虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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    22/04/02(土)21:19:05 No.912782163

    「マスター。夢を見ました」  取るに足らない、なんてことのない朝だった。担当ウマ娘であるミホノブルボンが唐突に、私にそう話しかけてきたこと以外。なんてことない日だけど、それは今日だけの少し興味深い違い。夢について、なんて。彼女がそんな話を私にするのは珍しい。眠っている間のプライベートタイム。それを私に見せてくれるなんて。 「いい夢だったの?」  いい夢だったか。私としては、やっぱり気になることだ。いい夢について教えてくれるならきっと嬉しいし、悪い夢についてなら私はその怖さを祓ってあげなきゃいけない。だって、私は貴女のトレーナーなんだから。 「……記録メモリには、何も残っていません。何も、殆ど。覚えていません。ただ。マスターが出てきたことは、覚えています。そして、多幸感を得た記憶もあります。ですから感謝を。……プロセスは遂行されました。退出します」 「待って、ブルボン」

    1 22/04/02(土)21:20:02 No.912782507

    アルフォートいいよね

    2 22/04/02(土)21:20:03 No.912782514

     呼び止める。別に曖昧な返答だからって、そこに問題があるわけじゃない。夢なんてしっかり覚えていられなくて当然だ。ただ、彼女の見た夢について。自分が出てきた、というのが少し気になった。そしてそれが彼女にとって、幸せだったと。それだけは、覚えていたと。有り体に言えば、このまま帰られると恥ずかしい。そこだけ聞いてしまったら、私にはとても真似できないようなストレートな言葉。それを貴女の声で伝えられてしまえば、私はとても幸せな勘違いをしてしまう気がする。  それは、訂正されるべきだ。 「あー、そうだ。夢に私が出てきた。それは間違いない?」 「はい。それだけは、強く覚えています」 「そして、夢を見て幸せな気分になった。それも間違いない」 「はい。感覚は既に失われていますが。そういう記憶は残っています」 「……じゃあ、私が出てきたから幸せになった……とは限らない。忘れてる夢の内容が、幸せだったのかも」

    3 22/04/02(土)21:20:49 No.912782830

     何を説き伏せているのかわからない。他人の曖昧な記憶に突っ込みを入れるなんて、悪質な尋問みたいじゃないか。それでもそんなふうに聞いてしまったのは、多分彼女の夢に私が出てきたことが恥ずかしかったから。だからそのこと自体はせめて、取るに足りないのだと。幸せになれたのは、夢の内容の主軸が他にあったからだと。照れ隠しと他のナニカが、そう言えと私に促す。 「……その可能性は否定できません。ですが」  ブルボンの薄い表情が、少し寂しそうに変わる。……ああ、そんなつもりじゃないのに。貴女の幸せな夢を壊したいわけじゃない。ただ、ただ。 「ああ、私が言いたいのはね、ブルボン。その忘れてる幸せな夢をはっきり思い出せたら、貴女にとって素敵じゃないかなーって」  そうだ、その通り。それがきっと、私が貴女にできること。

    4 22/04/02(土)21:21:09 No.912782970

    「了解しました、マスター。ですが。一度ロストした記録を思い出すことは困難かと」  しかしそれもその通りだ。何か方法はないものか。彼女にとって私は姉のようなもの、勝手ながらそう思っている。つまり私は、それなりに彼女に色々教えられたら嬉しい。担当ウマ娘としてだけじゃなく、一人の可愛らしい妹分へ。それが距離を詰めることだとしても、少しだけ。そうして、とりあえず提案してみる。苦し紛れでも、貴女の導になりたくて。 「あー、もう一回寝てみるとか」 「オペレーション:眠気取得を実行。1.2.3……失敗です、マスター……」 「あはは、そりゃそうだよ、ブルボン。まずよく眠るための準備をしなきゃ」 「準備、とは一体」 「そうだね、うん。今日はトレーニングもお休みの日だし、気持ちよく昼寝するには……」  一つ、案が浮かんだ。ほとんど口から出まかせだけど、多分そんなに悪くない案。まあ、私のサポートは必須だけど。それくらいは許して欲しい。 「……一緒にお風呂入ろっか、ブルボン」  ぱちくり、と。瞬きだけで困惑しているミホノブルボンの手を取って、いざ。

    5 22/04/02(土)21:21:26 No.912783067

    「マスター。ここは機械ばかりで、私には向いてないのでは……」 「大丈夫大丈夫!」  そう言って、また手を引く。ブルボンを連れ立って、トレセン学園近くのスーパー銭湯へやってきた。普段はそれぞれの寮の集団浴場があるから、ブルボンも私も来たことはない。なるほど来てみれば確かに、ブルボンの天敵たる機械仕掛けがいっぱいだ。マッサージチェアから自販機、よく考えたら脱衣所のコインロッカーだって。うん、着いてきて正解。  そして、もう一つ気になることがある。周囲の目だ。少し見渡しただけでも、周りの視線はまあそれなりに。"二冠ウマ娘"のブルボンは有名人だ。いつも近くにいる私は慣れてしまっているだけで、そこにいるだけで風格が漂っているとかなんとか。それ自体は少し我が事のように誇らしい。悪いことであるはずがない。けれどそれはそれとして思うのは、有名人だって出かける権利があるということだ。たまには有名であることも、ウマ娘であることさえも忘れて。ブルボンだって年頃の女の子なんだからと、私は思う。

    6 22/04/02(土)21:21:42 No.912783184

    「さあ、こっちこっち! お風呂で血行を良くしたら、身体があったまってよく眠れるんだから!」 「ちょっと、マスター。危険です、ここは危険です」 「大丈夫、私がついてるよ」  未知の光景にただ立ち尽くしている彼女の手を取って、脱衣所に入る。入場チケットはさっき買ってきたし、タオルやその他諸々もしっかりついでに購入した。今日はブルボンの手を一切煩わせず、思う存分休んでもらいたいからね。  脱衣所にはやはりというべきか、他のウマ娘の姿なんてない。ウマ娘お断りな訳はないんだけど、トレセン学園から少し離れるだけでこうなるとは。当たり前みたいに生活に溶け込んでいたウマ娘だけど、やっぱり特別な存在なのだと。  久方ぶりに。あるいは、いつものように。そう思った。

    7 22/04/02(土)21:21:56 No.912783262

    「ほら、ブルボン。恥ずかしがらないの」 「恥ずかしい……その項目は問題ありません、マスター。ですが、ロッカーが」 「……ああ、そうだった。待ってて、私が開け閉めするからさ」 「……すみません」  やっぱり何気ないやりとり。だけど心の奥に突き刺さり、心臓を抉り出されるような。私に貴女のその姿を見せるより、私に気を遣わせる方が彼女にとっては心配ごとであるということ。それはつまり。いや、やめておこう。私の立ち位置は、彼女のサポート。今日もそれを忘れてはいけない。  がらがら、と戸を開けて。湯気立ち込める浴場へ、ひたりひたりと入っていく。裸足の二人は足音なんて立てないから、静かな行進だったけど。きっと少しは揃っていたと、私はそう思いたい。それくらいは、思わせて欲しい。

    8 22/04/02(土)21:22:15 No.912783384

     湯船に浸かる前のマナーとして、先に二人でシャワーの前に座る。とりあえず彼女に先に浸かって欲しいからと言って、私はミホノブルボンの身体を洗う。別にそこまでする必要はないけど、それが不審に思われている様子はない。すっと、その白い背中を眺める。彫刻のように素晴らしく均整の取れた身体。その筋肉の一筋一筋に、途方もない努力の積み重ねがある。しかしどこにも傷の痕はない。がむしゃらな努力だけではなく適切なサポートがあったと、私の主観を抜けば見て取れる。彼女のトレーニングの成果と、恐れ多くも私の管理能力。その真髄が、彼女の肢体には詰まっていた。 「……マスター。すこし、くすぐったい感覚があります」 「ごめんごめん、ブルボン。優しく洗わなきゃと思うと、手が震えちゃって」 「優しくしていただきありがとうございます、マスター」  律儀にお礼を言われて、すこしにやけてしまった。でも彼女には見えていないから問題ない。彼女の背に隠れているのだから、世界の誰だって見てはいない。じゃばー。お湯を背中からかけて、彼女の身体を洗い終える。  ……これ以上触れるのは、蛮勇だ。

    9 22/04/02(土)21:22:39 No.912783544

    「さ、背中はこれで綺麗になったよ。あとは自分で」 「お待ちください、マスター」  へ? そんな声が出るのだけは、我慢した。ぐるりと半回転して、私の担当ウマ娘が言う。 「私はマスターに背中を洗っていただき、"幸せ"でした。ならば。マスターの背中を洗えば、マスターを幸せにできると考えます」  ぐい。確かに力強く腕を掴まれて、逃れる術はなかった。そういえば、幸せな夢を思い出すために銭湯に来たんだっけ。幸せ、かあ。貴女の夢を探しにきたのに、私の幸せまで語ってしまっていいのだろうか。 「……ありがとう、ブルボン」  そう言って、大人しく攻守交代。ブルボンの背中に比べたら、私の背中は恐ろしく貧相だ。何も覆うものがないそれを見せるのすら、恥ずかしい。

    10 22/04/02(土)21:23:27 No.912783835

    「マスターの背中は、問題ないと思いますが」 「……声に出てた?」 「マスターの口から言葉が出ていたという意味なら、はい」  更に恥ずかしい。耳まで真っ赤になる。ブルボンがそういうことに気づかない子であってくれて良かったと、少し思ってしまった。だってそれは、私にはもったいない言葉だ。肉体美を褒められるべきは、ウマ娘の役割で。憧れを見せることは、私にはできなくて。だって、当たり前のことだけど。特別な存在は私じゃないって、大昔にわかってたことだけど。  ──こう思うのは、久方ぶり。あるいは、いつものように。  "私は、ウマ娘にはなれなかった"。そう、思うのは。  憧れた。遠い、遠い過去の夢。彼女達には耳が生えていることに気づかなかった。自分には尾が生えていないことに気づかなかった。いつかあんな風に、そう憧れてしまった。諦めなきゃいけないとわかったのは、割とすぐのことだったけど。諦められないのは、永遠に続く呪いの始まりだった。かつて確かに見たその夢は、今も私を導いていて。縛っていて。トレーナーという仕事に就くほどに、私はずっと導の糸に縛られて引き摺られている。

    11 22/04/02(土)21:23:47 No.912783973

     そしてミホノブルボンに出会い、彼女の夢を支えた。もちろん彼女たちウマ娘の夢が全て叶うわけじゃないと、憧れだけじゃない現実を知った。それでも憧れ続けた。だから、私はブルボンのトレーナーでいられている。私がウマ娘に見た夢は、形を僅かに変えていた。彼女のことを私自身のように、そう喜ぶようになった。今は彼女が、私の夢だと。それを見続けている限り、私は幸せだと。諦められない理不尽の先に見た、一つの答えが貴女だった。ずっと貴女を見ていたいとさえ、希ってしまう。ああ、そうか。だから恥ずかしかったんだ。私が貴女を見ていて、貴女も私を見ていたら。  それは、まるで。 「ありがとう、ブルボン。あとは自分で洗うよ。ブルボンも自分の身体を洗っておいで」  そう言って、彼女の手を優しく振り払う。離れる。僅かに止まる手があったけど、やがてお互い別の場所に行く。  多分いつか、いつかはわからないけど確実にあるその時のように。未来のように、離れていく。

    12 22/04/02(土)21:24:14 No.912784130

    「いい湯だね」 「はい、マスター」 「上がったら、眠れそう?」 「……体温の上昇を感知。意識にも眠気が混濁しています」 「それはよかった」  ざぱん。ざぱん。多分これも、今だから。結局今日ここに来て同じ湯船に浸かっているのも、トレーナーと担当ウマ娘の関係だから。憧れと、それを支える者。そこに逆転は起こらず、だからこそ強固。そして解体もしやすいのだ。つまり、それが正解。それ以上の答えなんて、どこにもあるはずがない。 「……そろそろ上がろうか」 「はい、マスター」 

    13 22/04/02(土)21:24:51 No.912784396

     居心地が良さそうに思えても、ずっと同じところにいたら湯あたりしてしまう。だから適度な時間で、少し名残惜しいくらいがいい。そこに別れの哀しさがあるとしても、それも含めて正しい。やっぱり私は、ここを超えない。貴女にも、超えさせない。  そうして、湯船から上がって、浴衣に着替えて。……最後にブルボンがうっかり触ったコインロッカーが故障してしまったのは、割愛しよう。 「……マスター。ねむ、けが」  涼しい風と、畳が柔らかい休憩室。私とブルボンは、折り重なってうつらうつら。うん、当初の目的は達成だ。肩に感じる彼女の重みを、やっぱり嬉しく思ってしまうけど。 「……うんうん、よーく眠りー……」  予定通り、ばっちり眠くなった。私も含めて。視界が閉じられ。ゆっくりと、互いに互いを沈め。眠っていく。2人とも。底なしの幸せへ。

    14 22/04/02(土)21:25:17 No.912784591

     白い世界。意識が白に染まって、私は夢の中にいることに気づく。ああ、なんて素晴らしい。味気ない空間に感動している自分がいて、漸く気づく。夢を見るだけで、私は幸せなのだ。それはどんな夢でも変わらない。私がかつて見た夢も。私が彼女に見た夢も。眠る私が見る夢も。その側には、この世界には。ウマ娘がいつも、夢を見せてくれるから。だからきっと、これから先も。きっと幸せを新しく見つけられると、前向きそうな答えを見た。  ごとん。頭を打って、強制的に目が覚める。……おかげさまで、夢の内容を忘れずに起きれた。たとえ何もなくても、夢そのものが幸せなんだ。そう、貴女がきっかけで知れたこと。きっと、ずっと忘れない。傍のブルボンを見ると、まだすやすやと。私の肩からずり落ちそうなので、少し支えてやる。小さく寝言が、聞こえた。 「……マス……ター……」  ふふっ。ほんとに私の夢を見てる。彼女は私のことを、どう思っているのだろう。マスター。その言葉に、どれほどの親愛を込めてくれているのだろう。

    15 22/04/02(土)21:25:39 No.912784735

    「ねえ、ブルボン。こっそり教えてあげるけど。私は貴女の夢を見れて、幸せだったよ。頑張り屋さんなところも、ちょっと天然なところも。大好き」  そう、今のうちに吐き出しておく。返事の代わりに寝息が返ってくる。私と貴女で、最初の三年間を乗り越えて。これから先、ミホノブルボンはきっと走り続ける。私だけじゃないたくさんの人の憧れに、彼女はもうなっているのだから。そしていつかは。そしていつかは引退して、家庭を持って。ウマ娘として走ることをやめた先に、まだ新しい幸せが待っているはず。だって貴女は、とっても素敵な女の子なんだから。きっとみんなに愛されると、強く強く信じている。いつか自分の道を往き、その側に私がいなくなっても。絶対そうでなきゃいけない。そうじゃなきゃ、三女神様だって許さない。 「おはようございます、マスター」  ぱちっ。きれいな瞳が開かれる。ブルボンは目を覚ますと、すらすらと挨拶を述べた。そして、いきなり謝った。 「……夢の内容は、覚えていません……。失敗です、マスター……」  そう申し訳なさそうに述べるブルボンに向けて。私はそれは違うよ、と首を横に振る。

    16 22/04/02(土)21:25:59 No.912784858

    「大丈夫。貴女の夢は、私が見てあげるから」 「それは、どういう」  自分でもうまく言語化できないけど。ミホノブルボンというウマ娘のことを、私はよく知っている。だから、私は貴女を見ている。夢だって、いつものように支えてあげる。それが私の、トレーナーの役目。それなら、当たり前のことだったのだ。 「だから、大丈夫だってこと!」  なんとなく、根拠はない。だけど当たり前。互いを信じるとは、そういうことだから。 「……はい、マスター」  だから、貴女が大丈夫だとわかる。彼女はいつも私を信じてくれていた。理屈がなくても、心が戸惑っても、いつも。なら、最後まで。貴女の競争生命の最後まで、いつか新しく飛び立つ始まりまで。それが、私から貴女に贈れる最大限。私も貴女を信じていると、そう示す最良の手段。

    17 22/04/02(土)21:26:17 [おわりです] No.912784961

    「よし、帰ろうか」 「はい。マスター、よろしければまた」 「……うん。また、一緒に来ようね」  また。また貴女が悩みを抱えたら、私はまた貴女とここに来る。そうしてまた一つ、貴女を大人にできる。一つ一つ解決に向かって、成長して。永遠に同じことが続かないからこそ、人は幸せでいられる。かつて走ることに悩んだように、いつか走り終えることにも悩むだろう。でも、それでいい。悩んだとしても、私は絶対に貴女の背中を押してあげるから。そして。そしてきっと、終わることが正解になる未来に辿り着く。終わりはきっと、何かの始まり。だからそれもやっぱり祝福すべきことで、その時も貴女が踏み出せる手助けが出来たらいいと思う。心から、それだけを願っている。だって、貴女が大好きだから。  だから、その時。貴女がもう、一人で立てるようになった時。  私の愛は、鋼の如く燃え尽きる。

    18 22/04/02(土)21:33:58 No.912787820

    良い…良すぎる…

    19 22/04/02(土)21:37:42 No.912789250

    素晴らしすぎて言葉が出ない

    20 22/04/02(土)21:47:57 No.912793112

    師と弟子というより大人と子供って関係で良いね… ブルボンが大人になったときどんな関係になるのか楽しみだ

    21 22/04/02(土)21:50:41 [s] No.912794123

    ブルボンと合法的に同じ風呂に入る方法を考えて書きました