虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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  • 泥の夜 のスレッド詳細

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    22/05/07(土)18:00:47 No.925023254

    泥の夜

    1 22/05/07(土)18:06:16 No.925025260

    教会の裏庭の空気を竹刀が弧を描いて裂いた。 柄の鹿革は今日もしっかりと手に馴染む。握り慣れた質感だった。 振り下ろされたそれをまた振り上げながら後ろに下がり、地面に足がつくと同時に振り下ろす。 竹刀の切っ先はイメージ通りに残影を描きながら鋭く虚空を斬った。 私が剣道を始めてからもう数え切れないほど行ってきた素振りの稽古だ。 本当は朝食の前にするのが日課だけれど、今日は街に出たりシスターさんに捕まってお説教されたりして時間が潰れてしまった。 その分を補うように無心で竹刀を振る。異常な事態にあるからこそ怠るわけにはいかない。 “危険”の気配は今朝の街で肌に感じた。もしかしたらこの竹刀に自らを託すことになるかもしれないのだから。 身体を動かすとあちこちがずきずきとまだ痛むけれどそれよりも稽古をしないことの方が気持ち悪かった。 それに、竹刀を振ると心が落ち着く。 剣は好きだ。柄を握ってぴたりと剣先を正眼に置くと、かちりと何かが嵌まる感じがある。 私の純度が上がる、というか。あるべきカタチになった気がする、というか。 そんなことを友達に話したら『前世が侍だったんじゃないの』と笑われもしたけれど。

    2 22/05/07(土)18:06:26 No.925025326

    竹刀を振ろうとした足捌きが止まる。扉が開く音が耳に届いたからだ。 裏庭に出てきたのはシスターさんだった。私が竹刀を握っている姿を見てきょとんとしたが、すぐに微笑んだ。 「あら。邪魔してしまいましたね~。気になさらず、どうぞ続きを」 「は、はいっ」 促されて再び竹刀を構える。基本となる前進後退の素振りを繰り返す。 …のだが、シスターさんが立ち去らない。竹刀を振る私の姿をその場でじっと見つめていた。 さすがにちょっと気まずい。つい手を止めてシスターさんの方を向いてしまう。 「あのぉ…どうして見ているんですか?」 「いけませんか?あなたが剣を振る姿が綺麗だったので見惚れていたのです」 「き、キレイですか。ありがとうございます…」 そう言われると嬉しくなってしまう。同時に少し照れ臭くて頬を掻いてしまった。 「体軸が全くぶれませんね。余程鍛錬を積んできたのでしょう」 「えへへ。剣道は小さい頃からずっとやってきたんです。ちょっとは自信もあります。  この前の大会では優勝したんですよ。それで全国大会に出ることになって、大阪に来てこんなことになっているんですけれど…」 「なるほど。そうだったのですね」

    3 22/05/07(土)18:06:42 No.925025425

    シスターさんは笑顔で私の話を聞いている。 …相変わらず妙に薄っぺらく感じる表情だ。嘘臭いというわけではないのだけれど。 気を取り直してシスターさんから視線を切り、稽古に戻ろうとしたその時だった。 ───あ、面を打たれる。 物心ついた頃から剣を振ってきた身体が先に反応した。降り落ちてくる剣へ応じて咄嗟に足を捌き、右にステップして面抜き胴を打つ。 避ける動きで敵を斬る。何度も練習して身体に染み付いた、攻防一体の得意技だった。 …と、身体を動かしてから頭がようやく追いついてきた。 腕に相手を打つ手応えはない。竹刀は何もないところを薙いでいた。 その先ではシスターさんがさっきまでと同じように棒立ちで立っている。 なんで今、私は面を打たれると感じたのだろう。心がざわざわする。物凄い重圧だった。師範に本気で打ち込まれる時、いやそれ以上。 泰然としているシスターさんへ私は思わず尋ねてしまった。 「ええと…シスターさんって…もしかして、何か武術とかやってたりします…?」 シスターさんはくすりと笑って言った。 「あはー。さて、どうでしょ~?」 …薄々分かってきた。親切なだけの人では、どうやらないらしい。

    4 22/05/07(土)18:34:54 No.925035428

    人がいない時間でも平気で投げるんだな…