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22/01/27(木)23:24:25 「時季... のスレッド詳細

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22/01/27(木)23:24:25 No.891217913

「時季外れじゃないッスか?」 思わずそんな言葉が漏れる。プレハブ小屋のこたつで、練習前の栄養補給…という名目のおやつを、二人で食べながら 「最近目撃談が増えてるみたいプイ。ただの噂なら、生徒会にまで上がらないと思うプイ。あ、このマフィン美味しいプイ」 「ああ、それ姐御に教わったんス。胡桃砕いて入れて…って、生徒会にまでいってるんスか?」 「議題に上がったくらいらしいプイ。生徒の士気に目に見えて影響が出てるって」 レースだったり所用だったりで自分とこの人しかいない今日、話題に上ったのはまさかの怪談話だった 実際耳に入ってはいた。しかし、そんな大事になってるなんてのは初耳だ 内容としては至極単純なもので、どこにでもありふれたものなのだが…

1 22/01/27(木)23:24:38 No.891217999

「【学園敷地内で誰かと二人きりの時、片方が幽霊にすり替わってる】…捻りないッスね」 「そんな凝ったのよりはマシだと思うプイ」 「ま、それは確かに。でも、危害加えられたとかそういう話はないんスよね?」 「らしいプイ。ただすり替わってて、何かのはずみでふと姿を消すって」 「迷惑なのか無害なのかわからないッスね」 だが、そういう話が苦手な子が多いのは事実なのだ どこぞのアイルランドの留学生と仲のいい見た目チンピラ中身データ狂いのウマ娘が自室にロジカル籠城し始めてお姫さんが困ってるとか言う話まである この話で肝なのは、場所が指定されていない事だろう 怪談は割と条件がキッチリ設定されていることが多い。音楽室のピアノだったり、理科室の人体模型だったり、何階のトイレだったり これは逆に言ってしまえば、怖いと思うのであればそこに近寄らないという手段が取れるともいえる。君子危うきに近寄らず。触らぬ神に祟りなし なのにこの怪談はそれすら許さない。「誰かと二人きり」という緩すぎる条件が、日常生活の中で頻出し脳裏によぎることになる

2 22/01/27(木)23:24:48 No.891218052

「こっちだと誰か怖がってたプイ?」 「外のアレ、見たッスか?」 「あの壊れた本棚プイ?」 「半狂乱になったエールちゃんの職人技ッス」 「うわぁ」 …普段なら必死にブレーキ踏み込んでくれるポジションのソングラインちゃんも半狂乱だったし、それは仕方ない あの子達こういう手の話は全然駄目らしくて姉貴ですら止められなかった。最終的に姐御が抱き寄せて頭撫でまくって必死に宥めてたし そういう点では実害があるといえなくもないのかもしれない。割と勘弁してほしいのは事実だし、これがレース直前とかだと洒落にもならない 「聞く限り不審者案件でもなさそうッスもんね。もしそうだったらとっくに解決してるでしょうし」 「どういうことプイ?」 「姉貴の前にでも出たりしたら終わりってことッス」 「ああ、物理プイ…」

3 22/01/27(木)23:25:10 No.891218186

殴れるなら、殴って終わらせる。それを実行する手合いの前に現れてしまえばそれはもうそういうことだ 「でもそれ言うなら…」 「なんでこっち見るんスか。ウチは物静かな普通のウマ娘ッス」 「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!」 「おるぱーんち」 おでこにゴチン。プキュッと変な声 全く人を気性難みたいに。冷め始めたコーヒーを適当に飲んで、皿を持って立つ。向こうももう食べ終わってココアも飲んだみたいだし 「さて、阿呆なこと言ってないで練習するッスよ」 「うう、おでこ凹んだ気がするプイ」 「軽くこつんしたくらいで何言ってるんスか」

4 22/01/27(木)23:25:20 No.891218229

二人そろって流し台に皿を置きに行き、軽くこたつの天板を拭いて出る準備を整える 「ま、今日は二人ですしできることも限られるッスから基本的な…」 そこまで言って、一息つく 「どうしたプイ?」 「いやぁ…なんか、もう違和感なくなってきたなぁと…」 「プイ??」 同じチームで練習することに違和感を覚えなくなってきたのは、慣れか、諦めなのだろうか

5 22/01/27(木)23:25:35 No.891218323

● 「プッキュ~、痛いプイ~」 「ほら、しっかり柔軟やっとかないと後が怖いッスから」 前屈を補助するのに背中を押しながら、いくつかさっきの話を考える あの怪談が語られるようになってから時々耳にも入るようになったが、話を聞けば割と無害なものだとも思えてくる (一つ。誰かと二人きりの状況で、その片方が実は別の何か…まぁ幽霊か。それにすり替わっている) ドッペルゲンガー、だったか。それと似ている部分かもしれない。ただあれは確かふと街中などで目撃されるというものが多かった気がするし、自分のドッペルゲンガーを見たら死ぬとかいう剣呑な属性も含んでいるから今回とは違うだろう。なぜなら、 (二つ。決してそれは危害を加えない。第三者が現れるか、ふと目を離したときに消えている)

6 22/01/27(木)23:25:57 No.891218458

と、いうことだ。この怪談で、襲われたとか追われたとかそういったことは一切報告されていない まぁもしも危害が加えられるようなことがあればもっと大々的に広まって生徒会どころか学園側もとっくに声明を出して動いているだろう そうでないからこそ、今生徒化に話がいった段階で済んでいるのだ。この学園は、ウマ娘を傷つけるものには容赦しないから 「プイ~。なんかもう疲れた気がするプイ」 「何言ってんスか…ほら、軽くランニングして体温めるッスよ」

7 22/01/27(木)23:26:13 No.891218552

へにゃっとした顔で垂れてるけど、まだ始まったばかりだ …そういえば。あの怪談にはもう一つ、よく聞く話があったのを思い出す 「んー、やっぱり風が冷たいプイ」 「だからしっかり温めておかないと怪我するッスよ」 確か、そう… (その幽霊の、姿は…)

8 22/01/27(木)23:26:26 No.891218637

● 「大分、体も温まったッスね」 「このままだと汗で冷えて風邪ひきそうなくらいプイ」 ある程度ランニングをこなし、その後何本かダッシュ。その後、短時間の併走を行って体も十分温まってきた しかし、どうしたものか。さっきも話した通り、今日はたった二人だけ。…というか、本来のチームの所属は自分だけ この少人数では練習を行おうにも、どうしたって限界が出てくる。あまり本格的な練習はできないが… せめて、エールちゃんかソングラインちゃん、そのどっちかでもいれば他にも色々できたのだが 「どうするッスかね。まだ時間もあるし体力も余りすぎるくらいですし」 「んー……じゃあ、一つお願いがあるプイ」 「はいはい、なんスか。監督役もいないし、あんまり無茶言わないでくださいッスよ?」

9 22/01/27(木)23:26:39 No.891218732

体を冷やさないよう、体を伸ばして軽く動きつつ今後の相談 休憩するにしてもまだ早すぎるし、流石にもう少しくらいは動いておきたい。これでもウマ娘、走る事への欲求はそれなりに強いし、体が温まればもっと動いておきたくなるものだ マスクをとって、しっかりと深く息を吸い込む。冷たい空気が喉をひんやりと通り抜け、肺を満たしていく心地よさ そして、急かさずに待っていた提案は、背中越しにようやく投げかけられた 「走ろう?」 すぐに、言葉が出なかった。準備はしていたはずなんだけど もう一度深く、深く息を吸い込んで…その冷たさで、頭を静めるようにして 再度吐きだしたそれは、深い……深いため息だった

10 22/01/27(木)23:26:58 No.891218840

「全力で、ッスか?」 「うん。全力で」 「本気ッスか?」 「うん。本気」 「……それでいいんスね?」 「うん。いい」 気付かぬ間に眉間に寄っていた皺を指で押さえ目を閉じる ああ、まったくもって…本当に、変な一日になってしまったものだ 「いいッスよ」

11 22/01/27(木)23:27:13 No.891218929

脇に置いておいたドリンクとナップザック、そこからマスクケースを取り出して 外したマスクを、静かに仕舞いこんで ああ…今、どんな顔になってしまっているんだろうか 「やりましょっか。正真正銘、全力で」 「距離、そっちに任せるプイ」 風が鋭さを覚えるほどの冷たさでふわりと吹き抜ける ああ、まったくもう。こんなことになるくらいならもっと、もう少しくらい準備させろっていうんだ 普段からは考えられないほどに、異様なまでに静かなその学園の空気が…好きに、なれなかった

12 22/01/27(木)23:27:28 No.891219017

● そこから先の言葉幾つかは、もうその後になっても思い出せないものになった あれこれ考えながらで申し訳ないとは思うが、こっちだって思うことくらいある そして、簡易的な模擬レース位ならできるそのコース…そこに、気づいた時には二人立っていた あれからここに来るまで、ただの一度もお互いの顔を見ることのないままに 二人、走り出す準備はすでに整ってしまった 「一回だけ、ッスよ」 「うん。一回だけプイ」 「本気の本気、でいいんスね?」

13 22/01/27(木)23:27:42 No.891219116

ん、と聞こえた気がした。いいということ、なんだろう 体は十分に温まっている。バ場の状況も悪くない。風も強くないし、雨の気配もない。多少、寒いけど これなら全力でいけるはずだ。文句なし、今このコースにおいて自分が出せる本当の全力を 「内緒ッスよ?トレーナーもいないところで本気のレースとか、後で何言われるかわかったもんじゃないんで」 久しぶりの問題児やっちゃったなぁ…なんて思っていると、その言葉には反応が返ってこない ………少し、意地悪だったのは認める。若干バツ悪く、ゲートの代わりのラインに立つ 無言のまま、隣に並ばれる。ああ、やるんだな 「合図どうするプイ?」 「んー………あ。ちょうどいいもんが。これ、思いっきり後ろにブン投げますんで。落ちた音がしたら、出走ってことで」

14 22/01/27(木)23:27:52 No.891219172

誰かがコース上からどかしておいたのか、拳より少し小さい位の石。一度落としてみれば、ちゃんと音もする いつもの出走とは比べ物にならないが、それでもウマ娘の耳ならば聞き逃すことなどあり得ないだろう 「ん。じゃあ…走ろ?」 「はい。…走りましょ」 地王安全を確認してから 後ろ手に、思いっきり高く、後ろへ放られる石ころ。瞬間、二人して整う出走姿勢 石ころが地面に落ちるまでの時間が。その時までの間が、異様なまでに長く感じられて ガサリッと。音がした瞬間

15 22/01/27(木)23:28:05 No.891219245

ウチらは、声も無く、ただ全力で地面を蹴り抜いた 負けないから、と 聞こえたような、聞こえなかったような。そんな気がしたけれど 脚は決して。その速度を、緩めることなく 腕の振りは、自身にもっとも合ったペースと幅で 久しぶり過ぎる最初からのマスク無しは、さっさとその熱を燃やし尽くせと急かすように燃料となる酸素を送り込んでくる (ああ、なんか。こんな静かなレースは、初めてかもしれないッスね) 歓声もない。応援もない どころか、人の気配一つない静かなレースだ ウマ娘はみんな、大歓声の中で栄光を掴み取るために日々足掻き続けるものだ。こんな静寂の中での全力なんて、どこの誰が、何人経験したことがあるのやら 本当に静かだ まるで…そう、まるで

16 22/01/27(木)23:28:22 No.891219354

(……もう、ッスか) 誰一人、自分に拮抗する事すらできずに 圧倒的な大差をつけてしまっているかのような (いいッスよ。全力って約束は、ちゃんと果たしますんで。だから、そっちも) 一切、気を抜くことはしない。G1の舞台もかくやと走り続け、コース取りからペース配分まで自分自身のそのベストを魅せていく そう、魅せていく (そっちも、目、離すなッス。最後まで…ちゃんと、見やがれッスよ)

17 22/01/27(木)23:28:38 No.891219442

いつまでたっても、その気配は自分に近づくことはなく タイムなんて計ってないけど、もしかしたらこの距離の自己ベストに近いかもしれないくらい、そのくらい誇れるくらいの全力のまま 「………勝ち」 その決着の一線を、お先にと駆け抜けた

18 22/01/27(木)23:29:00 No.891219562

● 「………負けちゃったプーイ」 「………勝っちゃったッス」 決着から、数分、いや十分は経ったか。 芝生に座りこんだ自分の背中越しに、息を整え終わったのか敗北宣言 ただ、悔しさは兎も角………まったくもう 嬉しそうな声色しちゃってまぁ 「いつから?」 「最初から。プレハブに来て、コタツでミカン食べてるの見た時からッス」 「あー……ごめんね。ご馳走さま。マフィンも、すっごく美味しかったプイ」 「そりゃどうも。せっかくなんだし、もう少しおかわり要求してもよかったんスよ?」 「それは、正直そうしたかったけど。そこまでしたら流石にちょっとズルいかな、って」

19 22/01/27(木)23:29:12 No.891219630

マスク越しじゃない、深いため息。今日だけで一体何度目なんだろうか 「満足ッスか?」 「うん。満足。もう、大丈夫」 「後悔も未練も?」 「無い、は嘘になるかな。でも、うん。もう大丈夫」 本人がそう言ってるなら………ま、いいだろう 「なら………よかったッス」 まだ、どちらも。あれからずっと振り返らないままだ ただ、声だけでも。なんとなくわかるものって意外と多いから

20 22/01/27(木)23:29:23 No.891219695

「下手くそッスもんね。ずっとこの状況に持ち込みたかったんでしょうけど、すぐにミスして失敗してたんじゃないッスか?」 「うん。だから、本当にありがとう。付き合ってくれて」 「このくらいなら別にいいッスよ。………あと、何本かでも」 「…ほんと、本当にありがとう。でもやめとく。そしたら多分、欲が出る」 だろうな、と でも、やりたいと言われたならきっと、自分は仕方ないなんて言いながら付き合ったんだろう 「やっぱり、すっごく強かったね。あんなに速いなんて」 「でも全力出せたでしょ?」 「うん。………最後に一つだけ、いい?」 「なんスか?マフィンならまだあるッスよ」 「それも嬉しいけど……一個だけ聞かせて」

21 22/01/27(木)23:29:36 No.891219780

背中の気配が、こっちに向き直ったのを感じる。ああ、やっとこっち見たか 「なんでわかったの?」 「……言ったでしょ、下手くそだって。もっとも、それ以前の問題なんスけどね」 こっちとしては、当たり前すぎるくらいに当たり前のことだ だから今更言う必要もないなんて思ってたんだけど……恥ずかしい事言わせやがって、この 「今更間違えられるほど、あの人との付き合いも浅いもんじゃないんスよ」 どれだけお世話してきたと思ってるんだ、とまでは言わないけど それこそ、どれだけ似てようと間違えようがない。そのくらい………わかってるつもりなんだ、と

22 22/01/27(木)23:30:10 No.891219994

「羨ましいなぁ」 「未練増やしちゃいました?」 「んーん。大丈夫だって。ね、最後に一回だけ。こっち向いて」 仕方ない。立ち上がって芝を払い、あのお願い事から初めて………向き直る なんだ、泣いてるかと思ったのに 「ありがと。ばいばい」 いい笑顔、してるじゃないか 「さよならッス」

23 22/01/27(木)23:30:21 No.891220070

そして、一瞬目を閉じて下を向いて………もう一度顔を上げた時には もうそこには、誰も立っていなかった 最後の最後の笑顔だけ、下手くそなモノマネをやめた不器用な姿は 全力で走れた満足に満ちた笑顔は 何故だか放っておけなくてつい付き合ってしまうあの笑顔は もう、どこにも 「……最後に、マフィンとココアくらい摘まんでいけばよかったのに」 ………そういえば 例の怪談の噂話には、あと一つ。三つめの話があったな、と まったく、とんでもない話だ。これじゃ、早々人に話すこともできやしない

24 22/01/27(木)23:30:43 No.891220224

(三つ。怪談の幽霊は………その相手の、とても親しい者の姿で現れる) ………文句のひとつでも、言ってやればよかった。なんでその姿にしたんだって そんなため息一つつくと、離れた場所のナップザックから何か聞こえてくる 何のことはない、自分の携帯の着信音。それも相当に聞きなれたそれだ はいはい、と駆け寄って手に取り、画面を見れば当然のように表示されたその名前 「はいもしもし?」 『あー!!!やっと出たプイ!!!』 受話ボタンを押して一言いえばそれに被せるようにして響き渡るいつもの声。あ、これ多分着信履歴がエグイ事になってるやつだな? 『プレハブ行ってもいないし他も誰もいないからずーっと探してたプイ!!!どこでなにしてたプイー!!!!!』

25 22/01/27(木)23:30:54 No.891220296

………ほんと、下手くそだったなぁ こんなもん、すぐにわかるってもんだ 「すんませんッス。ちょっとコースまで来てたんで。今戻るッスよ。マフィンとココアで勘弁してくださいッス」 『砂糖マシマシプイ』 「はいはい。じゃ、今から行くんで一度切るッス」 『はーやーくー!!!くーるープーイー!!!!!』 土産話もあるッスよ、と言いかけて迷う。どうしたものか 話すべきか、やめておくべきか。今日、終わりを告げた噂の怪談、その結末を 下手くそなモノマネしてまで、『今』と走りたがったどっかの誰かさんの話を 走りたいって気持ちだけは、あなたにだって負けてなかったッスよ、と

26 22/01/27(木)23:31:05 No.891220369

「じゃ、急ぎますよ。………プイ先輩」 さて、それは帰りながら考えよう きっとどちらにしろ、静かなレースは終わりを告げて これからまた、騒がしい時間になってしまうんだろうから

27 22/01/27(木)23:31:20 No.891220474

以上。珍しい酒を飲んだので舎弟した

28 22/01/27(木)23:34:22 No.891221596

今回はかなり濃い舎弟だな…

29 22/01/27(木)23:35:14 No.891221911

聖剣先輩は幽霊切りそう

30 22/01/27(木)23:35:45 No.891222101

ラスト以外一度もプイ先輩って呼んでない…

31 22/01/27(木)23:36:55 No.891222510

ホラー…かと思ったら爽やかに終わったか

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