※幻覚ウ... のスレッド詳細
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21/12/13(月)02:04:46 No.875878109
※幻覚ウマ娘の話がメインとなります
1 21/12/13(月)02:05:15 No.875878183
11月下旬、トレセン学園、教室にて。 「デジちゃん」 彼女の椅子に座るアグネスデジタルに、一人のウマ娘が話しかけてきた。 「どうしたんですか、プレちゃん」 アグネスデジタルは彼女の顔を見て、言葉を返す。 アグネスデジタルの瞳に映るのは、大きな瞳をしたボブカットの黒めの鹿毛色のウマ娘。同級生にして芝のマイル路線で競い合う一人、プレストンだった。 「デジちゃんって、次のレースって香港カップなんだよね?」 「はい、そうですけど…」 その言葉を聞くと、プレストンはにっこりと笑うと目を輝かせ 「私も出れるかも、香港マイル!」 と言った。
2 21/12/13(月)02:05:45 No.875878272
11月中旬、マイルチャンピオンシップ。 そこでプレストンは二着だった。 北九州記念で一着、続き毎日王冠でも一着。G3とG2では見事な成績を修めたが、肝心の彼女二つ目のG1、朝日杯以来となる栄冠には、あと一歩届かなかった彼女である。 しかしその走りが認められたのだろう。どうやらレース後に、すぐさま今回の話は前に進んだようである。 「おぉお!!!本当ですか!?」 アグネスデジタルも同級生のG1出走に、同じ香港に行けることに目を輝かす。 しかし 「あっ」 と考える素振りをし、 「でもプレちゃんってパスポート持ってました?アレ、交付まで一週間くらいかかるみたいですよ」 と怪訝な顔をする。
3 21/12/13(月)02:06:07 No.875878336
「そこは大丈夫だよ。パスポートは持ってないけど、昨日お父さんにも話したし、住民票とか送ってくれるって言ってくれたから」 それを聞いて 「はー」 とアグネスデジタルは胸を撫でおろした。 何せ海外遠征は手間がかかり、時間が必要なことは、彼女がトレーナーの様子を伺う限りでなんとなく察していたことである。 やる気はあっても出場が出来ないとなれば、なんとも言えない気持ちの重さを背負う結果になり、それを心配した彼女だった。 「あー、なら安心ですねッ!あとはトレーナーさんに頑張ってもらいましょう!!!」 と胸を張り笑うアグネスデジタル。 それをニコニコと眺めるプレストンだったが、頭に描いたのは昨日、父親に海外遠征を打ち明けた際の事だった。
4 21/12/13(月)02:06:34 No.875878414
「香港に遠征する?」 「はい」 電話にて。プレストンはトレセン学園栗東寮の自室にて、父親に香港マイルの話を打ち明けた。 しばらく沈黙が漂った後、 「…大丈夫か、お前」 という返事がスピーカーから彼女の耳に響く。 その声は低く、しわがれており、年老いた頑なな男親の声色そのものだった。 「お前、昔から慣れない土地に行くと体調崩してたじゃねぇか。よりにもよって香港なんて…」 難色を示す彼の言葉に 「大丈夫です、絶対。それに、香港には仲のいい同級生も一緒ですし、トレーナーさんも一緒です。だから何とかなりますよ。それに…お父さん。私も成長しました。昔よりは慣れましたって、色んな場所に行くこと」 捲し立てるように彼女は話す。
5 21/12/13(月)02:06:59 No.875878484
どうにか香港に行きたい。少しでもG1レースに出たい。 それはかつてはNHKマイル最有力候補とされながらも、直前で骨折し、それからは鳴かず飛ばずの成績である焦りも若干あるのかもしれない。 ただ、彼女が香港に行きたいという想いは本物であり、それがどこか苦手な父親にも真っ向勝負で話をしようと思わせた原動力であった。 しばらくの沈黙の後 「…明日準備して送る」 と苦々しい言葉とともにしわがれた声がスピーカーから響き、その瞬間彼女は胸をなでおろした。 そして 「ありがとう、ありがとね。お父さん」 と喜びの声色で感謝の言葉を述べる。
6 21/12/13(月)02:07:15 No.875878530
そして電話を終えると、かけていた椅子に深く座り込み、 「はぁ~~~~……」 と大きく息を吐いた。 そして 「あぁ~…緊張したぁ…」 とため息を吐いた。 彼女が緊張する理由。それは、彼の父親がかなりの高齢の頑固親父だったからだ。 昔から一緒に歩くとよく言われたこと。「おじいさんですか?」「可愛いお孫さんですね」という言葉。それほどまでに彼と彼女は年齢差が離れていた。だからだろう、娘を大事に思う父親の想いも非常に大きなものだった。トレセン学園に入る時も反対されたくらいだ。そう簡単に父親の意思は変わるものではない。 だが、ちゃんと意思を伝えれば最後には折れてくれる。渋々ながらも、ではあるが。 こうして彼女はまず、香港への第一関門をどうにかクリアしたのだった。
7 21/12/13(月)02:07:42 No.875878596
12月上旬。香港マイル開催、4日前。早朝 トレセン学園栗東寮前。 「ちゃんと荷物は持ちましたか~?忘れ物はありませんか~?」 プレストンは一人のウマ娘に心配そうに話しかけられていた。背が高く、豊満な身体。そして母性に溢れる雰囲気を持った彼女、スーパークリークに。 「大丈夫ですよ、クリークさん。昨日ちゃんと確認しましたから」 「うーん…」 その言葉を聞いて尚も、スーパークリークは不安そうに彼女を眺めた。 プレストンはなぜか入学してからこのスーパークリークというウマ娘に気を掛けられていた。まるで母親のように接してくる彼女に、戸惑いを覚えつつも、なんだかんだ邪険にはできないプレストンだった。 そんな2人に 「クリークさん、プレストンさん」 と話しかけてきたウマ娘がいる。黒く艶のある髪。落ち着いた雰囲気のウマ娘。
8 21/12/13(月)02:08:01 No.875878639
「エイシンフラッシュさん」 その名がプレストンの口から語られる。彼女の名前はエイシンフラッシュ。彼女は二人に軽く一礼すると、プレストンの方を見て 「プレストンさん、香港遠征、頑張ってきてください」 と落ち着いた音階で語り掛けた。 「はい!」 それに気合十分に答えるプレストン。 それをにっこり見ると、続いてスーパークリークの方に振り向き 「クリークさん、そろそろ時間です。飛行機は遅刻したら便に乗れなくなってしまいます。心配なのはわかりますが…そろそろ」 と語り掛け 「…はい、そうですね」 とスーパークリークも深く頷いた。
9 21/12/13(月)02:08:34 No.875878737
そして 「じゃ、行ってきます!」 とプレストンが深く頭を下げると 「「いってらっしゃい」」 と、2人のウマ娘が揃って笑顔で送り出す。 門をくぐってすぐ外に止まっていたのは、銀色のメルセデスベンツ・SL。 「おはよ、プレストン」 そして車の傍に立った、彼女に話しかけてきた男性。彼こそがプレストンのトレーナーだった。 「おはようございます、トレーナーさん!今日からよろしくお願いします!」 そう彼女が頭を下げると 「うん。じゃ行こっか」 と彼は微笑んだ。 2シーターのお世辞にも広いとは言えない車にどうにか荷物を彼女は積み込むと、そのまま2人を乗せた車は空港へと走り出す。
10 21/12/13(月)02:08:53 No.875878782
「そういえばさ」 「はい」 「お父さんから電話あったよ」 とトレーナーは話し始めた。 「えっ!?」 驚いた声を出すプレストンを見て苦笑すると 「『娘になにかあったらただじゃおかない』って」 「えぇ…」 と申し訳なさそうにするプレストンに、少しだけ笑ってみせると 「愛されてるね、プレストン」 と余裕のあるような調子で彼は話した。
11 21/12/13(月)02:09:27 No.875878880
ただ (元よりそのつもりだけどね) と、隣に座ったウマ娘を、絶対に栄光の舞台に立たせると、鋼の意思を強く胸に持つ。 デビューしてからずっとこのウマ娘と歩んできた。骨折から調子が優れず、朝日杯から遠ざかった栄冠の座を、異国の地で取らせるとそんな想いを胸に車を走らせる。 空港へと走るクーペを、朝日が照らし、銀色の車体を太陽の色に染めていく。 二人の運命の舞台は、太陽昇るその東の先、香港である。
12 21/12/13(月)02:09:56 No.875878961
同日、午後。香港国際空港、ロビー。 「大丈夫か、プレストン」 真っ青な顔つきのウマ娘を、心配そうに一人の若い男性が宥めていた。 ウマ娘の耳は前後左右に動き落ち着きなく、明らかになれない土地に入れ込んでいるのが見て取れる。 見知らぬ土地に来た時の恐怖と精神的な反動。海外に来た今回、明らかにそれは、プレストンの中から強く顕在化していた。 「だ、大丈夫です、と…」 トレーナーさんと言おうとしたプレストンだったが、声が震えて出てこない。そしてその場に座り込んでしまった。 「落ち着いて…。しばらくここに居よう。大丈夫、大丈夫だから…」 そう彼女の肩を抱き、一緒にしゃがんで寄り添うトレーナー。 「すみ…すみま」 「無理にしゃべらなくていいから。ゆっくり行こうよ」 空港にいる乗客達が、2人を見ながらも立ち去っていく。 そんな人の群れの中で、トレーナーは笑顔を作り、会釈をしながらも時間は刻々と過ぎていった。
13 21/12/13(月)02:10:25 No.875879055
結局、2人がホテルに着いたのはすっかり日の落ちた、夕方と夜の境目の時間帯となっていた。 当日はシャティンレース場に入るはずだったが、それも叶わず1日目を終える。 「プレストン、ごはん食べられる?」 彼女の部屋にて。ベッドに横になるプレストンに、トレーナーは話しかけた。 プレストンは無言で首を振り、 「そっか」 とトレーナーはただ頷く。 そして 「じゃ、俺は自分の部屋に戻るから。何かあったら電話で…」 と彼は去ろうとした。しかし 「おっ……」 彼はその場を離れられなかった。彼の左袖を、プレストンがつかんでいたから。 「プレストン…」 と彼が呟くと、プレストンは恥ずかしそうに布団にもぐってしまう。
14 21/12/13(月)02:10:52 No.875879113
それを見て少し微笑むと 「分かったよ」 と言い、彼女が満足するまでその場にいることにしたトレーナーだった。 金曜日。香港マイル2日前。朝。香港市内、ホテルにて。 「何やってるんですか貴方」 ホテルの朝食会場にて。プレストンのトレーナーは、ある一人の男性に話しかけられた。きつめの目つきをした眼鏡をかけた男性。アグネスデジタルのトレーナーである。 「あぁ、プレストンの朝食を取りに」 「そうではありません」 言葉を遮ったアグネスデジタルのトレーナーの顔は、どこか不機嫌そうなそれだった。 「貴方、ちゃんと事前調整は出来ているのですか?」 彼の口から出てきた言葉に、プレストンのトレーナーは決まりが悪そうに視線を逸らした。
15 21/12/13(月)02:11:15 No.875879162
出来ているか問われたのは、自分の担当するウマ娘の事前調整。2日後に行われる香港マイルに挑む、最後の仕上げ。 他のウマ娘は日曜日から現地入りしているが、プレストンだけは出走する決定がギリギリとなった都合もあり、出発するのが遅れ、到着したのは一昨日、水曜日のこと。 だから一刻も早く現地の芝に慣れ、調整する必要があるのだが、プレストンがシャティンに現れた気配がない。アグネスデジタルのトレーナーは、そのことを感じ取っての発言したのだった。 「実は…」 と切り出そうとした彼だったが、 「まぁ、立ち話もなんですし、席について食べながら話しましょう」 と促され、一緒に食事をとることになった2人である。 そこでプレストンのトレーナーは全てを話した。香港に到着した時から入れ込んでしまっており、食事もまともに取れていないこと。若干、彼女の精神は安定してきたものの、未だ付きっきりだということ。
16 21/12/13(月)02:11:45 No.875879236
一通り話を聞いたアグネスデジタルのトレーナーは、眉をひそめてため息をつき 「何やってるんですか貴方は」 と再度言った。 「本当ですね…申し訳ありません」 自分の不甲斐なさに頭を下げる彼だが 「私に謝ってどうするんですか」 と、アグネスデジタルのトレーナーが言い放ち、それにまた彼は頭を下げた。 沈鬱な雰囲気の中、 「トレーナーさん、おはよーございまーす」 と能天気な声を響かせて一人のウマ娘が現れた。アグネスデジタルである。
17 21/12/13(月)02:12:00 No.875879272
「あぁ、デジタル。おはようございます。よく寝られましたか?」 「アッハイ!ホテルのマットレスちょっと固いですけど、もーぐっすりですね~」 その言葉に嘘偽りはなさそうだった。というより、このウマ娘、異国に来て緊張するとか、食べ物が合わないとか、二日後にG1レースがありプレッシャーで押しつぶされそうとか、そのようなこと一切何も考えていないようである。 二人のトレーナーは顔を見合わせると 「貴方」 「はい」 「このウマ娘、どう思います?」 「その…強いですね」 「図太いというんです、この場合」 「…はい」 「一つ、私に提案があるのですが」 「…お伺いできますか?」 自分を見ながら二人のトレーナーがなにやら話していることに、状況が分からず首をかしげるアグネスデジタル。 (え…デジたん、またなんかやっちゃいました?) と、首をかしげるのだった。
18 21/12/13(月)02:12:23 No.875879327
12月中旬、日曜日。香港・シャティンレース場、第7レース。 芝2400m、G1、香港マイル。 天候は曇り。バ場は良。 バ道にて。 「落ち着いていきなよ。大丈夫だから」 「はい!」 プレストンは額に緊張の汗をかきながらも、赤と黒のドレスのような勝負服を纏い、そこにいた。 遂にG1レース、香港マイルが始まろうとしている。 金曜日、どうにかプレストンはシャティンのターフの上に立ち、事前調整を行うことができた。ただ、級友のアグネスデジタルを傍に携えて。
19 21/12/13(月)02:12:46 No.875879393
メンタルの調子が絶不調状態の彼女に対する、起死回生の策。それはアグネスデジタルとの共同調整だった。 最初はターフに立つことも渋った彼女だったが、彼女のトレーナーとアグネスデジタルの励ましによって、どうにかベッドを這い出ることができた。異国の地に来てもあっけらかんとしており、全く調子が崩れていないアグネスデジタルの雰囲気がうつったのか、徐々に彼女のメンタルは快方へと向かい始めた。 しかしそれでも現状、調子は100%ではない。それでも立つしかないのだ。もう目の前に舞台が迫っているのだから。 「おい」 そんなウマ娘とトレーナーに話しかけてきたウマ娘がいる。小柄で黒鹿毛の髪をしたウマ娘。先程行われた引退レース、香港ヴァーズで悲願のG1を制したキンイロリョテイである。 キンイロリョテイはずかずかと2人に歩み寄ると 「お前、ちょっと向こう言ってろ」 とトレーナーにガンを飛ばした。
20 21/12/13(月)02:13:07 No.875879450
「えっ…あの…」 と戸惑うトレーナーに 「はーや-くー!!!」 と噛みつかんばかりの勢いのキンイロリョテイに、流石に少し彼もたじろいだ。 続いてプレストンの方をキンイロリョテイが見ると、がばっと彼女の肩を抱く。 「ひっ…!!!」 とプレストンが恐怖の色を見せたその瞬間 「…猫カフェ」 とキンイロリョテイの口からぼそりと言葉が零れた。 「え?」 訳が分からずぽかんとするプレストンに 「…猫カフェ!…勝ったら連れてってやる」 と低い声で一言いうと、彼女はプレストンの肩を離し、そのまま去っていった。
21 21/12/13(月)02:13:43 No.875879539
「だ、大丈夫か!?プレストン!!!」 「あ、はい…」 心配そうにトレーナーが駆け寄ったが、プレストンの様子はどこか呆気にとられていた。 「多分、勝ったら遊びに行こうと言ってくれたんだと…思います」 とプレストンが言うと、安心したようにトレーナーはため息をつく。 「ふふっ…」 そんな彼の様子を見て。プレストンの口から自然と笑みが零れた。この時、少しだけ調子が上向きはじめていたことに、プレストンもトレーナーも気づかずにいた。
22 21/12/13(月)02:14:02 No.875879572
『さぁ体制完了…。ゲート開いた!!!』 発送のベルが鳴り響き、駆けていく14人のウマ娘。香港マイルが遂に始まった。 プレストンの枠は14番。最も大外からのスタートである。 『おおっと!ちょっとバラいついたスタートになりました!!!』 一部のウマ娘が出遅れをし、ばらけたスタートとなった本レース。しかし (よしっ…!うまく出れた!) プレストンはまずまずのスタートを切り、中団外目のポジションを獲得した。 向こう正面のスポットからのスタートとなる本レース、まず初めに長い直線がプレストンの目の前に広がる。スピードが乗りやすいはずの直線だが、皆抑え気味に走り、バ群は少し縦長に、ウマ娘たちは第三コーナーめがけて突っ込んでいく。
23 21/12/13(月)02:14:23 No.875879627
そして第三コーナー。 (速く…なってる!?) プレストンはそう感じた。 この局面からスピードが徐々に上がり始めたのだ。コーナー中で加速すると外に膨らみライン取りが困難になる。ラインを外れれば無駄に距離を走ることになり、体力と向き変えに支障をきたす。 そのリスクを鑑みても脚色を輝かせるということは、それだけコーナー功者がこのレースに参加しているという証でもあった。 (絶対についていく…!) 彼女も必死に第三コーナーを回り、そして第四コーナーに入っていく。ポジションは相変わらず外目・中団。内側を走っているウマ娘と比較すると、マイルとはいえ明らかなロス。しかしそれでも尚、彼女はそのポジションを明け渡そうとしない。目の前にウマ娘の影がないからだ。
24 21/12/13(月)02:15:03 No.875879727
(このまま、このポジションを維持して…!ホームストレッチで勝負に掛ける!) マイルにはレースのすべてが詰まっていると言われている。スピード・駆け引き・そして一瞬の判断。勝負のすべて詰まった90秒だと。 彼女もその意味で、リスクとリターンを一瞬で判断する上で、立派なマイルウマ娘と言えた。 『さぁ先頭はチャーミー!しかし二番手との差は半バ身位!!!第三コーナーを過ぎて、第四コーナーに差し掛かります!!!』 大きな順位変動はなく、そのまま第四コーナーにかけていくウマ娘達。そしてペースも変わらず速くなる一方、ホームストレッチへの意識が向き始める。 (ここからが、本当の勝負…!!!) 第四コーナーの出口があっという間に迫ってくる。最後の直線、決戦の舞台が、プレストンの目の前に現れようとしていた。
25 21/12/13(月)02:15:34 No.875879806
「グラス、どう見ますか?このレース」 観客席にて。エルコンドルパサーは隣にいたグラスワンダーに話しかけた。 「400mを通過して、第三コーナーから明らかにペースが変わりましたね。先団がスピード上げて、後続がついてこれるか、ふるい落としにかかってます」 「そうデスよね。プレストンちゃんは…」 「外目中団ですね。差し切るにはいいポジションですが…」 ここでグラスワンダーの口が止まった。 「第四コーナーの出口、デスね」 エルコンドルパサーが彼女の心中を代弁したかのように話し、グラスワンダーもそれに頷く。
26 21/12/13(月)02:16:10 No.875879887
「第四コーナー出口を抜ければあとは直線。当然、皆、後は走りきるだけですから、出口付近には皆競って加速し、殺到しはじめます。レースに参加するウマ娘たちが、皆それなりの実力を兼ね備えている場合、その時に外を走ると…距離の長い外を走るとどうなるか…ですが」 そう2人が話しているうちに、遂にその第四コーナー出口にウマ娘たちが殺到し始める。 『さぁ第四コーナーを抜けて先頭はチャーミー!!!おおっとプレストン苦しくなってきた!?』 (うぐっ…) プレストンのラインが更に外にふれていく。 内側から抜け出そうとし、殺到するウマ娘の圧。それに押されて更に外側に膨らんでいく。 「いけない…!!!」 グラスワンダーが思わず口に出す。外に膨らんだため、直線に対して向き変えするテンポが明らかに遅れたのだ。 『さぁチャーミーに並んでくるはオルランドゥ!!!しかしその差は半バ身!!!後続もすごい脚て上がってきた!!!』 そんなプレストンを差し置き、ウマ娘たちの脚が伸びる。
27 21/12/13(月)02:16:31 No.875879941
「プレストン!!!」 「プレちゃん!!!」 プレストンのトレーナーとアグネスデジタルが思わず叫ぶ。 しかしプレストンは諦めていなかった。必死にターフを駆け、力強い脚色で前へ前へと加速する。 (この程度で…!!!) 身体を低くし、一気に直線を駆け抜けるプレストン。 (私だってここまで来たんだ…!) 脳裏に浮かんだのはトレーナーのやさしげな顔。 (たくさん励ましてもらって、頑張ってここまで来たんだ!!!) そしてトレーナーに心配ばかりかけた、この香港での毎日。 (絶対に…!!!) そして残り300mを切ったその瞬間、 (絶対に勝つんだ!!!) プレストンが一陣の風と化す。
28 21/12/13(月)02:16:49 No.875879975
『さぁ先頭は変わらずチャーミー!!!オルランドゥ苦しくなってきたか!?そして外からプレストン!!!外からプレストン!!!』 「はぁぁぁぁああああああ!!!!!」 叫んだプレストンの脚が光り輝いたように伸びていく。他のウマ娘たちと格の違う加速度。 (なにこの子!?!?!?) (うそでしょ!!!???) あっという間に置き去りにされていく他のウマ娘達。 『何だこれは?!何だこれは!!??一気に来た来た!!!!!プレストン!!!!!』 その脚色は留まることなく伸び続ける。 『差し切った!!!差し切ったプレストン!!!!!』 残り100mを残して先頭に立ったプレストンは 『リードを2バ身!!!いや3バ身残して!!!プレストン、大歓声の中ゴールイン!!!!!』 圧勝で香港マイルの頂点を手にしたのだった。
29 21/12/13(月)02:17:07 No.875880016
「よくやったなぁ…よくやったよプレストン…」 「えへへ……」 バ道にて。満面の笑みのトレーナーに抱き着かれ、どこか恥ずかしそうに、そして満足そうに、プレストンは喜びいっぱいで立っていた。 火照る身体から汗が流れ、滝のように身体を濡らす。 加えて人のぬくもりが彼女を包み込むが、その暖かさも、12月の香港の寒さからすれば、どこか心地よいものに思えて仕方なかった。それは決して単純な熱量のためだけではないだろう。 「はっ、やるじゃん、アイツ」 少し離れたところから、キンイロリョテイがそれを見て、憮然と立っていた。しかしその表情は少しだけ柔らかく、どこか微笑んでいるようにも見えるものである。
30 21/12/13(月)02:17:43 No.875880098
そんな最中 「ぷれじゃぁぁぁぁあぁあんんッッ!!!!!」 と抱き着いてきたウマ娘がいる。大号泣のそのウマ娘の名を彼女は知っていた。アグネスデジタルである。 「もうッ!!!もうッ!!!あたし感動しましたッッッ!!!!ワンダフルなッ…すごい…すごいレースでしたぁ!!!!!」 大興奮でわんわんと泣くアグネスデジタルにプレストンは微笑み 「ありがと、ありがとね、デジちゃん」 と声を掛ける。 その言葉を聞いて、さらに泣き出すアグネスデジタル。 そこに 「何やってるんですか貴方」 と声を掛けてくる男性がいた。 「あ、トレーナーしゃん…」 と涙で溢れた顔をそのままにアグネスデジタルが振り向く。その顔を見てげんなりとした表情をしたかと思うと、 「次、貴方のレースでしょうが」 と言い、彼女の首根っこを掴んでプレストンから引きはがし、そのまま強制連行する構えを取り始めた。
31 21/12/13(月)02:18:06 No.875880146
そう次のレースは第8レース。芝2000m香港カップなのである。 「あ”あ”~~~~~~」 と引きずられていくアグネスデジタルに、 「おい、オタク」 と話しかけてきたのはキンイロリョテイだった。 「はいぃ?」 と首を傾げたアグネスデジタルに、 「お前も勝てよ。今回の遠征の日本総大将なんだから」 と声を掛けた。 それに合わせてプレストンも 「そうですね。頑張ってねデジちゃん。日本総大将!」 と呼びかける。 「はぁ…」 といつものぼんやりした顔に戻ったアグネスデジタルだったが、『日本総大将』という言葉の意味を測りかねていた。
32 21/12/13(月)02:18:40 No.875880224
控室にて。 香港カップ、直前。 2人はパイプ椅子に腰かけ、レース前最後のミーティングに臨んでいた。 「あの、トレーナーさん」 「何ですか、デジタル」 アグネスデジタルは首を傾げ 「日本総大将ってなんですか?」 と問いかけた。自分がそのように呼ばれている意味が分からなかったからだ。 「貴方、Jpn1の南部杯を勝ってますし、G1ではマイルチャンピオンシップと秋の天皇賞を勝ってますよね」 「アッハイ」 「今回の出場メンバーの中で一番格上なんですよ」 「へー……」 それを聞いてもアグネスデジタルの心はどこかぼんやりとしていた。 そのぼんやりの中から、続いて別の疑問が湧き上がってくる。
33 21/12/13(月)02:20:31 No.875880497
「あの、トレーナーさん」 「何ですか、デジタル」 「今日、リョテイ先輩が、引退レースの香港ヴァーズで勝ちましたよね」 「勝ちましたね」 「それでさっき、プレちゃんが久々のG1タイトル取りましたよね」 「取りましたね」 ここで一瞬の沈黙が訪れた。 時計の針だけが響く部屋の中、アグネスデジタルの顔色が俄かに青ざめ始める。 「この後、あたしのレースですけど…これ勝たなきゃヤバいやつじゃありませんか?」 香港遠征。日本のウマ娘G1をなんと2勝の快挙。それに一番格上の自分が負けたらどうなるか、ようやく事の重大さに気づいたアグネスデジタルに 「負けたら、日本に帰れませんね」 と、トレーナーはにっこり笑い、アグネスデジタルに『絶対に勝ってこい』と暗に宣告する。 滅多に見られないトレーナーの笑顔。 そこから全ての意図を感じ取り、顔面蒼白になったアグネスデジタルだった。
34 21/12/13(月)02:22:03 No.875880676
こんな話を私は読みたい 文章の距離適性があっていないので失礼する 明日香港カップ書いて終わりにします 長文となり恐縮ですがおつきあいいただけますようお願いいたします いままでのやつ fu610910.txt
35 21/12/13(月)02:23:01 No.875880826
長い
36 21/12/13(月)02:23:33 No.875880903
なっが…
37 21/12/13(月)02:24:28 No.875881007
カドラン賞みたいな長さだ
38 21/12/13(月)02:26:13 No.875881259
ナイス力作
39 21/12/13(月)02:29:18 No.875881671
最近力の入った怪文書が多いのありがたい…
40 21/12/13(月)02:29:58 No.875881754
リョテイさんの不器用な優しさいい…
41 21/12/13(月)02:32:25 No.875882087
いよいよきたか…総大将…!
42 21/12/13(月)02:33:22 No.875882227
ああ香港魔王の覚醒かあ
43 21/12/13(月)02:35:36 No.875882503
こんな熱い展開ってもしかして原作当時ものすごく盛り上がったのでは?
44 21/12/13(月)02:38:02 No.875882863
次は香港スプリントの世界のローーーードカナロァァァアが読みたいですねぇ
45 21/12/13(月)03:06:15 No.875885918
主役はデジたんなんだけどレース描写やキャラの描写が深くて凄く読ませるな…
46 21/12/13(月)03:19:37 No.875887082
>こんな熱い展開ってもしかして原作当時ものすごく盛り上がったのでは? リョテイさんに全部持っていかれてデジタル陣営が俺らは!?って怒る盛り上がりだった
47 21/12/13(月)03:40:08 No.875888592
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
48 21/12/13(月)03:43:28 No.875888813
かわいい…
49 <a href="mailto:す">21/12/13(月)07:10:52</a> [す] No.875897724
>1639334408717.png かわいい… 手書きありがとうございます!