虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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    22/07/20(水)20:44:05 No.951214480

    1 22/07/20(水)21:05:11 No.951223465

    自室のベッドに向かうのも億劫になって、私はリビングのソファへ乱暴に身を投げた。 身体を生地に埋没させる。吊城の本邸に昔からある高級ソファは未だに座り心地を損なっていない。寝心地も然りだ。 髪や肩が少し濡れていたが無視できる程度の加減だった。着替えさえせず、仰向けで目を閉じた。 小雨は夜半からめそめそと降り出した。それがさらさらと外壁や窓を打つ音がささやかに私の耳へ届く。 静かだった。それに真っ暗だ。当然だ。館内に明かりは一切灯っていない。私以外に息遣いのあるものはない。 いつものように夜中に戻ってきた私を出迎えるものなど、この屋敷には何ひとつとしてない。 妙に気分が落ち込んでいた。きっと雨のせいだ。 予報では降らないという話だったのに、帰り道の途中で我慢しきれずに小さな雨粒は天から落ちてきた。 大した雨ではないが、おかげでパーカーのフードを被って走って帰らなきゃならなくなった。 ああ、なんて間の悪い。…そこまでだらだらと思考して、自分の暗澹とした気持ちの理由を勝手に天気へと押し付けている自分に嫌気がさす。 雨が悪いわけじゃない。誰に責任があるわけでもない。あくまで自分の問題でしか無い。

    2 22/07/20(水)21:05:28 No.951223578

    天気なんてものに自分の嫌気を預けて、少しでも軽くしようとした自己逃避にすぎない。 …夜は苦手だった。正確に言えば、夜のこの館が苦手だった。 ここには蓋を開ければ苦しむしかない記憶ばかり眠っている。こうして瞼を閉じればすぐに蘇ってくる。 ここで家族と過ごした日々が少なくとも私にとって悪いものではなかったという事実がよりそれを際立たせる。 きっと幸福だったはずのものは全部陽炎になってしまった。あの日全て燃えてしまった。 熱を覚えている。肺まで焼け爛れそうな空気の熱を。 姉以外に入ることを許されていなかったはずの工房へ父と母が私を乱暴に押し込んだ、あの痛みを覚えている。 ふたりとも身体に火がついていた。父は片腕が炭化していたし、母は顔の半分が焼き焦げていた。 そんな状態でありながら、ふたりは壊れたロボットみたいな動きで私を姉の工房へと捩じ込んだ。 顔を、覚えている。開け放たれた扉の隙間から見えた、ふたりの顔を。 炎に包まれていくふたりの表情は激痛の苦悶もなく、さりとて私を安全圏に逃した安堵もなく、硝子のように透き通っていて、その底のない透明さに自分の状況も忘れて私はぞくりと背筋を粟立て───

    3 22/07/20(水)21:05:44 No.951223722

    「…ぉえ…っ」 こみ上げた吐き気をこらえるために暗闇の中で身を起こした。 その場に吐瀉物を撒き散らさないためにしばらくそのままの姿勢で短く呼吸を繰り返す。 喉の奥までせり上がったものが残念そうに胃の中まで戻っていってから、私は手を伸ばし慎重に卓上を探って水差しを手にした。 いつの間にか喉がからからに乾いていた。水差しの注ぎ口に直接唇をつけた。 唇の端から水が溢れて胸元を濡らすのも構わず、満足できるまで水を飲む。僅かに潤うことで、あの日の熱も少しだけ遠ざかった気がした。 ひとりの人間を形成するのが記憶の連続だとするなら、あれは私にとって原初の記憶だ。 吊城の別邸と共に全てが燃えていく光景。眼の前で両親が両親だった消し炭に変わっていく一部始終。 姉…恋果も新宿区を飲み込んだあの劫火の中で父と母と同じように炭へ変わっていったのだろうか。遺体はおろか遺骨や身につけていたものさえ吊城の家には戻ってこなかった。 あの大火の原因は8年経った今でも世間では様々な憶測が飛び交っているが、私にははっきりと分かっている。 聖杯戦争だ。あの魔術儀式は私から全てを奪っていった。あの日までの私自身を含めた全てを。

    4 22/07/20(水)21:05:57 No.951223807

    幼くそして姉のような並外れた才能も無い私に、吊城家の関わった聖杯戦争に対して働きかける力など何も無かったのは百も承知だ。 それでも思ってしまう。腰まで埋まった者へとへばり付いて逃さない泥濘のように、無意味に、無価値に、私へ問い続ける。 どうして。どうして、生き残ったのが私だったの。 優れた両親ではなく、それよりも更に優れた恋果ではなく、どうして私だったの。 私がこうして生き長らえていることに、どれだけの意味があったというの。 命は平等という言葉があるけれど、それが本当だとするなら、“平等”という数式で運命が示せるのだとするなら、イコールの先に残った命は私であるべきだったの。 どうして。 ───なんてカタチのない罪悪感。行き場もなく、戻る場所もなく、振り下ろす先もない。まるで罪を感じ続けるためだけのシステム。 私はたぶんこうして何に怒ればいいのか、何に泣き叫べばいいのか、まるで分からないままとぼとぼと生きていくのだろう。 それとも年月の経過によってこの罪深さも風化していくのだろうか。 それはそれで、まるで自分が厚顔と無恥を備えた別の生き物になっていくようで耐えられないほど気味が悪かった。

    5 22/07/20(水)21:06:10 [〆] No.951223895

    「…やっぱり、シャワーだけでも浴びよう」 ソファの端から投げ出していた足を絨毯の上に戻し、スリッパの位置を探った。 よろよろとリビングを出ていく。明かりのスイッチは入れなかった。電気の明かりはどんな私に対しても無遠慮で、あまりに眩しすぎる。 それに生まれた時から慣れ親しんだこの館は手探りさえせずに感覚だけで歩き回れた。 そうだ。この親しみがこうして私を苦しませるのが分かっていながら、私は兎月の家の人たちによる親切な誘いを断ってここに住んでいる。 それが苦しむという自傷行為のための選択だったのかと自問自答したならば───私にも分からなかった。 矛盾だ。夜のこの家から逃げたくて夜歩きなんて真似を習慣化している癖に、この家からは離れようとしない。 私の中の何が私にそうさせているかなんて私自身が私に聞きたいくらいだ。答えは出ずに、8年経った。 暗い廊下にスリッパが絨毯を擦る音が響く。湯船にちゃんと浸かるなんてキミドリさんがやってくる日くらいなので当然お風呂の用意はできていない。 外の雨音が少し強くなった気がした。それはまるで檻のようにこの屋敷を包んで、誰も逃さないようにしているかのようだった。

    6 22/07/20(水)21:20:07 No.951230124

    アンニュイキャッツ!

    7 22/07/20(水)21:21:15 No.951230640

    よわよわキャッツ!

    8 22/07/20(水)21:25:08 No.951232462

    生きるのしんどキャッツ!

    9 22/07/20(水)21:30:41 No.951235031

    ねこにいっそ全部捨てちゃえよ…って言う神父の気持ち分かった!

    10 22/07/20(水)21:31:29 No.951235363

    でも捨ててもねこは楽にならねーんじゃねーかな…

    11 22/07/20(水)21:32:38 No.951235878

    めんどくせ!ねこめんどくせ!