虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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22/03/13(日)02:05:00 「あは... のスレッド詳細

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22/03/13(日)02:05:00 No.905961396

「あはあ~……」  耳と耳にかかる程度の大きさになるよう、タオルを上手いこと畳んで頭の上に載せる。白く濁る湯の中で両の指を触れ合わせ、当然の水っぽさをもてあそぶ。お湯の触感は非常にやさしい。つるんとして角がない感じがするのは、美白の湯なんて仰々しい名前による相乗効果もあるんじゃなかろうか。家や寮の湯船に同じ成分の入浴剤を入れたってこうはならないだろう。 「いいわあ~……」  銭湯はよい、とても。うん、やっぱり間違ってない。アタシが立てていたおだやかな湯の温もりは疲れた一日を、ううん世界を一新してくれるものだと心の底から思ってよさそう。日々のトレーニングに喘ぐ、様々な疲労を抱えた節々。全てを労わることが出来るのは、めちゃめちゃふかふかのベッドか、とってもあったかい温泉ぐらいなもんだ。アタシはまだ若い方だけどこれだけは間違いない、この世の真実だとすら思っている。 「たまらんねえ……」  大きなお風呂ってのは良いものだ。全身を伸ばしまくれるのもそうだけど、何というか独特の解放感と不思議な孤独感がたまらない。

1 22/03/13(日)02:05:45 No.905961616

赤の他人と同じ湯舟で、しかも結構な人数で浸かったりするのに、驚くほどに一人で居ることを許して貰える。寮の大浴場でわいわいお風呂に入るのも嫌いじゃないけど、この特別さにはかなわない。 「なーんて、へへ……」  訳知り顔で何言ってんだとか誰かに茶化される前に、良く分からない想像にはチャックを引っ張っておこう。顎辺りまで湯船に沈めて目を瞑る。真一文字な口元が勝手気ままに緩んでいくのは、大体四十度くらいのゆるーい温もりが、アタシの全身に幸せを染み込ませているからに違いない。でも言語化しようとするときっと難しくなるんだろうな。要するにこの感覚は浸かって初めてわかるものなんだろう。 「ふしぎだねえ……」  まだまだアタシはあがらない。今日はまだ始まったばかりだ。極楽のワードを二回ほど呟く合間に、浴場内の人の流れへと目をやった。ただいま土曜の真っ昼間、お客さんの入りはまあそれなり。時間帯さえ見極めれば芋洗いにはならないだろうと踏んではいたけど、アタシの読みは的中で大混雑でもみくちゃなんてのは杞憂で済んだらしい。 「おかーさん、すいてる!」 「あら、ホントねえ」

2 22/03/13(日)02:06:30 No.905961906

 ほほお、なるほど。常連さんらしき親子の声に、どうやら本日は巡り合わせが良かったらしいと知る。店側としては満員御礼が嬉しいんだろうけど、客なアタシとしては万々歳だ。混雑した浴場はかなり気を遣うから、いくらお風呂が気持ちよくても羽を伸ばした気分にはなかなかなれない。せっかくの休日にしんどいのはイヤなので、流石のアタシも気を遣ったけど、まあ遣った結果がこれなので、多分恐らくもーまんたいってやつだ。 「あー……マーベラスとかタンホイザ、連れて来ても良かったかな~……」  でも一日どっぷり過ごすつもりのアタシに付き合わせる訳にもいかないか。一人におけるメリットはさっき想像したとおりだけど、多人数ならではのメリットとして、お風呂を満喫しながらささやかな会話を楽しめるなんてのが挙げられる。ただ、誰かと一緒に行動するっていうのは、要するに空気の読み合いアンド気の遣い合いだ。アタシだけが楽しむなんてもってのほかだけど、だからといって自分そっちのけなのも疲れるだけだ。  みんな素敵な友達だけど、普段通りの仲の良さとはまた別口。そりゃこれがフツーに遊びに行くだけとかなら問題ないけどさ。

3 22/03/13(日)02:07:06 No.905962135

規模はともかく湯治となれば、いい意味で気心知れた仲じゃ無いと。 「いやいやいやいや……」  誰に言い訳してるんだか、アタシってば。ぱしゃり、お湯でゆるく顔を洗う。まあいいや、今日はおひとり様を楽しめば…… 「あーあ……」  上り立つ湯気に有り得ない想像が結びつく。ぶくぶくぶく、唇を思いっきり湯船に沈めて。目頭を軽く揉んで浮上して、熱気を帯びた息を吐いたら、なんかのついでに唇を少し尖らせてみる。 「トレーナーさんがなあ……」  仮に、仮にだけど、もしトレーナーさんが女性だったとしたら、変にまごつかず気安く銭湯に誘ったりも出来るかも知れない。お風呂を満喫しながらほどほどのボリュームで世間話に花を咲かせて、あははと笑えたかもしれない、けれど。実際問題あの人は男だから、なんというかこう、その、そういうのはまあ、難しい。おいっすー、明日アタシと一緒に遠めのスパ銭行きましょうよー、だなんて。ムリムリムリ、アタシにゃ絶対無理。逆立ちからブリッジを華麗に決める的な勢いがあったって言えやしない。商店街の銭湯に行こうよって誘ってるのとはまるで別のお話。

4 22/03/13(日)02:08:00 No.905962396

近所の勝手知ったるところに出かける分にはいいかも知れないけど、今日みたいな距離はもうほとんどデー、あ、えと、その、じゃん。何、気にしすぎって? 「うぁ~……」  そんなん気にするに決まってんじゃん。気にしなかったらアタシが保たないんだっての。頭の上でぬくもったタオルに、ほんのちょっとお湯を当ててから顔に押し付ける。勇気ってのは一から百までのゲージ式で、大抵削れていくばかりだ。しかも回復する頃合いを見計らったように消費イベントが発生する。先週はトレーニングあとのサプライズパーティーで、先月なんて突然ちょっと遠出しないかなんて誘われた。まあ当然、アタシのゲージは底をついている。アタシは回復中の身分なんだ、昨日も今日もまだまだずっと。そんなわけで銭湯にやってきたわけだし、そのための場にあの人を連れてきたら……勇気ゲージが大爆発して全壊しちゃう。 「あーあ……」  でも、そう分かってても。溜め息は漏れてしまうもんだ。前々から思ってはいたけどやっぱり、あの人は女の子の気持ちってものを分かり過ぎている気しかしない。なけなしの勇気をアタシから吸い取っていくこと自体は憎らしい、けれど。

5 22/03/13(日)02:08:45 No.905962614

頑張って踏み出したはずの勇気の一歩を、とかく曖昧にしがちなのはアタシ自身理解しているから、ある種容赦のないトレーナーさんの仕打ちが喜ばしくもあってとても悩ましい。 「あのひとなら……」  もし、もしもだけど。誘えば、来てくれたかなあ。  トレーニングの隙間で誘ってさ、どこどこ行こって提案してさ。  それで良いよって言ってくれたらさ、ううん、言ってくれるかも知れなかった訳じゃん。  だったら、その、温泉好きだし、優しいし、甘えても良かったかもなあ。 「えへ……」  本当に仮にだけどアタシの妄想が結実したなら、アタシはきっとトレーナーさんの車でここまで来て、降りたら手を繋いで玄関通って、歩いている間はバカみたいな雑談をしたりして、性別分けのれんの前でじゃまた後でとか言ったりして……うわあ、なんて―― 「夢っぽ……」

6 22/03/13(日)02:09:15 No.905962768

 ぽかぽか心地の枕詞に夢見とまでくっついたら、アタシはもうてんでダメダメだ。にへら、となんか別枠のニヤケがアタシの顔に張り付く。と思ったらそのまま秒で不埒な想像に行き着いて、いけないと感じたときにはもはや手遅れ。いやいやいや、そんな勇気ありませんって。またまた誰に言い訳しようとしたのか、アタシの顔はやけに高速で右に左にを繰り返す。すぐさま吹っ飛ぶタオルくん、羽ばたきながら湯船にイン。湿度高めの破裂音が左手側で鳴り響く。なんだか視線を感じるし、とにかく非常に恥ずかしい。お叱りを受ける前にちゃっちゃか回収して、湯びたしのそれを思うさま顔に押し付けた。  あつい、いやほどよい、むしむしする。よし、一旦リセットだ。別の湯舟へ移動しよう。うん、ちょっと浸かり過ぎたかも知れないし。逃げるように立ち上がり、適当にタオルを広げたら、いそいそと移動を開始する。その途中でつるっと滑ってコケそうになったのは、変なことを考えていたからではないと心の底から信じたい。

7 22/03/13(日)02:09:55 No.905962911

「ふう……」  頬のあたりに浮かぶ汗を首から下げたタオルで拭い取る。首元に手を差し入れ、縛っていない髪の毛に溜まった熱気をばさりと払う。うーむ、なんというか心地が良すぎる、流石にこれはちょっとよくない。いや、何が良くないのかアタシには分からないんだけど、こんなにぽやぽやしちゃってるとその、抵抗があるというか。迫り来るなにかに対して無防備に過ぎるような気がしてならないのだけど…… 「ま、いいんじゃあない」  誰が咎めるわけでなし、このままでもいっか。幸せな諦めを口にすると視野は広くなるもので、どっかのスピーカーから流れている、のどかを通り越したようなBGMが耳に入ってくる。あー、このザ・平穏感。やっぱりたまんない。こういう時の音楽ってのは大体良い感じに作用してくれるようになってるもんだし、多分このお風呂屋さんでも普段とは少し違う、ちょっぴりだけの特別さを演出するために掛けてるんだろう。まあ無音じゃ味気ないし、特に深い発想的なのもないんだろうけど、これは粋ってやつなんじゃないか、とか思ってしまう。ホント、アタシってば簡単なヤツだ。

8 22/03/13(日)02:10:44 No.905963108

 ともかく第一次お風呂遠征は無事終了した。ちなみにサウナは口に軽く味を落とすくらいに留めておいた。サウナで「ととのう」のは第二次か第三次の時でいい。なにせ今日はオフだから余裕綽々、二度目三度目に挑戦できる。  ちょっとばかし足を伸ばしてやってきた、それなり近場のスーパー銭湯。こういう銭湯の良いところは、入湯料さえ払っちゃえば何回でも気楽にお風呂へ入れるところだ。そりゃあ銭湯なんだし当たり前なんだけど、これは非常に大変重要なことだったりする。特に気楽にってところが重要。あとプラスで思ったより知った顔に会わないってとこもいいよね。もう身勝手どどんと言わせてもらうけど、今日のアタシは孤高、ただ一人のアタシなんだ。ナイスネイチャであって、違う。アタシはそう、全く別のアタシ―― 「……なんじゃそりゃ!」  自分に自分でツッコミ入れ始めたら終わりなんだけど、気分がいいとどうにも止まらないもんで。上機嫌をキープしたままアタシは、鼻歌混じりに自販機までやってきた。館内着の浴衣に忍ばせた小銭袋を取り出す。銭湯から上がったあと飲むものなんて、甘めな味する牛乳と相場が決まっているもんだ。

9 22/03/13(日)02:11:34 No.905963350

 ちゃりんちゃりん、ぴぴぴ、ごとん。お目当てのブツを取り出し口から引っ張り出す。今日の気分はフルーツ牛乳。ふふふふふ、黄色がかった白満杯の瓶は、これからすぐ透明に変わっちゃうことだろう。 「ふんふんふーん……!」  さあさあ、実食ならぬ実飲だ。ちょっと歩いた先にあった柔らかい長椅子に腰掛けて、ほんのり急ぎ足でキャップと蓋を開けたら。ぐっと、呷る! 「くあーっ……!」 「美味いなぁ……」  半分くらい一気に飲んで、たまらない美味しさにおじさん風味の叫びを上げて。気分よく飲み干してしまおうか、いやまてここからはちびちび頂こうか。そう頭を働かせた直後、口から離したこの瞬間になにやら違和感。ん、なんだろ、おかしいな。聞くわけないものを聞いたような。 「あれっ?」  本当に一体なんだろう、隣から聞こえてくる妙に覚えのある声は。 「もしかして……」  おかしいな、気のせいじゃないな。  でもまさか、まさかね、そんなわけないじゃん? 「へっ?」  ゆっくり、ゆっくり、声のする方へ。顔をじわじわ向けていく。  すると、そこには。 「へっ、えっ、えええええっ?!!」

10 22/03/13(日)02:12:20 No.905963529

「あ、と……ネ、ネイチャ。ホントに奇遇だな」 「トレーナーさん……トレーナーさん?!!」  目と耳で確認した驚愕は、すぐさま叫びに変化する。そこには間違えようもなくトレーナーさんが、しかも普段なら絶対お目にかかれないような、湯上りのしっとりした空気をまとった姿で、どことなく艶っぽい感じでアタシのすぐそばに居た。はっ。アタシ、ものっそい速度でナイスネイチャに戻る。いや元からナイスネイチャだけど。 「ちょっ、ま、まって、なんでここに?!」 「いや、なんでってその……趣味というか、癒されに……」  そうだった、トレーナーさんがここにやってくる、その可能性をアタシは排除しきっていなかった。というか見ないフリしてた、そんな運命のいたずらみたいなこと起きるわけないってタカ括ってた。  そう、トレーナーさんは大の温泉好きで、結構な頻度で銭湯やらに行っているんだ。 「髪の毛縛ってないのも、メンコ着けてないのも何か新鮮で、かわいいな」 「はっ、あ?! なんです急にからかわないでくださいよ?!」 「からかってはいないけど……うーん……どうしよ……あ、そうだ。なあネイチャ、ちょっと相談なんだけど」

11 22/03/13(日)02:13:15 No.905963768

「はっ、はいっ?!」 「これも運命ってことで、ネイチャが嫌じゃなかったら、館内とか一緒にぶらつく?」  トレーナーさんの一言は、まさに寝耳に水、いいや青天の霹靂だった。ドギマギするアタシに投げ掛けられたお誘いのフレーズは、何というか果たし状とか挑戦状的なのに似ていた。  マッハの速度で脳裏をよぎるのは、いつかにニュースで聞いた気のする『遅延価値割引』なんて穏やかじゃない単語。手にするのも大変な遠くのおっきい宝物より、すぐ手に入れられる近くの小さな宝石の方が価値が大きく感じてしまうってやつ――いやいやアタシはバカか、今思うかそんなの、引くか進むかの二択しかないこの状況で!  声にならないはずの呻きは唸りに姿をチェンジして、すぐさまアタシを楽器に変えた。うう、どうしよう。二の足を踏んでいる間、脳みそはぐるぐる回り出す。何が正解なのかもの凄い速度で考え始める。湯上り直後のあったかさが、いつの間にか熱さに変わって、なけなしの冷静さをアタシから奪い取る。

12 22/03/13(日)02:14:05 No.905963991

「とっ、とりあえず!」  すう、はあ、すう、はあ。必死に深呼吸を繰り返してから。 「お昼ご飯、食べませんか!」  ようやく絞り出した折衷案にトレーナーさんは、アタシの気も知らないで普通に、ああ、いいぞ、なんてさらっと言ってのけるのだった。  そんなわけで……その、そんなわけになってしまったので、アタシたちは館内に併設された食事処に居る。アタシは注文したそば天セットを啜りながら、ジト目で対面に座るトレーナーさんを見つめている。彼は自分で頼んだはずのとんかつを大変微妙な表情で頬張っていて、もしや美味しくないのかななんて邪推をしてしまう。どれ、ひとつからかってやるとしよう。差し箸はお行儀が悪いので、首を軽く傾げて訊ねた。 「ねえトレーナーさん、おいしい?」 「……うーん、普通?」 「あはは、普通って。そりゃ結構あんまりじゃないです?」 「いやでもホントに普通だからなあ、食べてみる?」  天ぷら皿の端っこにちょこんと乗るカツ一切れ。ふむ、そんなにか。促されるままに箸で挟んでもしゃってみる。もぐもぐ、もぐもぐ……うーむ、なるほど。

13 22/03/13(日)02:14:45 No.905964198

「……うん」 「な?」 「失礼かもだけど、確かに」  顔見合わせてニヤついて、さてそば食べなきゃと思い目線を軽く下げたら、トレーナーさんのおてもとが見えた。そこでハッとした。これって、もしかしなくても。ぼおっと顔が熱くなってくる、耳の先にまで熱が伝わり出す。こんなことで慌てるだなんてあまりにアタシらしすぎる。気づいてしまえば最後なわけで、このメンタリティ程度じゃ耐えられようはずもない。 「ん? どうした?」 「いえ、なんでも、なんでもっ!」  喉に詰まったっぽく胸を叩きつつ、熱冷ましするために水を飲む。悲しいかな、彼はとてもニュートラルだ。恐らくきっと、いいや絶対。アタシが慌てている理由に見当がついたとしても、ちょっとばかし頭を掻くくらいで話を終わらせてしまうだろう。「そういう」女子の機微に鈍感でしかも大雑把なのはアタシにとってはある種美点なのかも知れない。まあ今は欠点寄りだけど。 「そういやさ」  時間にして数秒くらい。水の冷たさが喉から染みて目尻辺りにようやく届いたくらいのタイミングで、何の気なしなトレーナーさんはアタシへと問いかける。 「今日は湯治?」

14 22/03/13(日)02:15:32 No.905964401

「……そ、そーですよ。ちょくちょく言ってるじゃないですか、今日はたまたま足を伸ばしたってだけで……」 「あ、いや悪い。他意はなかったんだ、ただ……」  ただ、なんだろう。おそばの美味しさとは別の理由で喉がうなる。 「なあ、ネイチャ?」 「は、い? なんです謎に改まっ……」  ちょっと恥ずかしいんだけどさと前置きしてから、言った。 「次は一緒に銭湯行かないか?」 「ぶっ! ごっほ、ごほ、ごほっ!」  デートへのお誘いなる単語によって、アタシはものの見事に吹き出した。 「ちょっ、大丈夫かネイチャ?!」  差し出されたティッシュを受け取り、偉いことになってるであろう口元を拭く。ふう、落ち着けアタシ。トレーナーさんはいつもこんなんでしょ、今日に始まった話じゃない。冷静に、冷静に。手渡す言葉を選び出せ……! 「もー、女の子をからかっちゃいけませんって。アタシは冗談って分かりますけど、他の女の子は勘違いしちゃいますから!」 「いや別に冗談とかでは無いんだが……」  あーっ。もうだめだ、このひとはネイチャさんを殺す気だ!

15 22/03/13(日)02:16:42 No.905964735

 恥ずかしさでどうしようもなくなったので、おでこをぴしゃりと叩き気分転換を試みる。どうしたこのデコ、いやに汗っぽいぞ。カラダに残ったお風呂の温もりでしっとりしてるのか? いやそんなわけなかろうて。くそう。 「べ、別に構いませんけど一体全体どういう風の吹き回しで?」 「ん~……いや日頃の疲れを癒す的なやつかな。特に他意はないけども」  女の子を誘ってこの言い方だと他意どころか下心もりもりな感じだな、なんて軽口を叩きながらトレーナーさんがはにかむ。 「まあ大体俺が行きたいだけだから、無理にとは言わないんだけどさ」 「いやまあアタシは別にいいんです、良いんですけど……」  歯切れの悪いアタシを見て、トレーナーさんが首を傾げる。うん、まずは正直な話をしようかな。もうね、すごいよ、めちゃめちゃうれしいの。嬉しすぎるからなのか分からないんだけど、さっきからずっと尻尾の高鳴りが抑えられない。ぱたぱたとはためきそうになるのを、椅子に押し付けて無理矢理隠してはいるけれど、早晩ってか一秒後には気付かれてしまいそう。だけどアタシはひねくれものだから、この好意を気付かれたくはないし、まっすぐにも伝えられない。

16 22/03/13(日)02:18:15 No.905965123

「でも、でもだよ、トレーナーさん」 「ん? なんだ、いきなり」  困惑されるのも当然なんだけど、アタシはよくやってしまうんだ。卑屈にも思えるようなこの手のアプローチを。 「ほんとーに一緒に行くの、アタシで良いの……?」  毎度、毎度だと思う。どうしてか分からないけどアタシの好きなルートを辿らせているようで罪悪感もあるんだけど、 「バカ、言うだけ野暮だろ」  けれどそれ以上に、この夢見心地を体験したくなってしまうんだ。ぱちぱちぱち、サイダーがはじけるみたいな喜びがアタシのほっぺたから唇のはしっこにまでほとばしって、なるたけしゃんと喋ろうとするのをこれでもかってくらいに邪魔してくる。 「……たらしだ」 「ん、何か言った?」 「いいえ何でもっ! じゃ、その、とりあえず、食べ終わったら館内でもぶらつきます?」 「ああ、いいよ。断る理由もないしな」  今日の一連で改めて理解した。アタシにとってトレーナーさんのリアクションは時々毒になるってことを。この毒はしかもチョコレートみたいに甘い。ちょっと食べるくらいなら少し痺れるくらいでおしまい。だけど調子に乗って舐め続けてると許容量を越して即コロリ。

17 <a href="mailto:おわり">22/03/13(日)02:19:40</a> [おわり] No.905965495

 ちなみに今のアタシは限界間近。このままやられっぱなしだと、この後の、えと、デート、的なのでお気を狂わせることしかできないから、何か一つ毒抜きになるようなアクションを起こしてやりたい。あっ、目の前に良いものが。勇気ゲージを消費して、トレーナーさんのとんかつまで箸を伸ばす。 「なんだ、カツが欲しいの……」 「ううん、どうせだし。役得ってやつ、させてあげちゃおうかなって思ってですねえ」 「は、役得って?」  ずい、とトレーナーさんの口元へとんかつを近づける。 「ほら、あーん、させてあげますよ?」 「ちょっ、流石にそれはダメだろ?!」  急に慌てだすトレーナーさんになんでか涙がちょちょ切れるぐらい笑えちゃって。少しだけ溜飲の下がったアタシは、この後に待つだろう楽しい時間を頭の片隅で想像しながら、気持ちよくそばを啜るのだった。  もちろん、今アタシがしでかした「あーん事件」は今日中のいじられポイントになってしまうのだけど、それはまた別のお話……  あ、尻切れトンボなお話だけど、アタシの元気がバッチリ回復したのは敢えて言うまでもないよね。あはは……

18 22/03/13(日)02:20:17 No.905965647

ネチャネチャ湿度がすごい

19 22/03/13(日)02:20:35 No.905965710

>「バカ、言うだけ野暮だろ」 そういうとこだぞこのネイちゃんたらし

20 22/03/13(日)02:21:17 No.905965885

またネイチャが1人で盛り上がって自爆してトレーナーにトドメ刺されとる!

21 22/03/13(日)02:22:05 No.905966060

あなたの優しさなら怖くない…よ? なんちゃって…

22 <a href="mailto:s">22/03/13(日)02:24:18</a> [s] No.905966645

銭湯行きてえな…ネイチャ風呂に浸からせてえな…ラブコメ見てえな…って思いながら書いてたらめっちゃ長くなってた…読んでいただき感謝…

23 22/03/13(日)02:25:45 No.905966981

スパセンとか温泉旅館とかのお風呂上りの不思議なそわそわ感いいよね… 脳内がプライベートなスイッチ入ってるのに家の外にいるって言う心地いい違和感

24 22/03/13(日)02:26:19 No.905967097

>あなたの優しさなら怖くない…よ? >なんちゃって… すぐ神田川したがるなこの2人…

25 22/03/13(日)02:26:28 No.905967140

むしろ書いてくれてこっちが感謝してえよ…

26 22/03/13(日)02:27:16 No.905967308

ネイチャはいくら爆発させてもいい

27 22/03/13(日)02:27:22 No.905967320

家族風呂しろ

28 22/03/13(日)02:27:38 No.905967366

んにゃぁああああああああって読んでるこっちが悶えそうになった

29 22/03/13(日)02:27:54 No.905967412

こういう所で食うカレーライスやアイスが美味いんだ

30 22/03/13(日)02:28:19 No.905967497

15年後くらいに子供連れてまたやってきてあの時パパってばさーって口撃されるやつ

31 22/03/13(日)02:33:58 No.905968421

凄いしっかりラブコメしててのぼせそうだよ

32 22/03/13(日)02:34:09 No.905968446

そのうち二人で家族湯に入るなこれ…

33 22/03/13(日)02:43:45 No.905970022

イチャイチャネイチャ助かる

34 22/03/13(日)02:51:36 No.905971154

>そのうち二人で家族湯に入るなこれ… いずれは三人四人で入ることになるさ

35 22/03/13(日)04:00:02 No.905978516

すごい…すごい良かったです!

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