ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
22/06/03(金)01:19:08 No.934371629
合宿所とはまた違う、少し湿ったような海の香りが鼻をくすぐる。 港町だからか遠くで聞こえてくる船の汽笛を聞きながら、砂浜を蹴るようにして歩く。カレンさんのトレーナーさんが言っていたように綺麗な海だ、夏場だからか子供たちがはしゃいで泳いでいるのが見える。 あの人の故郷、あの人の思い出、あの人の海、全てが始まってたであろう場所。そこに私達を歩いていた。 「アヤベさん、まだ怒っているのかい?」 「……怒ってないわ、初めから」 後ろからかかってきたオペラオーの声にぶっきらぼうな声で答えながら、数歩先を進んでいく。こんな答え方をしていればだれでも不機嫌だと分かるだろうけれど、そういうことを一々気にできるほど今の私は心の平穏を保っていはいられない。 理由は……数十分前に訪れたあの人の家にある。 とにかくあの人を知る人から、話を聞きたい。地面に着地したヘリを降りながらそういうと、オペラオーは当然のようにあの人の実家を調べていた。詳しく言えばオペラオーのトレーナーさんが、だが。
1 22/06/03(金)01:19:32 No.934371734
「でも……どうやって尋ねるんですか? まさか今の状況をそのまま伝えるわけにはいかないし」 「ぎゃ、逆にお父さんお母さんに説得してもらうというのはぁ……」 「あの人も大人よ。それに……それで解決できるならこうなってはないと思うわ」 前提をどうするか、それに頭を悩ませているとオペラオーはただ一人ずんずんと進みながら声高々に言った。 「何も考えずアヤベさんが自分が担当だと言えば良い! そして彼の事を聞きたいと! 一番近しい人間が、相手のことを知りたいこれ以上の理由は必要ないじゃないかい?」 全て言い終わった後、太陽光をすべて反射しそうな歯を見せて笑うオペラオーにきっと全員がそれじゃあまた違った誤解を産むんじゃないかと思ったけれど、それ以上いい案も浮かばないのでそれに同意して、彼女についていくことになった。 「あー……みんな、そっちは逆方向だ」 「おっと! 初訪問の街はオペラ座の地下迷宮のごとく!」
2 22/06/03(金)01:19:54 No.934371824
地図もあってか、あっさり彼の家は見つかった。問題なのは、あっさり私の覚悟が決まる前にオペラオーがインターホンを押して、あっさり私が挨拶をする前にドトウがかみかみの挨拶をしながら転んで、その他もろもろの事情をトップロードさんがやってしまったので、肝心の私はただあの人の両親から挨拶をされるのをただ曖昧に返事をするだけの人になってしまったことだ。 あの人の両親は見る限り人当たりの良い印象を持つ普通の人たちで、担当だと紹介された私を喜んで家に上げてくれた。 「でも、びっくりしたわぁ……よくテレビで見る貴方達が家にきて、息子がアドマイヤベガさんのトレーナーなんて。本当に連絡一つしないんだから」 「いえ……いきなりすいません……こんな大勢で」 「いいのよ! でも凄いわぁ覇王世代が勢ぞろい、写真撮っちゃいたいぐらい。私もトゥインクルシリーズは見ててね、夫と二人揃ってカレンチャンのファンで……」 何故だかソファに全員で座ってぎゅうぎゅう詰めになりながら、出された紅茶を飲む。テーブルの上には写真立てが一つあってそこには古い写真が入れられていた。
3 22/06/03(金)01:20:16 No.934371923
両親と子供が二人。一人は葦毛のウマ娘、もう一人は……あの人だろう。みな笑っている、けれどあの人だけどことなく固く見えるのは今までのイメージがあるからなのか。 「これ……彼ですか?」 考えたことがそのまま口にでてしまってしまったと思うが、出した言葉をもう一度口の中に入れ込めるわけもなく、あの人の両親は少しだけ顔を見合わせて少し目を伏せて肯定した。 「えぇそうよ。男の子の方があの子、隣の子はその妹。その子はもう亡くなってしまったけれど……」 「ごめんなさい、その話は彼から聞いてたのに……無神経でした」 「いいのよ。でも、そんなことも貴方に話すぐらい、あの子はアドマイヤベガさんを信頼しているのね」 そっと彼の母親は笑顔を見せた後に、寂しそうな眼をコーヒーカップに向けた。 「あの子は手をかからない、妹思いのいい子でね。でも私達はそれを利用して……私達は人様に自慢できる親じゃなかった、ウマ娘の子供の方を優先してあの子のことなんて何も考えずにあの子の御守ばかりを任せて……あの事故が起きた時も、連絡を受けて駆けつけた時……あの子の無事を喜ぶよりもう一人を探してしまったもの」
4 22/06/03(金)01:20:41 No.934372015
その目には後悔の色がありありと浮かんでいた。過去は戻せない。なのに後ろにいるはずの過去が前に立ちはだかってくる。この人達は乗り越えられたのだろうか。 「そのあともあの子の気持ちも考えずに、私達はお互い責任を押し付けあって喧嘩ばかりして泣いて怒鳴って……息子がずっと海を見に行ってことなんて知らなかった」 「でも、家族を亡くすというのは……辛いことです」 「ありがとう。でも自分達がいかに過ちを犯しているか気づかせてくれたのは、その亡くなった家族なの。不思議だと思われるかもしれないけれど、夢にね死んだ娘が出てきたの」 そうして顔を上げた彼の母親には、どこか懐かしさと一緒に希望が溢れ出ていた。同時に、私の中に言いも知れぬ感情が出来上がっていくのが分かった。 「泣いて怒ったりしちゃダメだよ、元気でいてね、お兄ちゃんを大事にしてあげて。って……それを同じ夜、夫も見たの。きっと私達を見かねて夢の中に出てきたのね、それで私達はこのままじゃいけないって……お互いを許し合って、あの子に謝って……許して貰って、それで再出発したの」
5 22/06/03(金)01:21:13 No.934372134
そういって相手は笑った。ドトウも、トップロードさんもその話に心を癒されたようだ。でも、私の中にあるのは違う感情だった。それは気づきでもあるし、共感でもあるし、憤怒でもあったかもしれない。 「そこからはあの子を応援して……トレーナーになりたいと言った時はびっくりしたけれど……あの子なりに妹への償いなのかもしれないわね」 償い? あの人には罪はない。全てだ、全て全て全て、あの人の苦しみは此処から来た。此処からだ。貴方達からあの人の苦しみは始まったのだ。 「あの人も……妹さんが夢に出てきたのでしょうか?」 「この話をしても、首を振るだけだった。でも、出てきたのだと思う、よく笑うようになったもの。きっとあの子のお陰ね」 それからは、私はただ歯の奥を噛みしめて床を見つめるだけで会話は他の彼女達に任せることしかできなかった。次に口を開けば私自身に向けて叫びだしそうになったから。
6 22/06/03(金)01:21:45 No.934372248
「確かに、ボクもアヤベさんの気持ちは分かっているつもりではある。まさか担当ではなく違うウマ娘のファンと知らされれば、ボクもちょっと不安になるさ!」 「そうじゃないと知ってて言っているでしょう。誘っても無駄よ」 時は戻って海辺、私はただ歩くスピードを上げて進んでいた。話によればこの先にあの岩場があるはずだ。 「わ、私にはよく分かりません~……アヤベさんはなんで怒っているのですか……?」 「そうです! 私にはよい人たちに見えました!」 その言葉に、一度立ち止まって友人たちを見る。私は今どんな顔をしているのだろうか、少しドトウが泣きそうになった。 「あの人に!……あの人に罪なんてないわ、なかった。あるとしたら、彼にそうさせたあの人達よ」 「ど、どういうことですか?」
7 22/06/03(金)01:22:02 No.934372308
「あの人たちはああいっても、結局あの人のことを見てはいない! 過ちに気づいたのも、それであの人を見るようになったのも全部妹さんのお陰なのよ。あの人からしてみれば……妹がそう言ったから両親が変わった、死者から言われたから自分に優しくなったとしか思わない! 死者が変えられないものを変えられると……!」 「しかし、死者の思いをまたは奇跡というかもしれないそれを、否定することはアヤベさん、君にもできないはずだ」 オペラオーの言葉に息が詰まる。そうだ、その通りだ私は否定できない。あの子に救われたのだから、あの子から…… 「そう……その通り、私は『赦された』。トレーナーさんが私にああいった意味が分かった、あの人にとって、死者と会うことが『赦される』こと……」 「そ、それじゃあ……アヤベさんのトレーナーさんを元気にするには……」 「でも、今まで妹さんの幻影さえも見たことがないと言っていたわ。それはそう、あの人に罪はないもの、でも、死人と赦しをイコールにさせてしまった。あの人はない罪を背負って、ただ自分を永久に罰している」
8 22/06/03(金)01:22:16 No.934372354
じゃあどうすればいい? それさえもまだわからない、わからないけれど、あの人のことは分かった理解できた。あとは、あの岩場を見れば。 そうすればあの人と話すことができるはずだ。
9 22/06/03(金)01:22:49 No.934372485
調子に乗って書いた続きの続きの続きの続きの続きの続きですすべて許してください
10 22/06/03(金)01:25:47 No.934373208
重たぁい…
11 22/06/03(金)01:28:36 No.934373751
アヤベさんからすれば両親を否定すると自分も否定することになるしな…
12 22/06/03(金)01:33:03 No.934374736
もはや続きの…じゃなくて定期連載じみてきたな
13 22/06/03(金)01:40:40 No.934376455
トレーナーに救いがあるといいな…
14 22/06/03(金)01:41:00 No.934376523
この誰にも怒る事すらできない状況が一番つらい
15 22/06/03(金)01:45:18 No.934377414
誰も悪くないのに決定的なすれ違いで苦しんでるのがお辛い…
16 22/06/03(金)02:04:09 No.934380993
いやまぁ親はだいぶ悪い……
17 22/06/03(金)02:20:08 No.934383530
本当に息子のことが眼中にない…
18 22/06/03(金)02:46:30 No.934386403
妹に言われてからすらもちゃんと見れてないよねこれ…
19 22/06/03(金)03:01:55 No.934387883
きつい…本当にきつい トレーナーを取り巻いた環境が本当に耐えられない
20 22/06/03(金)03:11:07 No.934388616
内罰的なトレーナーとトレーナーと向き合ってない両親が組み合わさって…
21 22/06/03(金)03:20:37 No.934389336
自分も罪悪感に苛まれてるのに親の代わりにアヤベトレと向き合おうとしてたカレントレは本当に頑張ったよ
22 22/06/03(金)03:23:44 No.934389584
しあわせになってくれぇ…
23 22/06/03(金)03:45:09 No.934390992
救いはないのですか!?
24 22/06/03(金)06:47:25 No.934399246
表面だけ見ればなんの問題も無いのがつらい
25 22/06/03(金)06:48:46 No.934399346
聡いなオペラオー…