22/06/30(木)01:27:27 あれ?... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1656520047467.jpg 22/06/30(木)01:27:27 No.944036548
あれ?どうしたのお兄さま、こんな夜遅くに…。 また寝れないの?そうだね、最近ちょっと暑くて寝苦しいもんね。 でも明日も早いし寝なきゃだめだよ。 ……ふぇっ!?ライスに読み聞かせしてほしいの?えぇ……。 えっ…でも……。…うん、わかった。 それじゃあね、ええっと…。今日はこのお話にしよっか。 『塞翁がウマ』
1 22/06/30(木)01:28:02 No.944036657
そのウマ娘のトレーナーは少し変わった人でした。 あるトレーナー室にて。トレーナーと黒鹿毛のウマ娘が、椅子に座り、向かい合って打合せをしています。 「あのさ、トレーナー」 「何だい?」 「アタシ…引退するわ」 その言葉をトレーナーは黙って聞いていました。 現在、このウマ娘はオープンクラス。主な勝ちレースは、ダート1400mのオープン戦、欅ステークス。 そこからG3のマリーンステークス、エルムステークス、根岸ステークスなどに挑みますが、どうにか掲示板を確保するのが精いっぱい。 それは彼女自身の実力が足りないだけではありませんでした。 彼女は「喉なり」という持病を抱えていたのです。 喉なり。それは喉頭口が狭くなり、呼吸のたびに息が荒れてしまう病気のことです。人間でいえば喘息をイメージすると近いのかもしれません。 レース中に全力疾走するウマ娘は、当然呼吸の際に大量の空気を必要とします。しかし、喉なりを抱えてしまうと十分な呼吸をすることは当然できません。
2 22/06/30(木)01:28:26 No.944036738
ひどい場合ですと、無呼吸で全力疾走する羽目になってしまいます。喉なり持ちとは、そんな命の危険も抱えた、競技をするウマ娘からすると非常に致命的なものでした。 それでも自分の持病とも向き合っても、まだ尚レースに挑み続けてきた彼女。しかし、最近は掲示板に乗ることすら出来なくなってきています。 そろそろ潮時だろう。そう彼女は考え、遂にトレーナーに引退を口にしたのでした。 トレーナーは彼女の顔をじっと見ると 「そうか」 と一言言い 「よかったよかった…」 と神妙そうに頷きました。 その言葉に、ウマ娘はつい顔を顰めました。病気を原因とした苦渋の決断。それを「よかった」というトレーナー。この言葉に頭にくるのは当然のことです。 しかし、彼女は顔を顰めるだけで、声を荒げたりはしませんでした。不思議なことに、彼がそう言うと、悪いはずの状況が結果好転することが度々あったからです。 (なんでそういう事言うかな…) ですが心の中の不満は消えることなく。ただその「よかった」という言葉をかみしめて 「はぁ~……」 とウマ娘は苛立ちのこもったため息を、天井を見ながら吐き続けたのでした。
3 22/06/30(木)01:28:46 No.944036805
しばらくしたある日のこと。 「トレーナー!!!」 「うん」 「受かった!トレーナーの資格取れたよ!!!」 ウマ娘は競技生活を引退しました。しかしその後、トレーナーの資格勉強を必死に行い、遂にその資格を取ることができたのです。 「やったな」 「うん!!!」 すっかりウマ娘の目は光に満ちています。競技生活は満足に行えなかった。しかし代わりに指導者としてならやっていけるかもしれない。新たな目標を見つけ、未来への希望を目に宿していたのです。 「これからは同僚だね!トレーナー!」 その言葉を聞いた瞬間、トレーナーの顔が固まりました。 「うん…?どうしたの?」 不思議そうに彼女はトレーナーの顔を覗き込みました。 すると 「よくないなぁ…よくないよ…」 とトレーナーは顔を顰めたのです。
4 22/06/30(木)01:29:05 No.944036880
トレーナーがよくないと言ったこと。それはすぐに彼女は実感することになりました。 「だれも…スカウトできなぁい…」 そしてそれは、ある意味当然の結果でした。オープン戦が精々の元ウマ娘に、誰も教えを請いたいとは思わなかったのです。 その結果すぐに 「トレーナー」 「うん」 「故郷に帰ることに決めたよ…」 彼女はトレセン学園で指導者として暮らしていくことを諦めたのでした。 「これからどうするんだ?」 「分かんない…でも一度田舎に帰って考えようかな…って」 すっかりしょげたウマ娘を見て 「それはよかった」 と神妙そうにトレーナーは頷きます。 「全くよくないぃぃぃい!!!」 思わずウマ娘は叫びました。しかしトレーナーは表情を変えることなく、うんうんと頷いてばかりだったのでした。
5 22/06/30(木)01:29:32 No.944036972
故郷に帰ってしばらくの事。 「キミ、中央で走ってたんだって?」 「あ、そーですね」 ある日、田舎の知り合いに彼女はそう聞かれました。 「まー、持病もあって…ダートのオープン戦を2回位しか勝てませんでしたけど…」 そう目を逸らして答えた彼女です。G3のタイトルも碌に持ってない、大したことない成績だったと彼女の顔が語っています。 しかし 「中央でダートのオープン戦を2回も!?」 知り合いの印象は全く異なりました。 「え」 「すごいじゃないか、キミ!!!」 目を輝かせて語る目の前の男性。どうも話を聞いていくと、この知り合い、地方のトレセン学園の関係者でした。 中央でダートのオープン2勝という戦績は、中央のトレセン学園では凡百いるウマ娘に過ぎませんでしたが、地方からすると十分な戦績と判断されたようです。 話が弾むうちに、トレーナーの資格も持っていることをつい話す彼女。その言葉がきっかけでした。とんとん拍子に話は進み、地方のウマ娘のトレーナーとして彼女は働くことになったのです。
6 22/06/30(木)01:30:13 No.944037100
「っていくことで、地方のトレセンで働くことになりました!」 意気揚々と受話器口に話しかけるウマ娘。電話の先はかつての恩師です。 別れ際の最後の面談で『よかった』と言われたことを思い出し、つい電話をかけてしまった彼女です。 『地方のトレセン…か…』 電話口の向こうの恩師は少し考えこんだようにそう呟き、しばらくの間、沈黙が流れました。 そしてウマ娘は思い出します。こういう時、いいことがあったときは「よくない」というのが彼の常。そしてそれがぴたりと当たるのもいつもの事だと。 緊張の糸を張ったような無言が彼女の耳に響く中、 『なぁ、キミ』 電話口の先の恩師はそう切り出しました。 『最初は色々と大変かもしれない。しかし、いずれ大きな喜びを手にする日が来る。そしてキミは末永く、地方で大切にされる存在になれるかもしれない。それまでめげずに頑張るんだよ』 そう淡々と告げる恩師の言葉。そして、ここまで具体的に彼に言葉を掛けられるのは、今までウマ娘は経験したことがありませんでした。
7 22/06/30(木)01:30:34 No.944037163
だから 「はい!!!頑張ります!!!」 と、現役の時のように、弾んだ声で彼に返事をしたのです。 そしてこの電話を最後に、彼に連絡を取ることを彼女はしなくなりました。 「最初は、大変、ね…」 その言葉の意味はすぐにウマ娘は理解しました。地方のトレセンの給料はものすごく安かったのです。 しかし、指導に手を抜くことなく。後輩のウマ娘を懸命に指導し続けました。 そして3年後、盛岡レース場、ダート2000m、M1レース、ビューチフルドリーマーズカップ。 「やりました!トレーナーさん!!!」 地方重賞のこのレース、彼女の教え子が見事優勝を手にしたのです。
8 22/06/30(木)01:30:52 No.944037223
さらに数年後。 12月。川崎レース場、ダート1600m、Jpn1、交流重賞、全日本ジュニア優駿。 『第三コーナーを過ぎてスザクが逃げています!400を切りました!』 必死にハナを走る逃げウマ。それに外から合わせるように一人のウマ娘の影が迫ります。 『身体を合わせてきました!!!北海道のハッピースプリント!!!』 (捕らえる!!!) ハッピースプリントの脚色が鋭く迫り (逃げ切る!!!) 逃げウマのスザクが必死に粘ろうと足を動かします。 『さぁ、2人が並んで!!!第四コーナーから直線へ!!!』 ジュニアクラスのダートの頂点を決める瞬間が遂に訪れようとしていました。
9 22/06/30(木)01:31:09 No.944037271
『前は内外大きく分かれた!!!内にスザク!!!外にハッピースプリント!!!』 お互いがお互いに必死。二人のウマ娘が残りの死力を尽くして必死に寒空の夜を駆けていきます。 そして残り200m。 「あぁぁぁぁあああ!!!」 競り合いに勝ったウマ娘が叫びました。 『出た出た!!!ハッピースプリント先頭!!!ハッピースプリント先頭!!!』 遂に外から迫るハッピースプリントの脚が内のスザクを完全にとらえ引きはがし始めた、その同時刻でした。 「行け!!!行けぇ!!!ハッピースプリント!!!!!」 必死に一人のウマ娘を応援する年老いたウマ娘。それは紛れもなく、地方トレセンのトレーナーとなった彼女でした。 自分が勝てなかったG1級レース。出れもしなかった栄光の舞台。そこに我が子同然のウマ娘が駆けているのです。あろうことか、先頭で。
10 22/06/30(木)01:31:26 No.944037317
『ハッピースプリント、リードは1バ身、いや2バ身!!!』 残り100mを切り、栄光の座がすぐそこまで迫ってきます。 「走れ!!!走れぇ!!!ハッピースプリント!!!!!」 彼女の想いを乗せたかのような脚は、全く途切れることなどなく 『ハッピースプリント!!!重賞制覇はハッピースプリント、ゴールイン!!!Jpn1制覇は北海道のハッピースプリントです!!!』 この中央の猛者も集った大舞台で、見事な勲章を手にしたのです。 「やったぁぁぁあああ!!!!」 ハッピースプリントは満面の笑みを見せ 「よっしゃぁぁああああ!!!!」 地方トレーナーとなったウマ娘も叫びます。 見事に地方の意地を見せて、彼女の愛弟子が、彼女自身の届かなかった栄冠を手にした瞬間でした。
11 22/06/30(木)01:31:47 No.944037389
そして現在、このウマ娘はまだ地方でトレーナー業を続けています。 すっかり老いた彼女ですが、コンスタントに地方重賞のウマ娘を出し続けきた彼女ですから。 幸か不幸かは予測が難しいもの。幸福も喜ぶには足らず、不幸もまた悲しむには足りないもの。 どんな運命があるかは、やってみなくちゃ分からない。 『塞翁がウマ《アッミラーレ》』おしまい。 今日のお話はおしまいだよ、お兄さま。 因みにアッミラーレさんってね、デジタルさんと同世代なんだって。 ふぁ……ライス、そろそろ眠くなってきちゃった…。 お兄さまももう寝なきゃダメだよ、よふかしは…体によくないから…ふぁぁ…。
12 22/06/30(木)01:41:19 No.944039068
…それ話せるライスって今何歳な
13 22/06/30(木)01:42:41 No.944039294
笑いどころは一切ないけどいい話でした
14 22/06/30(木)06:16:18 No.944058513
良い話だった
15 22/06/30(木)07:30:27 No.944065257
やる気が出る良いお話だ…