虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

1 22/03/31(木)20:59:51 No.912128312

「……そうか」 だから、そうやって小さく返事を返すのが精いっぱいだった。 「ちょっと、そんなモロ落ち込まなくてよくね？」 「ごめん。いきなりだったしな」 「その……反対？」 セカンドキャリアを考えるなら早いほうがいい。 事実昨年末から彼女にセカンドキャリアについての話はしなければならないとは思っていた。 理屈ではわかっているのだが、受け入れがたいものがあった。 「……自分なりに考えての発言なんだろう？　だったらその判断を尊重するよ」 だから、そうやって優等生な回答をすることが精いっぱいだった。

2 22/03/31(木)21:00:18 No.912128528

『あの子、将来どうするんだ？』 脳裏によぎるのは以前同僚に言われたこんなセリフだった。 この同僚はなぜか昔から俺を買ってくれているらしく、俺と彼女の関係に気を揉み続けていた。 だがその何気ない発言は俺の心を激しく揺さぶった。 アスリートとしての彼女は間違いなく超一流だが、レースを引退し、市井を生きるウマ娘になったら話は別だ。 ジョーダンは人より言語の認知機能が劣る面がある。 相手の言っていることをすぐに理解することができない、うまく自分の気持ちを言葉にすることができない。 だが、名誉と財産は人並み以上に持っている。 そんな子が社会に出たときに、どうなるか？ 残念ながらそんな弱点を持つ彼女を無条件に受け入れられる人はそこまで多くない。 どうしても、悪意に晒される率は高くなるだろう。 俺が出会ったばかりのジョーダンはそれで苦しんでいた。 あくまで俺はトレーナーだ、引退後のセカンドキャリア以降の彼女の人生まで寄り添えるわけじゃない。 だが、それでも彼女には幸せな人生を送ってほしかった。

3 22/03/31(木)21:00:30 No.912128611

　 　 もし、本当にもし、彼女が新たな人生について悩むのであれば 将来に不安があり足を止めてしまうのであれば 『サブトレーナーとして、学園に残らないか？』 『これからは、俺の手伝いをしてほしい』 そんなことを、提案するつもりだった。 　 　

4 22/03/31(木)21:00:47 No.912128726

「引退後のことは、何考えているのか？」 そんな答えを用意しながら、俺は彼女に問いかけた。 ジョーダンは何も言わずベースコートを塗り終わった俺の左手を下ろし、右手を手に取った。 「うん、その……」 少し口ごもり、沈黙が流れた。 爪に鑢をかける音だけが部屋に響く。 再び口を開いたのは親指に鑢をかけ終わった時だった。 「本気で、頑張ってみようと思うんだ」 「……何をだ？」 「ネイル。学校に通って0から勉強してみようと思うんだ」

5 22/03/31(木)21:01:26 No.912129003

「アタシなりに、色々調べてみたんだ。ネイルはいろいろやってきたけどさ、やっぱりプロの技術にはかなわないなーって」 「昔から何となく引退後はネイルの仕事したいなー、ぐらいは思ってたんだけど。やっぱり本気でやるならちゃんと勉強しなきゃって」 まだ彼女が10代だった時、将来は自分のネイルサロンを持ちたい、と言ったことを口にしていたことを思い出していた。 その時はまだ若かった彼女のおぼろげな希望だと思っていた。 「お金はたくさん稼いだしさ。学校に通って、ホームサロンを開くぐらいだったら問題なくできそうだから」 彼女は鑢をかける手を止めて、手元のバッグからいくつか資料を取り出して俺に手渡してきたそれに何も言わずに目を通す。 ネイルスクールを卒業するまでにかかる費用。 ホームサロン開業に伴う必要な行政資料。 信用のために必要となってくるJNECの定める資格。 彼女の新たな目標に向けて歪で稚拙ながら、真剣に作成されたであろうロードマップがそこには書かれていた。

6 22/03/31(木)21:02:22 No.912129371

「どう……かな？　けっこー頑張って調べたんだよ？　これならできるかなーって思って計画してみたんだけど……無理っぽい？」 言葉が出なかった。 彼女は成長している。 捨て鉢になり、どうでもいいと癇癪を起していた彼女ではない。 自分の将来のために自分の能力と向き合い、必死で自分の力で歩こうとしている。 自分の力で幸せになろうと歩き始めているのだ。 俺はどれほど己惚れていたのだろう。 まるで俺の庇護下でなければ幸せになれないといった思い上がりをしていた。 ジョーダンは確かにこれからも生きづらい思いをするかもしれない、不幸な目に合うかもしれない。 だが、それはあくまで可能性だ。 お前には能力がないから失敗する、不幸になるなど言うつもりか？ 傲慢も甚だしい。 仮にも教え導く立場の人間が考えることではなかった。

7 22/03/31(木)21:02:43 No.912129510

そう、俺はトレーナーだ。 彼女の人生でほんの一時、彼女を手助けするだけの存在だ。 そんな彼女が俺の手を離れて、自分の力で歩もうとしている。 ならば、俺ができることはひとつだ。 「よく考えたんだな」 「うん……」 「大丈夫、ジョーダンならできるよ」 「ほんと？」 「あぁ、大丈夫。だから……応援しているよ」 歩こうとしている教え子の背中を押してあげること。 歩き出した子を応援し、励ますこと。 ただそれだけだ。

8 22/03/31(木)21:03:23 No.912129809

「……ありがと。アタシ、頑張ってみる」 「あぁ。サロン開業したら教えてくれよ？」 「ん」 ジョーダンは再びネイルに戻った。 鑢をかけ終わり再びベースコートを塗り始める。 「あのさ」 「うん？」 「トレーニングバカのアンタに、お願いがあるんだけど」 ベースコートを塗る手が止まった。 気が付けばジョーダンの手がかすかに震えていた。 何事かと顔を上げると彼女の目からは涙がこぼれていた。

9 22/03/31(木)21:03:50 No.912130008

「トレセンにはこれからもたくさんのウマ娘が入学してくるよね？」 「あぁ」 「たぶん、その中にはきっとアタシみたいなバカもいると思うんだ」 涙が俺の手の甲に落ちた。 俺はその姿に言葉を失っていた。 「苦しくて、辛くて、もうどうでもいいやってなっちゃう……アタシみたいな子。そんな子をトレーナーが助けてあげて」 「っ！」 「あ、アタシはもう大丈夫、だから。めっちゃ勉強して、めっちゃ働いて、ちゃんと、大人になるから」 俺の手の甲が濡れていく。 彼女の言葉が途切れに途切れになってくる。 「アンタの教え子は立派にやってるって、アンタのやってきたことは間違いじゃないって証明してみせるから」

10 22/03/31(木)21:04:21 No.912130226

気が付けば俺の目からも涙がこぼれていた。 もしかしたら彼女は俺の内心を察していたのかもしれない。 だからこうやって別れの言葉をぶつけてきたんだろう。 自分は大丈夫だと、俺にわかってもらいたかったんだろう。 「約束するよ。そんな子を見つけたらジョーダンのように立派なウマ娘になれるように、頑張って支えてみせる」 「うん」 「その時はジョーダンの店に、その子を連れてくよ」 「うん……！」 「ネイルケア、よろしくな？」 「うん！　任せとけって！」 「……ジョーダン」 俺から送る最後の言葉だ。 いや、どちらかと言えば……教え子離れをする自分のために、口を開いた。

11 22/03/31(木)21:04:42 No.912130374

　 　 「卒業おめでとう、ジョーダン」 　 　

12 22/03/31(木)21:05:23 No.912130650

卒業式シーズンには間に合わなかったけど終わり

13 22/03/31(木)21:07:02 No.912131302

ジョーダン好きだから凄く刺さったわ…

14 22/03/31(木)21:07:13 No.912131396

美しい…

15 22/03/31(木)21:08:02 No.912131733

やめてくれよ 画面が滲んで見えねえ

16 22/03/31(木)21:08:19 No.912131845

いい話だった 泣いた

17 22/03/31(木)21:09:11 No.912132228

もし不安になったり、何か怪しいな、ってことがあっても 相談できる誰かがいるだけで全然違う

18 22/03/31(木)21:09:46 No.912132501

ベストパートナー…

19 22/03/31(木)21:10:07 No.912132645

>俺はどれほど己惚れていたのだろう。 >まるで俺の庇護下でなければ幸せになれないといった思い上がりをしていた。 >ジョーダンは確かにこれからも生きづらい思いをするかもしれない、不幸な目に合うかもしれない。 >だが、それはあくまで可能性だ。 >お前には能力がないから失敗する、不幸になるなど言うつもりか？ >傲慢も甚だしい。 >仮にも教え導く立場の人間が考えることではなかった。 他の子はイチャイチャしろって思ってるのにジョーダンだけは何故か教師と生徒であってほしいって思ってたけどようやく自分の感情の理由が分かった

20 22/03/31(木)21:10:13 No.912132716

グッドエンド…

21 22/03/31(木)21:11:06 No.912133120

この子には自分が居なきゃ、が愛なのか義務感なのかで全く別物だからな… 卒業おめでとう

22 22/03/31(木)21:11:17 No.912133201

素晴らしい…

23 22/03/31(木)21:11:57 No.912133500

お互い社会人の対等な立場になってから また新しい関係も生まれるだろう 幸あれ

24 22/03/31(木)21:12:13 No.912133621

いい…

25 22/03/31(木)21:13:04 No.912133974

>>俺はどれほど己惚れていたのだろう。 >>まるで俺の庇護下でなければ幸せになれないといった思い上がりをしていた。 >>ジョーダンは確かにこれからも生きづらい思いをするかもしれない、不幸な目に合うかもしれない。 >>だが、それはあくまで可能性だ。 >>お前には能力がないから失敗する、不幸になるなど言うつもりか？ >>傲慢も甚だしい。 >>仮にも教え導く立場の人間が考えることではなかった。 >他の子はイチャイチャしろって思ってるのにジョーダンだけは何故か教師と生徒であってほしいって思ってたけどようやく自分の感情の理由が分かった ネイルサロンの費用持ち逃げされるからずっと一緒に居てやれっていう「」のレスにモヤモヤしていたのはこういうことか…

26 22/03/31(木)21:13:23 No.912134095

トレーナー泣いちゃうのなんかこう...すごくいいと思いました...

27 22/03/31(木)21:14:15 No.912134481

>「アンタの教え子は立派にやってるって、アンタのやってきたことは間違いじゃないって証明してみせるから」 こんなこと言われたら泣いちゃう泣いてた

28 22/03/31(木)21:14:26 No.912134554

イチャイチャするにしてもここから10年後とかがいい…

29 22/03/31(木)21:15:05 No.912134850

いつまでも教え子って関係も美しいタイプなのがジョーダンだな…

30 22/03/31(木)21:16:03 No.912135253

いい話だった…

31 22/03/31(木)21:16:50 No.912135589

幸せにおなり…

32 22/03/31(木)21:19:43 No.912136783

泣く

33 22/03/31(木)21:19:53 No.912136856

こんなのもう人生の師じゃん…

34 22/03/31(木)21:20:22 No.912137056

最後は教え子に教えられるのが凄くいい…

35 22/03/31(木)21:20:46 No.912137239

仮に不幸になったとしてその結果に納得出来るかどうかってすげー大事だからな…

36 22/03/31(木)21:24:25 No.912138767

酒飲んでる時に見るんじゃなかった 少し泣く

37 22/03/31(木)21:25:11 No.912139092

>最後は教え子に教えられるのが凄くいい… 成長の喜びと別れの悲しみがグチャグチャになって頭おかしくなりますよ…

38 22/03/31(木)21:26:11 No.912139539

>最後は教え子に教えられるのが凄くいい… トーセンジョーダンみたいな子には似合う話だよね 教える側が教え子から大切なことを教わるっていう

39 22/03/31(木)21:28:42 No.912140565

私としてはこの後無事開業してそこに約束通り第一号のお客様としてその時の担当ウマ娘を連れて行ってあげてその後お店を閉めた後にちょっと飲まないか？って言ってお互いに離れてる間の話で盛り上がってほしい… もちろんこのまま元トレーナーと元担当バの関係を続けてもいいし、ああやっぱりこの人のそばにいたいな…って思って清いお付き合いを始めるのもいいと思いました

40 22/03/31(木)21:29:02 No.912140694

>仮に不幸になったとしてその結果に納得出来るかどうかってすげー大事だからな… どうでもいいって投げやりな気持ちで出した進路と一生懸命考えて出した進路じゃ大違いだからな…

41 22/03/31(木)21:34:47 No.912143141

ジョーダンが大人になっていった…

42 22/03/31(木)21:37:30 No.912144242

物語としての美しさがある デジタルが尊死を堪えて男泣きしそう

43 22/03/31(木)21:51:03 No.912149740

ジョーダンの結婚式でスピーチしてて欲しいトレーナー

44 22/03/31(木)21:53:14 No.912150543

ありがとう……

45 22/03/31(木)21:54:34 No.912151026

なんだろう…この…そうか自分が求めてたジョーダンとの関係はこんな感じだったのか…決してイチャイチャして欲しくないわけではないがこういうことだったんだな