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22/04/27(水)23:35:22 No.921535207
注意! ふざけた口調になる前のウマ息子余 適切なスレ画がなかったのでまたしてもプイプイを借りました、出ません
1 <a href="mailto:s">22/04/27(水)23:35:33</a> [s] No.921535271
物心ついた頃から、おれは結果を期待されていた。 兄が二人。片やトゥインクルシリーズで輝かしい実績を残した上の兄と、性格のせいでトレーナーから敬遠されているが能力は確かな下の兄。姉もいたが、うちの家系は男児の方が活躍できるのだから兄様を見習ってお前も頑張りなさいと、そればかり聞かされて育った。 兄上達に比べておれは恵まれた体格ではなかった。小さい頃はそのことでからかわれることが多く、悔しい思いをしたことを覚えている。図体のでかいやつを妬ましく思うようになったのはそのせいかもしれない。 トレセン学園に入学してからも、おれの評価は一貫して『アルアインの弟』。兄上の弟だから活躍を期待される。兄上の弟だからクラシックも狙えると誉めそやされる。兄上のことは好きだ。馬鹿で気まぐれでわがままでどうしようもない性格だけど、尊敬している。けれども、その評価はおれの反骨精神に火をつける材料としては充分だった。 寝る間も惜しんでトレーニングに明け暮れた日々。ようやくメイクデビューの日取りが決まった。クラシック最後の三冠目を競う、10月のある日曜日だった。
2 <a href="mailto:s">22/04/27(水)23:35:52</a> [s] No.921535402
迎えたその日、おれよりもトレーナーの方が緊張していた。それもそのはずだ。同日、一つ上の先輩が挑む大舞台がおれのレースの後に控えていた。 トレーナーの緊張はおれにも伝わったが、おれにとっては自分のレースの方が余程大事だった。 メイクデビューは当然のごとく快勝。 そして、おれのトレーナーと先輩は無敗の三冠という栄光を掴んだ。 「次なんだけどさ、シャフなら重賞いけると思うんだよね」 2戦目の予定が決まらない中、トレーナーがそう提案してきた。同期が勝ち星を積み上げたり、グレードの高いレースで好走するのを横目で見ながら焦っていたおれは、心の中で拳を握った。”三冠”を担当するトレーナーに「お前ならいける」と言ってもらえた。 「…そこまで言うなら出てやってもいいけど」 なんて言いつつも、浮き立つ心を抑えきれない。なんならそのまま連勝を重ねてトレーナーに二度目の三冠をプレゼントできるかも。などと、甘っちょろい夢を見ていたものだ。
3 <a href="mailto:s">22/04/27(水)23:36:18</a> [s] No.921535562
そして、共同通信杯。「お前ならいける」とトレーナーが選んでくれたレースで、おれは初めての挫折を味わった。 2番人気に推された中での3着。前二人に先着される形でおれはゴール板を駆け抜ける。着差よりも遥か先に見えた背中に、ただ漠然と「遠い」と感じた。 4番人気に甘んじていたあいつ。けれど、間違いなく誰よりも強かったあいつ。あいつを越えない限りおれが結果を出すことは不可能だと思い知った。 次のレースが決まる直前になって、おれを担当するトレーナーが増えた。 おれのトレーナーは忙しい。担当を受け持つ数も多い。期待を裏切ってしまった手前、いやだとわがままを言う気にもなれなかった。 新しいトレーナーは感情のない機械のようなやつ。そう思ったのは最初だけで、慣れたら意外と面白いやつだったから、少し安心した。 「次に出たいレースはありますか」 「…皐月賞」 「皐月賞に出るためのレースは何がいいかと聞いているのですが」 融通は全然効かないやつ。 おれは迷った末にあるレースを選択した。毎日杯。兄上が勝って、皐月賞制覇に繋げたレース。 「いい選択ですね」 トレーナーも笑ってくれた。笑顔はちょっと怖かった。
4 <a href="mailto:s">22/04/27(水)23:36:40</a> [s] No.921535697
毎日杯をおれは難なく勝つことができた。そりゃもう、自分でもびっくりするくらい上手く勝てた。絶対に勝つという気持ちで臨んだのもあるけど、新トレーナーのスパルタ指導もよかったんだと思う。苦しかった分、本番では脚が軽く感じた。 これに一番喜んでくれたのが上の兄上だった。自分の勝ったレースを弟のおれが勝ったのが随分と嬉しかったらしい。「このまま皐月賞も兄弟制覇だな~!」とか宣う兄上に気が早いと思いつつ、おれも充分その気だった。皐月賞は回避するべきだと進言されるまでは。 「…おれ、出たいんだけど」 「でも、このままだとエフフォーリアには勝てないよ」 「休養を挟んでダービーを全力で取りに行く。これが最善策かと」 トレーナーが口を揃えて言う。おれが何を言っても決定は覆らないみたいだ。兄弟制覇はまたしても夢のまた夢で終わった。 皐月賞は当然のようにあいつが勝った。後続を寄せ付けない、圧倒的な強さだった。
5 <a href="mailto:s">22/04/27(水)23:37:19</a> [s] No.921535939
今年のクラシックは既に一強ではないのか。皐月賞が終わって、そんな風に噂されることが増えた。二年続けて無敗の三冠が誕生するかもしれないと、そんな期待の声がおれの耳にも届いた。勿論おれは脇役に甘んじるつもりはない。一心不乱に、あいつの背中だけを思い浮かべながら、トレーニングに励んだ。 日本ダービー。あいつは1番人気で、おれは4番人気だった。人気は関係ないとトレーナーは言う。 「いいね、ゴムまりみたいだ。これならいける。今日の主役はお前だよ、シャフ」 「なにそれ」 例え方はよくわからなかったが、自信にはなった。 スタートはしっかり決められた。位置取りは…狙っていたポジションは唯一参戦したウマ娘に取られてしまったが、まだ許容範囲内。逃げてるやつは無視していい。番手が全体のペースを作る。展開はスロー、切れ味勝負だ。向正面で緩やかにバ群が動き始める。4角の辺りで連中が一斉に仕掛けた。あいつもバ群を割って上がっていく。ついて行こうとしたが、思ったよりもおれが抜け出すスペースがない。どうする。考える間にどんどんあいつは前に行く。 遠い、遠い。あいつの背中が遠い。
6 <a href="mailto:s">22/04/27(水)23:37:45</a> [s] No.921536111
また負けるのか、また届かないのか。嫌だ、負けたくない。負けられない。 一瞬、僅かに道が見えた。あいつの背中に追いついて、追い抜くための道。考えるよりも先に脚が勝手に動いた。我武者羅に走る。命を燃やして、何もかもを出し切って。ようやくあいつの背中に届いた、その瞬間、耳を劈くような大歓声が聞こえた気がした。 ゴール板を駆け抜けるほんの数秒、たった一瞬が勝負の分かれ目だった。おれが勝った。あいつを差して、おれはダービーの栄冠を手に入れた。 「おめでとう、シャフリヤール」 あいつが手を差し伸べてきて、ようやく勝利を実感した。素直に握手に応じると物凄い力で握り締められた。顔から感情が読みにくい男が珍しく悔しさを露にしている。前に戦った時は視界の隅にも入れられなかったようなおれが、この男の一生消えない傷になる。 「…次は必ず勝つ」 「やれるもんならやってみろよ」 何物にも変え難い幸福だと思った。
7 <a href="mailto:s">22/04/27(水)23:38:09</a> [s] No.921536252
夏を挟んで迎えた秋。ダービーの盾が如何に重いものかということを、おれは思い知る。 トレーナーに奨められて秋初戦に選んだ神戸新聞杯。去年、先輩も勝ったレースだしおれも勝たなきゃいけないと思った。…結果は惨敗だった。 雨でずぶ濡れになったおれに、レースの勝者が勝ち誇る。かつて二度戦って、二度おれよりも後ろにいた相手。レースの世界では勝者と敗者なんて簡単に覆るのだと神様が嘲笑った気がした。 あいつの方は順調だった。信じられないことに、天皇賞で三冠を戴くおれの先輩を負かしてしまった。新たなヒーローが現れたと大衆は熱狂する。おれの元にもその余波は届いた。 『あのダービーはまぐれで、やっぱりあっちの方が強いんじゃないのか』 『ダービーで差されなければ菊に行ってただろうに、ついてないよなあコントレイルも 』 『まあ、いつものダービー一発屋って感じ』 勝者は間違いなくおれなのに、耳に入ってくる雑音に苛まれる。あいつの方が強いって。おれはまぐれで勝てただけだって。そんなわけないのに、おれが結果を出せないからそれが真実になってしまいそうで怖かった。
8 <a href="mailto:s">22/04/27(水)23:38:36</a> [s] No.921536455
「…ジャパンカップに出たい」 次のレースの希望を伝えると、トレーナーは既に覚悟していたのか小さく頷くだけだった。なんとなくわかっていた反応を受け、おれも深々と頭を下げる。 「担当の契約を、解消してください」 「…いつでも戻っておいで」 もうすぐ引退する先輩の最後のレース。トレーナーにとっても絶対負けられないそのレースで、あいつが負かした先輩に挑むことを選んだ。 不義理は承知の上だったが、所詮おれはトレーナーの一番じゃない。彼を利用しようとするんじゃないと怒ってくれた方がまだマシだった。おれでは敵わないと思われている。誰よりもおれのことをわかっているあの人に。だからこそ、勝っておれの強さを証明したい。 一時的にもう一人の機械みたいなトレーナーと正式な契約を結んだ。本番までの合間に、入れ込んでる担当ウマ娘とアメリカに行って大レースに勝って帰って来る辺り、やっぱりちょっと変わってるやつ。 寝る間も惜しんでトレーニングに励む。ダービー直前のようなスパルタ指導を希望して、決戦の日に備えた。
9 <a href="mailto:s">22/04/27(水)23:38:54</a> [s] No.921536582
ジャパンカップ当日。筋肉の最終チェックをしてもらいながら、ふと前のトレーナーのよくわからない例えを思い出したので聞いてみた。 「ねえトレーナー…おれ、ゴムまりみたい?」 「ゴムまり…?いや、そうでもないですね」 今日は違うみたいだった。だから、主役にはなれなかったのかな。 雲ひとつない快晴の元。泣きながら互いを称え合う先輩とトレーナーを、おれは遠くからぼんやり眺める。先輩は、大衆に感動を与えて惜しまれながらターフを去っていった。 不利はあったにせよ結果は結果だ。ぐうの音も出ないほどの、完敗だった。 おれがもがいていても、あいつは待ってなんかくれない。年末の大一番。現役最強と呼ばれるウマ娘に挑んだあいつは三つ目のタイトルを手にした。 並み居る強敵を尽く粉砕したあいつは、世代交代の象徴だった。あのとき追いついた背中が今はとても遠くに見える。あいつは上しか見てない。おれのことなんて、きっともう眼中にない。気にしているのはおればっかり。振り出しに戻った気分だった。
10 <a href="mailto:s">22/04/27(水)23:39:15</a> [s] No.921536735
次のレースも、新しいトレーナーも決まらない宙ぶらりんな状態でしばらく過ごした。 雑音はますますうるさくなる。 『あんな低レベルなレースの3着なんて、シャフリヤールもたかが知れてる』 おれだけでは飽き足らず先輩まで愚弄する浅ましさに吐き気がした。流石に抗議してやろうと憤れば、あのレースの2着だった方の先輩に諌められる。あんな風に言われることに慣れきってしまっている様子が、どうしようもなく悲しかった。 「お前、次何のレース出んの?」 「決めてない…」 「オレ、サウジ行ってドバイ。世界とってくるわ」 「…ふーん。右回りへったくそだもんなあんた」 「うっせーぞクソチビ!」 ジャパンカップ以来この先輩とちょっとだけ仲良くなった。おれは友達がいないから、こうして話してくれる人は貴重だ。たまにムカつくけど。 「実際どうすんだよ。いや実はさ、エフのやつがお前の次のレース探ってくれってうるさくて」 「…は?あいつと知り合い?」 「言ってなかったっけ。オレら、親同士が兄妹」 聞いてないそんなこと。それに、あいつがおれのことを気にしているなんて信じられない。
11 <a href="mailto:s">22/04/27(水)23:39:34</a> [s] No.921536849
あいつは次のレースに大阪杯を選んだ。兄上が昔勝ったレース。「兄弟制覇して欲しいな~!」なんてねだられるから、一応おれも選択肢に入れてはいるけど…。仮におれが出走したとして、もう一度あいつの背中を捉えきれるだろうか。 自信がほしい。あいつと肩を並べられる自信が。そのためにはどうすればいいか、本当はずっとわかっている。 『シャフには合ってると思うんだよね、ドバイ』 ダービーが終わってすぐ、前のトレーナーはおれにそんなことを言った。海外のビッグタイトル、その中でも手にした者が限られている、ドバイシーマクラシック。いつかおれと取りに行きたいって、そう言ってくれたレース。 それに勝ったら、おれは認めてもらえる? 他人に認められなくても、おれの心を支える拠り所になる? 答えてくれる人はもういない。どうなるかなんて、やってみないとわからない。ただおれは、もう一度、あの背中に追いつきたかった。
12 <a href="mailto:s">22/04/27(水)23:40:02</a> [s] No.921537016
「あのさ、海外のトレーナーにツテってあったりする…?」 おれの申し出に、前のトレーナーは嫌な顔ひとつせず全てを手配してくれた。 ドバイの地で頂点に立つ。そう決めて海を渡った。例年になく数多くの日本勢が参戦した祭典で、次々に快挙が達成されていく。 おれが挑むのはドバイシーマクラシック。日本からの出走メンバーは5人。かつておれを負かした神戸新聞杯の勝者と、ジャパンカップで先着された先輩もいた。丁度いい。負けたままでいるのは性にあわない。まとめて雪辱を果たすにはお誂え向きの舞台だった。 ドバイにいる間面倒を見てもらうことになったイタリア人のトレーナーは、おれの状態がいいと身振り手振りで伝えてくれた。 おれもそう思う。こっちに来たときはストレスでしんどかったけど、今はすごく調子がいい。 兄上たち、見ているかな。トレーナーはきっと見てくれてる。先輩は…多分寝てるだろうな。 あいつはどうだろう。可能性は限りなく低いけど、もし見ているとしたら、下手なレースを見せるわけにはいかない。そう思うと、自然と身が引き締まった。
13 <a href="mailto:s">22/04/27(水)23:40:15</a> [s] No.921537101
スタートの合図とともにゲートが開いた。 母の名に連なる異国の地で、おれは『偉大なる王』になる。