくと、色々と凝り固まるんだ。それでも、最後のラインだけは越えてはいけないって。ボクは心底から思えている、まだ。それだけは救いだと思い込めている。 「においで打ち消されちゃうんだから、食べたってわかんないよ」 「じゃあ……」 思い込めている、はずなのに。 「……マヤノ?」 とさり。音がするかしないか、はっきりしないぐらいの強さで。腰掛けていたはずのベッドに押し倒される。機嫌の悪い猫みたいにボクの体に手と足をついて。動けないように胸とお腹をおさえて、憂いのある瞳で心に訴えかけながら。 「本当に味がしないかどうか、試してみよーよ」 「ちょっと、マヤノ……やめてって、あはは、冗談になってないってば!」
3 22/08/09(火)01:38:33 No.958334784
「冗談じゃないもん」 「……え?」 逃げのために用意した笑みが、本気に抵抗できずに死んでいく。 「マヤのこと、すき?」 そんな日に限ってマヤノは、ボクの心への距離を詰めてくる。差し込むように、レースみたいに、逡巡のひとつも許さない速度で。 「どうしたのさ、急に?」 ボクは優し気な微笑みを顔に貼り付けて抵抗を試みる。 「だって、イヤじゃないんでしょ?」 でも、マヤノはおかまいなし。弱気に拒んでも無駄だと言わんばかりの、獲物を前にした爬虫類の瞳でボクをみつめる。 「ねえ、こたえて……?」 深い戸惑いに論理的な思考が勝てない。 「マヤのこと、好き……?」 教えてもらわなきゃ理解できそうにない、女の子の感情を叩き付けられて。息の出来なさに喘ぐばかり。 「マヤ、ノ……」 うごけない、うごけないから。受け入れるしか残されてない。
4 22/08/09(火)01:39:02 No.958334876
「テイオーちゃん……」 感覚神経をちりばめた、はなぶさの一部を。 「もらっちゃうね……」 噛もうと、食べようと、ボクらという二人の関係を終わらそうと、唇の奥の犬歯が近づく。 ああ、ボクにとってそれが、たぶん初めてのキス。そんなものになろうとしている。 ふれたもの、みえたもの、ふれてしまったもの、みえてしまったもの。 なにもかもすべてが水色に透明で、ビビッドをパステルに変えていく。 掛け合わされて混ざり合って。これまでが色を変えてゆくなかでボクは。 ゆめかうつつかわからぬままに、かつてのボクを想起しようとして。 「むり、しないでね……」 受け入れそうになったそこで、たったそれだけのいたわりを聞いて――
5 22/08/09(火)01:39:36 No.958334963
「……やっ」 温度と質感に触れかけた瞬間、ボクは。 「えっ……」 決して強くはない力でマヤノを突き飛ばして。 「ダメ……」 散りかけた好きな花、ボクの好きなアザミの花を。 控え目に、例えようもなく、守り抜く。 「ダメだよ」 薄桃色に染まった、夜間際の目つきから感じる。 あなたのことが、すき。 「ちがう」 肺の底から呼び出された、重たい息の温度から感じる。 あなたのことを、あいしてる。
6 22/08/09(火)01:40:02 [つづく] No.958335021
「違うよ」 違う、違う、全部違う。噛み合わないんだ、その全部が。ボクの思考と、マヤノの判断がてんで噛み合わない。信じてきたものじゃない、したくてするキスじゃない、こんなものボクは知らない。 「ダメ」 否定を並べ立てるたび、つややかだったはずの心が泥に塗れていく。 「ダメだよ、マヤノ」 マヤノのボクにしか、いいやボクにも判別出来ない煩悶を、どこにも放出できないまま、何が何かを掴めないまま。勢いよく部屋を出るなんてこともなく、苛烈に引き留められることもなく。気付けばボクは極めて静かにその場から逃げ出していた。
7 22/08/09(火)01:44:00 [s] No.958335693
fu1327981.txt 昨日までのぶん 起おわりッス…明日も投げさせてくれーっ!
8 22/08/09(火)05:59:18 No.958356554
テイマヤいいよね…
9 22/08/09(火)07:04:12 No.958361388
これマヤの方もヘンな勘違いして拗らせない?
10 22/08/09(火)07:14:21 No.958362418
これは体にきくテイマヤ?