虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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22/02/21(月)00:34:50 ※完全幻... のスレッド詳細

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22/02/21(月)00:34:50 No.899485035

※完全幻覚注意 ふと、目が醒めてしまった。 夏合宿を行う、海沿いのトレセン合宿所。窓の外はまだ薄暗く、微かに海の底の太陽が起き出したような明かりを感じる程度だった。枕元の時計に目をやる。 「早朝と言うべきか、まだ夜と言うべきか……」 雑魚寝していた隣を見ると、ラヴズオンリーユー……ラヴちゃんの布団は空になっていた。 「どこに行ったんでしょう?」 お手洗い? 早いお散歩? そんなことを考えているうちに、私も目が冴えてしまった。せっかく起きたし二度寝するのもなんだから、浜に出てみよう。そう決めて、寝間着代わりのジャージ姿のまま、部屋を出たところで。 「っとと」 廊下に出てすぐ、何かに躓いた。慌ててバランスを取って転ばぬよう堪えてから足元を見るとそこには、寝相が悪いのか布団どころか、隣室から足が出ていた私たちのトレーナー。 「邪魔くさいですね」 私の歩みを邪魔したトレーナーの右足を八つ当たり気味に蹴り飛ばす。ぐむ、と呻く声が聞こえたけれど、そのまま再び寝息を立て始めた。 https://youtu.be/s0SGmKQ6apU

1 22/02/21(月)00:36:00 No.899485424

「……しまった、起きたら面倒でしたね」 やっぱり私は大概気性が荒いな、と思いながら、年季のとおりに軋む廊下を歩いていく。 まだ春は訪れぬ冬の終わり。 ラヴちゃんの海外遠征前の最終調整のため、『普段と違う環境で走ろう』というトレーナーの提案で、私たちは合宿所へ訪れていた。 調整自体は昨日で終わり、日が昇れば今日はトレセンへ帰る日。 数日間のハードトレーニングの疲れが残る中、折角だから最後に海を見ようと思った。 合宿所を出て、海を見る。するとすぐ目の前の浜、波打ち際に、よく知る人影があった。私は歩み寄り、声をかける。 「ラヴちゃん、おはようございます」 朝の挨拶をすると、ラヴちゃんは一瞬びくりと驚いたように肩を跳ねさせてから、ため息を吐いて振り返った。 「ああ、ロレーヌか……驚かせるなって」 「ごめんなさい。でも、ならなんて声をかければ?」 「そりゃ、名前を呼ぶとか肩を叩くとか……いや、名前は呼ばれたし肩はもっとビビるな」 ははは、とラヴちゃんは笑った。

2 22/02/21(月)00:36:37 No.899485655

みんなはよく、私をマルシュと呼ぶ。でもラヴちゃんは『マルシュって行進曲って意味だろ? なら曲名で呼んだほうがいいんじゃない?』と言って以来、ずっと私をそう呼ぶ。 なんだか、親友だけの特別な呼び名、という感じがして心地良い。 「こんな朝から何してるんですか?」 「目が醒めちゃってさ。何となく海を見てたんだ」 そう言ってラヴちゃんはまた海を見始めた。私は、彼女の隣に流れ着いていた丸太に腰を下ろす。 押し寄せる小さな波の子どもたちは、私たちよりも少し手前で海へと還っていった。 「よく海、見てますよね。好きなんですか?」 「海が? んー、いや、別に」 夏合宿やお出かけのときも、ラヴちゃんは暇なとき、海を眺めていることがある。てっきり海が好きなのかな、と思っていたのだけれど。 「なら、どうしていつも海を?」 「そう言われると困るな……特に理由はないんだけど……」 答えに困ったように少し顔をしかめて考え込んで数秒、ラヴちゃんは、ああ!と納得の声を上げた。 「なんか呼ばれてるような気がするんだよな」 「呼ばれてる? 海にですか? まさか入水とかしないですよね?」

3 22/02/21(月)00:37:15 No.899485871

「違う違う! んなことするワケないだろ!」 このあたしに限ってさ!とラヴちゃんは笑う。 確かに、いつでも溌剌として前を向いて輝いているラヴちゃんに限って、そんなことはないと思った。そういう人が内心崩れてるときが一番怖いのだけど。 「時々、ふと声みたいなものが聞こえるんだよな。さあ、こっちへおいでよ、とでもいうか」 「それ怖いやつじゃないですよね」 「違うと思うよ」 「今年、海外遠征を中心に考えてるのもそのせいですか?」 私はついでに、去年末から抱いていた疑問を口にした。 年末、ラヴちゃんはトレーナーに直談判していた。 『あたし、来年は海外でやりたいんだ!』 トレーナーは顔面蒼白になった。気持ちは分かる。自分で言うのもなんだけれど、私たち二人はそれぞれ違うタイプの言うことを聞かない暴れウマ娘。 仲のいい私たちのことだから、その片割れがこんなことを言い出したらもう片割れも味方をして暴れて、まず真っ当な説得はできない。 ラヴちゃんは去年一年、勝ち星は無し。二年前のオークスで、いま世を騒がせている名だたるウマ娘たちを押し退けて、光を放ったのが最後。

4 22/02/21(月)00:38:00 No.899486134

世間ではピークを過ぎたんじゃないか、なんて声もあって、その真偽はさておき、海外に挑戦するような雰囲気でないことは確かだった。 私は、憧れの対象で親友でもあるラヴちゃんが望むなら否定するつもりは欠片もなかったけれど。 直談判したときのラヴちゃんの気迫は、何が彼女をそうさせるのか私ですら困惑するくらいには圧が強かった。 「海外遠征の理由な……そうかも。ずっとずっと前……それこそトレセンに入るどころか物心ついて走るようになった最初の頃から、何かに呼ばれてたんだ」 今以上にずっと海を見てたらしいぜ、自分でも何でそんなに執着してるのか分からないや、とラヴちゃんは笑った。 「ラヴちゃんは、怖くないんですか?」 「怖い?」 「海外の、それも大きなレースへ今の評判で挑戦して、もし勝てなかったら……」 そうなったときの世間の声は手に取るように分かる。 まずは国内で勝て。身の程知らず。案の定負けたな。 私たちが生涯持ちうる全力で走れる期間はそう長くない。 この一年を終えたらいくらラヴちゃんでも、もう大きな挑戦はできないだろう。

5 22/02/21(月)00:38:46 No.899486385

そうなったとき、批判の声は落ち着いたとしても、その後の進路に関わる評価は下がる一方だとも思う。 「別にいいんじゃない? その時はその時でさ。ロレーヌは応援してくれるだろ?」 「それはもちろん……親友で、憧れのラヴちゃんが走るなら……」 ラヴちゃんは、私の憧れ。 私自身、中央でも地方でも決して恥ずかしいほどの成績ではないけれど、さりとて数多のウマ娘の中で一際輝いているわけでもなく。もし私が海外遠征なんてしようものなら批判どころか、『この子、誰?』という声が多いだろう。 それに比べて、ラヴちゃんはここ一年勝ち星から遠ざかってるとはいえ、オークスウマ娘だ。ファンも多いし、私には今なお、眩しい光を放っているように見える。 それだけに、怖い。そんな憧れの光が挑戦によって打ち砕かれ、人々から後ろ指をさされないかが。 「お前、性格荒っぽいくせに時々卑屈すぎるよ、ロレーヌ」 「ぴっ?!」 ピンッ、と額をを指で弾かれた。いたた、とそこを抑えると、ラヴちゃんはまた、ははは、と笑った。 ラヴちゃんはいつも笑っている。レースで負ければ勿論悔しそうだけれど、しばらくすればカラッとして次を見据える。

6 22/02/21(月)00:39:25 No.899486606

私たちの眼前でいつもと変わらず寄せては返す波が、少しラヴちゃんと重なって見えた。 どうして、そんなに強くいられるのでしょうか。 どうして、そんなに目を輝かせていられるのでしょうか。 そんな私の複雑な思いは、とっくに見透かされていたようだった。 「あたしさ、みんなみんな、大好きなんだ。愛してるんだよ」 この名前が語ってくれるようにさ、とラヴちゃんは言う。 「ファンのことは大好きだ。家族や友だちも勿論。トレーナーのことだっていつもうぜえなって思ってるけど、アレはアレであたしらのために必死になってくれてる。大好きだぜ」 「なら、もっと優しくすればいいのに」 私は性格が悪いからトレーナーとかにはきつく当たるけれど。 「なんか、誰かにだけ優しくしたりするのって不公平な気がしてな。ファンみんなに一人残らず平等に接してやれるわけでもないし」 そんな言葉を聞いて、つい口をついて想いが漏れ出してしまった。 「じゃあ、どうして私にはいつも……」 しまった、と思った。こんなこと人に聞くものじゃない。それに、もしこれで愛想笑いや社交辞令のような言葉を返されたら、私の、彼女への友情や憧れは――。

7 22/02/21(月)00:40:17 No.899486872

「あっはっはっは! そんな怯えた顔でビビるなって!」 でも、私の危惧は杞憂だった。ラヴちゃんは、いつものように笑ってくれた。 「一番のマブダチなんだから当たり前だろ? そりゃ家族にだって愛想はいいぜ」 そう言いながらひとしきり笑っていたのが、数秒後にぴたりと止まって。ラヴちゃんは顔を青くしてこちらを見た。 「……待てよ、ロレーヌ、まさかこの友情一方通行とかじゃ……」 「……」 「おい待て、待ってくれよ! 何だその沈黙!?」 「……どっちだと思います?」 「お前時々卑屈だけど時々意地悪だよなあ! 頼むから言ってくれって!」 「ふふ、一番の親友ですよ」 そう答えてから、私は拳を差し出す。ラヴちゃんは安堵の息を吐いてから、やれやれ、といった表情で拳を合わせた。 再び、二人で海を見つめる。 ラヴちゃんはどこへ、どんな想いを馳せているのだろう。もうすぐ向かうドバイだろうか。それともこの国から最も近い香港だろうか。まさか、芝の王者を目指す者がひしめく欧州? そこで勝つ自分をイメージしているのか。それともそれより手前の、好敵手たちとの激戦を思い浮かべているのだろうか。

8 22/02/21(月)00:40:55 No.899487072

「曾祖母ちゃんはさ、あっちですげえウマ娘だったらしいんだ」 「海の向こうで?」 「うん。G1クラスを十勝だってよ」 「す、凄いですね……もうそれ、歴史的なウマ娘じゃないですか」 「そうとも、小さい頃から母ちゃんに何度も聞かされたよ。欧州生まれだけど、米国でも歴史に名を刻んだ凄い人だったんだ、って」 そう語りながら、ラヴちゃんはポケットに手を入れ、ごそごそと何かを探して取り出した。小さな、手のひらサイズの箱。そこから細長い何かを取り出すと、口に咥えて……。 「ら、ラヴちゃん!? 流石にそれは……!!」 「ん? これココアシガレットだぞ?」 「っ……あーもう!」 私はやり場のないむしゃくしゃを拳に込めて、ラヴちゃんの太ももを突いた。あうち、と冗談交じりな呻き声が聞こえた。 「はっは、こういう話をするとき、雰囲気あるだろ?」 「びっくりするからやめてくださいよ!」 「信用されてないなあ」 「私たち気性難ズを信用してる人の方が少ないですよ」 違いない、とラヴちゃんは笑いが収まらないようだった。

9 22/02/21(月)00:42:28 No.899487566

ひとしきり笑ったあと、ラヴちゃんは水平線の彼方へ視線を向けた。そこから立ち昇る光は先程よりとても強く、僅かに赤い太陽の輪郭の一部が見えるような気がした。 「もしかしたら、曾祖母ちゃんが呼んでるのかもしれないな」 「え……?」 ラヴちゃんはココアシガレットを咥えたまま、その右手を前へと掲げて。人差し指で、水平線の向こうに見えているであろう、開拓の大陸を指さした。 「だからあたしは、あそこへ行くんだ」 「……あそこって、まさか……!?」 ドバイでも、香港でも、ましてやトレセン生が時折人生をかけて挑む、欧州ですらなく。 ずっとずっと、海の彼方を見つめてきたラヴちゃんの目に映っていたのは。 「あたしは、行くよ。曾祖母ちゃんが待ってる米国、ブリーダーズカップへ」 「そんなの……!?」 私はいつもの、勝てるよ、頑張って、という言葉を口にできなかった。 米国、ブリーダーズカップ。 仏国の凱旋門賞とも双璧をなす――ある意味ではそれ以上に高く、越えられないと言われている壁。各分野最強のウマ娘を決める、王者決定戦。この国から挑戦し、戴冠したウマ娘は、一人としていない。

10 22/02/21(月)00:43:06 No.899487761

この私でさえも。頭を過ぎった直後に自らを殴りたくなったけれど。とてもじゃないけれど、ラヴちゃんが先頭で駆け抜ける姿は、浮かばなかった。 「ま、そうなるよな」 そんな私の心を、ラヴちゃんは見透かす。 「あたし自身、何言ってんだろな、と思うよ。こんな負け続きなのにな」 「なら……」 「でもな」 ラヴちゃんは笑っていなかった。その目は真っ直ぐ、ここから見えない彼の地を見据えていて。その顔は、オークスを蹂躙する直前に、全てを越えてやると叫んだときと同じで。 「多分、あたしは今年がピークなんだ。感覚で分かる。去年は魂を充電するための時間だった。今年、あたしは全てを使い切る」 波が押し寄せる。先程よりも徐々に強まっており、時折少しの飛沫が私たちまで飛んでくる。 少しずつ、景色がスローになっていく。浮世絵が描かれたときはこんな感じだったのだろうか。見つめていたら、波が止まって、固まったようにも見えた。 その次の瞬間だった。 「あっ!」 私は立ち上がって手を伸ばしたけれど、その手は届かず。ラヴちゃんは、海に向かって走り出した。

11 22/02/21(月)00:43:34 No.899487904

口から落ちたココアシガレットが、私の足元に転がる。腰から下が海に染まるのも厭わず、ラヴちゃんは二本の足で立って駆けることができる限り、深い青の世界へと飛び込んでいく。 そして、あのオークスの日と同じように、水平線の彼方へと向かって。 「あたしは! 走るんだ!」 額のサングラスが落ちて、海面を漂う。 「あたしは! 勝つんだ!」 その短い髪にも、彼の地から届いたかもしれない水がかかる。 「あたしが! 勝鬨をあげてやる!」 その後ろ姿は、初めて会ったとき、私が憧れた英雄の形。何を目指し、どこへ走ればいいか分からなかった私を導いてくれた、救世主の勇姿。

12 22/02/21(月)00:43:53 No.899488005

「世界よ! 歴史よ! あたしを見つけてみろ!!」 その咆哮を聞きながら。私はどうしてか、涙が止まらなかった。 私はもう、ラヴちゃんの暗い未来が何一つ見えなくなっていた。 勝つ? 負ける? そんなこと、私は神様じゃないから分からない。世界中から強者が集まる場所で、彼女がどれだけ走れるかも分からない。 でも、私は唯一つだけ、確信できた。きっとそのとき、ラヴちゃんは、他の何よりも、眩く輝いているって。 「なあ、ロレーヌ」 ラヴちゃんは再び私へ向き直って、優しい笑顔を浮かべていた。私の涙には触れない。理由も聞かない。手を伸ばして、その先端で拳を握りしめて、ただ、一言。 「一緒に来てくれるか?」 私は浜辺に立ち尽くしたまま、涙を拭うこともせず、同じように手を伸ばした。 でも、なかなか拳を握ることができない。 一緒についていって、私に何ができるでしょうか。 どこにでもいるウマ娘の私が、目の前の英雄のために、何かしてあげられるのでしょうか。

13 22/02/21(月)00:44:20 No.899488153

「深く考えるなよ、ロレーヌ」 ラヴちゃんは、ニカッと笑った。その笑顔に私は、いつも救われてきた。 負けて悔しいときも。 思い詰めて泣いたときも。 思うようにタイムが出ないときも。 自分が走っている意味は、成し遂げたいことは、一体何なのだろうと道に迷っていたときも。 いつも、いつでも。ラヴちゃんはその笑顔で、私のことをどこかへ連れて行ってくれた。 「お前に隣にいて欲しいんだよ。どんな形であっても構わない。ただ、あたしが何かを成し遂げるとき、一番近くで見ていてほしい」 ラヴちゃんは、私を格下だとかそんなことは、何も考えてはいない。一人の、一番の親友として、私のそばにいてくれた。そんなラヴちゃんが眩しすぎて、私は直視できなかった。 だから、せめて伸ばした手だけは下げないように。拳を握る勇気はないけれど、せめてこの開いた手のひらが届くといいな、と。

14 <a href="mailto:おしまい">22/02/21(月)00:44:38</a> [おしまい] No.899488242

「ずっと一番近くで見てますから、ラヴちゃんのことを」 「頼むよ、親友」 例え、あなたのように前へ進むことができなくても、その影をいつまでも支えますから。 例え、私の未来が暗いものだったとしても。 私は手を下げると踵を返して、合宿所の方へと戻っていった。

15 22/02/21(月)00:44:59 No.899488347

最近教えてもらった歌なんだけど聴いた瞬間ラヴちゃんマルちゃんで脳内埋められて涙が止まらなくなったのでお出しする 幻覚初めてなのと普段幻覚スレ出勤してないから既存幻覚と乖離があったらごめんね…

16 22/02/21(月)00:45:05 No.899488383

ラヴマルいい…

17 22/02/21(月)00:47:34 No.899489137

モーメントオブザイヤー来たな…

18 22/02/21(月)00:48:22 No.899489400

最強牝馬世代いいぞ

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