ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
22/06/22(水)01:32:59 No.941187860
「あ、アヤベさん……」 「トレーナーさん! 眼を開けて!」 彼の胸に手を重ねてリズムよく圧迫していく、ウマ娘の力で骨を砕かないように調節しながらも力強く、無理やりにでも動かすように。何度もやる、何度も何度も。 彼の鼻をつまみ、気道を開けて、直接口から息を吹き込む。何回も、何回も、何回も。 「アヤベさん……」 カレンさんが涙交じりに、私の肩に触れた。言葉にしてはいけないことを、必死にどうにかして伝えようとしている。それを分かりながらも私は処置をやめなかった。 心臓マッサージを始めてもう何分になるだろうか、それでも彼は息吹を取り戻す気配はなかった。胸に耳を当ても鼓動は聞こえず、体温は冷たくなっていく。 「アヤベさん、もう救急隊がくる。だからもう……」 「嫌……! まだ、可能性はあるわ!」 でも私は認めたくなかった、まだ諦めたくなかった。今諦めたら、何もかもを諦めてしまう。やっと、やっと私達は繋がりあえたのに。
1 22/06/22(水)01:33:29 No.941187976
「トレーナーさん、起きなさい! まだ貴方は生きたいのでしょう、一人で終わりたくなんかないのでしょう! まだ……私達は……」 人工呼吸で息を吹き込みながら、涙がこぼれて彼の頬を濡らす。彼の眼の端からは涙かそれとも海の水か、粒が一つ零れていた。 「私達は始まったばかりなのに……!」 〇 「お兄ちゃんはわたしの事、大事だよね?」 テレビの中の妹が問いかけてくる。 もちろんだ。と大声で言いたい。この世で一番大事だった、自分の命よりも大事だった。はずだった。だが自分が譲られ、生き残り、その結果が今だ。 俺の命をささげて妹が笑えるのだったらいつだって捧げたい。だが、それによってアドマイヤベガが不幸になるとしたら、それは正しいことなのだろうか? あの子が未来と共に星を見れない世界は果たして理想の世界なのか? 「じゃあ、アドマイヤベガさんよりも大事って言ってよ。この私が笑う世界の方が良いって」
2 22/06/22(水)01:33:41 No.941188012
喉が詰まる。アドマイヤベガとの出会いが頭の中を走マ灯のように巡っていく、あの子の笑顔が、涙が。夜空を見上げる、その時に星々を映した目が、穏やかな横顔が。 彼女が友人に呆れ、騒ぎ、そして笑う姿。レース後の汗、勝っても負けても清々しく、小さなファンへと笑いかけたあの日。 一つ一つが星となって、アドマイヤベガという人生の星座を象る。誰かがある日それを見上げて思うだろう、彼女のようになりたいと。あの子はそっと優しく微笑んで言うだろう、きっとなれると。 「俺……、おれ……」 膝をつき、胸を抱き、情けなく妹に慈悲を乞うように呻き交じりに口を開く。 「ごめんよ……ごめんよ……お兄ちゃん、こんなことなら生まれない方がよかったのにな……最初から、また飛び込んで寂しい思いさせなければよかったのにな……死にたくないって、思うなんて…‥」 「変わってくれないの?」 「君の時のように、結局俺はあの子に何もしてやれなかった……でも! それでも未来を見つけられるようになったんだ、罪滅ぼしじゃなくやりたいことを見つけられるように! だから、その前には戻したくない……」 「本当にそう思っているの!」
3 22/06/22(水)01:34:15 No.941188107
妹の怒号が響き、テレビの画面にヒビが入った。それ以上はもう何も口に出せずに、うずくまりながら涙を流した。また妹を犠牲した、生きても何もありはしないのに。ただ自分の勝手で、妹より他人を優先した。バカみたいだ、折角会えたのに自分から手放すなんて。 「本当にそう思っているの?」 ガラスが割れたような音がした。テレビ越しだった妹の声が近くに聞こえて、そっと小さな手が自分の頭を撫でる。 思わず顔を上げると、そこは星空と海が煌めく美しい砂浜だった。テレビも小屋もなにもなく、ただあの時の小さな妹が目の前にいる。 「え……?」 「お兄ちゃん、本当に何もしてあげられなかったって思ってるの?」 怒るでも悲しむでもなく、ただ優しく微笑みながら妹はそう言った。 「でも、そうじゃないか……君にもアドマイヤベガにも何もできなかった。俺は空っぽで、何もない。自分に何もない人間が、どうして他人になにかをしてあげられる」 「空っぽじゃないよ、お兄ちゃんずっと私の傍にいてくれたじゃない。アドマイヤベガさんだってそうだよ、お兄ちゃんあの人の色んなことを知ってるでしょ」
4 22/06/22(水)01:34:55 No.941188236
妹が自分の足元に指をさす。追うように振り向くと、二つの足跡があった。一つは自分の足で止まっていて、もう一つは自分の横で止まっている。 立ち上がって、遠く遠くを見る。足跡は見えない先の方まで続いているみたいだった。でも、足跡の一つ一つをみると、アドマイヤベガとの思い出が鮮明に頭の中に思い浮かべられた。 一緒に笑った、一緒に悩んだ、星を見て穏やかなあの子に微笑んだ。レースで手に汗握り、帰ってくる彼女を迎え、友人たちとの騒ぎを遠くから眺め、和んだ。彼女のために一喜一憂することに楽しみ、星のことに随分詳しくなった。 あぁ、いつの間にかこんなに。こんなに俺の中にあったのか。無くしてしまったと思ったものが。 「嬉しかったよ、お兄ちゃん。とっても嬉しかった。お兄ちゃんに色んなものが入っていって、私のことを思い出すよりもアドマイヤベガさんのことを思い出すようになって。私が一緒にあの時持って行っちゃったから」 「違う、違うよ……俺が勝手に捨ててしまったんだ……譲ってもらったって……それが辛くて、どうすればいいかわからなくて……」
5 22/06/22(水)01:35:37 No.941188372
「ううん、貰ったの。生まれた時からずっと貰ってた、だからお返しするの。私ももう、一人で大丈夫だから!」 何を、と聞き返す前にあの子が空を見る。そこには青く輝く星があった。それはこちらに落ちてくるようでもあり、流星となって降ってくるようでもあり、でもどこか胸の奥が暖かくなるような優しさがある。 ただ無意識に、そこに手をかざすと自分の身体がそっと宙に浮いてそのまま夜空に上がって行く。 「お兄ちゃんだって、繋がってるんだよ! 元気でね、みんなにもよろしくね!」 「待て……待ってくれ! まだ話したいことも、謝りたいことも沢山あるんだ!」 「ずっと謝ってきたじゃない、今度からは楽しいお話を聞かせてね」 どんどんあの子が遠くなる、最後に一つだけ。一つだけと思って考えを巡らせる、あの子に会えたら言おうと思っていたこと。赦してほしい? 恨んでいないか? 後悔していないか? だがそんなことを考えているうちに勝手に口は動いていた。 「俺! 俺は……良いお兄ちゃんだったかな……?」 あの子はただ優しく笑ってそれを返答とした。もうあの子も見えなくなって、代わりに星の光に包まれる。
6 22/06/22(水)01:35:50 No.941188421
「トレーナーさん」 アドマイヤベガの声が聞こえた。
7 22/06/22(水)01:36:42 [s] No.941188588
調子に乗って書いた続きの続きの続きの続きの続きの続きの続きの続きの続きの続きの続きの続きですすべて許してください ついでにまとめも許してください fu1185185.txt
8 22/06/22(水)01:38:38 No.941188972
帰ってこい 戻ってこい
9 22/06/22(水)01:42:05 No.941189556
何が空っぽだよ 忘れたって消えやしないだろうがよ
10 22/06/22(水)01:42:08 No.941189562
そろそろクライマックスか
11 22/06/22(水)01:46:14 No.941190271
フクロス世界の三女神って 善意100%で欠落した人同士をマッチングしてる節がある
12 22/06/22(水)01:47:58 No.941190574
よかった…こうなると信じてたけど本当によかった
13 22/06/22(水)01:48:59 No.941190749
>フクロス世界の三女神って >善意100%で欠落した人同士をマッチングしてる節がある お互い欠けてるから欠けた部分同士を繋ぐんだ…
14 22/06/22(水)02:18:26 No.941195658
三女神様試練バカでかいけど与えてくれる幸福もでかいよね…ありがとう女神様…
15 22/06/22(水)02:33:46 No.941197915
ようやく自分の為に歩けるようになったんだな… アヤベさんを幸せにしろよ…
16 22/06/22(水)03:21:39 No.941202459
それで肉体の元に魂は帰ってくるんです?
17 22/06/22(水)05:39:00 No.941208653
歌ってくれアヤベさん