22/06/02(木)23:52:07 とくと... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1654181527686.png 22/06/02(木)23:52:07 No.934341132
とくとくと。 琥珀色の火酒を彼のグラスに注ぐ。 大きな氷にぴしりと罅が入る。 トレーナーはこちらに一瞥もせず。 モニターに映る私に執心。 せわしなくクリップボードの上をペンが走り回り、時折グラスを傾ける。 からからと。風鈴にも似た音が響く。 これらの他に音はない。
1 22/06/02(木)23:52:39 No.934341332
褒めて欲しかった。言葉を掛けて欲しかった。 よく頑張ったと。自慢の愛バだと。 彼を見る。彼は私を見ながらにして私を見ていない。 当然だ。 先のレース。私は薄氷の勝利を掴んだ。 直前の頭痛。連戦に続く連戦。私に向かぬ距離。 言い訳だ。 この人は、そんな無理難題の中勝算を見いだした。 誇らしく飾られた優勝レイ。 それは結果として、彼の期待に答えられたという証になるのだろうか? そうではない。 運が良かった
2 22/06/02(木)23:52:58 No.934341436
レース終盤。 それは逃げウマから追いウマまで、戦いの正負を決めるラストスパート。 ここを決め所としたスキルを持つウマ娘は多い。 十六もの勝利の執念が飛び交う戦場のなか。 私が勝利を掴んだのは偶然。彼の計算の外のことだった。 諦め。甘い誘惑が私の足を絡め取ろうとし、身を任せようと思ったとき。 ...視線。いや、殺気。 後方から前触れ無く放たれた気を躱す。いや、最初から私に向けられたものではなかった。 先頭集団を包む赤い光幕。加減速を捉えるこの眼に勝機が見えた。
3 22/06/02(木)23:53:26 No.934341592
勝利。求めた栄誉はひとつ掴んだ。 だがそれは、あくまで少し前に進んだ証であり、決して私のゴールではない。 彼はもう見つめている。 過去の私を観察しながら、先にいる私を。 ...欲、が。ふつふつと湧く心が私を突き動かす。 酒に入れるのだろう、カットされたライムが潰される。 じゅわりと密が滴り落ちる。 ...羨ましい。 未熟。期待を裏切る愚か者と、私をぐじゅりと握りつぶしてくれたら。 過去でも未来でもなく、浅ましく身を震わせる、今の私を見てくれたら。 思わず、声をかけた。
4 22/06/02(木)23:53:48 No.934341693
とくとくと酒が注がれる。 考えることは多い。 酒に冷えた脳は思考に沈む。 今回で浮き彫りになった課題やはりこの娘は強みの押し付けが弱い勝ちパターンが必要だこの娘ならやれる見ろ今回のレースは彼女の勝負強さ普段の器量良しが嘘に見えるような勝利のへの渇望が表に出たのだその収穫は大きいぞ今は自信を付けさせるそのためにはより大きなレースでの勝利を彼女に捧げなければならないならばトレーニング計画の全体的な見直しとそうだあの機器の使用許可が欲しい掛け合ってみるかあれが使えるなら
5 22/06/02(木)23:54:05 No.934341770
かつんと。テーブルに置いたグラスが乾いた音を鳴らし、ようやく空になっていたことに気づく。 視線を散らす。 部屋の隅。夏の暑さにぶーんと不満を垂らすようになった、年季の入った冷蔵庫。 その冷凍室から、次の酒を収穫する愛バを捉えた。 俺はもったいのない娘だ。 無茶を言っている自覚はある。 しかし自分ではなくただ俺をひたむきに信じ、血を吐き夢を叶えようとしている。 答えなければならない。 間違いではなかったと。
6 22/06/02(木)23:54:28 No.934341891
冷えた瓶がことりと置かれる。 すっと部屋が冷たくなる。 酒の冷気ではない。 彼女の手元にぎらりと。 その冷たく輝く短刀を私に見せたとき、既に瓶の口は豆腐に刃を入れるように切られていた。 瞬き。寒気を感じたあのひとときの間。 剣呑な気配はどこへやら。にこりと笑い、その鋭利な注ぎ口から酒を注ぐ。 腕を上げた。 静動の緩急。削ぎ落とされた余力。 崖から突き落とす思いで無理に身につけさせた動きを、彼女は自分のものにしている。
7 22/06/02(木)23:54:51 No.934342054
...酒が入ったからか。礼が言いたくなった。 甘やかして取れる頂点ではなかった。 愛情はこの娘のためにならぬと。 むしろ憎しみを糧とし、いつか俺の首を以て育成を終わらせたいと。 そのつもりだったが。 モニターに顔を移す。 ここだ。差されたこの瞬間。 後ろの視線に身を竦め、前の速度が落ちたのは偶然だった。 しかし諦めずに差し返せる距離を保てていたのは今までになかった力だ。 計算外だった。
8 22/06/02(木)23:55:12 No.934342183
何度見返しても惚れ惚れする走り。 あのとき。担当にと申し込んだとき。 一目惚れしたとのたまう自分に伝えてやりたい。 お前はこれから幾度も惚れ込むのだと。 しかしどうやって褒めたものか。 鞭を振り慣れた手を顎に回し、途方に暮れる。 ...いや。まずは酌の礼からか。 欠けていた礼節を思い出し、声をかけた。
9 22/06/02(木)23:55:29 No.934342275
「なあ」 「あの」 同時に口火を切る。 思わず笑い合った。
10 <a href="mailto:s">22/06/02(木)23:55:55</a> [s] No.934342438
むらっとして書いた モブ娘育成したいな 今日すごいあついからおさけおいしいな ...怪文書できた!
11 22/06/02(木)23:56:53 No.934342780
雰囲気がいい…なんかアダルティで それはそれとしてなんで未成年の教え子と一緒に飲んでる…?
12 22/06/03(金)00:04:28 No.934345572
とても濃厚な文章… あの……山に居たお師さんの次はトレーナーさんも覚悟決めてるんです?
13 <a href="mailto:s">22/06/03(金)00:14:31</a> [s] No.934349307
>なんで未成年の教え子と一緒に飲んでる…? ひとりで反省会してたらなんかお酌してくれるって愛バが >山に居たお師さんの次はトレーナーさんも覚悟決めてるんです? 前の読んでくれてるのありがたい... 覚悟決めてるけど別の覚悟が要りそうになってる
14 22/06/03(金)00:18:12 No.934350719
物理的な墓場ではなく人生の墓場に入る覚悟ですかね… 何にしてもモブというにはあまりにも剣呑過ぎる…