22/01/13(木)22:02:16 ぐわん... のスレッド詳細
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22/01/13(木)22:02:16 No.886586965
ぐわんがらがーん!! 床と薄い金属板が奏でる想像通りの騒音にアタシは思わず肩をすくめて耳を畳んだ。 今は大掃除の真っ最中、押し入れの中を掃除中に上から滑り落ちてきた古びたクッキー缶は受け止める間も無く床に叩きつけられて、長く日の目を見ていなかったその中身を存分にぶち撒けた。 「あーあー、やっちゃった」 階下から聞こえる二重奏の「「だいじょうぶー?」」に「だいじょぶでーす」と答えて目の前の惨状に収拾をつけ始める。 「あ、へろへろトロフィーここにも入れてたんだっけ。こっちは現役時代のリボンに……折り紙の、指輪」 思いがけず床に溢れた思い出の中に、複雑に折り込まれた銀色の環を見つけて頬が緩む。 「懐かしいなあ……」 掃除中にアルバムなんかを見つけると作業そっちのけで見始めてしまう例の魔力にアタシも囚われてしまって、思考は記憶の海に沈んでいった。
1 22/01/13(木)22:03:34 No.886587431
トゥインクルシリーズ最初の3年間もとうに走りきり、並み居るライバル達を蹴散らし輝かしい成績を残した……とまでは行かなくとも、万年三着の称号は返上して随分久しくなったある日の休日。 だいぶアタシの私物が増えたトレーナーさんのお宅で、緩みきった午後を炬燵と共に過ごしていた。 もう何度もぐりこんだかわからないこの炬燵。かつては真新しかった天板に薄っすらと刻まれた小さな傷ひとつひとつにすら、彼と過ごした日々が籠っている。 湯に浸かるようなこの暖かさも、向かい合って座る彼との談笑も、悔しい思いを抱えたままの反省会も、一世一代の決意を決めきれずに結局いつも通りとなった数々の記念日も、全てが愛おしい思い出だ。 そんな郷愁にも似た感覚は、私がここに馴染みきった証左なのだろう。 いつか、ここを離れることになれば辛く感じるだろうが、それは今ではない。今はまだ、この心地よい暖かさを享受していたい。 なんて自分らしからぬ文学的な思いに脳を浸していると、盆にお茶とみかんを載せたトレーナーさんが台所から戻ってきた。
2 22/01/13(木)22:05:13 No.886588028
「うー寒い寒い……やっぱり電気ケトル買おうかなあ」 「お疲れ様でーす。でも炬燵の周りにモノ増やすと際限無く散らかるから良くないって言ったのトレーナーさんですよ」 初めてお邪魔した時にはソファに洒落たテーブルとテレビ、専門書の詰まった本棚のみで構成されていたこのリビングも、今やど真ん中に居を構える炬燵を筆頭に中々の生活感を醸している。 たとえば、あまりにも殺風景だからと置かせた背の低い棚には雑貨屋で見つけたレトロな目覚まし時計や小さな観葉植物、URAファイナルズの後に商店街の面々から贈られた小さなトロフィーが飾ってある。 そしてかつて専門書が幅を利かせていた本棚には、アタシの愛用するレシピ本や衝動買いした漫画、二人で観に行った映画の記録媒体等が納められていて、元々の住民はその大半がトレーナー室へ追いやられていた。 「うーん、そうなんだよなー。俺元々ズボラだからあえて最低限のものしか置かないようにしてた訳だし」 本人が言うほどズボラでも無いと思うけど、と普段の生活を鑑みて思う。 洗濯物は脱ぎ散らかしてたりしないし、食べ終わった食器は率先して洗ってくれる。
3 22/01/13(木)22:05:55 No.886588281
あ、でも仕事に熱中してる時はその限りじゃないかも。トレーナー室が酷い有様になってた事は一度や二度ではなかったはずだ。 「じゃあじゃあ、トレーナーさんのお部屋を掃除してあげてる人に感謝しないといけないんじゃないですか~?」 さあ褒めろと胸を張ると、彼も苦笑しながら頭を下げる。 「ははあ、ナイスネイチャ様におかれましては本日もご機嫌麗しゅう存じます。日頃の感謝を込めましてこちらを献上致します」 芝居がかった口調で恭しく差し出されたのはさっきのみかん。 「うむ、くるしゅうないぞ」 と尊大に受け取って、どちらともなく噴き出す。 こんな日々が永遠に続けばいいのに、なんて蜂蜜のような考えは次の瞬間、トレーナーさんから何気なく落とされた爆弾で綺麗に拭い去られた。
4 22/01/13(木)22:06:41 No.886588553
「そういえばネイチャさ、進路はどうするつもりだ?」 「…………え?」 進路。トゥインクルシリーズを永遠に走るウマ娘はいない。 あの絶対皇帝の会長さんすらも、長らく勤めたその役割を後進に託しドリームトロフィーリーグへと活躍の舞台を移した。 アタシの同期の間でも、遠くない未来の話としてチラホラ話が聞こえてくる。 走ることを続けるか、競走に終止符を打つか。 しかしその選択肢は、どちらを選んでも環境の変化は避けられないモノであることは十分承知している。 走ることを続けるのなら、ドリームトロフィーリーグへと歩みを進めることになる。 幸いにしてアタシの実績は、強豪犇めくドリームトロフィーに参加するのに相応しくない訳ではない。 しかしトゥインクルシリーズを主戦場とするここトレセン学園からは離れることとなり、それは同時にトレセン学園に所属する彼との別離も示している。
5 22/01/13(木)22:08:12 No.886589174
そして、競走から離れる道。 狭き門をくぐり抜けトゥインクルシリーズで一定の実績を残したアタシは、就職であろうと進学であろうと正直な話どうとでもなるだろう。 万年三着でそこそこの成績を修めて、ゆくゆくはお袋の店を継ぐのかもしれないなんてぼんやり考えていた昔とは違い、今ではアタシ自身にそれなりの価値がある事は承知している。 しかし進学就職どちらをとっても、今のアタシとトレーナーさん、指導者と教え子、レースという絶対的な大義名分を掲げた運命共同体としての関係は、白紙に戻る。 どちらをとっても、全ては今の環境を捨てるーー彼との関係を壊すーーことに繋がる。 「あ……進路ねぇ、進路……やだなあ考えてますよモチロン」 喉が渇く。 さっきまで感じていた包まれるような温もりも、引き潮のように消えていった。 今まで見て見ぬ振りをしてきたツケが回ってきた。 分かっていたのだ、このぬるま湯の様な甘い生活が永遠には続かないことなど。 炬燵の天板に残る傷を見つめる。 何も言えなくなってしまったアタシと彼の間に、少しの沈黙が流れる。
6 22/01/13(木)22:08:56 No.886589437
「悪い、ちょっと意地悪なタイミングだった」 ごめん、と彼の優しい声色が静寂を破った。 「ネイチャがさ、今の生活を気に入ってくれてる事はわかってるんだ」 はにかむように頬を掻きながら、でも、と言葉は続く。 「トゥインクルシリーズを走れるのももう長くはない。ネイチャ自身がどうするかも含めて、決めておかなきゃないことだ。それに……俺にも、チーム設立の話が来てる」 長くアタシの専属を続けてきた彼も、既に新人ではなく中堅と呼ばれるくらいに実績を積んでいる。複数のウマ娘を任せられるには充分な程に。 「そんなこと言われても……わかんないよ……」
7 22/01/13(木)22:09:42 No.886589701
一度心のうちを吐き出してしまえば、あとは堰を切ったように溢れるだけ。 「アタシは、トレーナーさんと、貴方とここまでやってきた。貴方とだから、アタシなんかに寄り添ってくれた貴方とだからここまで来れたんです……ドリームトロフィーに行ったって、進学したって就職したって、貴方がいないんじゃ……」 後に続く言葉は小さな嗚咽に飲み込まれて消え、残ったのはさっきよりも重く、苦しい沈黙。 いやだなあ、トレーナーさんの一着は譲らないなんて言っておいて、いざとなるとこうだ。結局アタシはこの数年間、彼に寄りかかっていただけなんじゃないのだろうか。 「…………ごめんね。アタシ、今日はもう」 「いや、ネイチャ。顔を上げて、今から俺の言うことを聞いてくれないか」 逃げようとするアタシを捕まえると、よし、と彼は居住まいを正して、アタシを正面から見つめ返してこう言った。
8 22/01/13(木)22:11:08 No.886590222
「ナイスネイチャさん。俺は、もし君がドリームトロフィーに行ったとしても、君のトレーナーでいたい。君がまだ自分を信じ切れないなら、俺に支えさせて欲しい。君と夢を一緒に見たいんだ」 彼はここで一息ついた。 スウ、という一呼吸が、何分にも何時間にも感じる。 「そして、もし君が走る事を辞めるのだとしても、その……俺の一着であり続けて欲しい。俺を君の隣に、いさせて下さい」 何度も何度も確かめるように、慎重に、吟味する様にゆっくりと紡がれた言葉はまるで。 「えっとあの、それって……プロポー」 「待ってネイチャまだ俺と君は教師と教え子。それ以上はストップ、ストップです!」 誰が聞いてる訳でもないのに慌ててアタシの口を塞ごうとする彼の姿に、先程までの陰鬱な空気もどこかへ霧散して、後に残るのは慌てふためく彼とそれを見て笑うアタシ。
9 22/01/13(木)22:12:13 No.886590648
どうして彼はいつもアタシが欲しい言葉をくれるんだろう。 ずるいなあ、と思っても胸に溢れるのはいつもと同じ心地よい暖かさ。 「トレーナーさん、アタシ可愛くないですよ」 「可愛いよ」 「キラキラしてないし」 「俺にはずっと輝いて見えてる」 「面倒臭いし」 「知ってる」 「知ってるってアンタ……そこはなんか違うこと言ってくれませんかね」 「事実を述べたまでだよ」
10 22/01/13(木)22:12:56 No.886590896
甘い雰囲気から突然の塩対応に温度差で風邪を引きそうだ。 そんなにアタシの面倒臭さをご存知なら、存分に発揮してあげましょうとも。 「ふーんそういうこと言うんだ……あーあーネイチャさん傷ついちゃったかもなーたづなさんの前でうっかり口滑らせちゃうかもしれませんなー」 「え"、あのちょっとドリームトロフィーに向けて辞表出す前に懲戒解雇になるんで勘弁して」 「あーあーこんな傷心はなにかプレゼントが無いと治りそうもないですねー」 そう言いながら意味ありげに左手の薬指を彼の前でチラつかせる。
11 <a href="mailto:オワリ">22/01/13(木)22:13:54</a> [オワリ] No.886591271
「あー、ネイチャ。贈りたいのはやまやまなんだけどせめてそういうのは卒業してから……」 気まずそうに頭を掻く彼に私は、棚から一枚の紙を取り出して静かに差し出した。 「アタシは今ここで、欲しいんです」 作ってくれますよね、とは口に出さない。 もうあの温泉旅行よりも時は過ぎて、言葉は無くとも、想いは伝わる。 「仰せのままに、お姫様」
12 <a href="mailto:s">22/01/13(木)22:15:20</a> [s] No.886591740
ナイスネイチャにコタツでプロポーズしたい人生でした
13 22/01/13(木)22:15:24 No.886591773
乾燥した冬の空気がしっとりしてきた
14 22/01/13(木)22:15:43 No.886591902
あーーいけませんいけませんよこの部屋暖房効きすぎですことよ
15 <a href="mailto:オマケ">22/01/13(木)22:17:13</a> [オマケ] No.886592455
「で、結局どうすることにしたのさ」 「んー?進学してドリームトロフィー行くよ。テイオーもそうでしょ?」 「あったりまえじゃん!じゃあネイチャのトレーナーもトレセン辞めるんだね」 「辞めさせませんよそんな勿体無い」 「え?ドユコト?」 「ふふふ、これをご覧なさいな」 「えーとなになに?『日本ウマ娘トレーニングセンター学園レーススタッフ養成課程パンフレット』……ナニコレ?」
16 22/01/13(木)22:17:52 No.886592686
確かにネイチャはこういうルートに行くだろうという安心感
17 <a href="mailto:オマケ">22/01/13(木)22:18:30</a> [オマケ] No.886592903
「トレセン学園の、アタシ達中高等部の競技者とはまた別の課程なんだけどね。扱いとしては専門学校に近いんだけど、学び方によってはサブトレーナー資格ぐらいまではいけるらしいのよ」 「それで?」 「ここに入学し直すことでトレセンから所属を移さずに今のまま指導を受けられて、尚且つうまくすれば将来はトレーナーさんのチームのサブトレーナーの座も狙えるってこと」 「つまり?」 「キラキラキャンパスライフを諦める代わりにトレーナーさんとずっと一緒にいられるってわけ」 「ネイチャこのパンフ貰っていいかなありがとじゃあ今度はちみー奢るからまたね!」バタバタ 「頑張りなさいなー」
18 22/01/13(木)22:19:48 No.886593371
卒業後ネイチャの幻覚増えろー
19 22/01/13(木)22:20:53 No.886593773
つっよ…
20 <a href="mailto:オマケ?">22/01/13(木)22:25:44</a> [オマケ?] No.886595521
「いやー、アタシも青かったなー」 「何が?……ってうわ、また懐かしいものを」 「おかーさんそれなに?ゆびわ?」 「んー?これはパパから貰った大切な指輪なんですよー」 「いーないーな!あたしも欲しい!パパ作って!」 「いい「ダメでーす。これはママがパパの一着である証拠なんでーす」 「ぶー!ママのケチ!」 「はいはいアンタにはママが作ってあげますからそれで勘弁してくださいな」 「え!やったー!」 「ふふ、ウチの娘チョロカワ~」 「その前に大掃除の続きやるぞー」 「「はーい♪」」
21 22/01/13(木)22:26:57 No.886595985
ダブってた声誰かと思ったら…
22 22/01/13(木)22:27:59 No.886596407
抱けー!抱けー!抱いてる!!
23 22/01/13(木)22:28:34 No.886596648
寒くて乾燥する季節にちょうどいいステキな話だった…
24 22/01/13(木)22:29:32 No.886597039
旦那の頭大丈夫?そろそろキテる?
25 22/01/13(木)22:33:23 No.886598494
こ う し
26 <a href="mailto:s">22/01/13(木)22:38:31</a> [s] No.886600503
旦那さんの頭はネイチャさんが頑張って管理してくれているはずです コタツネイチャは書きたいことがどんどん出てきて仕事が手につかなくて困る困らない困る
27 22/01/13(木)22:49:33 No.886604894
>「トレーナーさん、アタシ可愛くないですよ」 >「可愛いよ」 >「キラキラしてないし」 >「俺にはずっと輝いて見えてる」 >「面倒臭いし」 >「知ってる」 パーフェクトコミュニケーション…
28 22/01/13(木)22:51:39 No.886605860
またネイチャとトレーナーさんがイチャイチャしてる…
29 22/01/13(木)22:52:59 No.886606468
>コタツネイチャは書きたいことがどんどん出てきて仕事が手につかなくて困る困らない困る どんどん書いてくれ
30 22/01/13(木)22:58:05 No.886608420
まるでアタシが頻繁にコタツでトレーナーさんとイチャ…話してるみたいじゃないですか