ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
22/01/16(日)00:02:19 No.887277685
食べかけの皿にフォークが置かれる音が高く響いた。 ものすごく乱暴に置いたわけではない。ただちょっと投げやりに皿の上に置いたら、音が鳴っただけ。 それでもフジキセキは普段、そんな無作法をする子ではないから思わずいじっていたスマホから視線を上げて彼女の顔を見る。 「…ごめん」 「いや、別にいいけど。どうかした? 美味しくなかった?」 「トレーナーさんの料理はいつでも美味しいよ」 にっこり、完璧な笑顔で言ってくれるけれど、どうなんだろう。 一人暮らしだから料理はできるつもりでいる。でも所詮家庭料理レベルでしかなくて、オムライスだってふわふわトロトロの卵なんてつくれないからうす焼き卵でケチャップライスをくるんだだけの代物だ。 前にフジが作ってくれたにんじんオムライスの方がずっと美味しいと思うのだけど、不思議と気に入ったようで休日に遊びに来るたびリクエストしてくれる。聞き分けがよくて我慢強い担当のお願いは聞いてあげたくなるのが人情だ。
1 22/01/16(日)00:02:34 No.887277764
いつもと同じレシピで作ったのだけど、味がおかしかったのだろうか。今日は朝食の時間が遅かったのでフジの分だけ作って自分は食べていないから分からない。 半分程度食べ進められてはいるが、彼女のことだからそこまでは我慢して食べていたなんてことも有り得てしまう。 「何かあったなら言ってくれよ。一口貰っていいか?」 「それは、もちろん。でも本当に味はいつも通り美味しいよ」 差し出されたスプーンの上のひとかけらを口に入れる。たしかに、味は問題ないらしい。特別美味しいとも思わないけれど。 「じゃあどうしたの?」 「えっと……ちがうの、ごめんなさい。ちょっと動揺しちゃっただけで」 「何に?」 「トレーナーさんが、スマホを見ながらすっごく嬉しそうな顔してるから。誰と連絡してるんだろうって、思って……」 少しずつ小さくなっていく声にぱちぱち瞬きをする。 その間にも、手元のスマホはメッセージの着信を知らせるべくスポスポと間抜けな音を立てている。
2 22/01/16(日)00:02:48 No.887277853
「フジのお母さんだよ」 「えっ」 「見る?」 本人に見られて困るものでもないしなって、トーク画面を見せる。 未成年のお子さんを預かる以上、元々電話番号やメールアドレスは知っていた。しかし連絡となると学園を経由することが多かったので、以前直接会ったときに改めてメッセージアプリの連絡先も交換したのだ。 フジの出走情報や、学園の行事、メディア出演の予定などを共有する合間合間に、近況報告として画像のやり取りが挟まる。 練習風景だったり、トレーナー室や俺の部屋でくつろぐ様子だったり、学校行事で寮長の仕事をする姿だったり、当然だけどフジの写真ばかり送っている。 向こうからはお返しとばかりに小さな頃の彼女の写真が送られてくる。似たような構図だったりシチュエーションだったり。 『かわいいでしょう?』 如何にも自慢げな一文とともに、白まんじゅうみたいなキャラクターがニコニコしているデフォルト設定のスタンプ。こういうところはどこの母親も変わらないのだ。 「今日の写真が、特に可愛くてさ」
3 22/01/16(日)00:03:10 No.887277998
オムライスを前にお行儀よく手を合わせていただきますするフジの写真を送ったら、幼い頃の彼女がやはりオムライスを食べている写真が返ってきた。 小さな口に見合わない大きなオムライスを、子ども用のスプーンで一生懸命切り崩しては幸せそうに口に運ぶ。静止画だけでも伝わってくる可愛らしさに当時の撮影者も思わず連写したらしく、パラパラ漫画が作れそうな枚数だ。 「うわ、うわ……」 「オムライス好きなんだな」 照れているのか、頬に手を当てて顔を赤くしているフジに言うと肯定の返事がある。 「恥ずかしい……」 「あー…勝手に君の写真やり取りするのは、身内でも嫌か。ごめん。次からはちゃんと配慮する」 「そうじゃなくって、君があんまり幸せそうな顔をするから、誰と連絡してるんだろうって…つまり、その、恋人とかなのかなって動揺しちゃって……私、自分に嫉妬してたんだ」 「………えっと…あはは、残念ながら、可愛い担当の写真見てにやにやしてただけだよ」 こっちが動揺しそうになるのを、慌てて堪えて自虐的に笑ってみせる。
4 22/01/16(日)00:03:25 No.887278096
フジが、どうやら自分のことが好きらしいぞという自惚れじみた直感は、いつの間にかほとんど確信に変わりつつある。 あちらの方も隠す気自体ないらしく、しかし学生の身の上で告白してくるほど非常識な子でもない。こっちだって、教え子に手を出すほどヤバい大人でもない。それでも魅力的な女性から包み隠さぬ好意を示されている状況では、我慢にも限界があるわけで。 彼女と専属契約を結んでから三年経った今となっては、もう卒業さえしてくれればいいんじゃないかと思ってしまっている。 卒業して、大人になって、それでも俺のことを好きでいてくれるなら、こっちも好きだと言ったって構わないんじゃないだろうか。 そういう風に考えて、現状、休日のたびに一緒に出かけたり自分の部屋にフジがやってきたり、場合によっては泊まっていったりしても耐えていると言うのに、そんな可愛いことを言われると困る。
5 22/01/16(日)00:03:40 No.887278197
どうにか話題を変えようと「子どもができたらこんな感じなのかなって!」と吟味もしないまま考えた文章を口に出した。 「誰との子ども?」 「え」 「トレーナーさんと……私の?」 名前通りに宝石みたいだと思っていた青い目が、きらりと怪しく光る。そうすると、やっぱり宝石なんかじゃなくて生々しい生きもののパーツなのだと思う。 言葉に詰まった俺の、スマホを見せようと差し出した手に触れる仕草に、ぞわりと背筋が粟立つけれど不快感はない。 これがあのオムライスに目を輝かせていた少女と同一人物だと言うのだから、子どもの成長というものは恐ろしいと思った。
6 22/01/16(日)00:04:11 [s] No.887278500
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