22/01/24(月)18:02:09 ふと意... のスレッド詳細
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22/01/24(月)18:02:09 No.890140103
ふと意識を取り戻すと…最初に視界に映ったのは夜闇の中で咲き誇る、絢爛な花々だった。 そこは見覚えのある庭園…王族の人間しか踏み入ることのできない庇護の領域。 その光景を目にし、私はまだ自分が意識など取り戻していないことに気づいた。 なぜならこれは遠い過去の記憶…取り戻すことなど決して叶わない、血塗られた歴史の1ページなのだから。 (夢、か) ここまではっきり『夢の中』であると認識できたのは…おそらく初めてだ。 目の前に広がるのは…200余年も前に過ごした思い出の場所。 私はこの場所に焦がれ、簒奪し…しかしその役目からすらも逃げてしまった。
1 22/01/24(月)18:02:29 No.890140195
思い出したくもない光景を見せつけられつい目を逸らそうとするが、その瞼も、首も、自分のものではないかのように、私の意思に従ってはくれなかった。 ひとりでに動く自制の効かない身体が、まるで初めからそうプログラムされているかのように過去に歩んだ道程をそっくりそのままなぞってゆく。 (…やめろ) その行動に私の意思は介在しない。 これから起こる出来事を知りながら、口先の一つ動かすことすら叶わない。 そのままなんの障害もなく悠々と『彼女』の部屋に入った私は、そのパジャマ姿を見て静かに口角を上げた。 いや、上がったというほうが正しいだろうか。
2 22/01/24(月)18:02:55 No.890140304
(やめろ) 彼女は寝ぼけ眼を擦りながら私に屈託なく笑いかける。 その弛緩し切った柔らかな表情にはなんの邪気も、悪気も感じられない。 その穢れなき小さく儚く美しい器が。 (やめろ) 一雫の悪意で簡単に壊れてしまう、脆い命が。 (やめろ!) これから奪われてしまうということも知らず、彼女は私の懐に飛び込んで来る。 私はそんな彼女を優しく抱き止め…そして───
3 22/01/24(月)18:03:10 No.890140378
その胸元に手を突き立て、一切の躊躇いなく心の臓を抜き取った。 湯とも、炎とも、陽射しとも違う毒々しい温もりが…私の全身を覆っていく。 まるで呪いが身体を侵食するように、ジワジワと私の心に消えないシミを刻み込んでゆく。 (お願いします…やめてください…どうか…) そんな場面を見せつけられた私は、合わせることもできない手に在らん限りの力を込め…祈ることしかできなかった。
4 22/01/24(月)18:03:50 No.890140535
───── 「…はぁぁぁぁぁ」 真の意味で意識を取り戻した私は、顔面に溢れる涙を誤魔化すように盛大にため息をついた。 常人ならばひと月ぶんに及ぶであろう、深い深い失望の嘆息。 しかし私にとってはもはや日課。油断すれば呼吸とため息の区別すらつかなくなりそうなほど日常に根ざした習慣になっていた。 …もちろん、決して褒められたものではない。 「それにしても…ずいぶんとリアルな夢だった…」 力強く握り込んだ掌を開き、心臓ではなくグシャグシャに潰れて丸まった目覚まし時計が入っていることを確認した私は、それを無造作にゴミ箱に放り込んでゆっくりと上体を起こした。 「いや、夢ではないのか…実際に私が体験したことなのだから」
5 22/01/24(月)18:04:11 No.890140635
理解しているはしている。 私がやったこと、私がしてきたこと。 そして、これから私がしなければならないこと。 「…さあ、『授業』の時間だ」 せめてもの罪滅ぼしに、残りの余生を人助けのために使うと決めた。 こんな私の存在を認めてくれた車掌や仲間たちに、私は報いなければならない。 昂り、赤熱した頭髪と魔力回路をなんとか沈め、定位置に掛かった制服に手を伸ばす。 簡単な着替えを済ませた私は重い腰を上げ、自室のドアをゆっくりと押し開けた。
6 22/01/24(月)18:04:33 No.890140726
───── 特鉄隊セントイリス駐屯基地の敷地内に存在する学園。 学園とはいうが特に決まった学年等があるわけでもなく、年齢や経験、入学前の知識量等からそれぞれ適切な授業が振り分けられる。 私が充てられたのは…通常のどの隊員も属さない特別枠。 別に私の頭が悪いとかハブられてるとか、そういうわけではない…多分。 200年以上を『闘技場』の中で過ごしてきた私にとっては、灯や紙、ペン、建物を覆う漆喰の1つに至るまで…この世の全てが未知で溢れている。 端的に言えば、常識知らずなわけだ。 そのせいでよく周囲から浮いてしまったり、日常会話で齟齬が生じてしまう。 そもそも多くの人とは関わらないし、会話などほとんどしないのだが…特鉄隊の一員となったからにはいつまでもそんな甘えたことは言っていられない。 というわけで私は、そんな常識に疎い隊員のために設けられた特別教室での授業に明け暮れていた。
7 22/01/24(月)18:05:09 No.890140861
「…ん?」 いつも通り教室の前に立つが、普段と違う雰囲気であることはすぐに察しがついた。 …あまりにも静かすぎる。授業が始まる前はいつも生徒たちの声が教室の外にまで漏れ出ているのだが。 (私が一番乗りなのか? …いや、それはない。今日もギリギリまで寝ていたし) 一度ついたダラケ癖は中々抜けるものでもなく…私はいつも授業の開始時間いっぱいまで部屋で寛いでいる。 そのため、これまでカラの教室など見たことがない。 「…あ、ああ。なるほど…いや、そういうことか」 そこでふとある可能性に思い至った私は教室のドアを開け、案の定空っぽの空間を横切り後ろの連絡用の掲示板に目を配った。
8 22/01/24(月)18:05:31 No.890140944
「ああ…なんということだ。今日は休みじゃないか」 そこには、本日は休講日とする旨がハッキリと記載されていた。どうやら日付の認識が1日ズレていたらしい。 「本当にダメだな…私は」 最近重めの任務が続き忙しさに終われていたのはそうだが、まさか曜日の感覚すら狂うほどとは。 「疲れが溜まっているな…今朝見た夢もそのせいだろうか…」 しかし、休みならばそれはそれで良い。ちょうど今はあまり気分が優れない。 (部屋に戻って…飲もう)
9 22/01/24(月)18:05:47 No.890141018
相変わらず自分のダメさに嫌気が刺すが、もう朝っぱらから飲まずにはいられない。 ブツブツと声にならない声を上げつつ教室を出ようと扉の取手に手を伸ばした。 しかし…今丁度開けようとしたドアは、私が手に触れる直前にガラリと横に大きくスライドした。 「うわっ!?」 もちろん魔法などを使ったわけではない。いくら怠惰な私でも30センチ先のドアを開けるためにわざわざそんな物を行使しない。 このドアが特別働き者というわけでもない。この子は悪い子じゃないのだが…私と同じで誰かにつついて貰わなければひとりでには動けない。 もし自動で開くドアなどあったらおそらくその子は私などよりよほど勤勉だ。ただでさえ少ない自信がさらにガリっと削られることだろう。 ならばなぜ開いたか…話は簡単。 扉の向こうにいた人間が、私が開く一瞬前にその扉に手をかけたのだ。
10 22/01/24(月)18:06:42 No.890141257
「おや? グルノーブルさんじゃないですか。どうしたんですか? 今日この教室は空きって聞いたんですけど」 その人物は…日の出直後の空の如き優しい赤毛を携えた、派手な見た目のギャル風の少女。 常に舎弟を侍らせ元気な笑顔を周囲に振り撒く、私が苦手とするタイプの人間だった。 「て、ああ。直接お話するのは初めてですかね。どうも、あたいはニシキ軍所属のシブヤってもんです」 シブヤと名乗った少女はゴテゴテと装飾された帽子を外して、こちらに向けてペコリとお辞儀をした。 「あ、ああ…こちらこそ。私はグ、グルノーブル。その…グルノーブルだ」 たった今名前を呼ばれた直後なのだが、私は自分を紹介する上で『グルノーブル』という名前以上の肩書きを持たない。 200年前に死んだはずの、亡霊のような存在だ。 故にこのようなシンプル極まりない挨拶しかできないのだが、シブヤちゃんはあまり気にしていないようだ。
11 22/01/24(月)18:07:01 No.890141359
「あ~、すんません。申し訳ないんですけどちょっと通してもらっていいですかね? コイツを置きたいので」 と、シブヤちゃんは唐突に、ドアの陰に隠れていたもう片方の手をこちらに見せてくる。 …その手には、天井まで届きそうなほど高く積み上げられた大量の紙の山が乗っかっていた。 「うわっ、す…すまない。すぐにどこう」 私はバックステップして大袈裟にその場から飛び退き、シブヤちゃんが通れる道を確保する。 シブヤちゃんはスペースが開いたことを確認すると、しゃがみ込みつつ前進しその書類の束を教室の中に滑り込ませた。 そのまま教卓の上にそっと乗せ、高さを調節するように分割していく。 「いや~助かりました! さすがにこの量いっぺんに運ぶのは横着だったですかね?」
12 22/01/24(月)18:07:40 No.890141550
手首をブンブンと振り関節のストレッチをするシブヤちゃん。全体的に挙動ごとの運動量が多い。 私と足して2で割ればちょうど良いのではないだろうか。 「な、なあ。ところで」 いや、それよりも…この資料は明らかに明日の授業で使うものだ。 噂によると『シブヤ』という人物は自らワルを自称し、不良行為に明け暮れるヤンキーだと聞いていたのだが…。 そんな彼女がなぜこんな教師のお手伝いをしているのだろうか。 「この紙の山、さぞ重かっただろう。休みの日にわざわざ手伝いをするなんて感心だな」 「!」 私の言葉を聞いたシブヤちゃんはハッと息を飲み、見開いた目をこちらに向けてくる。
13 22/01/24(月)18:08:07 No.890141663
「い、いえいえ! お手伝いなんてとんでもない! コイツはその…ぬ、盗んできてやったんですよ!」 …? 「盗んできた? しかしこの資料は…明日この教室で使うものだろう?」 「疲れたからもう、ここに捨てちまおうと思っただけですよ! ご主人から荷物をぶん取って適当な教室に捨てていく…ワルなんですよシブヤさんは!」 …よく分からないが、この子はどうやら人が良いのに自分を悪く見せようとしたがる癖があるらしい。 幼い子供は見栄を張りたがるが…その延長というところだろうか。 しかし…わざわざ自分から悪者になりたがるなど、私には到底できない未知の感情である。 そう…実際に極悪人として人の人生を横から奪い去ってしまった、私には。
14 22/01/24(月)18:08:30 No.890141798
「…そうか。ワルに憧れているのか、君は」 「え? あ…憧れてるというか…ワルそのものと言いますか…」 シブヤちゃんが若干顔を引き攣らせ、後退りながらこちらに視線を向ける。 その様子を見て初めて私は、自分が怒気に近いオーラを放っていたことに気づいた。 「もしかして、疑ってます? そうなんですよね最近周囲の皆さんの反応が妙に優しいというかなんというか…あまりシブヤさんを悪者と認識している人がいないというか…」 それはそうだろう。たった今のほんの少しのやり取りだけで、シブヤちゃんがどんな人物なのか大体理解できてしまった。 根は素直で、真面目で、優しい子だ。自身を顧みず人々を助けられる、そういうタイプの人間だ。 これまで多くの人間を見てきた私は、人を見る目だけならば自信がある。
15 22/01/24(月)18:08:46 No.890141858
なぜ自分を悪に見せたがるのかは理解できないが…一種の虚栄心ということなのだろうか? 「ムムム…その目はやはり疑っていますね? 仕方ありません! シブヤさんの地元でのとっておき極悪エピソード8選をグルノーブルさんに披露して差し上げましょう! …お時間あります?」 …そこで私に気を遣ってしまっている時点で『悪』の内容にはあまり期待できないが、私も少し彼女に興味が湧いてしまった。 首を縦に一つ動かし肯定の意を示すと、私は隣にある椅子にどっしりと腰を落ち着けた。
16 22/01/24(月)18:09:32 No.890142086
───── 「───で、そのお魚さんたちはまるっと漁師さんに釣り上げられちまったわけですよ!」 「…」 ひとしきり話し終えて満足したのか、シブヤちゃんは満面の笑みでこちらの顔を見つめてくる。 そんな餌を待つ子犬のような表情を向けられても…残念ながら私にはシブヤちゃんの期待に応えられる言葉を捻り出すことはできそうもない。 「それは…別に悪いことではないんじゃないか?」 「んがっ!?」 ガタンと大きな音を立てて立ち上がるシブヤちゃん。
17 22/01/24(月)18:09:54 No.890142174
「な…なぜですか…確かにご主人からは悪いことという判定を頂ききっちりお仕置きまで頂戴したというのに!」 先ほどから言ってるこの『ご主人』というのは…車掌くんのことで間違いないのだろうか? 彼もシブヤちゃんの手綱を握るため、色々と苦労しているのだなと改めて実感した。 「いや…しかし…ううん。すまない、うまく言葉にできないのだが…」 本人は喜び勇んで悪事?のエピソードを語っているというのに、そこに水を刺すのも悪い気がして言葉を濁してしまう。 コミュニケーションをサボり続けていた弊害が出てしまっているのだろうか…ここで出すべき適切なワードが見つからず視線を泳がせた。 そんな私の煮え切らない態度に憤慨したのか、シブヤは机に身を乗り出してこちらに顔を近づけてきた。 「歯切れが悪いですね…! シブヤさんのこれが悪事でないなら、一体なにが悪事と言えるのでしょうか?」
18 22/01/24(月)18:10:11 No.890142244
「…、」 やはり私は、この少女が苦手だ。 そんな清らかな目で『悪』を語られては…私が私であることが恥ずかしくて仕方なくなる。 本当に覆すことのできない邪悪である自分を嫌というほど突きつけられ、居た堪れなくなる。 「き、君は…知らないんだ。本当の悪というものがなんなのかを」 気づけば私は、硬く力が込められていたはずの口を開け…なにかを呟いていた。 「なんですとぉ!? …ああ、でもグルノーブルさんってとっても高名なお偉いさんで人生経験も豊富なんでしたね。ならもしかして、なんかどえらい悪人のエピソードもご存知なのでしょうか?」 「…ああ、もちろん知っているよ。とっておきのお話をね」 シブヤちゃんの煽り文句に返すように、スラスラと口から言葉が溢れる。
19 22/01/24(月)18:10:29 No.890142338
なぜ私は…今日会ったばかりのこの少女に、こんな話をしようとしているのだろうか。 「ほうほう、それはぜひ聞いてみたいですね! いったいどんなエピソードがあるのでしょうか」 「そうだな、これは───」 話しているうちに不可思議な高揚感に包まれ、抑えが効かなくなる。 頭で考えるより先に、言葉が口をついて出てきてしまう。 「私自身の…『女王グルノーブル』のお話だ」 …その勢いのまま私は、もう戻ることのできない核心に触れていた。
20 22/01/24(月)18:10:48 No.890142419
「…」 「……」 時が過ぎるのはあっという間だった。 全て話してしまった。私が偽物であるということも、本物の女王を殺して成り代わっていたことも、全て。 話終えた今となっては、自分でも信じられない。こんなエピソード、他人に聞かれるなど絶対に嫌だと思っていたからだ。 汚れきった私の、その中でも最大の汚点。それを今目の前のよく知りもしない少女に話してしまったのだ。 「…どうだい。失望してしまっただろうか。冷酷な女だと、我が身可愛さに親友に手をかけたクズだと思うだろうか」 「…」 私の問いかけに、シブヤちゃんは沈黙で答えた。 その瞳に表情はなく、みじろぎ一つすることもない。
21 22/01/24(月)18:11:21 No.890142580
「…うぅ」 どんな罵倒や侮蔑の言葉より、無反応で返されることのほうがよほど心に来るのだと思い知らされた。 あれだけ元気だったシブヤちゃんが、口を開くこともなく黙々とこちらを見つめている。 なにを考えているのか…内心引いているのか、恐怖しているのか、見下しているのか。 想像するだけで下腹にどす黒い泥が渦巻き…その重みを増していく。 しかし、シブヤちゃんを直視することもできなくなり、視線を外しかけた次の瞬間─── 「…ぐす」 彼女の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
22 22/01/24(月)18:11:47 No.890142705
「っ!?」 「…ふぐっ ぐすっ」 溢れる涙は彼女自身にもどうにもならないのか、必死に抑えようとする態度と裏腹に止めどなく流れ続ける。 「な、なぜ泣くんだ…」 「うぅ…だって、可哀想です…可哀想すぎます! そんな、そんなことってありますか…その女の子は…夢見る将来があったんでしょう? お友達のグルノーブルさんと一緒に歩む道があったんでしょう?」 涙で裏返る声を必死に紡ぎながら、シブヤちゃんは思いのありったけを私にぶつける。 「なのにそれを断たれてしまうなんて…悲しいです…」 「…」
23 22/01/24(月)18:12:07 No.890142795
そう、その通りだ。 『彼女』は全幅の信頼を寄せた私に裏切られ、無惨に殺された可哀想な哀れな被害者だ。 シブヤちゃんが言っていることは事実で、何一つとして間違っていない。 しかし、なぜだろうか…私はそんなシブヤちゃんの態度に、言いようのない違和感を覚えた。 そして、その違和感の正体に…すぐに気が付いた。 (そうか…私は…自分が加害者であることばかりを気にしていたんだ) 先ほどからシブヤちゃんは、私が殺してしまった『彼女』を憐れむばかりで、犯人である私を咎めようとしない。
24 22/01/24(月)18:12:21 No.890142866
…一方で、私はどうだろうか。 無意識のうちにこの悲劇の主役に自分を添え、私がどれだけの悪事を働いたのか、そればかりを語っていた。 もちろん『彼女』のことを蔑ろにしていたわけではない。 しかし…私はこの悲劇を語る上で、果たして『彼女』の心を汲んでいただろうか。 突然全てを奪われた『彼女』の悲痛さよりも、奪った側である私の悪辣さにばかり気を取られていたのではないだろうか。 シブヤちゃんの涙のわけにすぐに気づくことができなかったのが、その証拠だ。 被害者である『彼女』にどんな思いを馳せるかより、加害者である自分がどう思われるか…そこにばかり気を取られていたではないか。 「ああ…やはりダメだ、私は」
25 22/01/24(月)18:12:45 No.890142983
もともと私は、自己肯定感に欠け自身を卑下しがちな人格だ。 しかし、そんな自分が思っていた下の下の評価の…まださらに下があったのだと思い知らされた。 「ううぅぅ…あぁぁぁぁぁ!」 恥ずかしい、などという言葉ではとても言い表せない。今すぐ消えて無くなってしまいたい。 そんな思いを上体に込め、私は自分の頭を思い切り机に叩きつけた。 「ちょわっ!?」 木製の板はいとも容易く破壊され、破片が飛ぶ。 強引に捻じ曲げられたことで木目が飛び出しささくれがこちらを向くが、構わず2度目の頭突きを繰り出そうと力んだ。 「ちょ! ちょっとぉ! なにやってんですかグルノーブルさん!」
26 22/01/24(月)18:12:57 No.890143044
なにこれ
27 22/01/24(月)18:13:06 No.890143092
「やめ…やめてくれ! 止めないでくれ!」 慌ててシブヤちゃんが止めに入る。腋の下に手を滑り込まれ羽交締めにされ、体の自由を奪われた。 もし止められていなければ…少なくとも私の両目は潰れていただろう。 しかしそんなこと構うものか。ここで私は死ぬのだから。 「気づいてしまったんだよ! 私は今まで態度だけ反省したフリをして…その贖罪の方法も、『彼女』の気持ちも考えず、ただ背を丸め蹲っていた」 いや、考えられなかったのではない。 「逃げていた…『彼女』の心を想像することから。今あの子が私の前に現れた時、どんな顔をしどんな言葉を投げかけてくるのか、想像するのが怖かった」 一度思い至れば、あとは自然と口からポロポロと…今まで自分にすら隠していた私の本音が漏れ出る。 「しかし、もうどれだけ考えても…あの子に償う方法なんてないんだ。車掌くんは、私が残りの人生を使って人々を助けることが罪滅ぼしだと言ってくれた」
28 22/01/24(月)18:13:21 No.890143169
あの時の言葉は、確かに嬉しかった。救われた気がした。それは間違いない事実だ。 「でも、やはりそんなことをしたところであの子の命は戻らない…私の罪は…消えない」 徐々に落ち着きを取り戻し、声も抑えられてくる。 しかし頭が冷静になるほど、また自分の不甲斐なさが思考を支配してしまう。 「ならばもう、生きているだけ無意味だ。むしろなぜ人の命を奪っておいて、のうのうと生き残っているのだろうか」 これまであまり考えないようにしていた…本当に自分は生きてて良いのか。 その答えが、今私のなかでハッキリと見えた。 「罪を償おうとすることすらおこがましい。私はこのまま死んで…地獄に堕ちなければならない」
29 22/01/24(月)18:13:56 No.890143326
「…」 私が言いたいことを言い終えると同時、シブヤちゃんは私の腋に通していた腕を抜き取った。 ようやく、抑えるのを諦めてくれたのだろうか。 「…ふん!」 と、次の瞬間…シブヤちゃんが私の体にぐるりと腕を回し、後ろから思い切り抱きついてきた。 「カッハ!」 普通の女の子ならばなんとも微笑ましい行動だが、彼女は膂力優れた獣人である。 万力の如き締め上げに思わず肺の空気を全て前方にぶち撒けてしまった。
30 22/01/24(月)18:14:21 No.890143449
「間違ってますよグルノーブルさん! あんたの言い分は全てまるっと大間違いです!」 「な…なにぃ…」 そのままの状態で、シブヤちゃんは私に向けて大きな声を張り上げる。 「たしかにグルノーブルさんはとんでもない大悪党ですよ! 悔しいですがシブヤさんでも霞んじまうとんでもねぇ罪人です!」 「そ、そうだ…だから…!」 「でも、だからって死ぬのはダメですよ! それこそ逃げってやつなんじゃないですか!」 「っ! なら、どうすればこの罪滅ぼしができる!? どうすれば許されるんだ! ないだろう!? そんな方法!」
31 22/01/24(月)18:14:43 No.890143539
ここまで大きな声を出すのは…本当に久々だった。 慣れない怒声に声が裏返るが、そんなことも構わず私は本音をぶつけた。 「さっきから許すとか許されるとかぁ…勝手に思い込んでんじゃねーですよ! それはあんたが決めることじゃないでしょうが!」 「じゃあ誰が───」 そこまで言いかけて私は、口から出かかった言葉を押し込んだ。 脳裏によぎった最後の理性が、私の勢いに任せた口に蓋をした。 誰が…誰に…か。 「…グルノーブルさんは、誰に許して欲しいんですか? あたいですか? ご主人ですか? どこの誰かも分からない民衆ですか? 神様ですか? …違うでしょう?」 「…」
32 22/01/24(月)18:15:08 No.890143650
ここにきて、シブヤちゃんが何を言いたいのかが分かった。 私は…別に、周囲の人間に蔑まれるのは苦ではなかった。 殺意を向けられることにも耐えられた。 車掌くんや仲間たちに嫌われるのは…たしかに少し辛いが、本当に私が許しを乞いたい人物は、たった1人しかいないじゃないか。 そうだ…私は…。 「私は…あの子に…私の1番の親友の…あの子に謝りたかった。あの子にだけでも、許して欲しかったんだ。でも…」 しかし、どちらにせよ…彼女はもうこの世にいない。 罪を滅ぼすこともできなければ、その足元に頭を垂れ許しを乞うこともできない。 謝ることすら許されないことをしてしまったのだ、私は。 「ありますよ、ちゃんと顔を合わせてごめんなさいする方法が」 ───しかし、そんな心を読み取ったかのように…シブヤちゃんは私の言葉を優しく遮った。
33 22/01/24(月)18:15:26 No.890143741
「神様ってのは優しいんだか厳しいんだか…死んだ後もまだ行く世界があるなんて言ってやがるんですよ」 シブヤちゃんの体勢が少し傾いたのが、背中越しに伝わってきた。 今彼女はおそらく…首を上に向け天井を見つめている。 「…それは、天国と地獄の話だろうか」 私の問いに、シブヤちゃんは静かに肯定する。 「そうです。今頃その女の子は、天国にいるんじゃないんですか?」 …そうだ。あの子は昔から気高く、強く、優しかった。 ボロ雑巾に包まれたこの私に、はじめての温もりを与えてくれた。 「だったら…その子に会って直接頭を下げるためには、グルノーブルさんも天国に行かなければなりませんよね?」
34 22/01/24(月)18:15:48 No.890143852
もうシブヤちゃんの腕からは、締め上げる力は完全に抜けていた。 ただ壊れかけていた私の心を繋ぎ止めるように、そっと手を添えているだけである。 「でもまあ、今のまま死んじゃったら地獄行きは確定ですよね。なんせたった1人の大切な親友を、私欲のために殺しちまったんですから」 「う…」 改めて他人の口から言われると…やはりとんでもないことをしているな、私は。 「だったら生きて、良いことをいっっっぱいして、天国に行けるように頑張らなきゃいけないんじゃないですか?」 シブヤちゃんはまるで子供に言い聞かせるおとぎ話のようなことを、大真面目な口調で話す。 しかしそんな彼女の柔らかな心遣いが、荒んだ私の心を優しく研磨した。
35 22/01/24(月)18:16:10 No.890143967
「…なるほど。また私は、あの子から逃げようとしてしまっていたわけだな」 地獄に堕ちれば…あの子の怨みが募った顔を見ずに済む。 卑怯な私のことだ。本当に無意識に、そう考えてしまっていたとしても…不思議ではないのかもしれない。 「そうですよ! 地獄に堕ちてハイおしまいなんて、グルノーブルさんに都合が良すぎるんですよ。ちゃんと直接その子に会ってお話をしないと。恨まれようが罵倒されようが、ちゃんとその子の声を聞いてあげないと」 ───その上で謝って赦しを乞うのが筋だと、シブヤちゃんはそう語った。 「しかしこんな極悪人の…地獄に堕ちて当然の私に、天国に行くなどと厚かましいことをしろと言うのか?」 「はい」 私の問いに、シブヤちゃんは即答する。混じり気のない透き通った、自信に満ちた声で。
36 22/01/24(月)18:16:35 No.890144108
「まったく、君はやはり…」 その声を聞き…初めて本当の意味で、自分が生きていていいと…生きて『いかなければならない』と、そう言ってもらえた気がした。 シブヤちゃんの提案は、私に生き恥を晒せという過酷なものだ。厳しく大きな試練だ。 しかし、それでもなぜか…振り返りシブヤちゃんと顔を見合わせた私の表情は、自分でもよく分かるほどに大きく綻んでいた。 「ワル、なのかもしれないなぁ」
37 22/01/24(月)18:17:00 No.890144234
久々に出た、心からの笑顔。ぎこちなく崩れた、とんでもない顔をしているに違いない。 しかし…どれだけ酷い顔を晒そうと、私はもう自分を隠さないとたった今決めた。 堂々と、ただ生かされるのではなく…自分の意思で生きて、生きて、生き抜いて天国に…。 『彼女』のもとに行くと、そう決めたんだ。 鉄路は敷かれた。もう迷うことはない。 「…」 強く足に力を込め、私は目の前の少女の元に歩み寄った。 シブヤちゃんの快活で、無邪気で、柔和な表情があの子と重なる。
38 22/01/24(月)18:17:28 No.890144363
…もちろん、あの子は怒っているだろう。私を恨んでいるだろう。 謝っても許してもらえないかもしれない…それだけのことを私はしたのだ。 しかし叶うことなら…頑張ることは苦手だけど、すぐに諦めてしまう私だけど、また君の顔が見たい。声が聞きたい。 どれだけ怒りをぶつけてくれても良い。叩いてくれても良い。怨んでくれても良い。 でももし…ほんの僅かな望みでも、もし君が許してくれるのならその時は─── その時はもう一度だけ、抱きしめても良いだろうか? ~完~
39 22/01/24(月)18:18:35 No.890144693
シブヤさんマジパネーっす
40 22/01/24(月)18:19:59 No.890145090
すげぇ…
41 22/01/24(月)18:20:26 No.890145216
特鉄隊最強クラスのワルと大人気のワルが出会ってしまったか
42 22/01/24(月)18:21:01 No.890145399
お疲れ~っス それしか言う言葉が見つからねぇ
43 22/01/24(月)18:22:18 No.890145793
超大作で耐えられなかった
44 22/01/24(月)18:27:08 No.890147324
>シブヤさんの地元でのとっておき極悪エピソード8選をグルノーブルさんに披露して差し上げましょう! …お時間あります?」 >…そこで私に気を遣ってしまっている時点で『悪』の内容にはあまり期待できないが ここー好き
45 22/01/24(月)18:28:28 No.890147687
想像の3倍ぐらい大作だった
46 22/01/24(月)18:31:50 No.890148695
おー…予想の倍以上の大作だったねぇ…
47 22/01/24(月)18:32:09 No.890148793
真面目なお話ってすげーって感心はするんだけど感想言いにくいというか語りにくいよなぁ… でもまあすごくいい話だと思います
48 22/01/24(月)18:33:33 No.890149192
なげぇ!うどん載るかな
49 22/01/24(月)18:33:37 No.890149211
シブヤさんは誰と絡ませてもいい
50 22/01/24(月)18:34:10 No.890149358
ご主人!なんすかこの文章量!
51 22/01/24(月)18:34:46 No.890149532
本一冊出ちゃうのではないかと言いたくなるほどとにかく長い
52 22/01/24(月)18:35:17 No.890149692
予告でグルノーブルの話とは聞いてたけどシブヤさんまでいてビックリしたと説明する
53 22/01/24(月)18:35:33 No.890149773
大作すぎる…
54 22/01/24(月)18:37:59 No.890150453
これは時間がかかるのも納得の大作…
55 22/01/24(月)18:39:09 No.890150802
現実だと方便みたいな解釈なんだけどイリスクラウドってマジで魂とかあの世とかあるみたいだからあながち間違った理論でもないんだよなぁ…
56 22/01/24(月)18:39:26 No.890150887
グルノーブルのエピソードもなにか元ネタあったりするのかな
57 22/01/24(月)18:40:09 No.890151086
冥府は間違いなく存在するから死後の世界もマジでありそうだし魂をどうのこうのって術使う人も存在するからなイリスクラウド
58 22/01/24(月)18:40:22 No.890151145
>予告でグルノーブルの話とは聞いてたけどシブヤさんまでいてビックリしたと説明する まず予告なんてあったことにびっくりだよ 予告したくもなるわって感じだけどこの大作
59 22/01/24(月)18:40:57 No.890151305
余計なお世話かもしれないけどレス多いと荒らしが嬉々としてdel入れそうだなと思いました
60 22/01/24(月)18:41:11 No.890151364
グルノーブルは絶対に天国に行かなきゃいけないってねぇ なんかいいねこれシブヤさんらしいポジティブかつ厳しい指摘
61 22/01/24(月)18:46:56 No.890153091
>本一冊出ちゃうのではないかと言いたくなるほどとにかく長い ざっと測ってみたら1万2000字くらいなんだけど文庫本の平均が10万字だからこれの10倍くらいあれば本が出せるな!
62 22/01/24(月)18:47:44 No.890153349
すげえけど渋にでも置いた方がいいのでは…?
63 22/01/24(月)18:49:03 No.890153745
たしかになぜこれだけのもんをimgに…と思うところはある
64 22/01/24(月)18:49:19 No.890153828
>すげえけど渋にでも置いた方がいいのでは…? 渋谷だけにってか!
65 22/01/24(月)18:49:32 No.890153905
ピクシブヤさん…
66 22/01/24(月)18:50:35 No.890154196
>なげぇ!うどん載るかな これほどの大作は.txtにまとめてろだに入れたほうがいいと思う あそこ小説投稿サイトってわけじゃないし…
67 22/01/24(月)18:51:02 No.890154333
>これの10倍くらいあれば本が出せるな! なそ にん
68 22/01/24(月)18:51:52 No.890154559
渋でもいいけどこういうところでやってる方がすぐに反応貰えてやってて楽しいみたいなところはある
69 22/01/24(月)18:53:44 No.890155105
大作すぎて逆に反応できないねぇ現象勃発だねぇ…
70 22/01/24(月)18:58:02 No.890156407
シブヤさんとハカセのお話も書いてるのだけれど長さは今回のお話の4倍強想定だからさすがにレスし切れないかもしれない
71 22/01/24(月)18:58:53 No.890156644
>シブヤさんとハカセのお話も書いてるのだけれど長さは今回のお話の4倍強想定だからさすがにレスし切れないかもしれない .txt
72 22/01/24(月)18:59:20 No.890156788
>シブヤさんとハカセのお話も書いてるのだけれど長さは今回のお話の4倍強想定だからさすがにレスし切れないかもしれない ろだにtxt投げて読んでねするのも手ではある
73 22/01/24(月)19:00:24 No.890157085
>ろだにtxt投げて読んでねするのも手ではある ミストレのスレだとあまり見かけないけどね…
74 22/01/24(月)19:00:44 No.890157180
>長さは今回のお話の4倍強 加 莫 !
75 22/01/24(月)19:01:29 No.890157383
これの4倍っていったらマジで小説版ミストレ並みの長さはありそう
76 22/01/24(月)19:04:55 No.890158342
ウマ娘怪文書でもそうそうお目にかかれない大作
77 22/01/24(月)19:05:17 No.890158470
「」掌はなんか創作意欲に溢れてるな…