ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
22/03/29(火)00:53:09 No.911263975
泥の居場所
1 22/03/29(火)01:09:30 No.911268354
そういえばイメージソング一覧にプリテンダーの場所がなかったので足しました
2 22/03/29(火)01:12:55 No.911269210
できた 文字数調整
3 22/03/29(火)01:28:27 No.911272642
僕から報告を受けた枢木はふぅんと気のない返事を返した。 机の上には三面のホログラムモニターを浮かび上がらせ、仮想キーボードの上を細い指が獲物を絡め取る蜘蛛の脚のように忙しなく駆け回っている。 今や全世界の人間がネットの申し子という時代にあって、僕にも理解できない無機質な数列や英文が画面を占領していた。 薄暗い部屋で画面の青白い光を浴びる枢木の姿を見ていると彼女が強力な魔術師でありハッカーであるという認識を改めて持つ。 「良かったんじゃない?仲直りできて。いずれは争い合う関係なのに仲を修繕して何の意味があるんだろうと思うけど」 相変わらずの憎まれ口だ。僕はつい苦笑しつつ指摘した。 「しかしだな。それを言うなら僕と枢木の関係だってそうだろう」 「いいのよ私たちは。同盟関係なんだから。もちろんいずれは蹴落とすつもりでいるわ」 「唯と僕が改めて築いた関係も似たようなものだ」 「ふん。だとするなら尚更ドライな関係ですこと。かつての親友じゃなかったのかしら」 気怠そうに口にする枢木。いつものことだがあまり機嫌は良くない。 いつも世界の何かしらが気に食わないとでも言いたげなそれ自体はいつものことだ。
4 22/03/29(火)01:28:42 No.911272706
しかしその認識にはどうやら大きな隔たりがあるようだ。僕はそれが気になって口にしていた。 「待つのだ枢木。僕は枢木との関係がドライだと思ったことは全くない」 「は。なにそれ。笑えないわ。 私たちが結果として仲良しこよしで協力関係を結んでること自体は百歩譲ったとしても、それが信頼関係みたいなもので結びついてるとでも?」 不機嫌が尚更深まったように枢木の声のトーンが一段下がる。 だがそれを気に留めていては枢木とは付き合っていけない。僕は怯まず言葉を続けた。 「だって、今回も遠巻きに僕と唯の戦いを見守ってくれていただろう?」 「…」 土砂降りの雨音のように止むことのなかった仮想キーボードの合成タイピング音が止んだ。 セイバーが後からこっそり教えてくれたことだ。向かいの高層ビルの最上階に楡とアーチャーがずっといたと。 画面を見つめたまま枢木がぴたりとそのままの姿勢で静止する。表情は相変わらずのぴくりともしない仏頂面。 「分かっている。分かっているとも。僕らが心配で見ていてくれたとかそういうことは言わないとも。 けれど口を挟まず、僕が乗り越えなきゃいけないことを横入りせずに黙認してくれていた。
5 22/03/29(火)01:28:55 No.911272743
いや、もしかしたら余計な横入りが入らないよう見張っていてくれたりもしたのではないか?」 「…。別に、そんなのじゃ」 「だが枢木がどうあれ僕の中で枢木楡は面倒見が良くて頼りになるいい女だという認識は変わらない。 例え今後後ろから撃たれたってそれだけは変えるまいよ。世話になっているのは間違いないだろう。───枢木。ありがとう」 感謝を伝えると枢木はぱちぱちと瞳の表面を潤すように瞬きした。 それから停止していたタイピングを再開する。だが先程と違ってその動きは鈍い。さっきが兎だったなら今は亀以下だ。 ややあって「あなたは」と枢木は口にした。舌の回りが粘つくようでそこで区切り、もう一度「あなたは」と発した。 「気に入らないわ」 「分かっている」 「そうじゃなくて。ちょっと前までくよくよ悩んでたかと思ってたのに、今はもう自分で決めて自分で乗り越えてみせた。 そういう切り替えの早さ。それとも成長なのかしら。そういうの…気に入らないわ」 のろのろとタイピングを続ける枢木。彼女らしくない姿だった。 まるでその鈍臭いタイピングが彼女の心の中にある苦悩や葛藤に指遣いを邪魔されているからかのようだった。
6 22/03/29(火)01:29:09 No.911272787
「進んでいるようでいつも足踏みしてる。本当に進んでいるのか確信が持てない。 あなたがそんな私を置いていくようでイライラする。 知ってる。本当は知ってるんだ。私は空っぽ。外付けした回路から送られてくる命令を必死でこなすだけで精一杯。…それに比べれば、あなたは立派よ」 言葉尻には自嘲するかのような響きがあった。…彼女の生い立ちなど聞いたこともない。 それがどういう半生を過ごしてきて滲んだのかを知るのはこの場面ではないのだろう。 言葉の半分の意味は理解できなかったが、だが枢木の嘆きはどことなく伝わってきた。 パーテーションに区切られた狭い巣穴のような空間の中、枢木の後ろに座る僕は正直カチンと来ていた。 イライラするだと。今のでイライラしたのはこっちだ。───僕としても不思議で、それでようやく腑に落ちていた。 ああ、僕はいつの間にかこのいつも何かに怒っているかのような魔術師のことを友人のように思っていたのか。 「そんなことはない。枢木、君は僕たちのことをずっと引っ張ってくれたじゃないか。 何をグズグズしている、置いていくぞ、と。僕らは君の言葉があったからどうにか道を間違えずにここにいる。
7 22/03/29(火)01:29:19 No.911272829
今回だってセイバーがいなければとてもじゃないが僕ひとりでは乗り越えることはできなかった。 僕は君たちに助けられたからまだ生きているのだ。枢木は空っぽなどではない。乞うからそんなことは僕の前で言わないでくれ」 再び枢木のタイピングが止まる。しかし今回は再開までの時間が早かった。 また、タイピングの速度も兎ほどじゃないが一定のリズムを取り戻している。枢木が鼻で笑った。 「ああ、そう。でもそういうことは一人前になってから言って頂戴。 そうね。でも確かにそう。何故かよく分からないけれど妙に弱気になってみたい。鬼の霍乱なんて珍しいものを見たとでも思えばいいわ。 で、長々と結果報告した上での要望は?」 「その…唯を協力関係の相手として認めて欲しい」 「ふん。まぁ、考えておいてあげる。 最後は敵同士になるんだからあんたほど考えなしに迎え入れることはできないけれど、セイバー2騎が味方なんて確かに魅力的だものね」 千切るように言った枢木の唇の端が微かに緩んでいる。 いつの間にか外では本物の雨の音がしだしていた。もう少しだけこのやけにくすぐったい距離感に浸っていろと天が囁いているかのようだった。
8 22/03/29(火)01:29:37 No.911272890
だいたいね セイバールートの7章始めあたり
9 22/03/29(火)01:40:47 No.911275240
おつ
10 22/03/29(火)01:42:06 No.911275510
書いてもレスつかないのどういう気分なんだろう
11 22/03/29(火)01:59:02 No.911278528
いい距離感だ