ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
22/06/04(土)00:33:48 No.934700881
午前と午後のキワぐらい、ちょっと小腹が空いてきたくらいの頃合いに。私はある場所とある場所を繋ぐ遊歩道を歩いていた。土曜の本日、トレーニングはおやすみだ。私個人のおサボりなんかじゃなく、まっとうにスケジュール通りな感じで。だったらつまり、目的はない……ように見えてある。理由がないなら自分の部屋とか秘密のスペースでダラダラしてりゃそれでいい。そうならなかったのだから、理由はあるんだ。 タータンチェックのかわいいジャケットに、シックめのパンツを合わせて、これまたオシャレなポーチを肩から提げて、るんるん気分で道をゆく。てくてく歩くそのついでに、鼻で息を吸ってみて、再度確認のために口でも吸ってみる。うん、雨降り前特有のぺったり重たい空気感はもうない。指先で空気を擦り合わせても、指の腹に湿度があんまり残らないし。少なくとも一時間かそこらは降らないだろうと理解できる。天気予報士なんかじゃないけど、雨が来るかどうかは小さい頃から割と分かる。キングにそのことを話したら不思議な顔をしていたけど。まあスぺちゃんはもの凄い勢いで首を縦に振ってたし、分かるひとには分かる、的なアレなのかもしれない。
1 22/06/04(土)00:34:20 No.934701093
「ま~……」 何にせよ、雨が降らないのはいいことだ、一般的なにおはなしにおいては。まあ実際私は雨が好きってほどでもない。傘持つのめんどうだし。レインコートはもってのほかだし。雨は私の名前に似つかわしくないし。何より雨って感傷のお中元だから。まっすぐ好きにはなれそうにない。 「でもねえ」 矢継ぎ早に並べ立てちゃったけど。天邪鬼って言われそうだけど、別に嫌いってわけでもないんだ。晴れは晴れであっついし。日傘持つのめんどうだし。そもお日さま自体押しつけがましさの最たるところだから。素直に好きとは言いづらい。 「雨も太陽もなきゃ困るけどね」 テキトーに独り言ちれば、じゃあどっちなの、はっきりしてよ。ドロドロドラマでしか聞けそうにないフレーズが、どこからともなくそよそよ耳に届く。うーんそうだなあ、敢えてどっちが好きかを語るとしたら。怒られるかも知れないけど私は、どっちでもないんだよね、とか言ってみたりしちゃうんだ。 「んふふふふ……」
2 22/06/04(土)00:34:53 No.934701317
頭の後ろで手を組みながら、音のない声に応えてやれば、興味を失ったのか声の主は無口になる。ふふん、どうだ、まいったか。セイちゃんを型に嵌めれると思うんじゃないぞ。胸のうちだけで楽しく会話をかましながら、静まり返った遊歩道を上機嫌でたつたつ歩く。実はここ、雨上がりは驚くほどひとけのない道なんです。つまるところ誰に見られることがあろうか、って話なので。だらしなく緩むほっぺたを隠しもせず私は、都会に生えた木々の隙間を通り抜けながら、大きく大きくぐっと大きく伸びをして、暦的には新緑の空気を胸いっぱいに吸い込む。青い、碧い、あおくてみどりの味と匂い。苦くて、もったりしてて、美味しくないのに、不思議と好きで好きで仕方ない。これは雨上がりだけの特別。都会に生えるわずかな自然を一番楽しめるのは、この絶妙な合間だけだと私は思っている。しとやかな水たちに濡れるあおみどりは、自然の香りをより強く発散する。普段よりも数段強く、尋常じゃないほど色も濃く、青臭さに思わずくらりとしてしまうくらいに。
3 22/06/04(土)00:35:19 No.934701495
そういう側面もあって、私が好きなのは雨上がり。周りをぐるりと見渡せば、雨上がりほど普段と違う世界もないって昔から思ってる。晴ればっかとも雨降りとも違う世界。しっとり濡れた地面にゆるやかに凪いだ空気、穏やかに香る水のにおい。もちろん天気たちはきまぐれだから、その都度質感は違うけれど、爽やかとも苦しいとも形容できない、合間にしか存在しない独特の感触が好きなんだ。 「まあ、今じゃ別の意味も……」 テンションの高さにつられて、要らないことまで口走りそうになった。結びつきかけた想像を頭を振ることで吹き飛ばし、歩くのを止めて軽く駆け出す。かすかに陰っていた太陽が、怒り気味の雲を除けてこれまでよりも強めに主張しだす。無数の葉っぱたちに乗っていたしずくが僕らの出番だとより一層きらめきだす。ああ、やっぱり。私はこの風景が大好きなんだ。雨上がりはきっと私の、セイウンスカイのためにあるんだ。ありえないけど、自分で思うだけなら全部真実だから、だから、雨上がりは私の物だ。 「なんてね」
4 22/06/04(土)00:35:55 No.934701732
祝福を歌う木々と道を通り抜けて、いいよね、なんて一言を照れ隠し的に呟いたあたりで、花と青と緑は離れて行って、代わりに湿ったコンクリートの匂いが強まってきた。よし、もうすぐだ。煉瓦模様の地面をパンプスで叩き、庭木の剪定作業をしているおじさんへ挨拶を交わし、軽く身だしなみを整えたらそっぽぜんしん、ゆるやかに前へ前へ、目的地へと向かっていく。エレベーターは使わない。雨の日は絶対に階段から上がるって決めている。こつこつこつ、経年劣化で白ずんだ階段がソールに鳴る。歩いて、歩いて私にとっての遊歩道が終わる。お散歩セイちゃんはここまでにして。ここからは参謀セイちゃんのお出番だ。ドアチャイムを押すことに慣れつつある指先を。ボタンに添えて、ゆっくり、ゆっくり、かわりに力強く押し込んで。小さいんだか大きいんだか分からないボリュームの呼び出し音を耳奥で味わうったなら。多分繋がったであろうタイミングで、特大の作戦を打ち込むんだ。 「はい、どちらさまで……」 「こーんにーちはっ」 「んあっ?! スカイ!?」
5 22/06/04(土)00:36:35 No.934701990
扉の奥からどたばたと慌ただしい音がする。これもいつもだ、いつもこうだ。お休みプラスアルファの日は、いつも。たぶん相当だらしないカッコをしてたんだろう。玄関先で待つだけの、このビミョーな時間にもようやく慣れた。割には、不思議といつも新鮮だ。どきどき胸が高鳴っているのは、策の失敗がこわいからとかじゃない。ああ、きっと私はパブロフのなんとやらなんだろうなって話だ。雨上がりとここに来るまでのルーティンだけで、毎度こうなっちゃうんだもん。くっついてしまってるんだ、自分にとっての心地よさに。 ぺたりふわふわ、耳が頭に吸い付いている。やっ、いけない。確認しなきゃ。ポーチを開けてちっちゃめのお化粧ケースを、あ、やっちゃった、コンパクトを持ってくるの忘れちゃった。今、自分の顔がどうなってるか確認する術があるにはあるけど、この短い時間じゃスマホは流石に操作に手間取る。その間に出てこられたら、誤魔化しようがなくなってしまう。仕方ない、何かもし言われでもしたら。また上がり始めた湿度と気温に犠牲になってもらうことにしよう。
6 22/06/04(土)00:37:21 [おわり] No.934702293
自分のなかで整理が終わった直後、目の前のドアが猛烈な勢いではなく。これまたいつも通りの、自然な速度で開き始めた。悪そうな笑い声を出したかったけど、これ以上はトレーナーさんがかわいそうなのと、あんまりいじめすぎると拗ねちゃうのもあるから、私も普段通りに振舞おう。がちゃりと扉が開き切ってすぐ、困り眉したトレーナーさんが懇願するように私へ言う。 「せめて、連絡してから来てって言ってるだろ、もう……」 「次回はそーしまーす。んで。雨上がり特別、おりょーり、たべに来ましたよ~」 「あー、はいはい……いやこれ特別か……?」 「セイちゃん的には特別ですよ、わりと」 「ふーむ……まあいいや。ほれ、どうぞ」 「はーい、おじゃましまーす」 差し出された彼の手を軽い気持ちで掴んで、私はトレーナーさんの部屋へと上がり込む。ドアが閉じてしまえばすぐ、雨の匂いも晴れの匂いもしなくなる。その代わりに不思議と雨上がりの匂いが漂ってくる気がするのは、きっと。トレーナーさんが生乾きの服を着てるだとか、私の鼻がおかしくなってしまったからとかじゃないんだろう。他に何か深い意味があるわけじゃないんだ、きっと。そう、きっと。
7 22/06/04(土)00:39:40 [s] No.934703181
梅雨時なのとAme(A)が相乗効果発揮した久し振りの幻覚です 雨上がりいいよね…
8 22/06/04(土)00:40:55 No.934703656
ありがとうございます
9 22/06/04(土)00:45:03 No.934705147
大変ありがたい…
10 22/06/04(土)00:46:31 No.934705753
好きな人に逢いに行くウキウキを雨上がりのせいにしやがってこの乙女がよぉ…
11 22/06/04(土)00:59:19 No.934710416
寝る前に良いものを見せてくれるじゃあないの…
12 22/06/04(土)01:01:33 No.934711180
いい文書くじゃねぇか
13 22/06/04(土)01:10:09 No.934713922
周囲の情景と心情リンクさせるのすごく上手いね…
14 22/06/04(土)01:26:08 [s] No.934718827
褒め過ぎなんだ…読んでくれて感謝…そこかしこにある幻覚の説明不足と誤字脱字は申し訳…
15 22/06/04(土)01:53:18 No.934725608
良い…
16 22/06/04(土)02:02:24 No.934727478
ウキウキスカイいいよね…