虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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22/03/27(日)11:44:40 「トレ... のスレッド詳細

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22/03/27(日)11:44:40 No.910651656

「トレーナぁー、つかれたー」 「分かった。じゃあ10分休憩して再開だ。水分補給を忘れずにな」 「ぁーい。んじゃ、こーい室行ってるからなんかあったら呼んで」 大阪杯に向け、ジョーダンの心肺機能を鍛えるべく年明けから1日のトレーニングの後にこうしてプールトレーニングの時間を設けるようになった。

1 22/03/27(日)11:46:42 No.910652204

内容は簡単で、プールに投げ入れたボールを3分間息継ぎ無しで取ってくるだけ。 たったこれだけの事だが、3分間息継ぎをせずに水中を動き回るのは心肺への負荷となり、肺活量の増加を。 更に水の抵抗によって全身の筋肉にも負荷を掛けられるので鍛えることが出来る。 それに拾うボールの数も増えれば、彼女自身成長を感じられてモチベーションの維持にも繋がる。 残り1ヶ月少し……彼女なら大丈── 「……と、まずいな。流石に寝不足か……」 「なぁ、ちょっと良いか?」 「ん? あぁ、お前か。どうしたこんなところに」 軽い目眩に襲われた所に同僚のトレーナーに話し掛けられる。 俺とは同期のトレーナーで、今は噛みつき癖が凄いウマ娘を担当している顔も良い男だ。 最近は担当の噛みつき癖が酷くなったのか、首や肩にガブガブ噛まれた痕が増えてるが大丈夫なんだろうか……。

2 22/03/27(日)11:47:19 No.910652354

「あまり見るなよ。変に隠すと誤解を招くからそのままにしてるが、結構恥ずかしいんだ」 「悪い。で?」 「……お前、どうしちまったんだよ。さっきのトレーニングと言い、この前の模擬レースでもそうだ。一辺倒の作戦で、第4コーナーからスパートして競り合うだけ。もうシニア期なんだぞ? 」 確かに、この前の模擬レースではそのようにジョーダンに走らせた。 勝ちたいという、がむしゃらで単純な気持ち。 その気持ちを頭ではなく体に沁み込ませたかった。 事実、模擬レースでは悪くない成績を修めている。 『最強のバカ』を目指す彼女には、シンプルであればあるほど良いのだ。 「全てジョーダンの為だ。それより、お前はこんなところに居て良いのか? お前の担当だって大阪杯に出るんだろ?」 「……」 そう言うと同期は不満げに踵を返す。 あの様子ならもう俺と何度話しても無駄だと分かっただろう。

3 22/03/27(日)11:47:58 No.910652530

「はぁ……」 今日は早めに切り上げるか。 流石に体が少しダルいし、それに例の物を買いに行かないと。 「なになに? ため息なんてついちゃってセンチメートル的な~? それよかトレーナー。アクエリの予備とかある系?」 「センチメンタル的、ね。何でもないよ。アクエリならある系。あまり飲みすぎないようにな」 「っす~」

4 22/03/27(日)11:49:44 No.910652996

午後5時。本来ならお互い着替えて寮へ帰るだけだが、少し出掛けたい所があった。 「お疲れジョーダン。今日は終わりだけど、この後予定はあるか? 買い物に行きたいんだけど」 「買い物? んー……あたし何か買うものあったっけな」 「いや、俺が買いたいだけ。ジョーダンに教えてもらいたいこととかあってさ。まぁ、無理なら──」 (んー。今日せっかく早めにアガったし、ちょっちネイルのキブンなんだよなー。……あ! そういや前に新しいメガネ買うとか言ってたし、それくさくね? なら色位は言っておけば大丈夫っしょ) 「ごーめん、疲れたしパスるわ。あ、でも、あたし的には……案外紫とか合うんじゃね?」 「成る程紫か……分かった。楽しみにしててくれ」 「良く分からんけどおけまる~。そんじゃね~」 何だかんだこちらの言わんとしてる事は分かってしまったか。 まぁ、流石に2年もいたらそうなるか。 よし! では休む前に買いに行くか。最近若い娘で流行りだというカラフル蹄鉄!

5 22/03/27(日)11:51:18 No.910653397

事前に調査した内容だと、ファッション的な面でのアイテムかと思っていたが、意外にも有名な蹄鉄のブランドが販売していたり、プロの選手でも使用していたりと機能面でも侮れない。 ジョーダンと仲良くしているギャルウマ娘達の中にも使っている娘が居たし、学園の中でも流行り始めるのは間違いないだろう。 「ふふ。これが流行に敏感になると言うことか」 勝負服のブーツに紫の蹄鉄が付いたのを想像してみる。 ……正直ファッションの事は全然分からない。 だが、彼女の勝負服の全体的な色合いや差し色に紫に近い色も幾つかあるから全く合わないわけではあるまい。少し発色が弱めの紫なら落ち着きそうだ。 「……ほんと、あいつは頑張ってるからな。俺も、あいつをちゃんと送り出せるように頑張らないとな!」 気合いが入る。 あいつは将来ビッグなネイリストになるんだろう。レースから離れていくのは寂しくもあるが、彼女の様に爪に悩まされる娘達の光にもなれるだろう。 ……自分の体の不調なんて基本は後回しだ。 彼女の為なら俺は──

6 22/03/27(日)11:53:57 No.910654104

翌日。 トーセンジョーダンは日課となった朝の走り込みを終えてシャワーで汗を流した後、トレーナー室に向かった。 「トレーナーおはおは~……てあれ?」 トレーナー室の鍵はいつも通り開いていた。 だから彼女自身、気にせず開け放ったのだが、肝心のトレーナーの姿は見られない。 甘党だから、いつもココア片手にパソコンとにらめっこ。 彼女が来たときには毎回「飲む?」と訊いてくる筈の声も、甘い匂いもしない。 むしろ、昨日の最後に来たときから変わっていなかった。 「……え、マジ? まさかの寝坊? ウケる~☆」 こんな事は初めての事だが、あの真面目なトレーナーの事だ。その内来るだろうと校長室のような配置の安物のソファ、いつもの指定席に座る。

7 22/03/27(日)11:57:26 No.910655041

「ふんふ~ん」 すぐに来ないのであればネイルをいじっていようかと、バッグからセットを取り出す。 (アイツ眼鏡買ってくるっぽかったし、ちょい紫多目にしとくか) そう考えて漁り始めた時、ドアが開いて人が入ってきた。 「おはートレーナー。どしたん今日は──」 「トーセンジョーダンさん。お話があります」 「──え?」 入ってきたのはトレーナーではなく、たづなだった。 (やっべ、完全にトレーナーだと思ってたわ。ハズ~) 「実はトレーナーさんが昨日の夜、買い物途中に事故に遭いまして……その、命に別状は無かったんですが──」

8 22/03/27(日)11:58:34 No.910655322

探していた手が、視線が、思考が止まった。 たづなの声も、どこか遠くで喋っているようで何言っているのか良く分からなくなっていく。 ──トレーナーが事故に? ──買い物途中に? ──命に別状は無い? パニックになりそうな自分を抑え、トーセンジョーダンはたづなへと迫る。 「ど、どこに!? あの、えっと……! 今どこにいんの!?」 「……駅前の〇〇病院です。でも今は……あ、ちょっとトーセンジョーダンさん!?」

9 22/03/27(日)11:59:36 No.910655654

病院の名前を聞いた途端、彼女は駆け出した。 バッグも何も置いたまま、その病院へ走る。 いつものようにペースを気にするような余裕もない、荒い呼吸で。 すれ違う人達が奇異な眼を向けてくる。 ──あれは誰だ? ──学園のウマ娘か? ──まったく迷惑な。 ──危ないだろ! そんな声は最早聞こえていない。 この前の有マ記念で心が折れた時よりもずっと強い疲労と酸欠状態。それでも決して脚を止めず彼女は駆け抜けていった。

10 22/03/27(日)12:00:28 No.910655898

「トレーナーッ!!」 トレーナーがいる病室に飛び込む。すると意外にも。 「じょーだん、きたんだね」 「…………な、なんだ。マジ焦ったんだケド、元気そうじゃん……」 「ははは。さては、あせってたな?」 「……?」 個室だから重傷なのかと勝手に思い込んでいたトーセンジョーダンであったが、予想に反して頭に包帯を巻いただけでケロっとしているトレーナーがベッドで半身を起こして出迎えてくれた。 取り敢えず安心したトーセンジョーダンであったが── 「まぁおちついてきいてくれ。おれは、おとがきこえない」 「──」

11 22/03/27(日)12:01:06 No.910656067

トレーナーは続ける。 有マ以降、実はかなりの睡眠不足状態だったこと。 昨日蹄鉄を買いにいった後、暴走してきていた車に眠気で気付かず跳ねられたこと。 そのせいで脳にダメージを負い、難聴になってしまったこと。 こうして喋っているものの、自分がちゃんと喋れているかも分からないこと。 所々音程が安定しないながらも、落ち着いて、分かりやすく説明した。 だからこそ、彼女は余計に考えてしまっていた。 もし、あの時自分もついていってたら事故には合わなかったのではないか。 自分がもっと勉強を出来ていれば、トレーナーを勉強に付き合わせて寝不足にさせることもなかったのではないか。 自分がもっと強いウマ娘だったら、トレーニングやレースの作戦立てで夜遅くまで無理させることはなかったのではないか。

12 22/03/27(日)12:01:39 No.910656205

自分がバカじゃなかったら…… ──全ては、たらればの話。彼の聴力が戻ることは、もう無いのだ。 「…………あたしがバカだから……」

13 22/03/27(日)12:02:18 No.910656377

その後、トーセンジョーダンのトレーナーが事故に遭った事は学園にすぐに知れ渡り、理事長の声もあって直ぐ様サポート体制が敷かれた。 彼に後ろから話し掛けるときは先ず体に触れてあげ、何かしらのサインなどすること。 耳が聴こえないと言うことは、周りからの脅威も感知できないため、サポートしてあげるなど。 そのお陰もあって、復帰しても大体のやり取りに問題はなかった。 ただ、トーセンジョーダンとのやり取りは少し手間取るようになっていた。 『大阪杯も近いから、改めて仕掛けどころを見直そう。有マ記念程ではないが、強豪も若干名は居る。それらの仮想敵をイメージしながらやってみようか』 「……その『つよ……なんとか』と『わかほしな』ってだれ? 中国とかの人?」

14 22/03/27(日)12:03:10 No.910656623

トーセンジョーダンとそのトレーナーとのやり取りも基本は筆談。だが困った事に、喋るよりも書く方は当然遅い。 更に漢字が読めない、意味を知らない事が多いのでそれの説明をするのにまた筆談。 お互い書いて、書いての繰り返しで前よりも遥かに時間が掛かってしまっていた。 PCやスマホを使ってやり取りする案もあったが、トーセンジョーダンはキーボードが使えない。 スマホではトレーナーが速く文字を打てるフリック入力が苦手なのもあって、結局紙とペンに落ち着いている。 『強豪(きょうごう)と言うのは勢いもあって強い人達の事だ。若干名(じゃっかんめい)と言うのは場合によるが、何人かって意味。ごめんな変な書き方してしまって』 「そ、そんな謝んなくていいし! あたしが……バカなのが悪いんだからさ……」

15 22/03/27(日)12:03:48 No.910656768

書くのも忘れて思わず立ち上がる。 トレーナーは彼女が何を言っているのか分からない為、音程に自信無さげに「どうかした?」と彼女を心配する。 「……あたしが、バカで……トレーナー頭いーのに、あたしのせいでバカみたいに思われてて……今だってあたしが言葉を知らないせいでアンタに手間かけさせてるのに……」 「どうしたじょーだん。しらないことがあればおしえてもらえばいい。わからないことはきいてくれ」 「トレーナー……」

16 22/03/27(日)12:04:20 No.910656905

トレーナーは身ぶり手振りでどこが分からなかったのかと問うている。 そんな様子に申し訳無さを覚えながら、先程渡された、大阪杯に向けてどの様にトレーニングを詰めていくか事細かに書かれた資料を見やる。 中々厚めのそれは、全ての漢字にふりがながふられており、難しそうな単語は全て注記で意味が書かれている。 またカラフルなマーカーで重要な所は強調されていたり、イラストなどが添えられてとても分かりやすく作られていた。 流石のトーセンジョーダンでも、その資料が1日2日で出来たものではないと分かったし、だからこそ、そんな風に苦労を掛けさせてしまう自分のバカさがとても嫌になっていた。 「何が、最強のバカになってやるだし……」 「じょーだん? おれのこえきこえてる?」

17 22/03/27(日)12:04:48 No.910657042

聴こえてるよ、とトーセンジョーダンも身ぶり手振りで答えて漸くトレーナーも落ち着く。 話の続きをしようと筆談用のスケブに書いて、トレーナーも資料を開いて指差しながらスケブに伝えたい事を書いていく。 「──あ」 彼女が座り直した際、ソファの上で自分の横に置いていた勝負服のブーツが倒れた。 底にはトレーナーが買ってきた、ラメ入りでやや暗めの紫色をした蹄鉄が付いている。 それを見た彼女は、覚悟したように呟いた。 「あたし──やっぱバカやめるわ」

18 22/03/27(日)12:06:43 No.910657598

ジョーダンがバカを止めることにする話を無性に書きたくなって書きました 初めてなんで読めるものか分からんですし、めっちゃ長いですけど後悔はない 事故で難聴になるのは知っているが、細かいことは知らないのでそういうもので流してください ジョーダン、カワカミに惹かれて最近ウマ娘始めて、ジョーダンの根幹を揺るがす何かが書きたかっただけなのでこれにて御免

19 22/03/27(日)12:07:22 No.910657771

めっちゃ好き…

20 22/03/27(日)12:08:06 No.910657988

いいね…

21 22/03/27(日)12:08:36 No.910658124

寝不足ってのをどうするのかなと思ってたら予想外の方向から殴られた… いいよね…

22 22/03/27(日)12:08:52 No.910658200

このままビリギャル~学年ビリのギャルが走力上げて年間無敗達成するまで~を描いてくれてもいいんだ

23 22/03/27(日)12:17:10 No.910660444

いい…

24 22/03/27(日)12:24:59 No.910662653

素晴らしい…とても良い栄養分を摂らせていただいた……

25 22/03/27(日)12:30:19 No.910664273

気合い入ってるジョーダン怪文書ありがたい…

26 22/03/27(日)12:39:56 No.910667580

秋天勝ったら難聴治るんだよね?

27 22/03/27(日)12:51:48 No.910671405

罪の痕は消えないのが美しいと思わないか?

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