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『あの... のスレッド詳細

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21/12/11(土)00:28:05 No.875089669

『あのぉ……それはもう……好きってことじゃないですの……?』 好きなんじゃないか──酒に呑まれて消えたはずの記憶の中で、唯一思い出せるその言葉がやけに頭にこびりついて離れない。 まるでその言葉を聞いた時の衝撃がそのまま刻みこまれたように……何度も何度も頭の中で、あの時と同じ腑抜けた声で繰り返されている。 好きなんじゃないか。 いや、あんなやつなんて……。 そうこの感情を否定する度に、自分の中にしまい込んだ気持ちが余計押し寄せてくる。 あんなに殺風景だったはずの部屋に置かれた小物、初めて来たときには何もなかった台所に一通り揃えられた調味料。 一緒に仕事をするのは当たり前で、一緒に住むのも当たり前。 いつの間にかこうやって隣に座って時間を過ごすことでさえいつも通りになってしまった。 じゃあそんな日々を過ごしてきて、今更やっとこの感情に気が付いたのかと言われれば……勿論そうじゃない──本当は、ずっと前から気づいていた。

1 21/12/11(土)00:28:34 No.875089816

「なんか最近部屋の物増えてない?」 『そりゃあ前に住んでた部屋を解約したからな』 「居候じゃん」 『これまでとあんま変わってないしいいだろ』 「まあそうだけど……」 移動が面倒だからと言ってここに住みはじめたあの日、あるいは最初に交わったあの日、あるいは……最初に目を付けられたあの日から、この鼓動はもう動き出していたのかもしれない。 ──でも俺はずっとそれをありえないものとして扱い、ずっと見て見ぬふりしてきた。 自分で自分を欺き、分からないふりをして、ずっと逃げている──何かを失うかもしれないということが、何か起こるかもしれないということが怖くて仕方ないから。 命を得れば知らない誰かに醜いと罵られた。 生きていくことを得れば病気で死にかけた。 走る事を得れば事故でまた死にかけた。 何かを得る度に悪夢が生まれた記憶と向き合いながらも、どうあがいても消えないそれが呪いのようにずっと伸し掛かっている。 何の犠牲もなしに何かを得ることは許されない──いつしか俺にとっての人生はそういうものになっていた。

2 21/12/11(土)00:29:03 No.875089953

だから俺が真っ当な幸せなんて手に入れたら、あいつに何か起こるんじゃないかって……根拠が無いと分かっていないと分かっていても、いつも最後の一歩を踏み切れずにまた嘘を重ねてしまう。 「そういえばさ、昨日の車の中で言ってた事覚えてる?」 昨日の車の中というのは、おそらく帰りに迎えに来てもらった時のことだろう。 確かいきなりマシュマロから一緒にお酒を飲もうと誘われて……それで俺が大人数は嫌だと言ったから二人だけで飲む事になったまでは覚えてる。 本当は乗り気じゃなかったものの、結局は何故か夜遅くまでバカみたいな量を飲んで、その後は迎えに来てもらったどころかどうやって帰ったのかも覚えてない。 『酔ってたんだから覚えてるわけないだろ』 一体泥酔状態で俺は何を言ったんだろうか。 覚えてはいないが、考えなくてもある程度は分かる。きっと罵詈雑言だとか、愚痴だとか、いつものように俺らしい品のない話でもしていたに違いない。酔っていたのならなおさらだ。 酔ってでたらめを言うのは今回に限った事じゃない。笑うなら笑え。

3 21/12/11(土)00:29:31 No.875090097

その程度が記憶に残ったものだとしても、二人しか聞いていなかった会話なんてすぐに忘れる……また関係のない話でもしていれば、そのうち考えてたことも忘れられるから。 「『大好き』……みたいなこと言ってた。まあ酔ってたから冗談で言ったんだろうけど……」 薄っすら笑いながらも、若干落胆を含んだ声でそう言った。 嘘はつかれてない。つかれてないし、なんならこっちも冗談を言ってない。 例え隠したり、誤魔化したりしたとしても、この気持ちを冗談だと思った事なんて一度たりともない──でも残っていたのは、伝わらなかったという現実だけだった。 時間を積み重ねて、酒に頼って、二人きりの空間になって、そこまでしてやっと勇気を出して捻りだしたであろう嘘偽りない言葉が、伝わらなかった。 覚えていたかったようで、覚えていなくてよかったとも思える事実。 「それでも嬉しかったけどさ」 『……へぇ』 ……でも、そういえば俺も同じような事……してたような。

4 21/12/11(土)00:30:07 No.875090289

なんで素直に受け取ってくれなかったのかという疑問より真っ先に思い浮かんだのは、向けられた好意をいつも受け流している自分だった。 伝えたいことがちゃんと伝わらない、ちゃんと受け取ってくれない。俺が今感じていることは、いつもの俺がしていることそのままだった。 たった一回だけでこんなに心が辛くなるとは今まで思いもしなかった。 そして俺はそんなことも知らずに、ただの予感だけで、ずっとあいつに対してこれを繰り返してきた──自分に帰って来てから今更気づくなんて……俺はどうしようもないバカだ。 「普段からも言ってくれたらいいん──」 『なんで本心だと思わなかった』 「いや、それは……酔ってたから」 本当は今だって言いたい。もう隠すのを辞めようって何回も、何十回も思った。 しかしそう思う度に、何回も、何十回も恐怖が邪魔してきた。 『……なぁ……お前は、まだ俺が好きか?』 「え……うん。好きだけど」

5 21/12/11(土)00:30:49 No.875090524

でも今は違う。 今はこの恐怖を超えて、言わなくちゃいけない。 ここで言えなかったら、今までしてきたことの償いがもう一生できない。 「……ぁ……わ……わた…………」 言わなくちゃ。 今は怯えてる場合じゃない。 あと少し、あとはもう喉まできた言葉を吐き出すだけだ。 「……わ…………わた」 「わた?」 たった二文字が言えなくたって良い。 言えなくとも──あの時言ったのは本音だということさえ伝われば、それで良い。

6 21/12/11(土)00:31:08 No.875090623

「……わたし……も」 なんで日本語で言ったのかは分からない。 ある種の改心か、せめてもの謝罪か……分からないけれど、どうだっていい。 不安と恐怖でいっぱいだったことも、声が震えていたことも、涙でぐちゃぐちゃになった視界のことも、どうだっていい。 やっと伝えられた──今はそのことだけしか頭に無かった。 『……やっと言ってくれた』 『ずっと……一緒に居てくれ』 『最初からそのつもりだから……ほら、泣かないで』 泣かないでと言いながら、慰めるように抱きしめてくれたそいつは泣いていた──この時をずっと、ずっと待っていたかのように。

7 21/12/11(土)00:31:31 No.875090742

今更過去の態度を許してくれとは言わない。 何十……いや、何百もの想いが、今になってやっと一返ってきたなんて、割に合わないにもほどがある。 だからこれからは償うことを許して欲しい。 あの時荒んでいた心を癒してくれたような、 好意だけで尽くしてくれたような……恥ずかしくて無理そうな言葉じゃなくとも、何か行動や態度で償わせて欲しい。 『……こっち向いて』 貪るように互いの舌が唾液と共に音を立てて絡み合い、相手の息が続かなくなるぐらい続いた、長い長い口付け──それは未だに胸に残る不安に怯えながら、弱く脆い姿を晒し続ける状態での精一杯の償い。

8 21/12/11(土)00:31:50 No.875090850

償いなんて言ったら、きっとあいつはまた勝手に罪悪感を感じてしまうだろうから……俺は一生をかけて、誰にも知られず償っていこう──布越しの温もりを感じながら、そう強く、心の中で決心した。 『……後悔するなよ』 『うん……分かってる』 ……いやでも、もしかしたらこんな状態じゃなくとも、相変わらず言葉に出来なくてこれくらいしかできないかもしれない。 まずは母国語で言いたいことを伝えるのが先かな……

9 21/12/11(土)00:32:05 No.875090923

『死ぬときも一緒?』 『急に忌々しいこと言うなよ……』 『……そっか』

10 21/12/11(土)00:32:21 No.875091014

次は時間が約9年後に飛びます 後3回か4回ぐらいで終わります これまで fu603944.txt

11 21/12/11(土)00:34:46 No.875091862

これで死別は辛い耐えられない

12 21/12/11(土)00:35:40 No.875092137

最初の回で死んだとは言ってないからまだ分からん!

13 21/12/11(土)00:36:38 No.875092480

いつもながら長文お疲れ様です…

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