虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

1 22/07/20(水)02:24:38 No.950993700

入学してくるウマ娘の比率が代わることで、当然、トレーナーは活躍の機会が多い短距離や2000mの前後の適性を持つウマ娘を積極的にスカウトするようになり、長距離を専門をしていたトレーナー達も時代に合わせるか、そうでないものは姿を消した。 メジロブライトの元トレーナーはその中で、数少ない長距離専門の生き残りともいえる存在だった。同じく数少ない長距離の適性を持つウマ娘たちは、彼を頼るようにして指導を仰ぎにやってきて、精いっぱいに汗を流す。だが勝ち上がれる者は少ない。 これも彼女達の素質だけが問題ではない、ジュニア級の長距離レースの皆無、グレード級のレースの少なさ、適性レースの集中。全て時代が敵となっている。 だが諦めるわけにはいかない。とトレーナーは思う。一人でも長距離適性のウマ娘がいる限り自分の存在する理由がある。例え時代の波が自分達を打ち砕こうとしても立たねばならない理由があるのだ。

2 22/07/20(水)02:25:04 No.950993776

「皆さま～、一休みいたしましょうか～」 やがて、学校側からゆったりとした柔らかな声が聞こえてきたと思うと、トレーナーの元担当であるメジロブライトが大きなを超えて巨大なお弁当箱を片手に手を振りながら歩いてきていた。その指からは指輪が煌めいて見える。卒業してから二人は担当とトレーナーという関係ではなくなったが、パートナーという関係は失われることなくさらに歩みは大きく進んだ。ブライトにしては早すぎると誰もが言った。 トレーナーが休憩と言う前に、わっと教え子たちがコースから飛び出して、ブライトを囲むとすぐにブルーシートやらなんやらを持ってきてみんなで座り始める。誰一人として例外なく、チームのウマ娘たちはおっとりとして優しいブライトと一緒にやってくる美味しい弁当が好きだった。 「まったく、まだ何も言ってないんだけどなぁ」 トレーナーが優しさを隠し切れない声色で注意をしながら、自らもブライトの隣に腰を下ろすと、生徒達は悪戯が見つかったような子供のような表情で笑った。

3 22/07/20(水)02:25:58 No.950993901

「えへへ、すいませんトレーナー！ もうお腹ペコペコで！ ブライトさん、また今度温泉旅館お邪魔してもいいですか！」 「もちろん～み～んなでお越しくださいね～。はい、あなた～」 「ありがとう。あぁ、今日も美味しそうだな～」 そうしてパートナーから自分専用のお弁当箱を笑顔で受け取ると、恒例とばかりにひゅーひゅーと周りから声が上がる。お弁当は必ずと言っていいほど白米部分はふりかけでハートの形に装飾されていた。最初から熟年夫婦のような雰囲気をまとわせながら、いつまでたっても新婚気分が抜けきらないような二人が、なんだか学生たちにとっては羨ましい。 春の日差しのように暖かな、青く広い食卓を囲みながら賑やかな会話がしばらく交わされた。天皇賞に勝つ、長距離の時代を作る、テストの点数が悪かった、料理が美味くなりたい。それぞれが夢や日常を語り合い、笑い合う。その中で一人のウマ娘が幾度か言い淀み、そして決心してひと際大きな声をあげた。 「あのっ！ トレーナー、外国に行っちゃうって本当ですか！？」 「いや、行かないよ？」

4 22/07/20(水)02:26:11 No.950993950

おそらく情報源に信頼も、情報自体に確信もあったのだろう。だがあまりにもふわっとした返しにそのウマ娘は前のめりに倒れそうになって、なんとかバランスを保った。 「で、でも、欧州からスカウトが来たって」 「あぁ、来たよ。でも断った」 今度こそチームはざわついた。欧州では長距離レースの改革を進めるために、優秀な専門トレーナーのスカウトに力を入れているとはもっぱらの噂で、それは実際に引き抜きによって事実と化していた。欧州にいけば今よりも待遇改善され、名も上がることは確実で断るトレーナーはまずいない。はずだった。 「ど、どうして？ あっちだったらパーッと花咲けるかもしれないのに」 「俺はもう一度咲いている。ブライトのお陰で色んな名誉を分けて貰えた。すでに咲いた花が居座っていたら後から咲くつぼみの邪魔になるだけさ」 それに、といってトレーナーはそっとブライトを引き寄せた。 「可愛い奥さん放っておいて外国に行けるか」

5 22/07/20(水)02:28:35 No.950994352

ひゅーっとまた生徒達の揶揄が飛んできたが、腕の中にいるブライトだけが彼の真意を知っていた。彼がいなくなれば誰がこの子達を育てるというのでしょうか。彼は未だわたくしと共に走ってくださっている。長い長い、メジロの光としてのレースを。 妻はそれが何より嬉しくて、夫はそんな妻がやることをどうしようもなく愛していた。 「あ、ブライトさん今赤くなってる～」 「いつもワンテンポ遅れるんだからー」 「うふふ～、これでも昔よりはとってもはや～くなったんですよ～？」 生徒達の笑い声を聞きながら、そう言えば言おうとしていたことが、とブライトはそっとトレーナーの耳に口を近づけた。 こそこそ、とそれは立った一言二言であったが、それを聞いた瞬間トレーナーは口をあんぐりと開けて、ブライトを見つめた。メジロの光がゆっくりと頷くと、彼は大声をあげて妻を持ち上げてその場でグルグルと回り始めたので、生徒達は自分の弁当たちを守らなければならなかった。 だが、そうでもしないとトレーナーは嬉しさで爆発してしまっていただろう。新しいメジロの光が宿ったのだ。それは未だ小さいが、十年、十五年もすれば暖かな、大きな光になるだろう。

6 22/07/20(水)02:29:17 No.950994462

やがて、生徒達もブライトの口からその一報を聞くと、同じように騒ぎ始めた。遠くで見た人間たちは何事だろうと思うだろうが、それでも構わなかった。今なお、彼女達に襲い来る逆境は波高く、勢いは弱まることを知らない。だが、いつかは雨は止むし、夜は明ける。その夫婦のチームは今は歴史に名を残さずとも、未来には残るだろう。 だから精々、ゆっくりとしかし確かに一歩を歩んでいこうじゃないか。 そうチームは笑顔を絶やさずに思うのだった。

7 <a href="mailto:s">22/07/20(水)02:31:19</a> [s] No.950994772

生きてゐる幸福は あなたも知ってゐる 私もよく知ってゐる 花のいのちはみじかくて 苦しきことのみ多かれど 風も吹くなり 雲も光るなり

8 22/07/20(水)02:34:44 No.950995189

いい…

9 22/07/20(水)02:37:51 No.950995542

>生きてゐる幸福は >あなたも知ってゐる >私もよく知ってゐる >花のいのちはみじかくて >苦しきことのみ多かれど >風も吹くなり >雲も光るなり これブライトとトレーナーを表してる感じでいいね…

10 22/07/20(水)02:40:22 No.950995859

マキハタサイボーグ作ったんですね！？

11 22/07/20(水)02:45:45 No.950996464

身重の奥さんは丁重に扱わないとと思ったけど本当に嬉しかっただろうし言うのは野暮だな…

12 22/07/20(水)02:47:19 No.950996598

なんて穏やかで雰囲気の良さそうなチームだ…

13 22/07/20(水)02:47:55 No.950996656

将来のメジロたちは何してるんだろうな…一番結婚遅そうなのはライアンとして…

14 22/07/20(水)02:50:30 No.950996895

まるで情景が浮かぶような…良いものだったありがとう

15 22/07/20(水)02:52:29 No.950997060

素敵だ…

16 22/07/20(水)03:02:52 No.950997943

すごい逆境の中にいるのに穏やかに笑って諦めずに努力できるっていいよね…

17 22/07/20(水)06:10:37 No.951008709

老兵は消えるのみだが…「今ではない」よね

18 22/07/20(水)06:25:10 No.951009573

>風も吹くなり >雲も光るなり この後しばらくして 長距離走れるスタミナを生かして中距離もハイペースで走る時代が来るんだよね…

19 22/07/20(水)06:33:47 No.951010105

美しい文章を見た…

20 22/07/20(水)06:37:49 No.951010398

めっちゃ良い… ストレートな幸せが効く…

21 22/07/20(水)06:42:15 No.951010709

放浪記か…いいね…

22 22/07/20(水)07:08:31 No.951012622

>>風も吹くなり >>雲も光るなり >この後しばらくして >長距離走れるスタミナを生かして中距離もハイペースで走る時代が来るんだよね… ターフの独裁者の時代か…

23 22/07/20(水)07:46:19 No.951016333

素敵だ…

24 22/07/20(水)08:11:53 ID:.wZ75Hk6 .wZ75Hk6 No.951019806

ウマムスマーdel

25 22/07/20(水)08:30:25 No.951022424

共にずっと一緒に歩んでいくの良い…好き…