虹裏img歴史資料館

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22/06/13(月)01:03:05 オーブ... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1655049785806.png 22/06/13(月)01:03:05 No.938077576

オーブンから取り出されたスポンジケーキに、ゆっくりとっても慎重に包丁が入っていく。私の耳に伝わるケーキの歓声は、新雪を割くような音でもなければ、液体が弾けあふれる音でもない。しんなりとして、それでいて熱く温かい。焼き立てのケーキは幸せの香りに満ちている。バターとミルクの合わさった甘い匂いが、私の頬をあっという間にゆるませる。本当、まるで魔法みたい。ロマンチックと笑われたっていい。小さな頃からずっとそう思わずにはいられないんだから。  やわらかな結合が切り離されて、上手く三等分されたなら一番下、まずは土台の部分にホイップクリームが塗り付けられていく。綺麗に、鮮やかに、丁寧に。ふんわり仕上げられたクリームはパレットナイフで掬い取られて、茶と黄で構成された幸せにデコレートされていく。作り手のお母さんはパティシエじゃない。だからしくじりが許されないなんてことはない、けれども。それでもなるべく失敗はみたくない。観客になる人間の要求って結構図々しいよなあなんて時々思う。 「うーん、やっぱりおかーさんすっごい上手!」 「ええ、そう? 別に普通でしょ?」

1 22/06/13(月)01:03:29 No.938077682

「そんなことないよ、テレビで見たお菓子屋さんにも負けてないって!」  ちょっとだけ年季を感じるキッチンで、お母さんは色んなお菓子を作る。クッキー、タルトにアップルパイ。しかもお店屋さん顔負けなレベル。これまでずっと隣で見てきた私が言うんだから間違いない。当たり前だけど今日も同じ位置取りで、お母さんの生み出すきらめく魔法を見つめている。 「ねえねえ。やっぱり魔法使えるんじゃないの?」 「バカ、そんなものあるわけないでしょ」 「じゃあおかーさんの実力がすごいんじゃん!」 「だから、ヨイショし過ぎだって。ちょっと料理ができるだけ、それだけ」  だっていうのに。鼻高々にすることもなく、それほどでもないとうそぶき続けている。どうやら今回もその例には漏れないらしい。本当に上手なのにお母さんは絶対自慢げにしない。ただ黙々とお菓子を作るだけで、私はそんなお母さんがとても好きだ。 「おかーさん、好きーっ!」 「ああもう、引っ付くなって! あとアンタ声デッカイ!」 「あははは、ごめんなさい」 「まったく、見慣れてるでしょこんなの」 「見慣れているからこそ、新たな発見がある……バーイ父上!」

2 22/06/13(月)01:04:04 No.938077846

「なにさまた。毎年作ってるんだから今更新しい発見もないっての」 「もーまたまた謙遜しちゃって~! うれうれ~!」  ソファーで寝転がってだらだらするより、ケーキ作りを見ている方が何倍も楽しい。お母さんの脇腹を指先で突っつきながらケーキの出来具合をうかがう。私に構いながらだったはずなのに、土台部分は純白のクリームで綺麗に整えられていた。  別の理由を足すとすれば、いつもつっけんどんで素っ気無いお母さんが、ちょっとだけかわいく変身するタイミングをスルーしちゃうなんてとても勿体ない。何より今日は年に一回だけのデコレーションケーキの日。サンタも通り過ぎたクリスマス当日。家の冷蔵庫に置いていかれたプレゼントが拾い上げられて、私たち好みに作り変えられていく。そんな瞬間を見逃すわけにはいかないんだ。 「あーもううっさい。ほら、帰ってくるまでに仕上げなきゃなんだからあんまり邪魔しないでっての」  ちょっかいをかけるのは楽しいが、やりすぎてキッチンを追い出されたら泣くに泣けない。お母さんを茶化すのはほどほどにしよう。 「ねえ、おかーさんってさ、こういうケーキ作るとき楽しそうだよね?」

3 22/06/13(月)01:04:28 No.938077961

「まあ、ね。でも楽しそうなのはお母さんだけじゃないと思うけど」  うん、と大きく頷くとお母さんは小さく笑った。 「そういや最近は素直に近寄ってくるようになったね」 「だってすぐばれるんだもん、おかーさん鋭いから」  お母さんに気付かれないように近づいて……驚かせようとしていたのも小さい頃の話。あの頃は何にも知らなかったから、しめしめなんて思いながら忍び寄ったりしていた。そんなもの察知されるに決まってるのに、性懲りもなく何度も挑戦していたように思う。 「いつも言ってんでしょ、気配消しなって」 「忍者じゃないんだから無理だよそんなの!」 「アイ……お父さんはそういうの得意だから、今度習ってみたら?」 「習っても変わんないよーだ。というか前習ったもん」  めけずにトライしてみてはいるけど、私単体での成功率は物凄く低い。お父さん絡みかウトウトしてるときしか、驚かすことに成功した試しがないからだ。 「お母さん的には嬉しいけどね、素直に来るの」 「私的には一回ぐらい成功させたいけどなあ、驚かすのをさあ」

4 22/06/13(月)01:06:46 No.938078566

 バレてるかどうかについては、お母さんの尻尾の動きを見れば一目瞭然。知らない人からはクールぶって見えるお母さんだけど、想像よりも感情の動きが身体の端々に表れる。尻尾は一番わかりやすい部分で、ほとんどそこから読み取れる。当然、抜き足差し足で近寄っているのが気付かれているかも。規則的に揺れる鹿毛の束がぴんと立って、そのあと嬉しそうにぴこぴこしてたらばっちりアウト。本日もおんなじ、きれいでかわいくて自慢のお母さんだけど、こういうところだけはかわいくない。  私とお母さんの性格は正直言って似ていない。お父さんともちょっと違うかな。私が参考にした……んーと、自分で認めたくはないけど、こんなやたら愉快な性格になっちゃったのは、多分いや確実にチケットさんとあとハヤヒデさんとこの息子……あいつのせいだと思う。あとハヤヒデさん夫婦自体にもどっかで影響うけてる気がする。だって二人とも見つめ合うだけで会話できるんだもん、あの境地には流石に至れる気がしないから、私は言葉にしなきゃって思ったのかも知れない。 「はーあ……今回も失敗しちゃったし、わたしはソファーに戻りまーす」 「ダーメ。待ちな」

5 22/06/13(月)01:07:15 No.938078676

 うんざりしたような素振りで、おまけに溜め息まで吐いて、それで終わりにしようと思ったら。ひらひらした服の裾をガッツリ掴まれて。たぶんこのときを見据えていたんだろうお母さんから、パックに山盛りになっていたフルーツたちをパスされた。 「ええっ、私もやんなきゃなの?!」 「何言ってんの、当たり前でしょ。お母さんの隣に立ったんだからぶーぶー言わないで手伝いな」 「……へーいへい、手伝いますよ~おかーさん」  口をへの字に曲げながら、でも手早くイチゴのへたをもぎ取り、包丁でスライスしていく。お母さんに教えてもらった、炊事家事洗濯のひととおり。自分で言うのもなんだけど、私は結構なんでもソツなくこなせるようで、小学生高学年に上がる頃には人並み以上になっていた。なのでフルーツのカッティングなんてのは流石にお手の物って感じだ。 「ねえねえ、つまみ食いしていい?」 「はいはい。してもいいけど無くなるほどはやめてね」  お母さんが呆れるよりも早く。私はほっぺたを両手で押さえたまま、甘くてすっぱいイチゴに舌鼓を打った。食べ終わったらフルーツたちをささっとカットしていく。 「アンタ前より手際よくなったね」

6 22/06/13(月)01:07:55 No.938078875

「そりゃあおかーさんに鍛えられましたから!」 「ふふ……あ、前から聞こうと思ってたんだけどさ。ハヤヒデのとことは順調なの?」 「もーやめてよ、アイツとはそういうのじゃないし!」 「はいはい、お母さんみたいにならないように気をつけなね」 「おかーさんみたいに?」  そ。お母さんは自嘲するみたいに瞬きした。ああ、そういえば、私。これまで聞いたことなかった。だから、いま。丁度良いタイミングだし、興味本位でだけど聞いてみたい。 「ねえ、ちょっとだけ聞いてもいい?」 「いいよ、何?」 「おかーさんとおとーさんは」 「はいはい」 「どこを好きになって結婚したの?」  さあねえ、呆れたような口調でつぶやきながら、スライスした宝石たちをクリームの上に載せていく。 「向こう見ずで、まっすぐすぎて、何にも顧みなくて。ホントあんまりにもバカみたいなのにさ、何があってもアタシのそばにずっと居てくれたから……あはは、だから好きになったんじゃない?」  わからないけど、と投げ捨ててお母さんはまたケーキ作りに集中し始める。 「おかーさん、ベタボレだね?」

7 22/06/13(月)01:09:00 No.938079146

「何を今更言ってんの。じゃなかったら作ってないっての、コレ」 「よーし、私も並べるぞ~!」 「じゃあこっから半分アンタに任せるからね、美味しく置きなよ?」 「がってん!」  学校の話とかお母さんの昔話とか。真剣さは忘れずに雑談しながら作っていけば、勝手に時間は経っていく。そしてデコレーションが完璧に終わったぐらいのタイミングで、がちゃり、玄関の戸が開く音が聞こえた。 「ただいまー……おっ、お母さん張り切ってるなあ」  おっといけない。このままじゃ去年と同じ轍を踏むことになっちゃう。お母さんがそんなんじゃないと恥ずかしがる前に、特大級の爆弾を投下しよう。鞄を置きにいこうとするお父さんを引きとめ、しゃがませたらこっそり耳打ちする。まあでも多分こうしても、お母さんの耳にはバッチリ聞こえると思う。ただ、それが私の作戦でもあるけど。 「ちょっ、アンタ、何を……!」 「お母……いやタイシン、嬉しいよ、俺……」 「バカ、簡単に鵜呑みにするな、毎度毎度勘違いすんなって! クリスマス、あと記念日だから作ってんの、毎年やってんでしょ?!」

8 22/06/13(月)01:10:27 No.938079509

「だって気が変わるかも知れないじゃないか、そんなのいつ来るかなんて分からないわけだし……」 「十四年とやってるんだから、やめるわけないじゃ……ちょっと離れ……ろって、もう!」 「あはは……!」  ああ、すごくいい気分だ。間違いなく私は、お父さんとお母さんがわいのわいのしているのを見るのが好きなんだ。周りからしたら変な家族かも知れない、けど。 「私、おとーさんとおかーさんがおとーさんとおかーさんで、良かった!」 「………………そうね」 「……タイシン……泣くなよ……」 「……バカ、泣いてる訳ないでしょ、ほらちゃちゃっとスーツ脱いできな! ほら、アンタもニヤついてないでお皿出して!」 「……はーい!」

9 <a href="mailto:おわり">22/06/13(月)01:11:05</a> [おわり] No.938079669

 慌ただしく時間は過ぎて、豪華なご飯も食べ終わり。三人で座れる団欒のスペースには、二人で……まあほとんどお母さんが作ったケーキがそっと、でも確かに明るく光ってそこに置かれている。 「それじゃ、改めて、おめでとう」  昇り立つのは濃いぶどうの香り、そのそばで美しく等分されていくケーキ。 「ああ、おめでとう」  きっと、来年も。この大切で失くせない営みは。 「おめでとう、おとーさん、おかーさん!」  続いていくものだと心の底から信じられるから。  フォークを入れて、口に運んで。  この幸せの甘さを、また来年も味わいたいって。  きっとずっと、一生思っていくんだろうなって、思えるんだ。

10 <a href="mailto:s">22/06/13(月)01:13:05</a> [s] No.938080168

昨日のタイシンを見て整えたくなったやつです 多分去年のクリスマスあたりに投げるつもりだったタイシンの娘がケーキ作ってんの見てるだけのやつ 突貫で整えたのでオチが雑なのは申し訳…

11 22/06/13(月)01:13:37 No.938080300

なんていいものを読ませてくれたんだ… ありがとう…泣くわこれ

12 22/06/13(月)01:17:42 No.938081304

ありがとうという言葉しか言えないけどありがとう…

13 22/06/13(月)01:19:52 No.938081805

14年たってお母さんとお父さんに呼び名が変わっても根っこが変わらない2人…好きすぎる

14 22/06/13(月)01:20:42 No.938081984

「私」の主が分かったあたりでめちゃくちゃにやにやしちゃった

15 22/06/13(月)01:23:57 No.938082689

最高タイシン怪文書が読めてありがたい…

16 22/06/13(月)01:24:34 No.938082826

タイシン娘がこういう性格なのなんかすごく分かるな

17 22/06/13(月)01:26:44 No.938083336

ハヤヒデ息子といイイ感じのタイシン娘か… 周りの気ぶりがすごい事になりそう

18 22/06/13(月)01:27:24 No.938083503

>「お母……いやタイシン、嬉しいよ、俺……」 私こういういつもの呼び方がふいに昔の呼び方に戻るようなの好き!

19 22/06/13(月)01:32:05 No.938084459

>ハヤヒデ息子といイイ感じのタイシン娘か… >周りの気ぶりがすごい事になりそう 両ファミリーだけじゃなくブライアンあたりも気ブライアンしてきそう

20 22/06/13(月)01:33:34 No.938084711

クリスマスが記念日ってのがいいよね…一歩半縮めたんだ…

21 22/06/13(月)01:36:10 No.938085236

>>「お母……いやタイシン、嬉しいよ、俺……」 >私こういういつもの呼び方がふいに昔の呼び方に戻るようなの好き! こういうのに弱いんだ にやにやして口の橋が痛くなっちゃう

22 22/06/13(月)01:41:23 No.938086258

おとーさんもベタボレポイントを語れくれ もう態度でベタボレはわかるけどおかーさんの好きなとこいっぱい語ってくれ

23 22/06/13(月)01:47:03 No.938087386

幸せ夫婦してる二人はいくら摂取してもいいとされる

24 22/06/13(月)01:48:53 No.938087758

連日甘々タイシンが見れて怪文書作者にありがとうと言いたい

25 <a href="mailto:s">22/06/13(月)01:51:53</a> [s] No.938088339

多分おとーさんは「語り尽くせないから要点を纏めるけど、タイシンだから好きになったんだ」ぐらいは言ってくれると思うよ、というか前おかーさんが友達と一緒に外食行ったとき、こそっと聞いてみたら言ってたよ!

26 22/06/13(月)01:52:45 No.938088506

末永く幸せになれ

27 22/06/13(月)01:55:09 No.938088952

タイシンだけいちゃいちゃ夫婦してる自覚がなさそう

28 22/06/13(月)02:04:41 No.938090761

>タイシンだけいちゃいちゃ夫婦してる自覚がなさそう でもベタ惚れを肯定するタイシンはすごく…すごいぞ…

29 22/06/13(月)02:07:04 No.938091201

この後弟か妹が増えそう

30 22/06/13(月)02:15:47 No.938092490

>ハヤヒデ息子といイイ感じのタイシン娘か… >周りの気ぶりがすごい事になりそう なんとなくタイシン娘の方が尻に敷きそうな予感

31 22/06/13(月)02:15:49 No.938092495

この家庭の飼い猫とかになって見守りたい

32 22/06/13(月)02:19:40 No.938093013

娘ちゃんがいい仕事してる…

33 22/06/13(月)02:26:33 No.938094002

タイトレタイシン一家怪文書たすかる

34 22/06/13(月)02:27:17 No.938094103

記念日の今日は一足先に寝るタイシン娘…

35 22/06/13(月)02:32:35 No.938094826

両親のイチャイチャももっと見たいし娘がハヤヒデのとこの子といい感じなのも気になる!

36 22/06/13(月)02:44:19 No.938096259

昔よりも笑顔でいることがずっと多くなってるだろうなと思うと良き

37 22/06/13(月)02:45:21 No.938096386

タイシンはいくら幸せにしてもいい…

38 22/06/13(月)02:56:15 No.938097598

お母さんに対して大事ゆえにわだかまりというか傷があったタイシンが娘にお母さんさがお母さんでよかったと言われて泣くの そんなんこっちが泣いてしまうわ

39 22/06/13(月)03:01:10 No.938098064

>>「お母……いやタイシン、嬉しいよ、俺……」 >私こういういつもの呼び方がふいに昔の呼び方に戻るようなの好き! タイシンが母から女の顔になってしまう!いやなれ

40 22/06/13(月)04:59:02 No.938105450

そこそこ長さがあるはずなのにスルスル入ってくる話だった…

41 22/06/13(月)05:08:08 ID:FjKfF60w FjKfF60w No.938105756

ウマゲェジか

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