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  •  人殺... のスレッド詳細

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    22/05/07(土)13:57:00 No.924955748

     人殺しか否か。大半の人がノーと即答するであろうその問いに、アタシは悩んで答えを出す。それは自覚があるかとかではなく、アタシがそれを殺したというのが言葉として正しいのかどうか。あるいは、それが殺せるようなシロモノかどうか。  アタシが殺したのは、イマジナリーフレンドだ。空想、仮定、けれど生きている。そういうモノを、アタシは手にかけた。これは随分と昔の話。トレセン学園で大真面目に魔女を目指していた頃よりも、更に。けれど忘れられない、今でも大切な話、だ。  トレセン学園に入る前、アタシはおばあちゃん……グランマの元で育てられた。グランマは本物の魔女みたいで、アタシはそれに憧れた。とんでもないわがままだったはずのアタシはグランマの前では素直で、なんでも素直に教わろうとしていた。そんなアタシにグランマは色々なことを教えてくれたけれど、その中の一つが不思議な友達の作り方。不思議な友達。そのフレーズにワクワクした。魔法みたいだと思った。

    1 22/05/07(土)13:57:50 No.924955970

    やり方は簡単。人形遊びで喋り出すお人形の中身を、"誰か"にしてしまう。さあクマちゃんおままごとですよ、ではなく、さあクマちゃんそちらの人形役をよろしく、といったように。アタシと人形の間に、別の誰かを挟み込む。そうしてやれば、アタシから人形の中身は離れて見える。正体がわからないくらいに。 『仕方ないなあ、大魔法少女スイーピーのためなら』 そしてその距離が、ひとり立ちの合図。言葉がひとりでに動き出せば、頭の中に住む不思議な友達の出来上がり。アタシの思い通りなのに、アタシじゃないみたいな誰か。理想の友達。あるいは魔女にふさわしい、使い魔ともいうべき幻想。そんなしもべを作り出した魔法少女はいい気になって、どんどん頭の中に友達を生み出す。いつも仕方ないと言いながら遊んでくれる子、いつもアタシが間違えそうになる時に止めてくれる子、いつも怒っていて、アタシに勇気をくれる子、それから……。慣れてしまえば生み出すのは簡単で、アタシの頭の中は気がつけば大所帯。いつも誰かが喋っていて、いつもアタシはその中心にいる。大家族の長になったようで、とても楽しかった。そんな大家族はたったの数日で、脆く消え去るのだけれど。

    2 22/05/07(土)13:58:07 No.924956042

     そうやって生み出したイマジナリーフレンドとの日常は、その頃のアタシが保たせることは不可能なものだった。すぐに頭痛という形で異変は現れた。単純な話で、アタシの頭は四六時中休みがない状態になっていた。頭の中では賑やかな友達がにこやかにアタシに話しかけてきたり、あるいはお互いの意見を交換したり。アタシが全ての中心である限り、それらは全てアタシの頭の中で行われる。自分のしもべの行動を制御できなくなり、アタシはろくに眠れすらしなかった。ひとり立ちした友達が、アタシの脳みそを奪っちゃう─────。ずきんずきんと頭を鳴らしながら、そんな不安をグランマに話したのを覚えている。するとグランマは少し考えて。 「よく眠りなさい、スイーピー。その友達たちは、あなたが起きている間しか生きていられないの。あなたが寝ている間は必死に息を止めて、あなたが起きるのを待っている。だから、ぐっすり寝ればいい」  けどね、とグランマは付け足す。 「その子たちはあなたが思っているより、ずっと儚くて消えやすい。友達として付き合っていきたいなら、しっかり忘れてあげないことよ──」

    3 22/05/07(土)13:58:29 No.924956135

     うんざりだと思っていた。その話を聞く間も彼らはずっと喋っていて、疲れ知らずに思えた。消えるなら、消えてしまえばいい。自分の友達だったはずなのに、いなくなってほしいとさえ思った。グランマが付け足した忠告なんて、自分の場合は関係ないのだと思っていた。ふかふかのベッドに飛び込み目を瞑り、思いっきり寝る。布団を被り羊だけを数える。友達が話しかけてきても、無視。彼らはおやおやとか、おいおいとか。真剣に困っているようには思えなかった。こちらが真剣に無視してしまえば、眠るくらいは容易い距離感だった。だから、私は間も無く眠りにつき。夢を見ることもなく、次の朝まで寝続けた。どんなに偉大な魔女から教わった魔法でも、その魔法が複雑で、生活の根幹まで揺らがすほどの強大なものでも。魔法を解くのには、一夜もあれば十分だった。

    4 22/05/07(土)13:59:10 No.924956286

     次の日。久しぶりに眠れたアタシは気持ちよく目を覚まし、そのまま首だけ動かして寝ぼけ眼で時計を見る。もうこんな時間か、と布団から這い出し、朝食を食べに向かう。そうして、当たり前のように普通の朝を過ごしていた。何も考えずに、誰も頭の中に生み出さずに。全部を食べ終わるまで、何かを忘れたことにすら気づかなかった。虚数を失っても喪失感など起こり得ないのだと、今のアタシならそのイマジナリーを判断できる。けれどその時はまだ幼くて、虚の脆さなど知らなかった。やがて少しだけ気付けたとしたら、朝食を済ませてから数時間後。そういえば、と。心のうちに思考を巡らせた時だった。「どこにいるの」、と問うまでもなく。思考さえ届けば、距離の先にある彼が再び現れる。最初に生み出したイマジナリーフレンド。虚数にあれど、友達だったはずのモノ。顔のない彼はようやく喋り出す。真剣さなど感じさせない口調まで、昨日までとまるで変わらずに。 『やっと、思い出したね』

    5 22/05/07(土)13:59:36 No.924956422

     その言葉で、アタシは気づいた。思い出さなければ、彼らは存在しない。グランマが言っていた通り、寝てしまうだけで全てが変わったのだと。だから、今まで出てこなかった。正確には出てこれなかった。虚数に遊ぶ存在は、引き摺り出されなければプラスには転じない。どうしようもなく、儚く脆い。そう言葉にはできないけれど、幼心にわかってしまった。忘れられている間彼らはどうしていたのだろうと、心の中で彼に問う。幼い未熟な魔法少女には、自らの魔法が解けてしまったこともわからなかったから。 『どうもしてない。いなくなっていた。……他の子、呼べる?』  また頭の中で、声にならない声が問う。そう彼に言われて、言われるままに他の友達を呼んでこようとした時。自らの心臓の中に手を伸ばしても、手応えがまるでないことに気づいた。心に沈んだ友達の手が、伸ばし返してきたりはしないことに。

    6 22/05/07(土)14:00:33 No.924956677

     結論から言えば、これがアタシの人殺し。うんざりするほどにくっきりしていた彼らの言葉すら朧げで、どういう人々だったかを思い出せない。間違いなく自分は忘却の海に彼らの身体を沈めて、手遅れになってから引き揚げたのだ。これを人殺しと言わなくてなんと言おうか。たとえ虚なもやに過ぎなくて、生命と呼べる実体がなくても。そこに人格を与えたのも奪ったのも、紛れもなくアタシだった。  そうして、そうして。友達を消してしまったことを嘆く間も、その重大さに幼い頭で気づく間も無く。それより先に、最後に残った彼の感覚も少しずつ抜け落ち始めていることに気づいた。忘れてしまわないようにとグランマが言っていたのに、その時のアタシにはそれができる能力がなかった。あれだけ騒がしかった頭の中はスッキリして、空っぽで。

    7 22/05/07(土)14:00:59 No.924956788

     そんな誰もいなくなった脳みそで考えて、考えて。この状況を一生懸命に処理しようとした。最後に残った彼を消すまいと今更のように悩んだ。彼を頭の中にもう一度引きずりあげては、沈むまでの時間でまた考える。ずっと引き上げることはできなかった。脳みそを使う行為と脳みそに友達を住まわせる行為を両立できないのは、当たり前のことだった。  そもそも考えなければいいと気づいたのは、もう昼ごはんが近い頃。お腹が鳴って頭が回らなくなった頃。グランマの作ったランチの匂いが、鼻をくすぐった。匂いに誘われ食卓に着くと、もう遠く離れてしまった気がする昨日のように、彼はアタシに話しかける。 『美味しそうだね』  あげないわよ、と心の中で返事をする。実体を持たない彼に食事をあげることなんてできないけれど、そう答えてやれば彼に人間らしさが増える気がした。死んで欲しくない、殺したくない。そう願いながらする食事は、きっと誰も体験したことがないものだろう。

    8 22/05/07(土)14:01:23 No.924956908

     ごちそうさま、と早口で告げて。多分グランマはそんなアタシが何をしようとしねいるかなんてお見通しだったから、何も言わずに見送ってくれたのだろう。どこへともなく走り抜けるアタシを、ただ見送ってくれていたのだろう。アタシはそんな気配りには気づかず、自分と彼のことばかりだった。ランチを食べてもう一度頭に余裕ができた今、少しでも思考と彼の存在を両立しようとした。何も思考の邪魔がないところへ行きたかった。彼と二人きりになりたかった。庭へ出て、そこで立ち止まる。壁にもたれて、彼との会話を再開する。全ては自分の心の内で、すぐに消えてしまいそう。グランマの言っていた通り、彼らは儚く消えやすい。友達として付き合っていくことは、幼いアタシには不可能だった。それを必死に否定しようとしていたのが、その時のアタシだった。

    9 22/05/07(土)14:01:58 No.924957062

     たとえばアタシは、彼のことなど何も知らない。正しく言えば、彼のことを何も決めていない。好きなものも、見た目も。ただアタシの気まぐれで生み出されて、何も為せずに消えてゆく。彼らがどこまで行っても虚なのは、アタシが何も決めていなかったから。半端な魔法で何かを生み出し、失敗作として殺してしまう。そんなのはアタシが目指すような魔法少女のやることじゃない。グランマのような立派な魔女なら、なんとかできるのだろうか。 『どうにもならないよ。君が消えるのを望んでいるから、消える。それだけのことさ』  そんな、望んでなんて。それでも彼は多くを語らずに消える。それも、当たり前のことだった。彼はアタシの中から生まれたのだから、どんなに大人ぶってもアタシより何かを知っていることはありえない。語れないようにしたのは、アタシ自身だ。

    10 22/05/07(土)14:02:13 No.924957122

     そうしていくらかの会話を繋げてみたけれど、あっという間に最後の一人が消える。さよならすら、言葉にはできずに。消えた感覚すら、実体がないそれは明確ではなくて。ただ、思い出せない。ただ、あの時の距離はもうないから。そうして、アタシの人殺しは成立して。アタシは大声で喚いて泣いて、その日はグランマと一緒に寝た。もう一度、ぐっすり寝た。どんなに悲しい魔法でも、一夜もあれば解けてしまうのだ。

    11 22/05/07(土)14:02:41 No.924957230

     季節は巡り、歳をとる。幼い頃はすぐ泣いてしまうし、一生ぶん悲しんだつもりでもそれを忘れてしまう。その時のアタシはちょっと前よりは少し成長していたけれど、まだそんな幼いままだった。だからやっぱり、忘れていた。薄情にもそんな頭の中に住む友達のことなど、すっかり忘れた頃だった。いつかの庭で、心の中に響く声があった。 『久しぶり』  頭とは面白いもので、完全に忘れたと思っていてもふとした拍子で記憶の箱は開く。今回は何の拍子かわからないけれど、消えたはずの彼がまた出てきた。何度も死体を引き上げようとして、虚を捕まえられず諦めた彼が。アタシにとっては劇的なことだとわかっていたのに、酷くあっさりした再会だった。

    12 22/05/07(土)14:02:58 No.924957302

     彼は最近のアタシについて聞いて、次々に相槌を打つ。トレセン学園に入るために頑張っていること、一人前の魔法少女への道は未だ遠いこと。それを面白がって聞く彼の存在は以前より遥かにくっきりしていて、今なら忘れ去らずにずっと一緒にいれる気がした。実像は結べないけれど、それくらいにはアタシは成長していた。それは単純な脳の容量の話かもしれないし、前とは違う精神的成長なのかもしれない。今にして思えば、やはりその時のアタシもまだまだ幼かったのだけど。それでも当時のアタシには、なんとなくわかった。今なら彼を友達にすることは、不可能ではないのだと。  でも。 「お別れしましょ」  アタシも少しだけ、大人になって。あの時作った友達の正体を知った。イマジナリーフレンドは、なぜ虚な存在なのか。あれはきっと、アタシの中の一部が他人のフリをしているだけなのだ。心を切り離し、自分を切り分けて。感情の別側面を、別人格に見せかけているだけに過ぎない。自分の一部と距離を置いて、外側から見ているからそう見えていただけ。だから。

    13 22/05/07(土)14:03:35 No.924957465

    『ああ、そうだね』  だから、今度もやっぱりお別れだ。アタシが彼のことを考えるのを止めると、すぐにその存在は霧散する。いいや、正確に言えば自分の心の一部へと、戻る。消し去ったわけではないと、今度のアタシはしっかりわかっていた。心の発達はこうして終わった。彼の存在は幼い頃の自分には手が余ったし、少し成長した今の自分には無用の長物だ。だから、さようなら。そう今度こそ、しっかり別れを告げた。  その日のアタシは、一人で泣いた。  魔法とは、タネも仕掛けもわかっても、その上で不思議なものであると思う。今に至るまでのアタシがそんな魔法に精一杯近づけたのは、このことが一番かもしれない。幼い頃、トレセン学園に入るよりも前。すこし不思議な思い出。一人歩きする人形遊び。アタシを切り分けて、アタシ以外のふりをする虚数。そこまで理屈がわかっているのに、なぜあの日また彼が浮かび上がってきたのかはわからない。だから、やっぱり不思議な思い出。一度消え去り思い出すことで、この思い出はアタシにとって本当に大事なものになったのだろう。

    14 22/05/07(土)14:04:07 No.924957620

     このことはトレセン学園に入ってからも忘れていなかったから、幼い頃の思い出というのは捨てたものではないと思う。  そしてトレセン学園で、本当に友達が出来て。魔法少女を目指していたのは、やっぱり幼いアタシの延長線上だったけど。友達を大事にできたのも、やっぱりその思い出を延ばした先にある。幼少期のことごとくを人は忘れてしまうとしても、何もなかったことにはならないのだと。更にその先にいる今のアタシは、はっきりとそう言い切れる。  過去の過ち。幼少の驕り。それらは確かに大人になって振り返れば、行き止まりか回り道。平たく言えば失敗で、時には恥ずかしい思い出かもしれない。けれど、こうも思う。行き止まりや回り道には、きっといつも何かがあった。魅力的なそれは、かけがえのない価値を人にくれる。夢と魔法そのものが手に入らなくても、夢と魔法を追いかけた事実は手に入っている。

    15 22/05/07(土)14:04:40 [おわりです] No.924957783

     だからもしアタシが、人殺しか否かと問われた時。あれから十数年も経った今になって問われたとしてもやはり悩むけれど、決まってこう返すだろう。  アタシは誰も殺していない。彼も含めた全ての過去は、アタシの中で生き続けているのだから。

    16 22/05/07(土)14:05:22 No.924957971

    イマジナリーフレンドって時に残酷よね… いいもの見せてもらいました

    17 22/05/07(土)14:07:58 No.924958675

    再放送? なんか前にも見た気がする 何にせよいい話だ…

    18 22/05/07(土)14:09:06 [s] No.924958961

    >再放送? >なんか前にも見た気がする >何にせよいい話だ… 三千文字くらい書き直しました 古いやつだったからバレないかなって…

    19 22/05/07(土)14:09:47 No.924959146

    真っ昼間に良いもの読めた ありがとうスレ「」…

    20 22/05/07(土)14:10:04 No.924959233

    俺は知らなかったので問題ないな! >三千文字くらい書き直しました なそ にん

    21 22/05/07(土)14:13:39 No.924960180

    何かガッツリ読んじゃったわ ありがとう

    22 22/05/07(土)14:26:37 No.924963812

    良いものは何度読んでも良い >三千文字くらい書き直しました 加 莫

    23 22/05/07(土)14:28:01 [s] No.924964198

    元が三千文字くらいで六千文字くらいになったのでだいぶ増えたと思います…

    24 22/05/07(土)15:00:41 No.924973624

    古いも何もリメイクだこれ