昼、た... のスレッド詳細
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22/07/31(日)00:22:04 No.954936730
昼、たまにはと思い外で飯を食ってきた。ふと思いついたときに食う町中華はやはり驚くほどにウマイ。仕事から一旦離れられるというのもポイント高い。気分転換は憂鬱への特効薬だ。 せいぜい十分程度の道を腹ごなしがてらに歩いて、トレセン学園が近くに見えたとき。前述した薬の効果が即座に切れた。うず巻き管が何かとんでもない音を捉えて、出勤したときと同じ溜め息が出た。上機嫌だったんになんなんよ、まったくもうしんどいよ。どうしてこうなった、どうしてこうなった。下らな過ぎる権謀術数でも渦巻いてるとでも言うのか、俺たちの本分はどこへ行った、本当に不健全で不愉快極まる。 「帰りてえ……」 怨嗟に満ちた極小の音色を奏でながら、俺は帰りたくない帰り道をとぼとぼ歩く。学園まであと五分と無いが、俺が不機嫌な理由をいくつか説明しよう。
1 22/07/31(日)00:22:47 No.954936942
ここ数日……というか二日前ほどから、トレセン学園がにわかに騒がしくなり始めた。やれ浮気症、だの。私というものがありながら、だの。色にうつつを抜かして、だの。ありえない信じられないどうしてそんなことができるのこの変態、だの。大小様々な怒りの声が、体育館の裏だったり、人気のない教室だったり、トレーナー室だったりから聞こえてくるようになった。 詳細な理由は不明だ。しかし、学園のことである以上自分もいつ餌食になるか分からないのが実情である。持つべきものは知識、ということで。周囲の状況や話し声、付き合いの深いトレーナーやウマ娘たちを頼りに、個人的にリサーチを開始してみた。ビワハヤヒデを担当している同僚いわく、担当やチームの子にいわれの無いことで詰め寄られる事例が多発している、とのことらしい。識者である彼もこの騒ぎに関しては風の噂程度にしか知らぬようで、それ以上の知見は得られなかった。 一体全体なにが起こっているのだろうか、この学園で。本当につい最近のことなのだ、それまではもつれにもつれた会話が稀に聞こえてくる程度であったが……今のこの状態はかつてとはもはや比べようもない。
2 22/07/31(日)00:23:38 No.954937234
同じく同期のナリタタイシンのトレーナーにも話を聞きたかったが、メッセージはおろか電話にもまるで反応がなく結局聞けず仕舞いであった。彼とタイシンはその、親密さがなかなかだから、何か知っていても可笑しくは無かったのだが、まあ仕方ない。 風紀紊乱という熟語があるが、現在のトレセンはまさしくそれだ。夏は様々なものが活気づく季節ではあるが、バカ騒ぎまでその例に漏れぬとなると、まさしく頭痛が痛い状態である。重言的表現が相応しく思えるほどに、学園内は恋愛的な醜聞によって荒れていた。 ほら、そこの花壇を見てみるといい。菊の映える綺麗な芦毛のウマ娘が、しゅんとしたトレーナーらしき男へ詰め寄っている。目を凝らしてその様を観察する。どうやらウマ娘側が誰かの背広――恐らくトレーナーの物であろう――を、釣りあげた魚を誇示するかのようにして片手に持ち、ポケットをまさぐり何かを取り出し、泡をくっている彼の目の前へ突き出している。アレでは仮に冤罪だろうが逃げ出せない。精神的拘束感がヤバすぎる。というかウマ娘に詰められている以上、脱兎という行為など絵に描いた餅でしかないのだが。 「マジでヤバいな」
3 22/07/31(日)00:24:24 No.954937496
様子を遠目に眺めていてフッと、なんでだか危険な予感がした。第六感、シックスセンスとか称するヤツだ。もし観察しているのがバレたら、何かとんでもない事件に巻き込まれそうな……痺れるような怖気が全身に奔った。視線を切って小走りでもってその場から離れた。学園、ヤバイ。ウマ娘、ヤバイから。とりあえず急いで、なるべく物音を立てずに移動した。 「ここもか……」 抜き足差し足追い込みは掛けず、ベリースムーズに学園内へと入り、そのままロビーに滑り込む。ああ、やはり。嘆息は先に出ていたが、まったくここでもそうだった。辺りを見渡すともう阿鼻叫喚の図だ、柱の陰や曲がり角で激励のない叱咤がささやかな音量で聞こえ、普段は物音ひとつしない小さな倉庫までもがガタガタと忙しなく揺れていた。自分の額を指の腹で打つ。マジで風紀はどうなっているんだ、スラムの色街じゃないんだぞここは。 「なんなんだよこれ……」 天つ上を向くように顔の角度を変えてやれば、二階の欄干付近に認めたのは、ムッとした顔の生徒会長と、やけにしょげているトレーナーの姿――
4 22/07/31(日)00:25:14 No.954937776
あーもうダメだ、トレセン学園は。どうなってんだマジで、爛れすぎだろ。タガはどうなってんだ、タガは。この調子ではたずなさんはおろか理事長すらも頼れそうにない。恐らく二人ともオキニの誰かに同じことをしているだろう。謎の慣用句通りになれよ、手綱を締めろよ、上の大人! 「はあ……」 何なんだもう。此処まで堕落しきっているのを見ると流石に憂いてしまう。だってそうだろう、望んで入った職場が腐敗していたなんて知りたいわけがない。まあ、周りで起きているものすべて、俺にはまるっきり関係のない話だ。日照りまくりの非モテ野郎だから、この状況を冷静にかつ冷酷に捉えられる。まあいい、数十分後には嬌声によって埋め尽くされそうなこの場からさっさと撤収しよう。 大股でもって廊下を歩き、惨憺たる風景を目の端に留める……必要などない。確認するだけ無駄なのだ、往来が少ない廊下でなら、どうせ誰も見てないと思っているのだ、当人たちは。
5 22/07/31(日)00:25:56 No.954938011
「んむ~っ……」 「んーっ! んっ、んんーっ! んんぅーっ!!!!!」 ああ、南無。背広かジャケットか何かで顔が隠れているから、声だけしか聞こえないが、何が行われているかはなんか映像作品とかで観たことあるから流石に分かる。ちゅっちゅっはぁと、とか。聞く限りではそんな生易しい音ではないが。 誰も見てないのなら、キスだって許容される。私をこんなにした罪を償いたいなら、唇を私に預けてよ――的な、酒の席やパジャマパーティーでも議題に上がらないだろう噴飯物の妄想。そんな妄想が現し世に顕れているのがこう、なんかもう、本当に本当に哀しい。 そりゃあね、助けてやりたいさ、俺も。でもまあ無理なんだ、力の差とか色々あるから。諦めるのは本意ではない、限界まで走り抜けるのが俺だ、だからやれるところまではやりたいよ俺も。 だけどな、物事には優先順位というものがあるんだ。すまない諦めてくれトレーナーたちよ。この惨劇は廊下の至るところで行われているから、いちいち意に介していたら肉体も精神も持たない。というか俺も倒れると止める者が居なくなる。
6 22/07/31(日)00:26:57 No.954938361
それは、ヤバすぎる。本当にヤバイ。ひとまず、全てを無視してトレーナー室へ。流石に事ここに至ってしまっては木っ端の俺とて看過は出来ない。対策を講じ、一刻も早く平穏を取り戻さねば。トレーニングどころでは――無い! 「入室! よし、おはようございまーす! チケット、いるかー!?」 「うわああああああっ、やっと来たねっ、トレーナーさーん!!!!!」 戸を開いて声をかけた途端、部屋の奥からけたたましいハイパーボイスが。この様子なら数秒と待たず俺の目の前に現れるだろう、目に入れても痛くはないが、なにかと泣き上戸な女の子。やたらめったらに元気の良いウマ娘、俺の担当であるウイニングチケットが。所作の全てを擬音に変換する俺の愛バが、ばたばたばたなんて足音で。しかもなにかを片腕に携えて、猛然とした勢いで俺の前へと現れた。 「ああ、チケット。どうしたんだ?」 「あうわああああ、無事でよかったよおおおおおお……」 「いや、まあ無事と言うかなんというかだが……にしてもこれ何の騒ぎなんだ?」 「ええとね、なんか流行り? らしいよ」 「はあ、流行り?」 「そう、なんかねどっかで流行り出したおまじないなんだって」
7 22/07/31(日)00:27:40 No.954938635
「おまじないって、なんのおまじないなんだ……?」 「あははっ、何が何だかわかんないよね、やってあげよっか?」 「はあ?」 「トレーナーさん、これ。何かわかるよね?」 俺の目の前に広がる、黒いなにか。それは、それには、当然見覚えがあった。トレーナー室のロッカーに仕舞い込んでいた、俺の背広だ。 「あ、ああ。まあそりゃ分かると言うか……なんでチケットが持ってんだって感じではあるけど……」 困惑する俺をよそに、チケットは口角を上げにんまりと、含みのある微笑みを浮かべ、 「じゃあ、これも分かる?」 俺の前に突き出した背広のポケットをまさぐり、何かを取り出した。 「はあ……は、あ……?!」 彼女の手に掴まれたそれは、俺の見覚えのないもの。カワイイウマ娘のコたちと、とりとめのないお話が出来て、かつお酌までしてくれる場所のマッチケースと名刺、行ったことないから知らないけど、知識としてそれ自体は知っている―― 「何、そんなの知らないんだけど……?!」 「トレーナーさんのポケットに入ってたのに知らないなんて、そんなわけないよおおおおっ!」 「お願い……静かに……」
8 22/07/31(日)00:28:25 No.954938890
「うわあああああん、こんなところ行くなんて、トレーナーさんってそういう人だったんだ! アタシなんかどうでもよくて、実はそういうことしたいだけだったんだあああああ!」 「いや、ふざけるなって、そんなこと誰も言って……!」 「謝って」 「はあ……?!」 困惑と苛立ちに支配された、茹だった俺の思考が一瞬で冷やし切られる。 「謝ってよ、トレーナーさん」 冷徹な声色、冷酷な瞳の輝き、チケットの背後で猛る威圧感。 「いや、謝るも何も俺は……!」 いつものような泣き顔も、いつものような気楽さも、今の彼女からは感じない、感じさせてくれない。 「何言ったってダメだよ、ポケットのなかに入ってたんだもん。行ったんでしょ、トレーナーさん。行ったんだよね、行ったんだ、行ったんだ、アタシに内緒で、行った、行ったんだ、行ったんだ……!」 そのすべてが俺を縛り付ける、そのすべてが俺の心を見通す、その所作のすべてが俺をあやつ―― 「チケット、すま――」
9 22/07/31(日)00:28:54 No.954939055
「――って、カンジのおまじないなんだって! おまじないっていうか、こうやって既成事実を作ってさ、意中の人をゲットするんだってさ! アタシそんなの考えもしなかったよ。みんなあったま良いよねーっ!」 「あ、ああ……そうなんだな、そうだったのか、まあ……そうだよな……」 「あれ、トレーナーさん、なんでそんな辛そうなの?」 「いや、だってなあ……行ったことなんてないにしてもさ、たとえ冤罪だとしてもさあ……担当からこんな風に詰められたら生きた心地しないだろ、こんなん」 「へえ」 「ん?」 「んーん、なんでも。あ、そうだ、一つだけ質問してもいい?」 「いいけど、何?」 「トレーナーさんは、アタシとずっと。一緒だよね?!」 「……んー、ん? おお? 一緒じゃないか、別に今だって、これからも。チケットは俺のこと嫌にでもなったのか?」 「いやいやぜんぜん! でもたまに確認したくなるんだ、なんでか。でも、良かった。なんかね、安心したんだ。何回でも言えるよ、よかった。聞いておいて、ホントーに良かった!」
10 22/07/31(日)00:29:29 No.954939249
「なら俺もよかった、キミの担当になれて、出会いがあって。良かったって心の底から思ってるよ。これからも頑張ってこうな、チケット!」 「…………へへ……うん、うれしい……あ、あと一つ! 次は質問じゃなくてお願いしたいんだけど、いい?!」 「いいよ、どんなお願いだ?」 他に聞いているヤツなんぞいやしないのに、ひそひそ話でもするかのようにチケットが俺の耳元に口を寄せる。そして、熱っぽい息遣いでもってささやいた。 「……まあ、別にそれぐらいなら構わないけど。てかチケットは嫌じゃないのか?」 「あ、アタシ?! アタシは嫌じゃないよ、っていうか嫌だったらお願いなんてしないから! まあいいや、よおーしっ! ……へへ……頑張るぞおーっ!!!!」 「そうか、ならいいか! よっしゃ、頑張るぞ、おおーっ!!!」 こうして、担当と熱い握手を交わし、パートナーとしての友誼の深さを確信した俺は、そのままのやる気と勢いでしたためた嘆願書を学園上層部へと提出。俺の思いは粛々かつ渋々受理され、翌日からは平穏なトレセン学園がまた戻ってきた。 ――ただ、これまでの学園生活とは多少異なる所もある。
11 22/07/31(日)00:30:02 No.954939461
「おーい、トレーナーさーん!」 「おお、チケット!」 「いつものしようよ、いつもの!」 「了解、さあ、来いチケット!」 「うわあーいっ!!!」 「済まない、二人とも、そのなんだ……」 「あー……うん、皆まで言う気はないけどさあ……」 「なに、ハヤヒデ、タイシン?」 「TPOってヤツ、弁えなよマジで……アタシだってそこまでは……」 「そう言われてもなあ、これ位は普通なんじゃないのか?」 「いや、待ってくれ。それはややおかしいと言うか、スタンダードではないように思うが……カップルとはそういう物なのか……?」 「ええ? 俺たちはカップルじゃないぞ、なあチケット」 「………………うんっ、そうだね! ただのスキンシップだから、まだね!」 出会った勢いで強烈なハグのやり取りを交わし、相手の頬をお互いの指先でもって突き合う。そんな姿を見ると大体みな呆れたような顔をする。だが、これはそう。誰かの言葉を借りるなら一歩半。俺たちの距離が近くなった証だ。あの日チケットから提案され、俺がそれに頷くと翌日からこうなったのだ。
12 22/07/31(日)00:30:02 No.954939464
怖いものを流行らすな
13 22/07/31(日)00:30:51 No.954939759
チケットが口にした『まだ』に、二人は大きな溜め息をついた。しかし友人たちのそんな様子を見ても、チケットは晴れの日の太陽のようにニコニコ笑っていた。 少々手持ち無沙汰になった俺は、頭の後ろに手を当てて自分の首を軽く揉む。いや、腑に落ちないような顔をされても困る。別にハグくらいならどうということもないだろう。何も起こるわけがないのだ、当のチケットだってただのスキンシップだと宣言して理解しているのだから。まさか、まさか自分に『そういう』目を向けているわけもないだろう。まあ、なんにせよ。全てが間違っていたにせよ。とりあえず今回の騒動は終結した、俺たち二人の関係を強めてもらったうえで。だから、もの凄い未来の話はやめよう。これが後年どう響いてくるのかは、まだ誰にも分からない話なんだから。うん、多分…… やけに親密になったように映る、タイシンとハヤヒデの傍で。ぼうっと控えたトレーナーたち、そう俺の同僚のやつれきった姿からはなるたけ目を逸らしつつ、俺は明後日の空を見上げた―― ――あ、ちなみに噂を広めた下手人はついぞ特定できなかった。この案件は多分、相当に根が深いようだ。恐ろしい話だよな、全く。
14 <a href="mailto:s">22/07/31(日)00:32:13</a> [s] No.954940247
チケットに迫られたら逃げられないと思ったんだ 俺が書きたかったのは以上だ…
15 22/07/31(日)00:35:21 No.954941553
チケットとハグしておいて何もないだと…?
16 22/07/31(日)00:39:36 No.954943246
チケットがやろうと思えばすぐ落とせそうなトレーナー
17 22/07/31(日)00:47:39 No.954946278
誰が流行らせたんだよこのおまじない…
18 22/07/31(日)01:05:39 No.954953414
こわい…
19 22/07/31(日)01:12:46 No.954956312
>誰が流行らせたんだよこのおまじない… だいたいダスカ
20 22/07/31(日)01:25:13 No.954961041
おまじないというか集団催眠の類じゃないこれ?
21 22/07/31(日)01:25:42 No.954961230
>だが、これはそう。誰かの言葉を借りるなら一歩半。 聖なるポエム実際に語ったの!?
22 <a href="mailto:s">22/07/31(日)01:35:43</a> [s] No.954964512
>聖なるポエム実際に語ったの!? 同期なら酒の席とかで聞いててもおかしくないかなって…