22/07/14(木)00:17:15 パワー... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1657725435596.jpg 22/07/14(木)00:17:15 No.948804770
パワーと映画を見に行くのが日常となった。 パワーの好きな映画は「ジュラシックパーク」とかそういうわかりやすい映画だ。名画座で見せた「ターミネーター2」もよくトイレを我慢して食い入るように観ていたのを覚えている。アクション好きなんだなパワ子。「コマンドー」と「コブラ」の連続上映会に言った時も血沸き、肉踊ってた。どうやら趣味は合うらしい。 逆に恋愛物やミニシアター系のしっとりした物はどうやら好き嫌いがあるらしい。 「男と女のカンケイが薄っぺらいんじゃ」とか平然と口にする。お前この間まで「どうしてコイツら交尾しないんじゃ?」とか俺に聞いてたのに、恐ろしいほど目が肥えて来ている。映画館通いがパワーのスポンジみたいな脳みそに水を与えたようなそんな印象を覚える。この調子で家事と文字の読み書きも覚えて欲しいもんなんだけどなぁ…。
1 22/07/14(木)00:17:56 No.948805012
夕餉の時間、俺は肉じゃがを作り、グリルでは塩サバがいい脂の爆ぜる音を醸し出している。パワーは苦手なレタスをちぎる作業に苦戦していた。と言っても「ワシは食わないからな」と割り切って均等にレタスをちぎっていた。まぁ食わすんだけど。 「パワー、」 唐突に俺がきりだした。 「どうしたデンジ?」とパワーは答える。 「明日、非番だろ?映画見に行こうぜ?」 「うーん、ええがデンジの見る映画難しいのが多くて好かん」 「そういうなよ、面白いかもしれないだろ…パワーの言う通り場末のミニシアターだけど…なんかフランスの映画だってさ、おフランスなら小洒落てていいんじゃないか?パリ・コレの国だぜ?」 「そうか!おしゃれならワシも好きじゃのぅ…行きつけのおしゃれ屋さんが何軒もある位じゃ」 「おしゃれ屋」と言うのは多分洋服屋の事だろう。その言葉通り。パワーは結構おしゃれさんだ。どこで見つけてくるかわからないが、常に洋服は大胆かつ綺麗に纏まってる。原宿系ファッションまで手をだしてる。…文字が読めないのによくやるもんだ。 ―――という訳で明日は二人でミニシアター系の小さい映画館に行くこととなった。
2 22/07/14(木)00:18:12 No.948805094
翌朝、俺はいつものTシャツにジーパンだが、パワーはかなり気合が入ったルックスだった。 「パリ・コレが行われる訳じゃないからな」と釘を刺したが 「雰囲気を楽しむんじゃ」とパワーはゴキゲンな様子だった。そうだよな、こういう時でないとこんな格好できないもんな…オシャレって。俺には想像できない世界だ。 小さい映画館には購買がない、出来合いの冷めたポップコーンとクラウンコーラとか言う聞いたこともないコーラしかおいてない所もある。 なので、映画やってる最中に食べるものだけ用意する。簡単にいえばハムサンドだ、パワーの分はピクルスとレタスは抜きにしてハムを二枚入れてやる。それが優しさってものだ。 電車を乗り継いで二本。小一時間ほど経ったら映画館についた。 「なんじゃぁボロいのぉ」とパワーが言った。パワーの言う通り外装はサビまみれで綺麗ではない、封切り映画のポスターだけが新品で輝いて見える。 唯一輝いているのはステンレス製の枠にガラスが張られた古ぼけた切符売り場にはモギリのおばちゃんが一人のほほんと卓上TVを観ていた。
3 22/07/14(木)00:18:44 No.948805287
とりあえず声をかけて「✗✗○○大人二枚で」と伝える。すると 「カップルね、割引だから二人で1500円でいいよ」と答えが返ってくる。 「ラッキー!」「お得じゃのぉデンジぃ」と笑いながら劇場へ入る。 この手の映画館にしては珍しい総入れ替え制で。先客がポツラポツラと見える。 俺とパワーは売店でスプライトを2つ買おうとしたがセブンアップしかないとの頃でセブンアップにした。パワーが物欲しそうだったのでついでにウェハース菓子とM&Mのチョコ菓子を買った。「上映まで食うんじゃねぇぞ」と言ったが、もうウェハースには手を伸ばしていた。 そしていよいよ上映時間間近だ、パワーをトイレへ連れて行く。「ワシ、したくないが」と言うが無理やり出させないとどうせ途中でトイレを催すからだ。ついでに俺も用を足す。 そして、疎らな客席の中。中央のど真ん中に陣取って映画を観てやる。パワーは「これほんとにパリコレか?」と不安そうであったが、映画が始まれば集中するだろう。
4 22/07/14(木)00:19:08 No.948805407
――そして、照明が消され、銀幕に灯りがつく、本上映が始まる前に銀幕がちょっと動く瞬間がたまらなく好きだ。 映画の内容はこうだ、フランス、パリの片田舎・コンクリで出来た団地を舞台に男と女や近所の人との一問答を描いた短編映画だった。画の作りは巧妙でなかなかだが、荒削りの所が多くて個人的には凡作だ。 しかし、それに反してパワーは食い入るように観ていた。差し出したサンドイッチにも一切手を付けず。本当に銀幕と目がくっつくんじゃないかって位真剣に見ていた。 上映が終わった後もパワーは終始呆然としていた。そこまで派手な演出があった訳でもなく、ただ男と女が幸せな仲になり、軽くキスをする。その程度でエンドロールが流れる訳だが。パワーはその映画に何か魂を抜かれたようなそんな具合だった。 帰り道、劇場近所の喫茶店で感想でも聞こうかと思ったが。パワーは寄り道したくないとそのまま家へ帰ってしまった。せっかく好物のカツ丼がありそうな喫茶店というか喫茶店の名を借りた定食屋だったのに。
5 22/07/14(木)00:19:32 No.948805533
家に帰って改めて感想を聞いた「映画はいいもんじゃのぉ…デンジ」とパワーはしみじみと語ってくれる。 「何処がよかった?」と聞くと「雰囲気、雰囲気がよかったんじゃ女優さんもべっぴんだったしのう」となかなか映画通な返しが返ってくる。パワーをここまで魅了した映画はこれが初めてかもしれない。それほどの惚れっぷりだった。 次の休みもその映画を見に行こうと誘われ、見に行った。その翌週も上映終了するまで見通した気がする。 言われてみれば悪い映画じゃないなと思いながらみてたが、パワーは終始銀幕に食いつくように顔を覗かせており。ハマりっぷりがわかる様子だった。 上映終了直前にみた時は「もう見れないのかのぉ…」と寂しそうだった。 「またどっかの映画館でやるよ」とはとてもじゃないが言い切れない小規模な映画だったのでパワーの肩をただ、抱えて返った。