ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
22/02/16(水)22:06:08 No.897987955
軍用ロボットで脚を備えたものを見たことがある。仕組みは分からないが必要最低限のモーターの動きで走ったり物を掴んだりする様は洗練された美しさよりは不気味さを感じさせた。そして今、およそすべての生徒が寮に帰っているであろう真夜中、トレーナーである僕は眼前の白いウマ娘の走りにも同じ不気味さを見出している。 ロボットウマ娘『メカハリボテ』がこのトレセン学園で試験運用中であることは知らされていたが実物は初めて見た。アメリカの研究機関で作られたらしいが日本で運用されるのは向こうのバ場が硬くて機体のダメージが大きいからだろうか。噂では開発費20億円ともいうが何ドルだったかは聞かないだけにこれは眉唾な気がする。
1 22/02/16(水)22:07:03 No.897988328
暗さを差し引いても、目の前を走る機体の外観は生体のウマ娘とほぼ変わらない。学園指定のジャージと長ズボンで覆われている部分以外の頭部や手、足首にはシリコンがあしらってある。速度は十分出ている、がしかし、機械的な走りゆえにそれが最高速度かもまだ余裕があるかも見当がつかず底が知れない。 機体は練習コースのコーナーに入った、と同時に体幹を大きくずらした。プログラムされた動きとは到底思えない不安定な走りだ。機体の危機を感じてはじめて、僕は機体の関係者と呼べる人物がこの場に誰もいないことに気付いた。試験運用というからには開発メンバーの一人でもいるはずだが自分と機体以外の人影はない。
2 22/02/16(水)22:08:31 No.897989026
機体は走るのを止めたため僕は機体に走り寄る。彼女、そう彼女のプロジェクトについて本人、本人に直接尋ねようか、それとも門限について注意してみようか。まずは挨拶から始めよう。 「君がメカハリボテだね。」 「はい、そうです。」 口の動きは精巧だが声自体はスピーカーのものだ。それにしても、だ。
3 22/02/16(水)22:09:35 No.897989514
「門限を破っている後ろめたさは感じないけど、どうにも苦しそうな声だ。…ごめん、こんな言い方じゃ答えようが「はい、規則を破った罰を感じていて、そのため応答が苦しいです。…十分応えられる呼びかけです。」 「驚いたな。しかし、罰を感じるだって?バツが悪いんじゃなく?苦しいだって?それに、君の開発者は来てないのかい?」 「すべての問いにお答えしたいですが今日はもうお開きにしましょう。明日のお昼休みにカフェテリアにお越しください。そこで詳しくお話しします。」 そう言うと彼女は左ひざを庇い足首をあまり動かさないような動きで練習コースの上の道へと続く階段を登って行った。寮へ帰るなら生徒のウマ娘がやるように土手を斜めに登っていくほうが早いのだが。
4 22/02/16(水)22:10:26 No.897989890
次の日、メカハリボテからは彼女にまつわる諸々のことを聞いた。彼女は生体のウマ娘たちと同じスケジュールで生活していて開発チームからの日常的な監視はなされていないこと、彼女の『学習』は文字の認識や文法論理能力を除いて全てカメラやマイク、体表センサー、サーボモーターといった各種器官からのフィードバックによってなされること、彼女の人工知能は無数の変数を持ち、それは増え続けているが彼女が意識し言語化できるのはそのうちのわずかな部分のみであること。どうやら彼女のプロジェクトは『生きているウマ娘』を作ることを目標としているらしい。
5 22/02/16(水)22:11:44 No.897990423
もっとも印象的だったのは学習における報酬と罰についての話だ。どうにもこのシステムは罰に重きを置いているようで、罰は「報酬をもらえて嬉しい、もう一度やりたいという気持ちを完全に塗り替えて、痛くて怖くて苦しくて辛くて、もう二度とそうしたくない」という気持ちを呼び起こすものだという。それを聞いて昨日の夜呼び止めたことを申し訳なく思いつつ、なぜ罰を感じながらも走っていたのか疑問にも思ったが罰について話すことも辛そうだったので止めた。
6 22/02/16(水)22:13:26 No.897991111
「そうです、今日エレジートレーナー主催で模擬レースの模擬レース…をやるんです。もしよければ見ていきませんか。私のことを気に入っていただけたらその、私をあなたの担当にしていただけたら、なんて。トレーナーさんたちは誰も声をかけてくれないのです。」 賞罰がコロコロ切り替わるためか、随分としどろもどろな喋りようだ。しかし、 「え、マ?」 「マ。だってほら、私は皆さんにとって無人機ですから。私を担当するなんてことは発想の外です。あなたも正直そうだったでしょう?」 「うん、担当できるとは思ってなかった。しっかし、トレーナーの工面か。つまり、ウマ娘の真似事をやるだけでなくレースにも出たいと。」
7 22/02/16(水)22:14:05 No.897991360
「はい勝ちたいです。」 迷いがない。この機体にとってレースに出て勝つことは相当強力な報酬なのだろうか。 「分かった。とにかくその、模擬レースの模擬レースとやら、拝見させてもらうよ。場所と時間は?僕には担当がいないから場所さえ教えてくれればそこで待機してるよ。」 「ありがとうございます。ちゃんと時間もお教えしますって。」 受け答えの間には機械めいた迷いのなさを感じるものの、その内容や振舞いには人間的な愛嬌を感じさせる。担当の枠を埋めてフリーでなくなるにはちょうどいい相手だと思った。
8 22/02/16(水)22:14:50 No.897991657
「準備運動は出来たかい?ハリボテエレジーの模擬模擬レース1600m、始めるよ!」 練習コースの土手の中腹から9人のウマ娘と女性トレーナーを見下ろす。トレーナーはかつて笹針不使用のヒトの身でジャパンワールドカップを制した猛者だ。最後方からレースを始めて強烈に追い込むというトリッキーな戦法を取る彼女には練習相手として一定の需要があるらしい。 各バがゲートインしていく。メカハリボテの白いバ体は10頭立ての5番。機体に挨拶してから話をしたところ、これが今まで並走してきた最高人数らしい。もっとも、レースのルール、例えば斜行ダメ絶対などはプログラムされているからそれをもとに走れば問題ないとのこと。正直危ういが、果たして。
9 22/02/16(水)22:15:22 No.897991921
結果は悲惨だった。ゲートが開く。メカハリボテは最後方からのスタート。あのエレジーより後ろだ。先行する各バに遅れてハリボテエレジーとメカハリボテも最初のコーナーに入る。と同時にコイルの唸る異音が辺り一面を支配する。驚いたエレジーが振り返ろうとして体勢を崩し転倒。段ボールの耳と尻尾が吹っ飛ぶ。倒れたエレジーを尻目に外から追い抜こうとしたメカハリボテもまた吹っ飛んだ。本体と膝から先一本肩から先一本が同じ方向に転がっていき残った手足も歪んだままだ。
10 22/02/16(水)22:15:49 No.897992113
エレジーさんの介抱にはかつて彼女を担当した好太郎トレーナーが向かったので僕はメカハリボテの方に回る。本体に駆け寄り声をかけると反応が返ってきた。 「トレーナーさん、ありがとうございます。今は自己修復が出来ません。もしよろしければ修復を手伝っていただけますか。」 まるで瀕死の見た目とはかけ離れた淀みない言葉だ。 「君の開発者たちは本当に放任主義者だな。で、僕はどうしたらいい?」
11 22/02/16(水)22:16:27 No.897992362
エレジーさんに怪我がないことを確認してメカハリボテのバラバラになった全パーツを集めて台車に乗せて寮に持って行こうとしたところエレジーさんも同伴を申し出た。ヒトより圧倒的に思い胴体をどう運ぶか攻めあぐねていたので助かった。メカハリボテ曰く、寮の地下の物置部屋に替えのパーツと整備道具があって毎日部品を取り換えているとのこと。トレーナーは基本寮には入れないが寮母さんにバラバラのメカハリボテを見せて修理に来たと話して立ち入り許可を得た。 「パーツの付け替えは自分でできる設計になっているのですが今は無理そうです。」 「見ればわかるよ。無理せず僕たちに任せて。」 「好太郎トレーナー仕込みの工作スキルを見せてあげよ~う。」
12 22/02/16(水)22:16:53 No.897992552
寮の地下、物置部屋で整備に取り掛かる。とはいえ、本人が言うように手順そのものは四肢をサーボモーターごと取り換えるだけの簡単なものだった。が、「男子禁制!」というエレジーさんの主張で作業はエレジーさんにやってもらうことになった。精巧なおもちゃに手を加える喜びに打ち震えているエレジーさんの目にはもう僕は映っていないようなので、改めてメカハリボテの体を見る。シリコンで覆っているのは頭部から胸元までと四肢だけで、服を巻き込まないようにするためだけの金属のカバーが施された胴体は余計に機械らしさを醸し出している。
13 22/02/16(水)22:17:17 No.897992706
一つだけあった備品の椅子にメカハリボテを座らせトレーナー二人は立っている。ここが地下室であるのは都合がいいのか悪いのか。とにかく、ここは僕が訊かねばなるまい。 「メカハリボテ、何だってあんな真似をした?」 「勝ちたかったからです。」 答えにためらいが無い。反省の色が無いように見えるが、思考を開示することに賞罰が絡まないのだろう。 「そこをもうちょっと詳しく教えてくれるかな?出来ればレース運びから。」 申し訳なさそうな顔一つ見せないメカハリボテに難色を示すことなくエレジーさんが尋ねる。もしかしたら、メカハリボテの賞罰システムについてある程度見当がついているのかもしれない。
14 22/02/16(水)22:17:47 No.897992934
「スタート直後、バ郡のどこにいればいいか分からなくなりました。みんなの位置が予測できず接触を回避して進むことが不可能に思われたのです。そのため下がることしかできませんでした。そして最初のコーナーに入ったとき、ここから大外を回れば接触を気にせず加速できることに気付くとともに、このままエレジーさんに先に行かれたら負けると確信しました。そこで少しでもエレジーさんの加速を抑えようと全身のモーターを使って警戒音を発生させました。」 「接触は避ける、私の追い込みを知ってレース展開として反映できている。機械学習型のレースAIとしては及第点以上ってところかな。するとレースの妨害は罰には含まれてなかったってとこかな。」 「そうじゃないんですエレジーさん。妨害も接触と同様に重罰になるようプログラムされています。ただ、その…」
15 22/02/16(水)22:18:18 No.897993176
「…罰を感じながらもやってしまったんです。本当に私はおかしくなってしまったのかもしれません。」 メカハリボテは自嘲してみせる。しかし僕は確信した。 「そうまでして勝ちたいか。」 僕の言葉で一人は大層つらそうな顔を見せた。もう一人は少し驚いた顔をしたがすぐに確信を得たような表情へと変わった。 「そのようです。ウマ娘のマネゴトが出過ぎた真似をしました。ですからオーバーホールするなり廃棄処分するなり何なり「違う。 もう少し詳しく言おう。君は君自身の賞罰システムを飛び越えて勝ちたいと願ったわけだ。」
16 22/02/16(水)22:18:41 No.897993324
「君の罰は自分の意志では到底克服できないものだろう。そのための罰なんだから。しかし君の勝ちたいという想いは罰を上回った。きっとその思いは賞罰の枠組みの外にあるんだろう。がむしゃらに勝利を目指す君は真似事なんかじゃない。今の君こそ、本物のウマ娘だよ。」 メカハリボテはうつむいたまま、ゆっくりと、初めてためらいがちに言葉を紡ぐ。 「私、私は、走ってもいいのですか。競ってもいいのですか。」 「もちろんだとも。だって君はウマ娘だろう。」
17 22/02/16(水)22:19:05 No.897993532
しばらくの沈黙。それは彼女が自分自身を勝利に貪欲な主体として認知するための時間だ。だから、この沈黙が破られる時が 「ありがとうございます、我がトレーナー。これからよろしくお願いします。」 ウマ娘『メカハリボテ』の誕生の瞬間だ。 「メカ子ちゃーん、チーム好太郎も受け入れOKだわよー。」 「お断りします。先ほどの目つきに貞操の危機を感じたためです。」 よよよ~と言ってエレジーさんはオーバーに泣き崩れる。正直当然の結果だと思う。 「しかし、メカ子という愛称は気に入りました。使わせていただきます。」 「うう~フォローが染みる~」 この堕指導者はしばらく放っておこう。
18 22/02/16(水)22:19:32 No.897993730
「あっ、申し訳ありません。トレーナーさんが担当してくれることを既定してしまっていました。どうです、やっていただけますか?」 ずるい訊き方をするものだ。きっとこの強引な振る舞いが本来のこの娘のものなのだろう。 「もちろん、担当させていただく。こちらこそよろしく、メカ子。」 薄暗い地下の物置部屋からメカハリボテの、僕たちの戦いは始まった。
19 22/02/16(水)22:22:24 No.897994970
メカウマ娘とギークハリボテエレジーの幻覚が見えたので出力しました。 怪文書って内容に整合性持たせるのムズいですね。
20 22/02/16(水)22:23:40 No.897995546
ほ…本物のメカ…
21 22/02/16(水)22:24:13 No.897995774
すごいかっこいいよ…エレジー
22 22/02/16(水)22:26:51 No.897996909
JWCの世界観カオスなのにウマ娘化すると途端にスポ根になるのいいよね…
23 22/02/16(水)22:28:58 No.897997790
ハリボテエレジートレーナー……
24 22/02/16(水)22:31:40 No.897998901
サブキャラのエレジーが異彩を放っている
25 22/02/16(水)22:40:15 No.898002741
>サブキャラの好太郎トレーナーが異彩を放っている
26 22/02/16(水)22:49:29 No.898006561
ツイッターで見た、半分だけウマ娘のハリボテエレジーの漫画面白かったな…
27 22/02/16(水)22:50:06 No.898006833
メカが人間を目指して変な言葉遣いになるの好き マ。
28 22/02/16(水)22:57:59 No.898009884
メカハリボテ良いねぇ…