虹裏img歴史資料館

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22/06/26(日)02:25:23 他のひ... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1656177923470.jpg 22/06/26(日)02:25:23 No.942603033

他のひとなんて誰もいない、木々に包まれた高台のベンチで。私は地面と空の平行線から少しだけ目線を上げて、雲のない夜の輝きを見つめている。眩しい人工物の上の上で、時期の早い蛍の合唱が空の中で響いている。月の歌声がそれを更に強く演出する。雲はない、夜だけがある、まだ朝はこない、暑い暑い夜もまだいない、だから私は今日二人で一緒にここに来た。二人一緒と言うか、正直一人で来たかったところもあるから、彼女の押しに負けて連れて来た趣きが強いけれども。 「すぅ……んふ……んぅ……」  夏の入りも間近な今日、陽の光を失ったいま、外気温は程好いものだ。夜気も普段より静か、なのに。私は今、暖かいのか暑いのか、現在の状況がそのどちらとも判断が付かなくなっている。この温みに対して私が何かを覚えているからなのだろうか。懐かしさ、愛しさ、優しさ。言葉を形容しながら生まれてくる感情たちに、得も言われぬような思い入れがある……のだろうか。 「この子ったら、全く……」

1 22/06/26(日)02:26:05 No.942603164

 鮮やかな空から視線を外して。私の肩口に頬を寄せ、静かな寝息を立てている彼女の方を見やる。日課のトレーニングが終わってすぐ、今日の夜は暇ですかと訊ねられ、頭上に疑問符を浮かべながら食堂で会話をしていたと思ったら、いつの間にか私たちは二人だけで夜を歩いていた。 「なんていうか……」  まあ、責められるようなことではない。彼女が日々頑張っているのを知っているのだから、私は。午後七時の府中はまだ昼に近い。ふとそう思い、二時間ほど辺りを散歩してからここに来た、そんな関係で。このベンチに腰を落ち着ける頃にはもう、彼女の頭は揺り籠さながらになっていたから。さもありなんと言った形なのかもしれない。 「悪いのは私ね」  謝るまではしないけれど、罪悪感はそれなりにある。彼女曰く、ご飯を食べると目が冴えてくるときと、逆に眠くなるときがある、だとか。大浴場か何かで以前に言っていた気がするから。今日は多分眠くなる日だったのだろう。 「ああ……」  眠りこけている彼女から目を離し、努めて静かに空を見上げる。ああ、こちらも変わらない、星たちは夜を彩るためにちらつき続けている。

2 22/06/26(日)02:26:46 No.942603300

 まだ朝はこない、夏もまだ遠い、二人で来たここだけど、起きているのは私だけ。空に私と彼女を探す。見えない、光はまだ遠い。日本における天体の夏は九月の頭ぐらい。光ってはいる、けれど。まだ寝ぼけているのかも知れない。 「ねえ」  星々のみんな。貴方たちに視覚はあるのかしら。私に見えているこの風景は、貴方たちにも共有できるものなのかしら。もし共有できるなら、言葉にすれば伝わるかしら。なら、少しだけ。試してみようと思うから。ちょっとだけそこで、待っててね。 「……見てて」  好きよ。  言葉を決して口にはしないで、胸のうちに留めたまま。私は彼女を起こさないよう気を遣いながら、慎重に彼女の頭を撫でてみる。さらさらした髪の手触りが、肌を通して伝わってくる。撫でるたび彼女はくすぐったそうに微笑みをこぼす。 「ああ……」  柔らかな彼女の耳を甘く食むように指で挟む。ぴちぴちと瑞々しく指先に返る、生きている感触。体温によってかすかに赤らむ、紺色の色素が浸食した頬。見つめに見つめて初めて分かる、長い下まつ毛の滑らかさ。もしかして、したいのかしら、私は。この特別な日々を独り占めに。

3 22/06/26(日)02:27:26 No.942603444

「……ううん」  違う。静かに首を振って、結びつきそうな想いを断じる。私のこれは、そう単純に割り切れるような感情じゃない。この好きの光度は上手に言葉に出来ないものなのだ、甘い愛のスペクトルとも、親愛を象る波形とも似ていない。私はまだこの星の光に名前を付けられていない。 「アヤベさん……」  ささやくような響きは、耳の辺りで甘く温もる。ああ、やっぱり思う。ずっと、ずっと思い続けているわ、私。この子は朝だ、紛うことの出来ないような朝の匂いに満ちている。月で凌げない光の強さで、周りを明るく照らし出す。感じる、浅くも遠い夏の夢。私が手に出来なかった夜半の光。滲みがちな私の空を晴れさせるだけの力を持った、素敵な子。 「スペシャル、ウィーク……」  ああ、私も。嬉しそうにあなたが私の名前を呼ぶのに対して、何か名前のある感情を。識別記号を呼ばれるだけじゃない、別の何かを覚えるべきなのだろうか。無数にある星たちのように、私だけに分かるような名を付けるべきなのだろうか。夏、七月十四日の星言葉に、六月二十五日の想いを乗せて。何万光年も先の遥か彼方の夢を見るために、私も――

4 22/06/26(日)02:27:49 No.942603518

「ふふ……」  ――バカみたい、何を詩人のような。自分に似合わない想像を、自嘲と共に断ち切って私は。私の肩口に寄り添う温もりへと左手を添えた。 「ん、んう……?」 「ほら、そろそろ起きなさい」 「へ……あれ、アヤベさん……えっ、わたし寝ちゃって……?!」 「そうよ、全く甲斐がないわ。折角の天気なのに」 「うぅ……ごめんなさいアヤベさん……」 「いいのよ、別に。気にしてないわ」 「でも……私から誘ったのに、アヤベさんに教えて貰うの楽しみにしてたのにぃ~……!」 「ふふ……星は逃げないわ、もう夜も遅いし。また今度見ましょう?」

5 <a href="mailto:おわり">22/06/26(日)02:28:25</a> [おわり] No.942603626

 私の想いがどれぐらい募るのかなんて分からない。思いの丈など結局すべて、日の目を見ることなく、夜の内側に沈んでいくだけかも知れない。朝の化身に私の夜を吸われて、夢を見ることすらできなくなるかも知れない。伝えることは容易くない、私は伝えるための言葉をまだ持てない、けど。 「星が消えるには時間があるから」  叶うならば、私は。 「その前にはきっと」  夜と手を繋いだまま、一緒に朝を迎えるのを。 「見れるはずよ、きっと」 「絶対一緒に、ですよね?!」 「……ふふ、そうね」  二人一緒に、夢見たい。そう、思う。

6 <a href="mailto:s">22/06/26(日)02:30:25</a> [s] No.942604005

凄まじい幻覚を連日見せて頂いているので…手癖かつ短い粗雑なものではありますが幻覚を受け取って頂きたく… アヤスペ本当にありがとうございます…

7 22/06/26(日)02:31:42 No.942604253

すごくいい…

8 22/06/26(日)03:08:51 No.942609900

夜ふかししたらいいことあるもんだな…別人とは驚いた ピンポン玉みたいに跳ねる表現が気持ちいい

9 <a href="mailto:おまけ">22/06/26(日)03:36:54</a> [おまけ] No.942613222

 ときどき、境界線を越えるためにどうするべきかを考えたりするときがある。私は賢くないけれど、押しに押して押しまくって頑張っちゃえば越えられる、なんて物でも無いってことぐらいは分かってるつもりだ。踏み越えるためには資格がいる。いわゆるところの許可証ってやつが。でもそういうのって黙って待ってるだけじゃ決して手に入れることのできないもので、しかも結構審査が厳しいものだったりする。 「アヤベさん! 今日はお暇ですか?!」 「暇……というかまあやる事は終わったと思うけれど……」  すき、とか。きらい、とか。許可証の発行には色んな条件がある。様々な気持ちが積み重なって、最後の最後に渡されることもあれば、ひとによっては気楽な感じで渡してくれることもある。 「じゃあその……一緒に星を見に行きませんか?」 「あなたと?」 「はいっ!」

10 22/06/26(日)03:37:33 No.942613281

 私のほしい許可証はきっと、そんなすぐには手に入らない。でもだからといって迷ってなんかいられない。そう、まずは申請だ。境界線のすくそばで、悲しげに背を向けているアヤベさんのことを。絶対一人にはさせないって、そうは思ってるつもりだから。心を許してくれる日まで、とりあえず境界線を挟みながら私はアヤベさんと手を繋ぐ。 「じゃあスペシャルウィークさん、まずはご飯食べるわよ。なるべくなら良い場所で見たいもの」 「えへへっ、はい!」  まず第一段階として、愛称で呼んでくれることを期待しながら。私は、友達の境界線に踏み込んでいく。もう少し、近づきたい。アヤベさんの優しさに期待したい。もっと色んなことを知りたい。知って、分かって、理解できた上で笑い合いたい。私にとってはきっと、その人が知っていることを知ることこそが、境界線を踏み越える力になるってそう思ってるから。私は今日も頑張る。アヤベさんに嫌われないぐらいの力加減で、頑張ろうって、そう思う。

11 <a href="mailto:s">22/06/26(日)03:38:40</a> [s] No.942613387

百合の日の残滓な感じで投げれて満足… 読んでくれて感謝…おやすみ…

12 画像ファイル名:1656183481052.png 22/06/26(日)03:58:01 No.942614985

キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

13 22/06/26(日)03:59:57 No.942615114

寝る前に文スペがスーッと効いてコレは…ありがたい…

14 22/06/26(日)04:02:55 No.942615347

挿絵担当ノリノリだな…

15 <a href="mailto:s">22/06/26(日)06:02:06</a> [s] No.942621854

起きた かわいい嬉しい ありがとう…

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