虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

1 21/12/06(月)18:05:18 No.873722636

「あっ、いえ、あの……はい、どうぞ。どういったご用でしょうか」 「そう緊張しないでくれ。何度も一緒に出撃した仲だろう」 「はい……」 　何度も一緒に出撃したから問題なのだ。

2 21/12/06(月)18:05:29 No.873722680

　乳母バイオロイドであるマリアは、「そばにいる人の所持品・身だしなみを瞬間的にチェックし、足りないものは整える」という、本能にも近いスキルを持っている。彼女自身にそんなつもりはないのだが、この身だしなみチェックを行っている時のマリアはかなりの「圧」を放っているらしく、どんなバイオロイドでも（AGSさえも！）これをされている間はぴたりと動きを止める。 　戦闘員として出撃した時でも、新たな敵と遭遇するたび味方の身だしなみを検めだすので、マリアがいるとほぼ常に戦闘の第一手を差し止められることになる。あまりにも不向き、ということで、出撃する機会もほとんどなくなっていたマリアなのだが、そのスキルに思わぬ使い道を見いだしたのが司令官だった。

3 21/12/06(月)18:06:56 No.873723058

「いったん落ち着いて艦砲射撃を誘導した方が効率的だと頭ではわかっているんだが、会敵するとつい白兵戦のモードに入ってしまう。いつも艦橋から命令ばかりしている身がたまに前線に立つと、逸ってしまっていかんな。貴殿のおかげで、毎回頭を冷やすことができて感謝している」 「あ、ありがとう……ございます」 　龍はマリアに動きを止められると、頭が艦隊指揮官のモードに切り替わるらしい。司令官がいちいち口頭で指示しなくてもばんばん砲撃指示を出せる、というので、ここのところマリアは毎日のように龍とペアで出撃させられている。 　しかし、いかに戦術として有効とはいえ、ご主人様の右腕として連合艦隊を束ねるあの無敵の龍が、たかが一介の乳母に戦闘のたびいちいち「待った」をかけられて、いい気分のはずがない。何気なく振る舞っているように見えても、心中には憤りや恨みが渦巻いているのではないか。そう思ってマリアは、出撃時以外は極力龍と距離を取るようにしてきた。のだが。

4 21/12/06(月)18:07:10 No.873723121

「一昨日の遠征は特にきつかった。何度か流れ弾が行ったと思うが、怪我などは大丈夫か」 「あ、はい……」 「それは何を？　カフェの噂は聞いていたが、なかなか訪れる機会がなくてな。おすすめなどあったら教えてほしい」 「はい、あの、タンポポ茶です。すみません、私もあまり詳しくは……」 「そうか」 「はい……」 「……」 「……」 　気詰まりだ。 　そもそもマリアは、あまり会話が得意なタイプではない。口数の多い乳母は嫌われるものだ。オルカ内でも、よく話すのは上司であるアレクサンドラにLRL達子供組、あとはポルティーヤくらいしかいない。

5 21/12/06(月)18:07:34 No.873723234

　まして、相手はブラックリバーのトップだ。第一次連合戦争世代のアレクサンドラやソワンと違い、戦間期生まれのマリアにとって、ブラックリバーのバイオロイドの初期関係性カテゴリーは「潜在的な敵」である。もちろん今は同朋であり、旧時代の確執に意味はないとわかってはいるが、積極的に関わる気にはどうしてもなれない。 　話のはずまない、つまらない女だとわかれば、じきに呆れて立ち去ってくれるかと期待したが、龍は泰然と座ったままこちらを見ている。何か、明確な目的があるのは明らかだ。 「あ、あああのっ」とうとう耐えかねて、マリアは声を上げた。 「ご、ご用件が……おありなのですよね。私にできることでしたら、何なりと」 「ふむ」 　龍はフーッ、と長い息を吐く。 「……そうだな。本題に入らせてもらおう」 　それからまっすぐマリアの方へ向き直り、眼差しをすっと細めた。

6 21/12/06(月)18:08:04 No.873723348

「マリア。貴殿がハロウィンの時に着ていた衣装だが……あの格好は、閣下の好みか？」 「はい？」 　何を言われたのか、一瞬わからなかった。よく考えてみても、やっぱりわからない。 　ぽかんとしたマリアの顔を見て、龍は目を伏せて軽く咳払いをする。 「私の部隊の、セイレーンを知っているか。AG-2Cセイレーンだ」 「あ、はい。何度かお見かけしたことが」 　亜麻色の髪の、可愛らしい女の子だったはずだ。龍はうなずくと、気持ち身を乗り出して声を低めた。 「これは内密にしてほしいのだが……先日閣下が、彼女の服を小官に賜った」 「服……？？？」 「同じデザイン、という意味ではないぞ。彼女の服、そのものだ」 　頭の中で、セイレーンの姿を思い出す。確か下は青いミニスカート、上もかなり小さくてぴったりした、涼しげなセーラー服だった。小柄で華奢な彼女によく似合っていたが、あれを長身でグラマラスな龍が着たら……大胆、というのはやや控えめに過ぎる表現だろう。

7 21/12/06(月)18:09:02 No.873723608

「閣下の趣味……ならばまあ、やぶさかではないのだが、あまりに奇抜なのでな。懲戒か降格か、何か別の意味が込められているのではないかと懸念している」 　龍は椅子の背にもたれかかり、腕を組んでちらりとこちらを見た。 「……貴殿は、以前あのハロウィン衣装を着て、閣下の寝室へ出向いたと、噂に聞いたのだが……」 　凜々しい眉を八の字に寄せ、頬を赤らめているその顔が、マリアは急に、ひどく可愛らしく見えてきた。 　しぜん口元が緩んでしまって、失礼に思われないようあわてて手でかくす。 「あ、あの、ええ。それは間違いなく、ご主人様の好みだと思います。私があの衣装で寝室にうかがった時も、たいそう喜んで……可愛がって下さいました」 「そ、そうか！　うむ、それなら心配ないだろうな！」 　龍の顔がぱっと明るくなる。こんな顔を見るのは初めてだ。戦場で見るのはいつも、勇ましくも猛々しい横顔ばかりだった。 「ご主人様の趣味は、時々ちょっと、あの、びっくりさせられますよね」 「まったくだ。まあ、英雄色を好む、というやつなのかもしれん」

8 21/12/06(月)18:09:18 No.873723671

　頬を染めつつ、苦笑いをしてみせる龍。その前に何も置いていないことに、マリアはようやく気づいて慌ててポットを取った。 「あっ、あの、気がつかなくて！　タンポポ茶なんですけど、あの、無料で飲めるお茶の中では一番美味しいと思います」 「いただこう。悪くない香りだ」 　カップをもう一つ取ってきて、茶を注ぎながら、ようやくマリアは落ち着いて龍の顔を見ることができた。 「髪、お綺麗ですね。いつも、櫛を持ち歩いてらっしゃいますよね？」 「ん、そうか？　ありがとう。これでも一応、武官の長だからな、気は使っている」龍は鷹揚に笑う。「こんな所で持ち物検査は勘弁してくれよ」 「あら、じゃあ次の出撃には櫛の予備を持って行きますね」マリアも破顔する。初めて、彼女と会話ができた気がした。 「でもセイレーンさんの服なんて、どうやって入手なさったのでしょうか」 「それがどうも、本人に黙ってこっそり持ち出したらしくてな……」

9 21/12/06(月)18:09:32 No.873723724

　その後、しばらくして、 「無敵の龍が、小さすぎるセーラー服をぱつんぱつんに着て夜の廊下を歩いていた」 　という噂がオルカを飛び交った。 「あんな偉い人が、そんなおかしな格好しませんよねえ」 　ポルティーヤの言葉に、マリアは思慮深くだまって首を振るにとどめた。 　ただ、 （あとで、セイレーンさんとお話しして、悩んでいるようなら相談にのってあげよう） 　と心の内に書きとめ。 　そして、ブラックリバーのバイオロイドに自分から話しかけようなどと生まれて初めて思ったことに気づいて、少し微笑んだのだった。 End

10 21/12/06(月)18:12:27 No.873724525

セイレーンかわうそ…

11 21/12/06(月)18:17:37 No.873726012

私こういう実際のプレイング落とし込んだ怪文書好き！

12 21/12/06(月)18:18:25 No.873726245

龍マリア編成のマリアさんはめっちゃ胃が痛いと思うんだ まとめ fu591351.txt

13 21/12/06(月)18:22:41 No.873727370

セイレーンちゃんかわいそう 次からテティスちゃんの服借りるようにしなきゃ

14 21/12/06(月)18:38:48 No.873731952

なおオルカカフェでは無料（野草茶とか劣化した昔の茶葉とか）と有料（ちゃんとしたの）の 二種類の飲み物を出してるという想像です

15 21/12/06(月)18:56:25 No.873737532

>セイレーンちゃんかわいそう うｎ >次からテティスちゃんの服借りるようにしなきゃ ……まあメスガキならいいか

16 21/12/06(月)18:58:06 No.873738092

(後ろでピカピカしてるLRL)