22/06/07(火)01:08:12 座席か... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1654531692807.png 22/06/07(火)01:08:12 No.935892338
座席から重たい腰を上げ、ほとんど寝ぼけているような具合の彼を引き連れて、出来の悪いコンクリを踏み締める。閉まるまでのスパンが異様に長いドアより抜ければ、分と経つあたりで轟音を立てて列車が通り過ぎる。風圧で背中が揺れる、服の裾をかなり強引にはためかせ、それでも飽き足らず被ってきたストローハットすらも旅立たせようとする。私の手じゃない重みが頭の直上を押さえる。電車が過ぎ去ると同時、その手は離れていくのだけど、あー、なんていうか。ほんの少しだけ、まあその、照れちゃう。 「私たち、良いご身分ですよねえ」 「そうだな……」 「ついでに良い子ですよねえ」 「……まったくだ」 「ちゃんと今日はお休みだし」 「サボりは……いけない、からな……」 「んー……ん。まあ、そうかな……?」 「……いや、サボりは、ダメだろ……」 都会から田舎へと降り立ったので、深呼吸しつつ一度周りをぐるり、見渡す。こういうのをモダン、と言えばいいのだろうか。いや、違うかも。純粋に古めかしいだけか。まあ嫌いじゃない風景だし、大まかな括り的には……まあまあたぶん、あながち間違いってわけでもないのかも知れないか。
1 22/06/07(火)01:08:45 No.935892498
「うーむ……しょっぱみ!」 まあまあまあ、なんでもいいや。いま大事なことはそこじゃない。とりあえず爽快な朝の空気をからだの中に取り込んで楽しんでみよう。海辺で息を吸ったとき、舌で感じるものと言えば。やっぱりしおあじ、堅苦しくない感じで正確さを出したなら、うしおのあじだ。若干のべたつき、わずかな苦味、かすかな重たさ。空気の味わいは様々な場所で違うけど、私にとっては渓流に並ぶレベルで好きな味に違いない。 「おえっ……」 ぐっ。ぐっ。ぴんっ。おや、なんだろう。浅めな水色ワンピースを飾るワンポイント、上に羽織ったカーキ色のカーディガン、その裾当たりが引かれる感触が。ついでに不穏な発声も確認できたので、服のつっぱった方へ顔を向ける。そこには外の爽やかさとは打って変わって、この世の終わりみたいな顔をした、割と死にかけなトレーナーさんの姿があった。ちなみに、これ自体はそこそこ見慣れた風景だったりする。やあやあ、哀しいものですね。にんげん、産まれの段階で備わったものはなかなか鍛えることができないのです。
2 22/06/07(火)01:09:22 No.935892681
「……タンマ……待っ……」 「相変わらずよわ~い」 「くっそ……むっちゃ腹立つ……」 「だって事実だしねえ」 「否定できないけどさあ……」 「ほら、背中よしよししてあげるから。んで、おっきくゆっくりしんこきゅ~……」 だいぶ虚ろな目で深呼吸を繰り返す彼を、私はかなーり優しく介抱しながら、のんびりと辺りを眺めた。到着してから大して時間も経ってないけれど、普段行くような都会の海辺とは違って、ここは景色を楽しむのにもってこいの場所だと思う。 背高めな建物とか無数に居る人たちに象徴されるような、ある種ノイズとも取れるような要素が限りなく少ないし。そのうえ、線路と柵の向こうにある風景だって、足の短い草地と年季の入ったお家にお店たちと、朝日を受けてきらきら輝く大きな海ぐらいなもん。控えめに言っても最高のロケーション。ちょっとした小旅行にこの場所を提案して良かった、流石は私。
3 22/06/07(火)01:09:55 No.935892827
んふふふ。気分が良いから更に教えてあげよう。諸君、僻地はデメリットじゃないんだよ、楽しめる時間が増えるんだからね。バエとジツエキのリョーリツってやつ。前述のぜんぶがふわっとした語彙に包まれているけど、本質的にはこういうことを指すんだよってコト、世の中の女の子たちに教えてあげたいな。生きてるうちで無駄な時間なんて、どこにもありはしないんだ。 ホームのベンチに彼を座らせ、生暖かい視線をたくさん浴びさせてあげる。三半規管での酔っ払いは水分と時間が解決してくれるものだし、私にできることなんてこれくらいなもんだ。 「あー……広いな、なんか」 徐々に平静を取り戻しつつある彼が、数キロメートル遠望の瞳でつぶやいた。私は言葉少なに頷いて、靄の残るような朝の、半透明にけぶる香りをなめる。鼻腔を通して味わう潮の香りは、海への近さを否応無しに示してくれる。朝が活動し始めるより前、星と月が眠りに就こうとする時刻に。私たちはたったふたりだけでここにいる。
4 22/06/07(火)01:10:57 No.935893137
理解が重なるにつれて風景は透明になっていって、なんだかいつもよりすきとおってみえる。色づく、じゃなく。海と空の中のいろに染まる。世界って、広いように見えて狭い、のかな。心のうねりは理屈じゃ説明できなくて、でも説明を求められたときのために準備はしなくちゃだから、まだ、酔いから覚めるまでは、もう少しだけ浸っていても―― 「あれ、スカイ?」 ――あちゃあ、いけないや。把握を怠るなんて、想像以上にぼうっとしていたみたいだ。あと真面目になりすぎちゃった。朝はいやだな。賢くなんてない私を、謎に哲学的にさせてくる。考えること自体は好きだから別にいいんだけど、これを上の空だとか言われたら、流石の私も黙っていられなくて舌戦展開しちゃうよね。 確かにさ、空ってふつうに高いもので、伸ばしても伸ばしても手の届かないものだし、地べたから見上げる分には全部上の空かも知れない、けれど。現実問題空には高度があるんだから、一緒くたにしたらダメだって思う。もっと細分化されるべきなんだ。ぼうっとしていたのを指して上の空、だなんて。失礼千万だ、まるで私が他のことに気を取られていたみたいじゃないか。
5 22/06/07(火)01:11:34 No.935893318
ちゃんと色々考えてたもんね。私の意識は盗まれてなんかいない、ちゃんとトレーナーさんのことを―― 「わっあっ」 「え、どうしたの突然」 「ど、どーもしてませんよ」 「……なるほど」 「何がなるほどなんですか~?!」 「いやあ、何となく察しただけだよ、はは」 いつもの血色を取り戻しつつある、しかしまだ結構ダウナーな顔つきで。苦笑な雰囲気を混ぜながら、トレーナーさんは目を瞑った。その仕草と沈黙が明言されなかったはずのものをもの凄い勢いで構築していく。まさかこのタイミングで、彼から人肌ぐらいの温度感を投げつけられるなんて、反則だ! かあっと耳先に血が上って、身体は勝手に動いて。 気付けば私は彼の耳たぶをそこそこ強めに捻り上げていた。 「いいいいっ!!! 痛ったああああ!」 「どーもしてないったらどーもしてないんです、わかります?!」 「わかった、わかった、分かったから!」
6 22/06/07(火)01:12:24 No.935893532
からかって悪かったと連呼する彼に免じて、つねっていた耳たぶから手を放してあげた。それから、ごほん。咳払いを一つ挟んで、話題を転換させてやろう。いや、念のためもう一回いれとこう。ごほん、ごほん、ごほごほん。 「……痛ってて……飴、いるか?」 赤くはなっていない耳たぶを片手で擦りつつ、トレーナーさんは傍らに置いたバッグをまさぐって、つんつんした竜の喉もたちまちに治す一粒を渡してくれようとする。優しいひとだ、ほんとに。ゆるやかに首を振って『だいじょうぶ』を示した。 「それよりさ。ねね、海の方、みて?」 「ん……ああ、海は良いな。好きだよ、やっぱ」 「へへへ……私も、そう……思う」 私の好きなものの一つ、澄んだ青色が広がり続ける場所。空と海は好みの色彩で作られていることが多いから、まかり間違っても嫌いになる日なんて。まあ未来永劫訪れないだろう。にしても、好き、かあ。届いた言葉を反芻するために少しだけ、目を瞑って。想像を目蓋裏に映しながらそのまま続ける。
7 22/06/07(火)01:14:47 No.935894157
「今日さ、海の近く行ったとき、靴、脱いでもいい?」 「お好きにどうぞ」 「鳴くかな?」 「このあたり鳴き砂だったっけ、でも綺麗だといいな」 海辺に咲いたリンドウの花は六月の頭に満開を迎えていて、朝空の奥を駆ける無数の流れ星は五月の雨に名付けられてて。素足で踏みしめる砂浜は、ひんやりとした肌触りのよさに満ちていて。何もかもが相当に心地いいに違いない。ただそこまで全部イメージ、だからさ。日本とみんなと私とトレーナーさんの春が終わり、代わりに爽やかな白波と共に夏がやってくる。それは本当で、ずっとこのままじゃ居られない、からさ。だから、ナイーブだって分かってるけど、さ。お子様染みた私の願いが、もしも叶ってくれるなら。 「ねえ」 「なんだ?」 「来年も、来れるかな?」 「再来年だって来れるさ」 「……にゃはは。私ってさ、ずるいかな?」
8 22/06/07(火)01:15:43 No.935894393
「まあ……素直ではないかもな?」 そんな返答が来るとは思ってなくて、ぴょこんと尻尾が高鳴った。うーん、あはは、まあいいや。そんなことを言うのなら。軽い仕返しを兼ねて。私から少し勇気を出してあげよっか。電車に乗る前に買ったコンビニのフラッペの、からからになった透明な抜け殻を。都会じゃとっくに見掛けない駅前のゴミ箱へ捨て去って。私は彼の手を取った。 「そろそろ、行きましょうか!」 私がさっきしたみたいに、トレーナーさんも言葉少なに頷いて。彼の返事をもう一呼吸分だけ待って。行くか、と笑顔で言われたら、こっちも笑顔で返して。二人一緒にホームを抜け出るんだ。
9 <a href="mailto:おわり">22/06/07(火)01:16:20</a> [おわり] No.935894523
緩やかな歩調で切符を改札に通したとき、不思議と見える景色が変わった。意識の片隅に残ってたはずの、都会に置き去った春がどっかに行って、私の大好きな海辺に咲く素敵な夏が、割と唐突に始まった。 「んじゃ、市場でも行ってみるか?」 「ううん、まず海行きましょ!」 「海? まあいいか、行くか!」 なんでだろう、この景色はどうやら私と彼で更にもう一歩進んでいくみたい。そのあたりの制約については詳しくないけれど、私の好きなこの夏は春に比べても随分と甘いから。好きが沢山ある海辺にでも居ないとどうにかなってしまいそうだから。誤魔化せる隙間を探しながら、高鳴り続ける胸のときめきを必死に隠しながら。とりあえずもっと満喫しようとか考えながら、私は。いつも通りな感じで笑いつつ歩き出したんだ。もちろん、手はずっと。つないだまま。
10 <a href="mailto:s">22/06/07(火)01:18:32</a> [s] No.935894994
夏が近いので幻覚を見ました こちら粗雑ではありますがお中元ですのでご査収下さい…
11 22/06/07(火)01:19:01 No.935895090
これはこれは結構なものを…
12 22/06/07(火)01:19:29 No.935895183
いいね
13 22/06/07(火)01:31:52 No.935897661
せっかくのお中元に大したお返しもできずいいものばかり貰ってしまって申し訳ないね
14 22/06/07(火)01:43:45 No.935899696
大作セイちゃん怪文書有り難い… 夏の青空と海をバックにホームにいるセイちゃん達と2人の間に流れるこの絶妙な空気感がとても心地よくて読んでいるとどんどん頭にそのシーンが浮かんできてすごく良かった
15 <a href="mailto:s">22/06/07(火)01:45:38</a> [s] No.935900007
今になって思えばお中元には早すぎた この幻覚は水ようかんぐらいに思ってくれると助かります
16 画像ファイル名:1654534581521.png 22/06/07(火)01:56:21 No.935901920
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
17 <a href="mailto:s">22/06/07(火)01:57:26</a> [s] No.935902065
アリガト…とても嬉しい…
18 22/06/07(火)01:59:36 No.935902411
水ようかんいいよね…それと同じぐらいこの怪文書もいい…
19 22/06/07(火)02:02:13 No.935902826
存在したのか…聖ウンス会の構成員…
20 22/06/07(火)02:12:59 No.935904370
>存在したのか…聖ウンス会の構成員… 去年の実装前に山のようにいただろ!
21 22/06/07(火)04:38:17 No.935916854
ふむ