虹裏img歴史資料館

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22/04/15(金)17:07:56  うっ... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1650010076277.jpg 22/04/15(金)17:07:56 No.917133622

 うっすらと目を開けると、手術ポッドのアクリルガラス越しに実験室の天井が見えて、強烈な既視感に目眩がした。 「レイシーお姉ちゃん? 大丈夫?」  すぐにポッドのキャノピーが開き、ドクターと司令官の顔がのぞく。新鮮な空気を吸い込んだときには、もうそれが錯覚だとわかっていた。ここはあの実験室ではない。 「お疲れ様。具合はどうだ、違和感とかないか」  心配そうに聞いてくる司令官の顔が近い。少しずつ、記憶が戻ってきた。  自分は昇級処理を受けたのだ。

1 22/04/15(金)17:08:10 No.917133664

 バイオロイドの能力は、使われているオリジンダストの質と量によって大きく左右される。筋出力・神経伝達速度はもちろんのこと、高精度のオリジンダストであればより高機能なモジュールの電力・排熱にも対応できるため、精神機能もかなりの影響を受ける。バイオロイドに与えられている等級は、事実上オリジンダストの品質によって決まるといっていい。  そして実のところ、大半のバイオロイドには「より高品質のオリジンダストを使えばこうなる」という設計上の伸びしろがある。バイオロイドを設計する際、より高機能・高品質に設計したものをデチューンして目的のランクに仕上げる方が、その逆よりも簡単だからだ。

2 22/04/15(金)17:08:28 No.917133733

 体内のオリジンダストを入れ替えるのはもちろん大手術になるが、ラビアタのノウハウとドクターの技術力をもってすればそれほど困難なことでもない。個々のバイオロイドに新たな可能性を拓き、戦力向上にもつながる試みとして、余分のオリジンダストが入手できたときには積極的に実施されている。  レイシーは最も低廉なB級バイオロイドだが、生体実験材料という用途のためか、設計の冗長性が特に高かった。そのため今回、オリジンダストとモジュールをごっそり交換して一気にSS級相当までのランクアップを試みることになった。ここまで大規模な手術は、オルカでも初めてである。 「大丈夫……だと思いますが……何か……」  長時間の麻酔で枯れた喉からは、しゃがれた声しか出ない。身体が自分のものでないような気がする。司令官が差し出してくれたコップの水をひとくち飲むと、沁みるほどに甘く、うまかった。

3 22/04/15(金)17:08:53 No.917133825

「痛みとか、痺れとかはある?」 「いえ、何も……」  言いさして、気がついた。痛みがない。どこにもない。生まれてから……否、製造されてからずっとつきまとっていた、あの頭痛がない。 「……どこも痛みません。頭も、痛くありません」  ドクターと司令官がぱん、と手を打ち合わせるのを、レイシーは呆然と見ていた。

4 22/04/15(金)17:09:12 No.917133899

 何度も歩いたオルカの展望廊下が、まるで初めて見る景色のように鮮やかに目に映る。  窓の向こうの海は、こんな風に見えるのか。壁は、床は、天井は、こんな色をしていたのか。空気の匂いさえ違って感じる。通奏低音のように、いかなる時も頭の底に居座り続けていたあの鈍痛がどれだけ意識を鈍らせていたのか、あらためて思い知る。 〈レイシーお姉ちゃんの場合、神経由来と筋由来の両方の発電モジュールを体内に持ってるわけだけど、出力が高すぎて扱いきれない分がぜんぶ神経側の負担になってたんだよね。今回神経系をアップグレードして、制御デバイスもいじったからもう大丈夫〉  ドクターの説明は相変わらず早口でよくわからなかったが、頭と同様に身体も軽くなった気がするのは確かだ。爪先にほんの少し力を入れて床を蹴ると、爪先と床の間に糸のような放電がチラチラと走って、体が宙に浮いた。天井近くに浮いたまま、頭を左右に強く振ってみる。宙返りしてみる。両手を向かい合わせて、手のひらの間に小さな雷球を生み出してみる。

5 22/04/15(金)17:09:32 No.917133970

 何ともない。眼球の奥を万力で締め上げるような痛みが走ることも、制御デバイスから焦げくさい煙が上がることもない。窓に映る自分の頭の左右から角のように突き出たデバイスは、昨日までにぶい黄銅色だったが、今は真新しい銀色に輝いている。 「……ふふ。ははっ」  つい、笑みがこぼれた。笑おうと努力せずに笑えたのはいつぶりのことだろう。  昔のことを思い出してみよう、とふと考えた。浮くのも雷球を作るのも平気だった。新しい身体の調子を確かめる意味でも、以前なら頭痛がひどくなるので避けていたことをもっと試してみるべきかもしれない。  レイシー3197は、旧時代に朝鮮半島と呼ばれていた地域の沿海にある小さな島に建つ、ブラックリバーの研究施設に閉じ込められていた。当時は知らなかったが、その施設の別の部屋にはネオディムが同じように閉じ込められており、彼女を救出するためにレジスタンスが乗り込んできた際、一緒に連れ出してくれたのだ。

6 22/04/15(金)17:09:49 No.917134037

 これも後から知ったことだが、その施設では何十人ものレイシーが使い潰されていた。レイシー3197が生き延びたのは単に、彼女の番が来た時にちょうど鉄虫が現れたからだ。白衣の人間達が次々に姿を消し、機械につながれたり、薬を飲まされたり、AGSと戦わされたりすることはなくなった。そのかわり、分厚い壁と扉の独房から出ることもできなくなった。  それを幸運と感じたか、不幸と感じたかは覚えていない。その頃のレイシーはすべてに絶望し、何かを感じたり考えたりすることを止めていた。  今思えば、自分に関する彼らの実験はほとんど終わりかけていたのだろう。あんなことは……そう、レイシーに真実を教えるなどということは、実験の総仕上げか、それに近いタイミングでしかやらないはずだ。  目を閉じれば今でも、鮮やかに顔が浮かぶ。

7 22/04/15(金)17:10:29 No.917134194

 厳格だが暖かな役所勤めの父、ジョン・イッテルビー。  主婦業の傍ら翻訳家をしている優しく茶目っ気のある母、ジェーン・イッテルビー。  生意気な弟ニコルと、ませた妹ナターシャ。小さい頃から一緒だった、年とった愛犬ダニエル。  そしてレイチェル・イッテルビー。「レイシー」は家族だけが呼ぶあだ名だった。そういう設定だった。  曇りが晴れ、演算能力も増した意識で見返した彼らは、ひどく安っぽく、ツルツルして、作り物めいて見えた。ちょうど、デジタル処理で解像度を上げた古い映画の中の俳優のように。

8 22/04/15(金)17:11:04 No.917134317

 実際、その程度のものだったのだろう。使い捨ての実験体に動機を与えるための、ただの疑似餌だ。せいぜい半年か一年、騙しおおせる程度の作りであればいい。実際、かつての自分にとってそれは心の支えだった。いつか家族のもとに帰れる日を信じて、気の狂うような実験に耐え続けた。すべてがただの作り話、植え付けられた偽の記憶だったと知った後ですら、それは唯一の暖かな記憶として心の奥に残った。見返せば見返すだけ嘘にしかならないけれど、見なければわずかでも真実らしさが残ってくれる。そんな風に考えて、できるだけ思い出さないようにしていた。  いまようやく、彼らが本当にただの幻だったのだということを、レイシーは理解し、受け止めることができた。子供の頃夢中だった他愛ない玩具を、大人になってから眺めるように。懐かしさと、苦笑いと、いくらかの哀しみとともに、彼らを思い返すことができた。

9 22/04/15(金)17:11:24 No.917134410

〈できれば、うちにいるレイシー全員に同じ処置をしてやりたいところだが、とてもそんな量のオリジンダストはなくてな……すまない〉 〈でも、お姉ちゃんのデータがあればデバイスを改良できるよ。完治は難しいけど、改善はできると思う〉  あの施設で死んだレイシー達にも、いまレジスタンスで働いている他の多くのレイシー達にも、それぞれのジョンやジェーンがいたのだろう。  頬をひとすじ、微電流がつたい落ちるのがわかった。それはあの時流した涙に似ているが、まったく違うものだった。

10 22/04/15(金)17:11:52 No.917134495

「おかえり、レイシー。手術はどうだった?」  バミューダチームの待機室へ戻ると、ネオディムがとことこと駆け寄ってきた。 「頭のが銀色になったね。きれい」 「多少はもぐもぐ、マシな能力を身にもぐもぐもぐ、つけたのかしら。あなたも食べる?」 《背筋が伸びて姿勢が改善しているな。戦闘訓練は明日からか? 本機とも対戦を希望する》  ほっぺたをパンパンにふくらませてシフォンケーキらしきものを頬張っているエキドナ。テーブルにはゲーム盤とピースが散らばり、その向こうのホロ画面にはシェードのアイコンが映っている。ネオディムとゲームで遊んであげていたらしい。 「ありがとう。大丈夫。自分でも驚くくらい、調子がいいんです」  彼らの声と表情から、気遣いと、いたわりの気持ちが伝わってくる。今までも皆の優しさにすがるようにしてバミューダチームに身を置いていたが、自分はその優しさすら、十分に受け取れてはいなかったのかもしれない。ネオディムの白く細い指が、そっとレイシーの眉間に触れた。 「ここのシワ、なくなってるね。よかったね」 「ありがとう。本当に……」言いさして、レイシーは一人姿が見えないのに気づいた。

11 22/04/15(金)17:12:17 No.917134575

「わからない」ネオディムが首をふる。「お昼ご飯を食べようって言ったら、いなくなった」 「…………」  ファントムのこれまでの言動を記憶の中にたどってみる。これまでは気にかけている気持ちの余裕がなかったが、あらためて思い出すと、これは……。 「こんど、みんなでご飯を食べてみましょうか。次にオルカが陸地へ近づいた時にでも」 「行く」  ネオディムがぱっと両手を挙げる。ケーキを頬張ったまま、エキドナも鷹揚に頷いた。 《賛同する。ファントムが勤務外時間にたびたび不審な行動をとるのは、対人コミュニケーション能力の部分的だが根本的な機能不全によるものと推測され、解決には単純に経験を積むのが最善である。本機はこれまで彼女に17回提言しているが行動変容の気配はなく、最先任隊員であるレイシー3197からの追加提言は有効であろう》 「さいせんにん隊員?」 《このチームで一番のお姉さんという意味だ》 「お姉さん……」ネオディムはその言葉をしばらく口の中で転がすようにしてから、ぱっと笑った。 「そうだね。レイシーは、お姉さんだ」

12 22/04/15(金)17:13:01 No.917134762

「…………!」  瞬間、玩具のような安っぽいナターシャの顔が、ネオディムに重なって、活き活きと輝いて見えた。 「レイシー、どうしたの? あたま痛い?」 「いいえ、いいえ……何でもないの。ありがとう。そうね、お姉さんなんだから、しっかりしないとね。エキドナさん、ケーキをいただける?」 「ん」  皿に一切れだけ残ったシフォンケーキを手でつまんでかじりつく。美味しい。  レイシーが元気そうなのを見て、満足げにゲーム盤に目を戻したネオディムが、またこちらへ振り向いた。 「レイシー、fで始まって、4文字目がtで、yで終わる10文字の単語ってあるかな」 「ええ?……えーと」唐突な質問にしばらく頭をひねってから、 「同胞愛(fraternity)はどうかしら」 「ありがとう!」  顔を輝かせてピースを並べ始めるネオディムの横顔を、ケーキをかじりながら眺める。

13 22/04/15(金)17:13:18 No.917134824

 不意にわかったことがあった。記憶の中の彼らはなぜ、イッテルビーなどという姓だったのか。レイシーのいたチームの人間達は、実験体の名前を元素名にちなんでつけるのが好きだった。たぶん自分は、39番目の実験体だったのだ。65番目か、70番目かもしれないけれど。  見落としていたものや、見えていなかったことが、レイシーにはまだまだ沢山あるようだ。これから探していこう。大丈夫、時間はある。  この家族は、嘘でも幻でもないのだから。 End

14 22/04/15(金)17:14:56 No.917135234

ええ話や

15 22/04/15(金)17:15:39 No.917135399

あいかわらず素敵な怪文書だ…

16 22/04/15(金)17:15:55 No.917135449

すげえ良い話だ…

17 22/04/15(金)17:18:56 No.917136140

不愛想に見えてしっかり馴染んでる上に「一番のお姉さん」って分かりやすく教えてくれるシェード君にはまいるね… でもファントムに対してバッサリ過ぎねぇかな!

18 22/04/15(金)17:19:06 No.917136190

おばさんと教師で囲ってゼロで加速してOSで射程下げて後列からバリバリドカンいいよね

19 22/04/15(金)17:20:12 No.917136456

以前バグで手持ち分全員からバフ受けてた時は脳回路焼ききれる寸前だったんだろうな…

20 22/04/15(金)17:20:44 No.917136581

レイシーちゃんSSに昇格させた記念に書きました まあこのあと真っ先にやるのはスケベネグリジェと両面YES枕買いにいくことなんやけどな! fu977751.txt

21 22/04/15(金)17:23:58 No.917137402

>より高機能・高品質に設計したものをデチューンして目的のランクに仕上げる方が あいあす……

22 22/04/15(金)17:24:23 No.917137492

>以前バグで手持ち分全員からバフ受けてた時は脳回路焼ききれる寸前だったんだろうな… でもあの頃が一番輝いてた……これ物理的に光ってるな……

23 22/04/15(金)17:26:27 No.917138058

>レイシーちゃんSSに昇格させた記念に書きました >まあこのあと真っ先にやるのはスケベネグリジェと両面YES枕買いにいくことなんやけどな! >fu977751.txt 感動したのに! 幸せにしてやれよ!

24 22/04/15(金)17:30:24 No.917139122

>まあこのあと真っ先にやるのはスケベネグリジェと両面YES枕買いにいくことなんやけどな! アンタみてぇな文豪でもやっぱり性根はピョンテ野郎だなと安心したぜ! お幸せにな!

25 22/04/15(金)17:34:00 No.917140076

まああのスキン買わないとたとえSSになっても頭痛そうなままだからな…

26 22/04/15(金)17:36:46 No.917140824

昇格でのイラスト変更無くなってちょっとワリ喰った感あるよねレイシー

27 22/04/15(金)17:45:42 No.917143279

>曇りが晴れ、演算能力も増した意識で見返した彼らは、ひどく安っぽく、ツルツルして、作り物めいて見えた。 ほんのりと侘しさのシーンのはずなんだけどオー!マイキーが横入りしてきてダメだった HAHAHAHAHA!!

28 22/04/15(金)17:48:52 No.917144113

これまで書いたSSまとめがあると聞いたものの見つけられていない…

29 22/04/15(金)17:59:36 No.917147013

>これまで書いたSSまとめがあると聞いたものの見つけられていない… お前には上のtxtが見えないのか

30 22/04/15(金)18:11:20 No.917150538

割と追いかけてたつもりだったけど抜けてたのもあっってありがたい… 出来ればこの後のぐちゅぐちゅのぬれぬれもですね

31 22/04/15(金)18:12:26 No.917150853

渋にもムチチにもあるのに…

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