22/01/17(月)22:06:12 キタ━━━━━... のスレッド詳細
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22/01/17(月)22:06:12 No.887938574
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
1 22/01/17(月)22:06:29 No.887938673
ここは都内の中でも随一の生徒数を誇る学校。その名も二死ヶ先楽園。ちょっと周りに緑が多くて交通アクセスも不便な場所だけど、れっきとしたお台場の名門校だ。 私は幼なじみの歩夢と一緒に、ひょんなことからこの新設されたスローズアイドル好投会で野球を始めることになった。ピアノと習字くらいしか特技が無かった私が野球だなんて、うまくやれるのか不安でたまらないよ。 なんだかんだで私はマネージャーになり、そして二死ヶ先はスローズアイドルの花形であるラブセイブへ向けて、最初の夏を踏み出していた。
2 22/01/17(月)22:07:00 No.887938869
「あうぅ」 ダイヤモンドの中心に立つ投手は鎮痛な呻き声を漏らしていた。七月の陽気もあってか顔色が悪い。スタンドに飛び込む綺麗な放物線を見送ったあと、汗だくのままマウンドに片膝を突いて微動だにしなかった。 二死ヶ先スローズアイドル好投会は三回途中で一つのアウトも取れずに5失点を喫してしまった。……また一人、更に一人と、東雲の選手が軽快そうに白いホームを踏んでいく。その様子を黙って見守るしかなかった捕手のせつ菜ちゃんの悔しそうな顔が私の胸を抉る。一方で歩夢といえば、まだ広大なライトで球を転がし続けていた。
3 22/01/17(月)22:07:36 No.887939141
「やっばぁ……。昨日のかすかすに続いてノックアウトじゃん。もう後ろもバテバテなんだけど」 三つ目のアウトを捌いた遊撃手の愛ちゃんがベンチに戻るなり弱音を吐く。普段はポジティブでムードメーカーな愛ちゃんからこんな発言が飛ぶのはよっぽど不味い気がして、私と歩夢は顔を見合わせた。 「すみません。私がエラーをしたせいです」 「歩夢は仕方ないって。難しい打球だったもんね」 落ち込む歩夢の肩を叩く愛ちゃん。彼女の底抜けの優しさと守備範囲にいつも私達は助けられている。 打ち込まれてしまった先発の彼方さんは目尻から涙を零しながら愛ちゃんの膝枕で寝息を立てている。さっきまで嗚咽を漏らしながらギャン泣き気味だったけど、愛さんが子守唄を歌ってからはだいぶ落ち着いたようだ。 グラウンドを見やると、恒例である演劇部による寸劇が守備交代の合間に行われていた。私はこの束の間に与えられた休息の在り方で試合の流れが決定づけられる気がして、ここはマネージャー自らが盛り上げていくしかないと拳を作る。
4 22/01/17(月)22:08:57 No.887939653
「みんな、まだ試合は始まったばかりだよ。うちは攻撃力があるからなんとかなるって」 そう檄を飛ばしたものの、返ってくるのは方々から気のない返事ばかり。 ……これは不味いね。暑いのもあってみんなテンションが落ちきっている。 「愛さん、ありがとう。さっきの守備はたまらなかったの。私は見ていることしか出来なくてごめん」 「りなりー、いいって。監督はどっしり構えてなよ。でもさあ、もし連勝して……間違ってラブセイブで優勝でもしちゃったら、冷房付けてもらえないかな?」 「ごめん無理……この楽園は冷房を付けたとしても効かない」 「だよねぇ……」 そんなベンチの端で行われてるやりとりに聞き耳を立てる。そして同じように耳を傾けていたであろう投手陣のテンションの落ち込み方ときたら、目に見えて明らかなものだった。 「うう、ありえません。この暑さ異常ですよ。だから選手が次々と転校していくんですぅ……」 昨日の先発を務めた一年生のかすみちゃんはすっかり弱気になってベンチの隅で声をわなわな震わせている。
5 22/01/17(月)22:09:30 No.887939863
昨日の試合を思えば無理もないよね。いつも暑さで5回持たないかすみちゃんだけど、昨日は猛暑の影響もあってか4回途中7失点という悲痛な結果に終わっていた。 「そうね。私たちの暴投に堪えきれなくなってせつ菜まで転校しちゃったらどうしようかしら」 そう続けるのは昨日途中からマウンドに上がってリリーバーを務めた三年生の果林さん。昨日は2回を4失点でピシャリ……思い出して悲しくなってきちゃった。ちなみに暴投数でいうと果林さんが二死ヶ先ナンバーワンだと私が付けたスコアが証明している。 「すみません。選手会長……いえ、捕手である私が不甲斐ないばかりに」 もしかして今の会話を聞いていたのだろうか。ベンチの裏から突然現れたせつ菜ちゃんに投手陣は慌てふためく。
6 22/01/17(月)22:09:47 No.887939987
「いやいや、せつ菜先輩は悪くないですって」 「そ、そうよ……いつも暴投ばかりしてごめんなさいね」 もし今の布陣からせつ菜ちゃんが抜けてしまったとなると、いよいよ二死ヶ先は不味いことになる。彼女のバッティングはうちで1、2を争うのだから。 「いえ……むしろ投手のみなさんに負担を掛けてしまっているのが悪いんです。彼方さんだって」 これは……より暗いムードがベンチに生まれてしまっている。
7 22/01/17(月)22:10:12 No.887940094
「あの、侑ちゃん」 背後からの声に振り返ると、全体的に窮屈そうなユニフォームに身を包むエマさんが立っていた。彼女は今年留学してきた三年生で、果林さんの寮部屋に住み込んでいるという噂が立っていた。そして何よりも、 「こんな時にごめんね。差し入れで貰った蜂蜜レモンってまだあるかな? みんな足りなくなっちゃって。あと私……早いけどご飯が食べたくなっちゃって」 「あ、いいですよっ。まずエマさんのお弁当はここにあります。おかわりもありますからね。レモンはまだあるのでみんなに配ってきます」 「ありがと~。ん~ボーノォ」 エマさんはよく食べる。よく食べないとパフォーマンスが発揮できない人でもある。間違いなくパワーはナンバーワンで、軽々とボールをスタンドに放り込む姿を私たちは何度も目撃してきた。彼女はスローズアイドルでありつつ最高の三塁手、ホームランアーティストだっだ。だからよく食べてもらわないと困ってしまう。今日、エマさん専用の窯に三合は炊いているけど、無事に足りればいいな。
8 22/01/17(月)22:10:34 No.887940252
「すみません。遅れてしまって」 一年生のしずくちゃんが慌ただしくベンチに戻ってきた。演劇部を兼任している彼女が戻ってきたということは、演劇部の寸劇も終わって私たちの攻撃が始まるということだ。 次のバッターは愛ちゃんからだ。彼女は打率2割7分を安定して叩き出し、足も速くて軽快な二番打者だ。「愛ちゃーん、絶対打てるよー」 「任しといてゆーゆ」 私の掛け声にそう豪語する愛ちゃん。ネクストサークルへ向かうその背中は大きくて頼もしい。
9 22/01/17(月)22:11:30 No.887940591
「侑ちゃん、……お願い。私をずっと見ててくれる?」 そして、三番打者の歩夢は不安げに声を震わせながら私のシャツの裾を掴む。どうして私に言うんだろう。歩夢なら一人でも大丈夫だって私は信じているのに。歩夢は率がチームで一番高くて、安定してヒットを量産できている。最初の試合でカチコチになっていた歩夢の姿には不安を覚えたものだけど、それは遠い昔の話。今はとても精神的にも安定してきたと言えるし、なのに、なんで今こんなにも歩夢は震えているんだろう。 「大丈夫、歩夢ならやれるって。それに私はいつも歩夢のことを見てるから。ほらっ、愛ちゃんがヒット打ったよ。歩夢もゴーッ」 「ちょっと、侑ちゃん……」 私は半ば強引に歩夢の背中を押して送り出した。──それは背後から聞こえるベンチの声援で掻き消されてしまったのかもしれないけど、私は確かに歩夢の口が「バカ」と動いたのを見ていた。
10 22/01/17(月)22:12:00 No.887940765
「しず子ー、おつかれー」 「しずくちゃん、お疲れ様」 「はあっ……なんとか1点で抑えられました」 入会当初、球技が苦手だと言ってた割にはしずくちゃんの投げる球は悪くなかった。かすみちゃんが最初この子を連れてきた時はどうなるかと思ったけど、見事リリーフとして開花したし、運動神経も良いからフィールディングはお見事なものだった。ただ、コントロールを除いては。 「3三振に4四死球……ここまでは計算どおり」 「璃奈さん……計算してたんですか」 ベンチに談笑がこだまする。やっぱり後半の二死ヶ先のベンチは雰囲気が良くなる傾向にある。それはまあ、理由があって。 「果林先輩」 「かすみちゃん、言わなくても分かってるわ」 「うち、バッティング強すぎですよねえ?」 「……わかってるから」 重いトーンで果林さんは一言漏らす。気持ちよさそうに果林さんの膝枕で寝ている彼方さんとは対照的に、その表情は険しい。
11 22/01/17(月)22:12:31 No.887940946
その通り、二死ヶ先は投手力が弱くても有り余る打力でカバーができるチームだ。エマさんが満塁ホームランの4打点。せつ菜ちゃんが3打点。愛ちゃんもホームランを含む3打点。気付いてみれば10ー10の同点だ。2連投が祟ってまたもや炎上した果林さんの失点を含めても十分カバーできてる。残すは9回裏の二死ヶ咲の攻撃。このままサヨナラを決めて勢いに乗ればラブセイブ進出だって夢じゃない。 だけど、一つだけ、 「歩夢、今日はどうしちゃったの? ……5三振なんて全然歩夢らしくないよ」 歩夢が全然らしくないんだ。歩夢は意外と力が強くて、バットに当てるのも上手いからいつも速い打球が内野の守備間を抜けていく。そんないつも通りの歩夢だったら、今日はもう試合が終わっていたとすら思う。
12 22/01/17(月)22:12:47 No.887941044
「侑ちゃん」 「歩夢? ……うわっ」 突然背後から両肩を力強く掴まれる。本当に驚いたから間抜けな声が上がってしまったと思う。 「ゆーゆ、流れは私たちが作っとくからさ。歩夢のこと頼むよ」 「愛ちゃん? いや、歩夢をって……どうすれば」 「いーから」 そのまま愛ちゃんは歩夢ごと私を押し込むようにして、私たちはベンチ奥の廊下に追いやられるような形になった。
13 22/01/17(月)22:13:04 No.887941147
「…………」 歩夢は何も言わなかった。手を髪に時々絡ませたり、落ち着かなさそうに爪先で地面を叩くけど、小さな歩夢の唇はぴくりとも動かない。 「歩夢、わたし……何かしたかな」 それでも歩夢は黙り込んだままだ。 言うまいか迷ってたんだけど、仕方ないか。 「歩夢、さっきわたしのこと、バカって言ったでしょ」 告げるなり歩夢の眉間がきゅっと強張って、私は皺になってしまわないか心配だった。耳が紅潮しているし、額を伝う汗だって凄い。おたおた眺めていたら今にも歩夢は泣き出しそうに目を瞑ってしまって、試合中だってことも忘れそうなくらいの衝撃だった。 もう私はどうすればいいか分からなくて。なんで歩夢は私をバカって言ったりなんか……あ、もしかして……