虹裏img歴史資料館

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22/07/18(月)01:06:15 薬を調... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1658073975368.jpg 22/07/18(月)01:06:15 No.950264391

薬を調合し、やがて光を放つだろう試験管をじいっと見つめる。まだ反応はない、部屋に光は走らない。はてさて成功、いや失敗なのだろうか。顎に手を当て首を捻ろうとした瞬間、閃光と呼称するにしてはささやかな明かりが、私の目蓋を作動させた。唇の端が弧線を描くように動き出す。どうやら実証段階の一つは成功のようだ。続いて用意しておいた試験管を手にしたトングでつまみ上げ、内部の溶液をピペットで吸い上げる。それから、まだ火にかけている、光の薄まりつつあるもう一方へ。慎重に、一滴、二滴もう一滴と垂らした。 「ふむ……」  反応が強くなる、段階の二つ目を通過。ここまで進めば安定する、マドラーを差し込み攪拌させる。硝子同士に弾ける鳴動、響きが四と五を通り抜ける。第二関節で味わう刺激に満足したら、試験管立てにそいつを置くことなく、左手で握りしめたトングに挟んだまま、既に蒸らしておいたティーポットの方へと歩みを進めた。

1 22/07/18(月)01:07:21 No.950264745

 戸棚より取り出しておいた二人分のカップとソーサー。鼻歌交じりに準備の整いきったテーブルへとにじり寄り、秒もせずに辿り着いたなら、口元を緩ませながら紅茶を淹れ、カップのひとつを彼のもとにおく。私はどこにも腰掛けずに、いや向かい合ったソファーの背もたれ、その角部分に軽く臀部を預け、混ぜ込み、ティーカップに口付ける。ルフナ地方特有の甘くて上質なセイロンティーだ。濃密さと香り高さに酔いしれるため、安らかに瞳を閉じる。 「あの頃は……良かったねえ……」 「いやいや、ひとを勝手に死んだ風に扱わないでくれよ」 「おっと、悪かったね。でもねえ、こう、時折意味も無く洒落てみたくなったりしないかい?」 「シャレになってないんだよ、君の場合は」 「あっはっは……そいつは悪かったね」  手を鳴らして笑いたくなったが、片手が塞がっているからそれは出来ない。代わりに親指の付け根辺りを叩いてやる。紅茶をこぼさない程度の音量だったが、空間的にも気分的にも十分にリバーブした。

2 22/07/18(月)01:07:52 No.950264904

 温くなりつつある紅をもう一口飲み込む。相変わらず甘い、ひどく懐かしい味だ。ふわり。空に羽毛が漂うように、あの日と同じ角砂糖のにおいが紅茶からする。砂糖の飽和した紅茶からは、もはやその香りしかしない。だがそれすらも懐かしく思える。 「もう何年経ったんだろうねえ」 「何言ってるんだよ、まだ始まったばかりなのに」 「そうだねえ、私がバカだったねえ」 「バカなわけあるか、君は賢いだろ。で、今日は何の実験なんだ?」 「そうだね、今日は自白剤の応用さ。本音を聞き出す薬を作ったんだ、即効性も抜群のやつだ。そして、もう混ぜ込み済みさ」  そう説明してやると、彼は無邪気に自分の頬を叩いたりつねったりしてから、どうにも釈然としないような面持ちで言った。 「……なるほど。でも特に変わった感じはしないけどなあ」 「そりゃ君は大体まっすぐだからね、今回はまあどちらかというと……」

3 22/07/18(月)01:08:28 No.950265072

 もう少し言葉を紡ごうとして、蛇足感の強さに自虐的な笑いが漏れた。人肌程度の温もりにまで冷めた紅茶をゆるやかに呷る。大きくもないカップに、あと一口分だけの赤色が残った。  続く、続く、アスペクト。  移りゆく毎日。  星の散る昨日。  究めてく明日。  果にある今日。  光る、光る、デイライト。  紅茶と薬剤の混ざり合った思い出が、内側から表側に出現して、噛み締めた空気によってさらに、答えのない反応を繰り返す。ああ、何故、今になってまでも私は。感傷を味蕾に乗せねば味を確かめられないのか。味覚に乏しいのだとしても、こうまで不安を感じる必要などありはしないのに。  脚に走り抜ける稲妻の、時代は一体いつのものだ。競争に研究に明け暮れたのはあれか、仲間と共に進んだあの記憶はそれか。宮に疼く子の生命は、あの笑顔はどこから産まれたのだ。私は、思い出から何を探そうとしているのだろう。思い出を刻んだカードの一枚一枚が、リフルシャッフルによって混ざり合い、十代、二十年、いつしか三十路を超えてこの瞬間にまで至る。

4 22/07/18(月)01:09:05 No.950265257

 ああ、思い出の最後、歩いてきたその先で誰かが佇んでいる。見慣れた背中、見慣れたうなじ、聞き慣れたあの声が、聞きたい。振り向かせるために、私から何か声を掛けよう。思い出はそう言っている、そう語り掛けてくる、だから、私は―― 「君は――」 「――タキオン、タキオン、はあ。まったく、なあ……」  視界の外から振り下ろされたであろうげんこつに、耳と耳のあいだが痺れる。ソファーに座っていたはずの彼が消える。トリップしていた風景が途切れる。薬と雰囲気の効果が消滅する。星の舞わない程度の痛み、その方へと振り向くと、不思議なもので雨だけがわずかに舞った。 「あいたたた」 「何をやってるんだ君は」 「そりゃ実験さ、今日もね」 「離れのコテージでなんて、珍しいこともあるもんだな?」 「……おぅやおや、いったい誰だったかねえ、君は?」 「濁すにしたってもっと面白い冗談にしてくれ」  ああ、鮮明な視界に胡麻よりも塩の割合が多くなった彼が映る。これは思い出じゃない。実体がある、私と時代を刻んできた彼の姿に違いない。

5 22/07/18(月)01:10:02 No.950265538

「もうすぐご飯だぞ」 「もうそんな時間なのかい、随分と早いもんだねえ、なんだか」  私のつぶやきに彼は何も答えない。何度か瞬きしたあと辺りを一瞥し、恐らく理解して、深いため息を吐いた。 「懐かしいもんな、なんとなく。ここ」 「そうだねえ、あの頃の雰囲気が、残り香があるような気がするんだ。器具を使うともっと、ね」  先程作って混ぜ込んだものは、本音を聞き出す薬などでは決してない。誰かに声を掛けられるまで、ひどく限定的な幻覚作用をもたらすことのできるだけのもの。私謹製の薬で特許も取得済み、名をメモリーライツ。光る思い出の薬。脳内報酬系に打撃を与えたり、価値観を崩壊させ得るような依存性があるわけでもない、記憶の海を足がかりにするだけのおもちゃのような薬。 「何か」 「うん、なんだい?」 「思い出したくなったのか?」 「……そうだねえ、少し。少しだけ、ね」 「どうして、って。聞いていいのか?」 「それは恥ずかしいから、やめておくれ」

6 22/07/18(月)01:11:11 No.950265864

 それだけを言って顔を逸らすと、彼はまた、いや先程よりも柔らかい息を吐いた。いつかより細くなった、それでも随分と骨張った固くて厚い手のひらで。私の思い出と感傷を包み込むように、肩を抱き寄せてくれる。 「君は相変わらず優しいねえ」 「タキオンほどじゃないよ、俺は」  彼が良く座る場所に置いた、冷めきった紅茶。私を伴いながら静やかに歩き、やがてそれを手にして、彼は。かつてと同じように、寸分違わぬ速度で一切のためらいなく、勢いよく飲み切った。 「思い出、もっと沢山作りたいねえ」 「そうだな、数十分じゃ思い出し切れないくらいには」 「じゃあ、今日のごはんを脳裏に刻むとしようかな。ふんふん、おやこれは。冷やし中華かな?」 「さあ、なんだろうな」 「なんだよー、教えてくれよー」 「君の好物だよ、タキオン」  のんびりした歩調でコテージを離れ、家族のいる家へと二人歩く。雑談を交わしながら思考を並列で走らせる。次に薬を使うときは、訪れるのだろうか。さあ、それはきっと。誰にも分かりはしないのだろう。それでも、きっと。いや、確実に。思い出は増え続けていく。なら、次があるならきっと。

7 <a href="mailto:おわり">22/07/18(月)01:13:55</a> [おわり] No.950266669

「――それは、楽しみだね」  くすり、と。洒落のような笑いが溢れる。  不思議なもので、それだけのことが何故か、心の奥底に鮮明な色で刻み込まれていった。

8 22/07/18(月)01:15:52 No.950267243

言われないけどモルモット君も良い杖してるよね…

9 <a href="mailto:s">22/07/18(月)01:23:13</a> [s] No.950269249

ジジババになっても変わらない関係を書きたかったけどタキオンむずかしいね雑な仕上がりでごめんよ

10 22/07/18(月)01:25:41 No.950269885

気の利いたことは言えないがこの文章の雰囲気好きだぜ

11 22/07/18(月)01:34:41 No.950272098

年を重ねたタキモルもまたよいものかと

12 22/07/18(月)01:53:43 No.950276435

穏やかな雰囲気でいいね…

13 22/07/18(月)01:56:04 No.950276924

この薬めちゃくちゃ稼いでそうだな…

14 22/07/18(月)02:05:55 No.950279031

この薬はちょっと依存性が危ない…

15 22/07/18(月)02:11:00 No.950280107

上手く言えないが歌…というか詩的という表現があってるかな 不思議な感覚だ

16 22/07/18(月)02:16:42 No.950281219

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17 22/07/18(月)02:25:10 No.950282894

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