22/07/31(日)01:07:40 「あつ... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1659197260901.png 22/07/31(日)01:07:40 No.954954254
「あつーい。退屈~。 トレーナーさーん、何か面白いことしてー」 「それで面白いことできるなら芸人になれるって」 「じゃあ涼しくなることして」 「寒いギャグしか出ないぞ」 夏は暑いものとは皆わかっているけれど、毎年のように暑いと文句を言うのはやめられない。普段ならば外に出ている間の冷やかしで済むが、部屋のエアコンが壊れてしまった今に至っては切実な悩みだった。 「買い物に行こうか」 「えー?暑いですよぉ」 動くのは御免だが、このままここにいても溶けてしまいそうだ。一番いいのは優しい誰かが冷たい空気を持ってきてくれることなのだろうが、この炎天下にそんな都合のいい存在が現れるはずもなかった。 「この暑いのに日光浴びちゃったらセイちゃん溶けちゃいますよー」 「店入ったら涼しいだろ?暑いのはここも同じだし、このまま溶けるくらいだったら俺は一人でも脱出する」 エアコンと違って、このままここにいても自分の口から出てくるのは悪態だけだろう。どうせ暑いなら外も同じことだ。
1 22/07/31(日)01:07:59 No.954954394
「じゃあ、行きます。 アイス買ってほしいなー」 「…俺が生きてたら考えとくよ」
2 22/07/31(日)01:08:34 No.954954620
「…何買うつもりなんです?」 涼しい場所に行けるというから一も二もなくついていったが、肝心の買うものを聞いていなかった。店に行けばわかるかとも思ったが、自分にはとんと馴染みのない場所に連れてこられてしまって、ついに我慢できずに訊いてしまった。 「欲しい物は決まってるんだけどな。なかなかいいのが見つからなくて」 「ふーん…」 骨董屋の入口をくぐってからはや二十分。熱気に塗れた体から汗が引いてきた頃合いだった。
3 22/07/31(日)01:09:16 No.954954899
「あっちには釣具のコーナーもあるぞ」 暇を持て余し始めていた私を見かねてか、骨董品の山から顔を上げてトレーナーさんは私を案内してくれた。こんなところとは知らなかったけれど、まじまじと眺めてみると案外面白いものだ。 「ルアーとか置いてるんですか」 「ここは結構大きいからな」 壺や焼物が並ぶいかにも古物商然とした棚の中で、塗料と金属の光を放つアンティークの釣具は殊更に目を引いた。持ってみてもよいと書いてあったので遠慮なくその言葉に甘えさせてもらったが、新品を持ったときとは明らかに違う感触に少しだけ驚いた。 学生の身分ではおいそれと手の届かない最新機種を握って、誰にも触れられていない新品独特の硬い感触に浸るのも悪くはないが、この竿にはそれにはない魅力がある。初めて握ったはずなのに妙に温かく手に馴染むのは、誰かに使われてきた中古品ならではの感触なのかもしれない。 大切に使われてきたのだろう。祖父からもらった竿を初めて握ったときの感触を少しだけ思い出した。
4 22/07/31(日)01:10:01 No.954955195
「いいの見つかったか?」 「おっ、もしかして買ってくれるんですか~?うれしい~」 「スカイがサボらずに練習してもっといっぱいG1勝ったら考える」 「…G1はともかくサボらないのは無理かな?」 「じゃあお預け」 「ぶー」 わざとらしく口を尖らせてみせて、ロッドを元の場所に戻す。初めは店の雰囲気に少し気後れしていたが、気づけばすっかり品漁りに夢中になっていた。 振り返ると、彼は白い小箱を脇に抱えていた。 「買ったんですか?」 「ああ、とりあえず目ぼしいのはこのくらいかな」 「何買ったんです?」 「それは後のお楽しみ」
5 22/07/31(日)01:10:31 No.954955436
店に入ってからおよそ一時間半が過ぎていたが、外の空気はまだ肌に纏わりついてくる。 「あつ~い。アイス買って帰りましょー」 「うん。アイスは買うけど部屋には帰らないよ、暑いし」 「え?」 茹だるような真夏の熱気の中で、彼の表情は汗に濡れながらもどこか愉しげだった。
6 22/07/31(日)01:11:28 No.954955812
今日はどうやら何度も風変わりな物を目にする日のようだ。彼に連れられるままに街を歩いた私の目の前には、見たこともない建物が聳え立っていた。 分類するなら、恐らくマンションにあたるのだろうか。少なくとも一階のフロアは少し古びたマンションの事務室に見える。しかしながら、その上に載っている二階から上のフロアは、私が今まで見たどのビルとも違っていた。二階から上と便宜上呼んだだけで、実際はフロアと呼ぶことも少し躊躇われる。 一階の上に、小さな白い立方体の箱が無数に積み上がっている。昔テレビでサイコロを積み上げてギネス記録に挑戦する企画があった気がするが、この建物はちょうどその塔に似ていた。下の部分はまだきちんと立方体が敷き詰められているが、上の方になると所々スペースの空いた部分ができて、山の頂上のように先が細くなっていく様がそっくりだ。
7 22/07/31(日)01:11:41 No.954955903
すいと入口に入っていく彼の後を慌てて追いかけて、私も自動ドアをくぐる。奇抜な外観に反して、中は驚くほど普通のマンションだった。 私はきょろきょろと周りを眺めながら、慣れた様子でエレベーターに乗る彼に付いていくことしかできなかった。 「七階押してくれるか」 「あっ、はい」 少し古めかしい電光掲示板の灯りが徐々に上へと昇っていくのを眺めながら、これから何が待っているのかと期待と不安に胸を膨らませながら。 ちん、とベルが鳴って、エレベーターの扉が少し躓きながら開く。 ドアの外に歩を進めてみれば、マンションらしくそれぞれの部屋のドアが並んでいる。普通のマンションと違うのは、それぞれのドアの色が赤や茶色に塗り分けられていることと、マンションになら必ずあるはずの真っ直ぐフロアを貫く廊下がないことだった。 「ここだよ」 その中の真っ白な扉に、彼が手をかけた。鍵穴に鍵を差し込んで回すと、重厚な音を立てて錠が外れる。 「開けてみる?」 そのときのトレーナーさんが、プレゼントを開ける子供を見守る親のように楽しそうに笑っていたものだから、つられて私もつい微笑んでしまった。
8 22/07/31(日)01:12:05 No.954956054
人は驚きや楽しさが高ぶると思わず声を出してしまうものだが、その時の私は声を上げるのも忘れていたと思う。 黒と白の、シンプルだけどシックで、目を引かずにはいられないコントラスト。壁がその色に綺麗に塗り分けられている部屋の中には、様々なものが所狭しと並んでいる。 カチカチと小気味よく時を刻む時計の音は、これだけ物が溢れた空間にも一欠片の安らぎを届けてくれる。大皿にグラスは夏の傾きかけた陽の光を鈍く反射させて、それぞれの色の光を部屋にばら撒いている様が目に楽しい。調度品たちを支えるテーブルたちは彼等のように煌めきはしないけれど、力強く、しかし優美に曲げられた焦げ茶色の木の脚は、思わず指の先で撫でたくなるような滑らかさだった。 部屋の奥には丸い大窓があって、それに沿うようにシングルサイズのベッドが備え付けられている。よく見れば窓敷居には小さな双眼鏡が置いてあって、一体何を見ていたのだろうと思わず気になってしまう。 ベッドの脇にあるガラスの器には薄く水が張られていて、水の揺らめきとガラスの模様が、窓から差す斜陽の赤い光を妖しく揺らめかせる。
9 22/07/31(日)01:12:23 No.954956185
ここは物で溢れているが、ただ散らかっているとは思いたくない。 早い話が── 「すごいね、ここ」 すごく綺麗で、すごくわくわくするのだ。
10 22/07/31(日)01:12:40 No.954956273
「ここ、どこですか?」 「貸家っていうか…部屋貸し? だいたい一部屋五畳くらいかな…この建物の部屋一つ一つが独立したカプセルみたいになってて、それを一つずつ借りられるんだよ」 外から見えたあのサイコロは一つ一つが部屋だったという訳か。それにしても、何故こんな部屋ができたのだろう。 「親がふたりとも結構物集めるのが好きでさ。昔っからこういう調度品とか、じいさんの家とかから引っ張り出してきた骨董品に囲まれて過ごしてたんだ。 だからかな。小学生の頃にはもう自分のコレクションを作ってた」 思えば、彼が子供の頃の話を聞いたことなどなかった。 知りたい。この部屋が彼の人生を辿って作られた部屋ならば、なおのこと。 「どんなの集めてたんです?」 「何でも。アンティークのグラスも古いソファーも、好きなバンドのアルバムも昔やってたギターも、古いのも新しいのも、全部。 好きだなって思ったものは、大抵とっといちゃうんだよな」
11 22/07/31(日)01:12:53 No.954956348
「いつからここに?」 「トレーナーになったばっかの頃から。 セカンドハウスっていうか、セカンドルームかな?見ての通り狭いから、就職したての時の給料でもなんとか借りられたんだよ。 住んでたとこから東京に出ることになったけど、今まで集めたものはどうしても手元に置いておきたかったんだ。 それに、そんなに大袈裟なもんじゃないけど、自分だけが好きに弄れる場所を別に持ってるって、なんていうか凄いわくわくする」 それを聞いて、思わず微笑んでしまう。 「ひどいなぁ、笑わなくたっていいだろ?子供っぽいのはわかってるけど」 「ごめんなさい…ふふ。 でもなんかそれ、わかる気がしますよ。トレーナーさん、子供の頃は秘密基地とかに憧れてたタイプでしょ、絶対」 「誰もが通る道だと思うけどなぁ」 だってトレーナーさんのそんな気持ちが、あまりに自分と似ていて、よくわかってしまったから。
12 22/07/31(日)01:13:29 No.954956628
それほど裕福な育ちではなかったから、新しく綺麗なものより、誰かの使った人情の籠ったものに囲まれて過ごしてきた。この部屋が妙に心地よく感じるのはそのためだろうか。 本で見た西洋の宮殿のような、始めから綺麗なものじゃない。貸アパートの一室に過ぎないのだから、当然のことではあるが。 整えられた庭というより、木々が生い茂る深い森を想像した。物が所狭しと並んでいる姿は雑多なのに何故か綺麗で、アパートの部屋の味気なさを打ち消している。部屋が丸ごと満杯の宝箱になって、その中にいるみたい。 安いものなのが透けて見えるのに、嫌じゃない。 乱雑さが心地良いなんて、初めてだ。 「ここでセイちゃんからひとつお願いがあるんですけど」 「ん、何?」 「あそこにいい感じのベッドがあるじゃないですか。 ちょっとあそこでお昼寝してみたいなー、なんて」 「…ふふ。 いいよ。そういうと思った」
13 22/07/31(日)01:14:14 No.954956911
窓辺のベッドは据置にしてはかなり上等だった。暑さと外を歩き回った疲れからか、黙っていても半分寝てしまいそうになる。 「気持ちいいかー?」 「うん、かなり」 正直、このまま瞼を閉じることには抗いがたい誘惑がある。けれど彼が目の前で取り出した物をきちんと見るまでは、眠るわけにもいかないだろう。 「で、今日買ったやつを置く」 それはランプの一種だった。 しかし、やはり私が今まで見てきた在り来りのデザインのものではなく、優美な形の中に少し遊び心が伺える、彼の好きそうな形だった。 全体のシルエットはそう奇抜なものではなく、細い漏斗のような支柱の上にお饅頭のような傘がついている。しかし、その側面には大きな楕円形の穴が4つ開けられていて、そこから中が覗けるようになっている。 傘の内側には繊細な装飾が施されていて、それが淡いオレンジの光を灯す電球に優しく照らされている。
14 22/07/31(日)01:15:02 No.954957201
片手にアイスを持ってベッドに寝転んだまま、指先でランプの輪郭をなぞる。お世辞にも行儀のいい振る舞いとは言えないけれど、それを咎めるはずのトレーナーさんも同じことをしているのだから、今はこうしていてもいいだろう。 「トレーナーさんって、ちょっと手垢のついてるくらいのものが好きなんですか?」 「学生だったころは貧乏でな。でも、ちょっとはインテリアとかに凝ってみたくなるんだよ。 で、ちょっと旬の過ぎたものとか、安めのものとかをもらってきてさ。そのうち、それをアレンジして綺麗にするほうが楽しくなったんだ」 つくづく、似た者同士だなと思う。 安い物好きらしいと言ったら彼は拗ねるかもしれないけれど、決して気取らない、けれど自分の好きなものには正直なその性格は、出会ってからずっと私を惹きつけてやまない。 だから、彼が楽しいときや嬉しいときに浮かべる屈託のない無邪気な笑顔が、本当に好きだった。
15 22/07/31(日)01:15:24 No.954957366
「…セイちゃん正直もう限界です…」 「寝ちゃっていいよ」 「でも…トレーナーさんは…」 「スカイが寝たら椅子で寝るよ。それまで、そばにいるから」 「…それはだめ。トレーナーさんもお昼寝しましょ、いっしょに」 「…わかったよ」 ベッドが少し傾いで、トレーナーさんの体温が近づく。そんな勇気は出ないけど、抱きつきたくなるくらいどきどきしてるのに、何故か心が安らぐから不思議だ。 「ん…」 頭を撫でてくれた温かい手の感触は、深い眠りを揺蕩う意識の中でも鮮明に覚えている。 その日の昼寝が、今までで一番寝覚めが良かったことも。
16 22/07/31(日)01:16:00 No.954957671
それから、私は週末になると度々その部屋を訪れるようになった。初めはただトレーナーさんと過ごす時間が楽しかったが、結局同じような趣味を持つ者同士、いつしかただでさえ狭い部屋を互いの持ってきたもので一層埋め尽くすようになっていた。 「じゃーん。懐かしの電話機でーす」 今回取り出したるは、じいちゃんが知り合いの引っ越しを手伝ったときに出てきたという昔の電話機。もちろん平凡なデザインの物をわざわざ持ってくるはずもない。 じいちゃんのお友達はどうやら結構いいところの人だったらしく、最近私が中古品にお熱と聞くと結構びっくりするようなものをたまにぽんと譲ってくれるのでちょっと気後れしてしまう。今回の電話機だって、イギリス製のれっきとしたアンティーク物である。子供の頃に遊びに行ったときにはもう電話線から外されていて、ガチャガチャとままごとのようにいじっていたから、なおのこと驚いた。
17 22/07/31(日)01:16:21 No.954957808
「秘密基地作るときに電話持ち込むと一気に気分乗ってくるの、わかります?もちろんハリボテでしたけど。 通信機器があるって、いかにも秘密基地っぽいじゃないですか」 金属製の受話器はずしりと重いのに、どこか温かく手に馴染む。合わせたいダイヤルから少しだけ外れてもどかしく周るリングトーンも、味わい深く思えてくるから不思議だ。 「直せばまだ使えそうだな」 「はい、だから使いたいなら修理してみたら、って」 既に置かれている品々を下手に動かさないように細心の注意を払いながら、置ける場所を探す。 「ここに置いていいですか?」 「俺の部屋に置いてどうすんの」 今更何を言っているんだろうと、思わず苦笑する。もうそこいらへんじゅう、私のものだらけじゃないか。
18 22/07/31(日)01:16:50 No.954957983
「いいんですよ。 だって、この部屋好きですから」 「どの物とかじゃなくて?」 ここにあるものは確かにどれも魅力的だ。でも、ここになかったら、きっと私は顧みなかったろう。 「そうです。だから、ここじゃないと意味ないんですよ」 「じゃあ、もう俺だけの秘密基地じゃないな。 ふたりの秘密基地ってことで」 だって、ここにいる時間こそを、私は愛しているのだから。
19 22/07/31(日)01:17:12 No.954958136
「もしもし?聞こえます?」 「うん、聞こえるよ」 聞こえるのは当たり前かもしれない。だって電話は、そういう機械なのだから。 でも、私はそれが嬉しくて仕方なかった。 「うれしいです。 トレーナーさんの声、聞けて」 「…そっか」 こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
20 22/07/31(日)01:17:22 No.954958204
七月七日。窓から空を見る。 天気は雨。 星はきっと、見えない。 「なーんでこうなっちゃうかなー」 手元に用意していた双眼鏡を机に置く。トレーナーさんが時折星を見に連れて行ってくれたから、今度は私が誘おうと思っていたのに。 そう思っていると、携帯が震えた。 「トレーナーさん…?」 変わらないと思っていた日常は、簡単なことであっさりと壊れてしまう。 「大切なお話って、なんですか?」 「今年でスカイ、卒業だろ? …アメリカに行ってみないかって話が来た」 何年もずっと一緒にいたのに。トレーナーさんに返す言葉を、その時の私は持っていなかった。
21 22/07/31(日)01:17:42 No.954958330
ほどほどにさぼって、時々頑張って、他愛もない時間を一緒に過ごして。 当たり前すぎて顧みてこなかったはずのいつも通りの日常が、何故か走馬燈のように脳裏に走る。 「トレーナーさんが、ですか?」 「…ああ」 華やかな出世も、スターダムも、きっと私達には縁遠いものだと思っていた。静かに大魚を待つ釣り人に、余人が身に余る興味を寄せるはずもないと、勝手に思い込んでいた。 けれどそんな感傷に浸りながらも、心の片隅にどこか冷静な自分がいた。 私は待っていられる。いつまでも。でも、トレーナーさんはどうだろう。 数年間一番深く関わってきたひとだ。彼と私は、気の合うのんびり屋同士だった。のんびり屋の私と一緒にいてくれるのは、担当の機嫌を損ねないよう遠慮しているからではないことぐらいわかっている。 「トレーナーさんは、どうしたいですか?」 「スカイが嫌ならやめるよ。 …でも、行ってみたいとも思ってる」 その穏やかな笑顔の中に、私と一緒に栄光を掴みたいと願った、熱い心を秘めていることだって。
22 22/07/31(日)01:17:52 No.954958393
ほら来た!
23 22/07/31(日)01:17:59 No.954958447
「…そうですか。 頑張ってくださいね!応援してますよ~。 …でもトレーナーさん、私と違って優秀ですから、私の応援なんか要らないかな?」 これはチャンスだ。逃したら二度と引っ掛かってくれないかもしれない大きな獲物。 なら、それを釣るのを手伝ってあげないなって、不公平じゃないか。 トレーナーさんは、今までずっと私を支えてくれた。真面目ないい子でも煌びやかな才能溢れる子でもない私に、たくさんの栄光をプレゼントしてくれた。 なら、今度は私がそれに応えてあげなくてはいけない。彼の背中を押してあげなくてはいけない。 それはきっと、正しいことのはずだ。 「…そっか。わかった。 心配しないでくれ!スカイのことは、最後まで責任もって担当するから」 正しいことのはずなのに。 どうして、彼の顔を見れないんだろう。
24 22/07/31(日)01:18:27 No.954958656
子供のときは外で遊ぶのが好きで、近くの原っぱをよく走り回っていた。背の高い草が生い茂るその場所に、夏になると決まって秘密基地を作った。 夏休みが始まると近所の友達と一緒に、朝から晩までそこで過ごした。駄菓子屋の安いラムネも、一本六十円の棒アイスも、そこで食べると世界で一番の美味になったような気がした。 けれどあるとき、その空き地は姿を消した。よく覚えてはいないが、新しい住宅の建設予定地かなにかに使われることになったのだと思う。 怒ったり泣いたりする皆を、私は宥めた。大人の都合だから仕方がない、何か別のことをしようと、そんなことを言った気がする。 広場がなくなったことに納得したわけでも、悲しむ友達を慰めたかったわけでもない。 もうあの時間は戻ってこないということを、真っ直ぐ受け止めたくなかった。怒ることにもも悲しむことにも耐えられないと思ったから、考えることも感じることも辞めた。聞き分けの良いふりをして。
25 22/07/31(日)01:18:41 No.954958765
それからだったと思う。何かを追いかけるときに、どこか冷めた自分を心の片隅に作るようになったのは。 本当に心から何かを愛してしまったら、失うことにきっと耐えられない。適当な所で引き際を作って、失くしたときの予防線を張る。 行き過ぎた愛着が湧く前に。情愛が芽生えてしまう前に。
26 22/07/31(日)01:19:09 No.954958937
この部屋はこんなに広かっただろうか。 日に日に物が減っていく度に、たった五畳の空間がこんなに広くて寂しいんだと気づかされる。 「ここ、取り壊しになるんだって」 きっとトレーナーさんも、同じことを考えているのだろう。あんなに鮮やかな色彩で満ちていた部屋は、乾いた茶色の段ボールで埋め尽くされた砂漠になってしまった。 「…片しちゃうんですね」 「…あっちには持っていけないから。 それと、これ。スカイのもの、段ボールにまとめといた」 余計な手間を掛けて申し訳ないと思う反面、安心している自分も確かにいた。 「にゃはは。 ありがとうございます。すみませんね、大したこともできなくて。 …でも、これはトレーナーさんに持っててほしいです」 自分の想い出を自分で清算することに、耐えられる自信がなかった。
27 22/07/31(日)01:19:23 No.954959036
「…なんで、こうなっちゃうかな」 マンションの出口を俯きながら出ていった私にできることは、どうにもならないことへの無念を募らせることだけだった。
28 22/07/31(日)01:20:39 No.954959524
頼む…ハッピーエンドに…
29 22/07/31(日)01:22:05 No.954959968
最近のセミロングセイちゃんに触発されて書きました あまりにも長くなったのでtxtにします 全文 fu1301301.txt
30 22/07/31(日)01:23:55 No.954960619
ここまできて!?
31 22/07/31(日)01:24:08 No.954960691
中銀カプセルタワービルかな?
32 22/07/31(日)01:25:36 ID:bFveoKG. bFveoKG. No.954961190
よかった...ハッピーエンドだ...
33 <a href="mailto:s">22/07/31(日)01:26:17</a> [s] No.954961428
>中銀カプセルタワービルかな? その通りです 今年から取り壊しになるそうです https://www.nakagincapsuletower.com/
34 22/07/31(日)01:26:57 No.954961662
ほらきたで心臓止まっちゃったけどハッピーエンドで良かった…
35 22/07/31(日)01:28:18 No.954962051
気づいたら15000文字くらいになってました このまま投げたら本文だけで50レスくらい消費しそうなので…
36 22/07/31(日)01:29:31 No.954962417
うーむ良かった マグカップのイベント拾ってるのいいねぇ
37 22/07/31(日)01:29:32 No.954962419
とてもよかったよ…久しぶりに心が揺さぶられてしまった
38 22/07/31(日)01:32:19 No.954963435
ウワーッ!すげえ量!
39 22/07/31(日)01:32:59 No.954963625
読み応えがあってとても良かった…ありがとう…
40 22/07/31(日)01:33:01 No.954963635
クソボケかましおって…責任取って一生幸せにしろ
41 22/07/31(日)01:34:16 No.954964004
セイちゃんはえっちなこと抜きに一緒に寝たいのよね…わかるよ…とか考えてたら思ったより壮絶だった
42 22/07/31(日)01:40:01 No.954965808
催涙雨止む頃 鵲よ橋をかけて 僕らを繋いで
43 22/07/31(日)01:44:09 No.954967053
ありがとう…寝る前にいいものが見れた
44 22/07/31(日)01:46:12 No.954967628
よかったハッピーだビターじゃない
45 22/07/31(日)01:48:03 No.954968172
セイちゃんには自分の心を押し殺す展開もハッピーエンドも似合う
46 <a href="mailto:おまけ">22/07/31(日)01:48:35</a> [おまけ] No.954968308
私とトレーナーさんが再会してから数ヶ月。 URA本部直属のエリートキャリアウーマンはどこへやら。私は昔のままの、ぐうたらウマ娘に戻っていた。 今日も今日とて、トレーナーさんのベッドの上でごろり。これだから休日はやめられない。 「どうですか?セイちゃん枕。 今ならお安くしますよ~?」 「へ~。どんな機能があるんだ?」 こういうことにうんざりせずに、ちゃんと乗ってくれるところも、トレーナーさんのいいところだ。 「よくぞ聞いてくれました。セイちゃん枕はですね、それはそれは多機能なのです! まずはお布団あっため機能に、一緒にお昼寝機能、お疲れのときには自動で目覚ましを止める機能もつけちゃいま~す」
47 22/07/31(日)01:48:55 No.954968421
すっかり調子に乗って、私の口は回る回る。 「他には?」 「充電機能もありますよ~?」 だから、トレーナーさんがとびっきり悪戯っぽく微笑んでいることに、抱きしめられるまで気づかなかったのだ。 「じゃあ、充電機を充電したいときは?」 見事に形勢逆転。あとはされるがままだ。 「…撫でてほしいです」 「それだけ?」 「あと、ぎゅーってしてください」 「ほんとに?」 「…ちゅーも、たまにしてほしいです」
48 22/07/31(日)01:49:25 No.954968562
「それと… 気が向いたらでいいですから、好きだよって、言ってください」 言い終わるや否や、唇を塞がれる。トレーナーさんの舌が入ってきて、歯列をなぞって、私の舌を絡め取って── 「好きだよ。 たまにじゃなくて、いつだって言うから」 「…はい…」 「それとさ、ぜひセイちゃん枕をひとつお願いしたいんだけど、お代は?」
49 22/07/31(日)01:49:41 No.954968655
「…トレーナーさんの、これからの人生、っていうのは?」 「いいね。 …じゃあ、俺の秘密基地に永久就職、ってことで」
50 22/07/31(日)01:49:51 No.954968699
「…お買い上げ、ありがとうございます…」
51 22/07/31(日)01:50:45 No.954968978
おまけ セイちゃん枕のここがスゴい!(以下略
52 22/07/31(日)01:51:03 No.954969067
セイちゃん枕のここがスゴイ! ・可愛い・柔らかい・サラサラ髪の毛 ・暖かい・水分補給ができる ・もこもこパジャマで手触り抜群(中止) ・目覚まし機能付き・ほっぺがもちもち ・お布団温め機能付き(中止) ・お日様の良い匂い・耳かきもしてあげます ◎お嫁さん・子供が作れる※あと1人ぐらい ※掛け布団は毛布がいいです ※要エアコン なんて万能なんだ……
53 22/07/31(日)01:52:44 No.954969610
あっっっまい…
54 22/07/31(日)01:53:43 No.954969998
とうとうセイちゃん枕が怪文書にまで……
55 22/07/31(日)01:53:48 No.954970040
セイちゃん枕はお得だなぁ
56 22/07/31(日)01:57:02 No.954970888
お嫁さん機能と子供が作れる機能を使う日も近い
57 22/07/31(日)01:57:41 No.954971064
うわあ!急にえっちになるな!なれ!
58 22/07/31(日)01:58:14 No.954971203
最初は数行分しか機能が無かったのに成長したなあ
59 22/07/31(日)02:00:32 No.954971719
似たもの同士の2人だな…幸せになれ…
60 22/07/31(日)02:00:45 No.954971761
ほんとかーほんとにちゅーとぎゅーと好きだよで止まれるのかー
61 22/07/31(日)02:01:45 No.954971991
セイちゃんはトレーナーさんの前ではよわよわになるけど想いを伝え合ったあとならよわよわになってもトレーナーさんにおいしく食べてもらえるから安心
62 22/07/31(日)02:03:10 No.954972307
やっぱロングセイちゃんは強いな ショートセイちゃんなら撫でてほしいの時点で呂律回ってない
63 22/07/31(日)02:03:28 No.954972366
>ほんとかーほんとにちゅーとぎゅーと好きだよで止まれるのかー セイちゃんとしては頑張ったほう でもまあずっと会えなくて色々溜まってるトレーナーさんの前では時間の問題でしょう
64 22/07/31(日)02:03:36 No.954972393
長文になるセイちゃん作品は本当に大作だな…
65 22/07/31(日)02:04:17 No.954972565
枕の機能向上が止まらない
66 22/07/31(日)02:08:49 No.954973602
今まで振られた同僚や後輩くんたちの脳が破壊されちまうー!
67 22/07/31(日)02:09:49 No.954973794
セイちゃん枕を抱っこしてひたすらちゅーだけする一日を過ごしたい
68 22/07/31(日)02:10:54 No.954974003
元二冠ウマ娘とかなら一般会社とかじゃなくて色々引っ張りだこになりそうなんだけどな
69 22/07/31(日)02:11:44 No.954974189
>セイちゃん枕を抱っこしてひたすらちゅーだけする一日を過ごしたい セイちゃんが切なそうにしててもあえてちゅーだけで止めるんだ…
70 <a href="mailto:s">22/07/31(日)02:14:03</a> [s] No.954974731
>元二冠ウマ娘とかなら一般会社とかじゃなくて色々引っ張りだこになりそうなんだけどな 実際いろいろな進路を選べましたがセイちゃんにとってはトレーナーさんがいないならみんな同じでした URAを選んだのはせめてトレーナーさんに安心してアメリカに行ってほしかったからです
71 22/07/31(日)02:17:16 No.954975394
>URAを選んだのはせめてトレーナーさんに安心してアメリカに行ってほしかったからです セイちゃんはそういういじらしい事する
72 22/07/31(日)02:45:18 No.954980739
>セイちゃん枕のここがスゴイ! これを見に来た
73 22/07/31(日)02:56:09 No.954982367
>実際いろいろな進路を選べましたがセイちゃんにとってはトレーナーさんがいないならみんな同じでした 同世代でそういう所に一番頓着無さそうで 実際めっちゃ一途そうなのがセイちゃん