ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
22/01/16(日)23:58:04 No.887670051
盗み、器物損壊、暴行──…… これらの行為に及ぶ原因として意外と多いのが『ストレスの暴発』である。 日々を過ごす中で蓄積し、渦巻いていく不満・鬱屈・閉塞感…… そういったものを緩和するのではなくぶちまける方に向いてしまった時、人は犯罪に走る。 普段から非道への憧れを抱いているわけではない。 自分の手で日常に変化を生じさせ、非日常を味わう。その暗いカタルシスが心を、体を突き動かすのだ。 人はそれを──『魔が差した』と呼ぶ。 そして今まさに、一人のウマ娘の心に魔が差し込もうとしていた……。
1 22/01/16(日)23:58:18 No.887670130
「やっぱり私、ダメなんだ……」 今回の選抜レースも結果を残せなかった。全力を出し切って、6着。 あれだけ猛特訓をくり返し、自己ベストだって更新してきた。体調だって万全だった。 「なのに、どうして……」 涙が滲んでくる。心が渇き、冷え切っていく。 私……なんで走ってるんだろう?最近はそれすら分からなくなってきてる。 ただ選抜のためだけに走って、失敗して、また選抜のために走って、失敗して──くり返すだけの日々。 今年の春にトレセンに入学したのが、もうずっと遠い昔に思える。 これがトレセンでやりたかったこと?目指してたもの?……それすら、もう分からない。 「~~♪~~~~♪……ウフフッ!!」 見事1着になりトレーナー達に声をかけられた子が、満面の笑みで足取り弾ませ追い抜いていく。 笑うな。私の前でそんなうれしそうに笑わないでよ。 もう嫌だ。こんな日々……こんな日々………… コワレチャエバイイ。
2 22/01/16(日)23:58:30 No.887670203
渦巻いていた感情を、その言葉として紡いだ瞬間。私の意識は大きく変化した。 そうだ。壊れちゃえ。 いや──……壊しちゃえばいいんだ。私の手で!! 虚しいだけの毎日も、こっちの気も知らないで笑っている連中の幸せ気分も。 騒ぎになるような事を起こして滅茶苦茶にしてやる!! ……とは言っても、さすがに本当の犯罪はマズい。 退学なんてまっぴらごめんだし、何より私だって良識はちゃんと持ち合わせてる。 だからやるのはイタズラの範疇。ただしみんなの心をかき乱すような、大掛かりなものにする。 「──ふふふ、そうだ……」
3 22/01/16(日)23:58:44 No.887670263
まだ小さい頃、お父さんが押し入れから引っ張り出して遊んでた古いゲームのことを思い出した。 あれのネタを拝借しよう。きっと誰もが不安で眠れなくなる。 ダシに使う相手は……先輩のウマ娘。 接点がない方が犯人を突き止められにくいし、既に成功を収めてる目上の存在を翻弄した方が楽しいに決まってる。 暗く、だけども力強い波が胸をさざめかせ身を震わせる。 なんだか久々に楽しい気持ちになれて私はニヤニヤと笑った。
4 22/01/16(日)23:59:01 No.887670349
夜、寮の談話室。 消灯時間までまだ間があるこの時間帯は、お風呂上がりの子や備え付けのテレビを観る子達で賑わっている。 飛び交う談笑、はしゃぐ仕草。けどそれもすぐに不安の声と恐怖の硬直に変わる。 もう仕掛けは終わっているのだ。後は誰かが気付いて騒ぎに発展させれば……。 私は平静を装い、談笑に加わってその時を待ち続ける。 「きゃあああああああーーーーーーっっっ!!!!」 唐突に響き渡る、絹を裂くような悲鳴。 「今の叫び声、何ッ!?」 「廊下の向こうからだったよね!」 ──来た!!高揚で張りが入りそうになる体を抑え、力なく怯えた演技を意識する。 そして目立たないよう集団の真ん中に位置取りつつ、騒ぎの元へと向かった
5 22/01/16(日)23:59:15 No.887670423
トイレの前には人だかりができていた。 入れ替わり立ち替わり、中を覗いてはキャーキャー悲鳴をあげている。 「一体何事だい!?」 誰かが知らせたのだろう。寮長のフジキセキさんが駆けつけて、説明を促すようにぐるりと観衆を見回す。 「血……血が!トイレ全体が、真っ赤に染まって……!」 膝をついて数人に寄り添われてた三つ編みのウマ娘が涙声で訴える。 どうやら、あの子が第一発見者のようだ。気弱そうな子……ご愁傷様。 「血だって?」 驚いて覗き込む寮長。──けど、しばらく観察した後で首を振る。 「……赤インクだね、これは」 さすがいつも余裕がある寮長。実に冷静、大正解。 けど目に入った瞬間は内心ギョッとしたんじゃないかな。 それっぽく見えるよう、まき散らし方も工夫したしね。
6 22/01/16(日)23:59:31 No.887670526
でも、これで終わりじゃない。 この鮮血は本命を盛り上げるための演出に過ぎないのだから。 「ん……?鏡に何か紙が貼りつけられてる。犯人からのメッセージか……?」 あ、本命に気付いてくれてみたい。その言葉に他の子達も、確認しようとトイレになだれ込む。 さあ──恐怖のメッセージにおののく姿を見せて!私を楽しませてっっ!! 『こんや、12じ、アグネスデジタルがしぬ』 「…………………………………………」 一斉に悲鳴があがる──……と思ったのに。場を支配したのは沈黙だった。 ハッキリと分かるほどに白けた空気が広がっていく。 「……ハア」 寮長がため息と共にあっさりと紙を剥がした。 「誰だい?こんな人騒がせな真似をするイタズラ娘は」
7 22/01/16(日)23:59:45 No.887670601
「勘弁してよねー、これから寝るって時に」 「トイレ汚すとかやりすぎでしょ」 他の三年生、二年生の先輩達も呆れ顔でブチブチこぼし始める。 辛うじて私と同じ一年生だけが戸惑い気味なだけで。 え?……あれ?なんで?寮生が死ぬって予告されてるんだよ?赤インクとはいえ血がぶちまけられてるんだよ? 「今夜はもう解散!事情聴取は明日改めてするから、それぞれ自室に戻るように」 寮長の言葉に人混みがばらけ始める。 そんな……ウソでしょ?これでおしまい!? 「せ、せっかく頑張ったのに!もっとみんな反応してよっっ!!!」 「なるほど──キミが仕掛け人というわけかい」 「あ」 寮長が目の前に立ち、ニッコリと私の顔を覗き込んでいた。
8 22/01/16(日)23:59:58 No.887670671
「うう……何やってるんだろ」 消灯時間も過ぎ静まり返った中、私は一人ブラシでトイレの壁や床を擦り続けてる。 朝までに元通り綺麗にしておくように──。それが言い渡された罰則だった。 業務用の洗剤を使ってもなかなか落ちやしない。無駄に凝った演出は、自身の睡眠時間を削るだけで終わった。 「あのう~~……」 と、入り口ドアが開いて遠慮がちに声を掛けられる。 「あ、ごめんなさい。まだ綺麗になってないんです」 目が覚めてトイレに起きたのだろうかと振り向いて謝ったけど、立っていたのは── 「デッ!デジタルさんっっ!?!?」 「ど、どうも~~……」 あろうことか、イタズラのダシにしたアグネスデジタルさん!! ヤバい……私もしかしてシメられちゃう!? 「どどどどどっっ、どんなご用でしょうか!?」 「あたしも、お掃除手伝いますんで」 「…………へっ?」
9 22/01/17(月)00:00:12 No.887670772
思いもよらない言葉。呆気に取られてるうちに、デジタルさんは予備のモップを手にして床を磨き出す。 「ど、どうして……。怒ってないんですか?」 「あ、や、怒ったりなんか!むしろウマ娘ちゃんにネタにしてもらえて恐縮というか──」 「はい?」 「あああ、いえ!こっちの話ですんで!!」 ブンブンと手を振ると、デジタルさんは遠慮がちな上目遣いになる。 「実のところ……なんであたしがネタに選ばれたのか、気になっちゃって。教えてくれません?」 「え……」 その問いかけに、私は返答に詰まる。 確かに。なんで私は、デジタルさんを選んだんだろう?どうして──…… 「────っ!!」 唐突に、頭の中に一つの光景が浮かんできた。今の今まで忘れていた記憶。 そうだ……私は……私は……!!
10 22/01/17(月)00:00:27 No.887670874
「──憧れたからです」 「え?」 「私、ダート走者なんです。だから目立つことはできないなって……。 けどデジタルさんはダートを走りながらも、芝も走れて。しかも先頭のウマ娘に食らいついて…… その姿にすごく勇気をもらったんです。努力すれば、私だって芝で走れるかもって」 そうだ。入学してすぐの頃に見たあのレースの光景。なんで忘れていたんだろう。 私にはちゃんと走る理由があった。選抜の先、その向こうに目指すものがちゃんとあったんだ……! 「私っ、きっと芝にも適性持った脚になります。そしていつかデジタルさんと並んで走ります! だから──だから。勝手なお願いですけど、待っててくれませんか!?」 「あ、あたた、あたしがウマ娘ちゃんの憧れ……!?」 思いの丈をぶつけると、デジタルさんは驚愕の表情で震え始めた。 「あたしをも、目標にして、ししし芝で走れるようがが頑張って……!」 その声も体も、どんどんブレが大きくなっていく。 「……デジタルさん?」
11 22/01/17(月)00:00:41 No.887670967
「それでもって最後にはあたしとレースで並んでぇぇーーっっ!? おおおぉぉおおおおお!!!!ふひょおぉぉおおーーーーーっ♪♪♪」 そして震えが最高潮に達したと同時に叫んだと思ったら、 ブバァァーーーーーーーッッッ!!!!! 盛大に鼻血を噴射した。 「きゃああああーーー!!デ、デジタルさーーーーーん!?!?」 「………………おふゅ」 トイレ中を真紅に染め直しながら、デジタルさんは自分で作った血溜まりに倒れ込む。 ちょうどその時、日付が変わった。
12 22/01/17(月)00:01:14 [s] No.887671161
おしまい。 アグネスデジタルの調子が絶好調になった!体力が120下がった!
13 22/01/17(月)00:02:53 No.887671760
またデジタルが死んだか…
14 22/01/17(月)00:09:16 No.887674192
よかったギャグだった
15 22/01/17(月)00:11:49 No.887675217
おおデジタル君よ!死ぬほど後輩を思うとはなんて気高い!
16 22/01/17(月)00:12:54 No.887675705
予告は達成されたな…
17 22/01/17(月)00:13:00 No.887675738
どうやら犯行予告は成功したようだな!ヨシ!
18 22/01/17(月)00:17:20 No.887677346
>おおデジタル君よ!死ぬほど後輩を思うとはなんて気高い! それを介抱する心優しいボク!! …あ、すまないね君、寮長呼んでくれる?
19 22/01/17(月)00:22:23 No.887679523
死んで情けないとは言わない王。は流石だな…
20 22/01/17(月)00:36:46 No.887685350
本当にトイレが血に染まってる…