22/05/01(日)23:32:23 「おは... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1651415543369.png 22/05/01(日)23:32:23 No.922961274
「おはよう、スズカ」 戸を軽く叩いて病室に入る。 自分の担当するウマ娘、サイレンススズカはベッドから半分体を起こし、こちらに何の反応も示さずうつろな目をしている。 俺はベッドの傍らの椅子に腰かけ、スズカを見つめる。 しばらくすると、スズカが唐突に口を開いた。 「トレーナーさん、やっぱりすごい指導ね。これでキタさんはG1七勝目。トレーナーさんが担当した三冠バのあの子に並ぶ快挙ね」 「スズカ……キタサンブラックはまだデビューしてないし、俺とは別にトレーナーがいるんだぞ」 しかし、スズカはこちらの言葉に何の反応も返さない。
1 22/05/01(日)23:32:55 No.922961557
数日前、トレーニング中に突然立ち止まったスズカは、いきなり支離滅裂なことを言い始めた。 ただ事ではないことは確かなので、すぐに保健室へ連れて行ったところ、そのまま救急搬送されることとなった。 そこでスズカはある病気であると診断され、そのままこの病院に入院した。 タイシンシンドローム。本格化を迎えたウマ娘特有の病気で、自分に子供や伴侶がいると思い込んでしまう病気だ。 しかし、スズカの場合は今までに例がない症状が現れた。 「私はもう走れないし、あなたに声も届けられないけど、もう大丈夫ね」 スズカは自分のことを、他のウマ娘を担当する俺を見守る幽霊だと思い込んでいる。
2 22/05/01(日)23:33:27 No.922961831
一般的なタイシンシンドロームの場合は、発症者が思い込んでる現在と現実に齟齬が生じ、精神的なダメージを受けてしまうが、それでも普段通りの生活を自力で行うことができる。 しかし、今のスズカは自分からはほとんど行動せず、無気力に座っているだけ。 自分でトイレに向かい、出された食事を食べ、手を引かれるとこちらに合わせて歩いてくれるが、最低限の行動以外は何もしようとしない。 タイシンシンドロームは現在治療法が確立しておらず、症状が落ち着くまで見守ることしかできない。 感染の恐れがあるウマ娘が面会謝絶となっていることもあり、スズカの友人たちはお見舞いもできず、今は自分一人が実質つきっきりで様子を見ている。
3 22/05/01(日)23:33:58 No.922962068
――――――――――――――― スズカが入院して1週間が経った。 時折スズカが話す内容をメモしていたおかげで、スズカの見ている幻覚の詳細が少し分かった。 まず言えることは、スズカが見ている世界は現実とは全く異なるものであるということ。 スズカは時折、自分の知っているウマ娘の名前を口にすることがある。 キタサンブラックやスマートファルコン、ウオッカなど。 俺が彼女たちを指導し、G1勝利に導いた、という発言をすることがあるが、俺はスズカ以外のウマ娘は指導したことがないし、そもそも彼女たちにはすでに専属のトレーナーがついている。 つまり、これから起こりうるとは思えない未来を見ているということになる。 もう一つ重要なことがある。昨日スズカが口にしたことで明らかになったこと。 「すごいわ、トレーナーさん。とうとうこの子をクラシック三冠に導いたのね」
4 22/05/01(日)23:34:34 No.922962300
数日前、スズカはすでに自分がクラシック三冠を達成させたトレーナーであると言っていた。 しかし、この発言では、スズカの中で今回初めてクラシック三冠にたどり着いたような言い方をしている。 スズカの中では、少しずつ時間が巻き戻っているのだ。 これは自分には恐ろしいことのように思えた。このままスズカの中で時間が巻き戻っていき、目を覚ますとどうなるのだろうか? 自分が見ていた世界と全く違う現実の中に放り出され、混乱してしまうかもしれない。 そして、自分が最も恐れていること。それは、スズカが自分が死んだ瞬間に辿り着き、死の恐怖を味わってしまうことだった。 スズカは本当に断片的だが、自分が死んでしまった状況について言及することがある。 その情報を組み合わせると、どうやらレース中にケガを負いそのまま亡くなってしまったらしい。 走ることが何よりも好きなスズカにとって、そして指導する立場にある自分にとって、これほどつらいことはない。 スズカがその苦しみを味わうのを確実に防ぐためには、スズカがその時に辿り着くまでに、目を覚ますほかない。
5 22/05/01(日)23:35:06 No.922962529
そして、つい先ほどスズカが口にした言葉。 「ふふ、ついにG1で勝てたのね。私と同じレースで走ってた時から実力はあったのに、随分時間がかかっちゃったわね」 スズカはとうとう自分と同期のウマ娘の名前を口にした。スズカの中で、スズカが死んでしまったその時はそう遠くはないのだろう。 残された時間は少ない。しかし、確実な治療法もない中で、今の自分にできることはあるのだろうか? そう思い頭を抱えていると、扉をたたく音が聞こえてきた。 「お邪魔するよ」 「先輩……スズカのお見舞いに来てくれたんですか?」 「スズカが心配なのもあるけど、何よりエアグルーヴがスズカのことを気にしててな」
6 22/05/01(日)23:35:39 No.922962785
自分がお世話になっている先輩トレーナー。彼は、スズカの友人のエアグルーヴの担当トレーナーだ。 面会謝絶のため、スズカのお見舞いに来れない彼女に代わって様子を見に来たらしい。 「その様子だと、まだよくなってないみたいだな」 「……ええ、はっきり言って、全く変わっていません」 重苦しい沈黙の中、ふと思い出す。そういえば、以前エアグルーヴもタイシンシンドロームを発症していたはずだ。 「……先輩、少しお伺いしていいですか?エアグルーヴがタイシンシンドロームを発症したとき、先輩はどうされましたか?」 「えっ?どうって、それこそお前と同じで治るまで見守ってただけだぞ?」 「些細なことでいいんです。何か心がけていたこととか、どうやって接したかとか……」
7 22/05/01(日)23:36:11 No.922963024
「うーん……ああ、そういえば、なるべく相手に話を合わせて受け入れるようにしてたな」 「受け入れる……?」 「エアグルーヴの場合、なんでか分からんが俺との間に子供がいると思っていたみたいなんだ。それで周りから子供なんかいないとか言われると、混乱したり落ち込んだりしてたんだ。だから俺は、エアグルーヴが子供の話をしたとき、実際に子供がいるみたいな反応をして、なるべくエアグルーヴが見ている世界を壊さないようにしてたな」 「そんなふうに接して、治るのが遅くなったりとかはしないんですか?」 「それも考えたんだけどな。どうせなら、幸せな世界を見てほしいと思ったんだよ。どんなときでもエアグルーヴはエアグルーヴだし、なるべく彼女を受け入れようってな。……まあ、それでストレスがなくなったのか、あっさり治って退院できたのはよかったな」 「受け入れる……先輩、ありがとうございます。俺にできることが見つかったような気がします」 「そうか?そりゃよかった。早く治るといいな」
8 22/05/01(日)23:36:43 No.922963253
先輩が去った後、俺はスズカのことをじっと見ていた。 スズカが発症してから、俺はスズカが発言しても、スズカの言っていることを肯定してこなかった。 それよりも、今スズカが置かれている状況……すなわち、スズカが死んでしまったということを受け入れたことはなかった。 受け入れられるはずがない。今、目の前で生きている彼女が死んでいるなど。 だが、彼女と俺が前に進むために必要なことなら。俺は、スズカの手をそっと握り、スズカに語り掛けた。
9 22/05/01(日)23:37:15 No.922963520
「スズカ。君が亡くなってからも、俺はトレーナーを続け、色んなレースを見てきた。でも、スズカと過ごした日々、スズカの走り、スズカと勝ったレース。俺は一度たりとも忘れたことはない。俺が思い出し続けるかぎり、俺とスズカはいつも一緒だ」 俺のことを映さない瞳をまっすぐ見つめ、俺は語り続けた。 「生まれてきてくれてありがとう、スズカ。君は俺の誇りだよ」 やはりスズカは返事をしない。だが、何か想いは通じたかもしれない。 静かに虚空を見つめ続けるスズカが、かすかに微笑んでいるような気がした。 ――――――――――――――――
10 22/05/01(日)23:37:47 No.922963789
「お疲れ様、スズカ。もう大丈夫そうだな」 「ええ、もうすっかり元通りです」 スズカに語り掛けた翌日、彼女はあっさりと目を覚ました。 その後精密検査でも異常なしと判断され、2日目には退院となった。 その後数日間は感を取り戻すために軽く練習し、今日久しぶりに本格的なトレーニングを開始した。 スズカは発症していた間のことはほとんど覚えていないらしい。ただ、俺がずっとそばにいたことはなんとなく覚えているらしかった。 「トレーナーさん、もう少し走ってきていいですか?」 「少しならいいけど、まだあまり無理するなよ」
11 22/05/01(日)23:38:18 No.922964009
この先、いつかはスズカと別れる時が来る。 この間スズカが体験したのは死別という形だったが、そうでなくとも、いずれ俺たちの道は分かれることになる。 別れが来ることは、スズカと出会ったときから決まっている必然のことであり、いくら目をそらそうと変えることはできない。 だが、スズカの走り、共に勝利を目指した日々、歓声。決して忘れられない、何事にも代えがたいものをスズカとたくさん手に入れてきたし、これからも作っていくつもりだ。 スズカとの出会いは、別れへ続く悲劇ではなく、二人の絆への祝福である。そう俺は信じている。 「スズカ、生まれてきてくれてありがとう」 楽しそうに走り続けるスズカを見守りながら、誰に聞かせるでもなく呟いた。
12 <a href="mailto:s">22/05/01(日)23:38:50</a> [s] No.922964251
長くなってごめんね サイレンススズカ号誕生日おめでとうございます
13 22/05/01(日)23:40:44 No.922965078
いい話だ…
14 22/05/01(日)23:42:29 No.922965773
>「すごいわ、トレーナーさん。とうとうこの子をクラシック三冠に導いたのね」 ねえこれ衝撃の英雄さん…
15 22/05/01(日)23:43:54 No.922966356
シンドロームで深刻なの初めて見た
16 22/05/01(日)23:45:21 No.922966928
生まれてきてくれてありがとうでお誕生日と絡めて締めるの素敵ね…
17 22/05/01(日)23:48:41 No.922968242
>シンドロームで深刻なの初めて見た 他の症例がギャグみたいだって言うんですか
18 22/05/01(日)23:49:06 No.922968393
>>シンドロームで深刻なの初めて見た >他の症例がギャグみたいだって言うんですか はい
19 22/05/01(日)23:50:00 No.922968779
しゃい☆ファル子もギャグなんかじゃないよ!!
20 22/05/01(日)23:50:19 No.922968912
ねえこれ本当にシンドロームに感染した?
21 22/05/01(日)23:50:47 No.922969096
>>シンドロームで深刻なの初めて見た >他の症例がギャグみたいだって言うんですか そもそもシリアスでやる名前じゃねえよ!
22 22/05/01(日)23:52:20 No.922969744
ねえシンドローム中のスズカさん本当に『こっちの』スズカさんだった?
23 22/05/02(月)00:03:27 No.922974011
この症例が他のウマ娘にも起こるかもって考えるとタイシンシンドロームって結構恐ろしい病だったんじゃ…
24 22/05/02(月)00:05:21 No.922974709
>この症例が他のウマ娘にも起こるかもって考えるとタイシンシンドロームって結構恐ろしい病だったんじゃ… ライスなんかはかなり危険だったと言うことか…
25 22/05/02(月)00:12:17 No.922977109
ウマソウルに引っ張られてる…