虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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泥 のスレッド詳細

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22/06/28(火)20:58:26 No.943582245

1 22/06/28(火)20:58:58 No.943582450

泥ー!!

2 22/06/28(火)21:00:27 No.943583061

これは洋館なんだからどの部屋へ向かおうと靴を履いたまま生活していいはずだ。 なのに玄関にスリッパの揃えられた靴箱があるというのは、こんな立派な洋風建築を建てたところで結局吊城の家も日本人の遺伝子には抗えなかったということらしい。 少なくとも物心ついた頃から玄関の脇に我が物顔で居座っている靴箱に自分の靴を押し込もうとした時、はたと私は気づいた。 私のものではない靴が一足、無造作に突っ込まれている。同時にスリッパが一揃え無くなっている。 とはいえそれは私にとって驚くほどのことではない。ああ、そういえば今日はその日だな。そう考え、うっかりしていた自分に呆れただけだ。 愛用のスリッパを床に放り投げて足を通すと、私はそのままリビングへ向かった。 案の定近づくにつれ雑音が響いてくる。あまり好きではないが我慢できないほどではないという、薄っぺらい距離感の人の声。テレビの音声だ。 普段私が点けないのでこの家にテレビの音がするという時は決まって彼女がやってきている場合だった。 絨毯の上を滑らせてきたスリッパの底面をリビングの前で止め、扉を開く。中では案の定、ソファに人影がひとりふんぞり返って座っていた。

3 22/06/28(火)21:00:42 No.943583166

「哀ちゃんおかえり~」 「もう飲んでるのキミドリさん」 ソファへ鞄を投げながらテーブルの上を見遣る。銀色のビール缶が既に1本空になって転がっていた。ついでに帆立の紐が入ったパックも。 当人はというと2本目の呑み口へ情熱的に接吻しながらえへへと悪びれもせず笑う。 「本日の労働は終了してるもーん。社会人としての義務は果たしたんだから後は好きにやらせてもらうのだ。  むしろお風呂掃除まで代行してあげたんだから哀ちゃんには感謝してほしいくらいね」 「それ、自分が先に風呂借りたかっただけでしょ」 指摘すると「そうだけど~」とキミドリさんはけらけら笑う。彼女の明るい茶髪が僅かに湿気を含んで艶めいていた。 ───キミドリさん。本名、兎月美音里。 でも周囲はもちろん、彼女の両親でさえキミドリとかキミドリちゃんとか呼ぶんだからもうそういうものなんだろう。 彼女は亡き家族を除けば私にとって数少ない縁深い人間のひとりだった。私が小学校を卒業するまでこの屋敷で一緒に暮らした仲だ。 兎月家は吊城家にとって遠縁の親戚である。より詳しく言えば、彼女の何代か前の先祖が魔術師を廃業したことで吊城の家と縁遠くなった家系だ。

4 22/06/28(火)21:00:54 No.943583247

新宿大火災の際のどさくさで遠い親戚である私が身寄りを失ったことを知り、保護者として名乗り出てくれた親切な人々だ。 離れた彼らの住まいではなく本邸で暮らしたいと主張した当時の私の面倒を見るため、卯月家の娘だったキミドリさんはこの家にやってきた。当時大学生だった。 私が小学校を卒業するのと同時に大学を卒業して一人暮らしを始めたが、社会人となった今もこうしてたびたび私の様子を見にやってくる。 3年ほど過ごしただけあって勝手知ったるなんとやら。Tシャツに短パンというリラックした格好で、ビールを痛飲しながらローカル番組を鑑賞していた。 積極的な人付き合いの苦手な私だがキミドリさんとはさすがに気心が知れている。嘆息しながら空き缶と乾物の空袋を私が拾う。ふと思い当たって聞いた。 「お夕飯はどうするつもり?」 「適当に買ってきておいたわよ。お刺身とか。お惣菜とか。哀ちゃんだって料理面倒くさいでしょ?」 「そんなことない。キミドリさんじゃあるまいし」 この人の性格を一言で言い切ると、雑だ。 身に纏わるあらゆることを面倒くさいと言い切るが、何故かいつも楽しげな人。今だって私の返事を聞いて軽やかに笑っている。

5 22/06/28(火)21:01:04 No.943583316

「哀ちゃんはマジメさんだなー。そうそう。親父が聞いておけって言ってたから聞いておくけど、高校初めての夏休みが終わって友達とかできた?」 「普通」 「わーい返事になってない。ま、そうよね。小学校の時から哀ちゃんが友達を家に連れてくるのとか見たことないもんね」 だからといってこの人は深刻そうな表情や気配など浮かべない。友達なんて自然とできるもので作るようなものじゃないさね、というのがこの人の語る持論。 キミドリさんのそういう良く悪くも軽薄なところが私は嫌いではなかった。何もかも鈍重な私と違い、この人は常に軽やかなのだ。 ゴミ箱にキミドリさんの出したゴミを分別して放り込んでいると、そういえば、と背を向けていた私の背中に彼女の問いかけが訪れた。 「今年の慰霊祭はどうするの?親父とお袋は例によって出席するらしいけど」 …空き缶を軽く潰そうとしていた私の手が硬直する。胸がどきりとする。何の慰霊祭か。言うまでもない。未曾有の被害をもたらした新宿大火災のだ。 あれからもうすぐ8年になる。それはつまり、魔術の世界のことを一切知らないキミドリさんは当然知らないが、前回の聖杯戦争から8年が経過したということ。

6 22/06/28(火)21:01:14 No.943583379

8年。8年だ。私は自然と服の袖から露出した手を見つめた。どこにも、なにも、刻まれてなどいない。そのことに安堵する。 そうだ。もう吊城の家は魔術師の家ではない。私も辛うじて魔術を知るだけで魔術師ではない。 あの儀式の参加者として選ばれるはずはない。聖杯はあくまで魔術師たちにとっての儀式であって私には関係ないはずだ。 私が吊城の家の唯一の生き残りだからといって、あの殺し合い、あの大火災を招いたような狂騒、それに参加する権利も義務も残ってはいないはず。だから、大丈夫。 短くなっていた呼吸を整えた。少し長く息を吸う。それで落ち着いた。努めて平気そうに答える。 「行かない。行くといろいろ嫌なことを思い出すし。いつも通り過ごすよ」 「はいはい、例年通りね。ふたりにもそう言っておくわ。出席した後に会食とかあるらしいからこっちまで哀ちゃんの顔を見には来れないそうよ」 兎月の家は資産家で新宿大火災の復興支援に多額を寄付し、慰霊祭には毎年招待状が届くような家だ。 ふたりとも金持ちの割には、というと偏見があるかもしれないがまるで嫌味のない善人である。あの人たちなら気前よく寄付しただろうな、と納得するくらいの。

7 22/06/28(火)21:01:24 [〆] No.943583467

私のこともかつて心から同情し、現在の私のことも心配してくれている。私の顔を見られないことも素直に残念がるだろうな、と思うと少し良心が痛む。 後味の悪さを払拭するように、私は早くも2本目のビールを飲み干そうとしているキミドリさんに尋ねた。 「せっかくだから何か一品作るけど。何がいい?」 「あ、だったらアレがいい!ニンニクとオリーブオイルでいろいろ煮るの!あれお酒に合うのよねー!」 アヒージョか。高校生に酒のつまみを作れと。仕方ないな。 相変わらずのキミドリさんの調子につられて微かに苦笑した。それで少し気分が軽くなった。 キッチンへと踵を返す。途中でもう一度、念入りに手のひらや手の甲を観察する。何の刻印もない。何の兆候もない。 大丈夫。きっと、大丈夫。未だ何の成果も見出さず見出す予定もない私の命は、まだ続いていく。 捧げられた代償に見合うだけの価値も持てないまま、無意味に死ねないという焦燥を感じたまま、無数の私の落胆や諦念たちを伴って、ゆるゆると惨めに生き長らえていく。 ───………そのはずだ。 今年もまた私の両親と姉の命日が来る。慰霊祭直前の墓場はかなり混む。早めに行かなきゃなと呟いた。

8 22/06/28(火)21:04:38 No.943584857

fu1205169.txt 考えてみれば企画ページ張られても見にくいかもってことでフリーターの話を再掲

9 22/06/28(火)21:08:56 No.943586925

知らん人がいっぱい出てくる

10 22/06/28(火)21:10:44 No.943587816

>新宿大火災の際のどさくさで遠い親戚である私が身寄りを失ったことを知り、保護者として名乗り出てくれた親切な人々だ。 >離れた彼らの住まいではなく本邸で暮らしたいと主張した当時の私の面倒を見るため、卯月家の娘だったキミドリさんはこの家にやってきた。当時大学生だった。 >私が小学校を卒業するのと同時に大学を卒業して一人暮らしを始めたが、社会人となった今もこうしてたびたび私の様子を見にやってくる。 保護者になってくれるお姉さんいいよね…

11 22/06/28(火)21:13:32 No.943589163

ははーんさてはタイガー枠だな

12 22/06/28(火)21:14:10 No.943589487

ライダーマスター来たけどこれすごい好みだわ 男より強いけど従順な女の子とそれに劣等感覚えながら暴言吐く男の関係性はシコれる

13 22/06/28(火)21:20:02 No.943592152

これで2日連続 始まったのかてんかくんの時みたいな連日SSが

14 22/06/28(火)21:25:37 No.943594812

>これで2日連続 >始まったのかてんかくんの時みたいな連日SSが さすがにいろいろ出揃わないとネタが…