虹裏img歴史資料館

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21/12/06(月)01:03:27 女心と... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1638720207545.jpg 21/12/06(月)01:03:27 No.873580325

女心と秋の空。その言葉通り天気が崩れやすい季節ではあるが、当然その逆の場合もある。 長雨が続く週だったのが週末が近付くにつれ急速に雲が薄れ始め、 土曜日には秋晴れが一面に広がる絶好の行楽日和となった。 遮るもののない青空からの日差しを受け、山々を染め上げる紅や黄の色も一層彩り鮮やかに目に映る。 山間に作られた遊歩道は先日までの雨などなかったかのように乾いていた。 「トレーナーちゃーん、早く早くう~~!!」 はしゃいで先行するマヤノトップガン。その足元で黄色い絨毯を作るイチョウの葉も、踏まれて小気味よい音を立てる。 今日は久々のオフの日なのだが、こうしてトレーナーを連れ立っての紅葉狩り。 もうすっかり恒例となったデート!というわけである。 ちなみに紅葉狩りに決まったのはシーズンということと、 風流を嗜むグラスが大人っぽいという会話を耳に挟んだからだったりする。

1 21/12/06(月)01:03:52 No.873580431

「あ!あそこ、絶景スポットかも!」 ゆるやかに傾斜のかかったイチョウ並木の道を上がっていくと、 コースから外れた木々の向こうにぽっかりと開けた場所が見えた。 崖っぷちということもあり、さながら展望台といった感じだ。 「写真撮ってくるから、しばらく待っててくれる?」 「ああ。じゃあここで休憩してるよ」 トレーナーはおあつらえに設置された木製ベンチに腰を掛ける。 「撮影に夢中になりすぎて崖から落ちないようにな!」 「アイ・コピー!」 分かってるもの、と景気よく答えマヤノは一人そちらに向かう。 林を抜けるとまるでそこから世界が切り替わったかのように、大空と山々のパノラマが視界いっぱいに広がった。 「うんうん、いい感じー☆」 取り出したスマホを掲げ、早速何枚か試し撮りしてみる。 「……う~ん?」 しかし撮れた風景を確認して、今一つ納得のいかない顔になった。

2 21/12/06(月)01:04:09 No.873580510

風景写真というものは、カメラを構える高さや角度が僅かに異なるだけで印象も大きく変わるものである。 そのことに気付いたマヤノは、今度は慎重に目の前の景色と画面を見比べて調整を始める。 なにせ自分のウマッターに載せるつもりのものだから。可能な限り最高の一枚を撮っておきたい。 自分と同世代の人気ウマッターを見るとアカウント主がポーズをキメて写っているものが大半だが、 さらに年上の成人女性の アカウントでは人の写っていない風景写真も多く使用している。 静と動。その両方を駆使するのが大人の手法──。 そう『わかっちゃった』ので、今回採用してみようというわけだ。 コツを掴んだらマヤノは強い。これだと感じた配置でシャッターを切る。 紅と黄はわざとバランスを偏らせ、少ない黄色が紅を引き立てるように。 空の占有率も低めに。ここまで鮮やかな青だと紅葉の主張を殺してしまう。 ついでにアクセントになるよう、木の生えていない岩肌の部分も入れておく。 そうして収めた写真は一目でカレンダーに採用されそうなほど、申し分のない一枚に仕上がった。 「えへへ~~~♪よしっ!!」 満足げに頷くと、足取り軽く来た道を戻る。

3 21/12/06(月)01:04:25 No.873580574

「トレーナーちゃん、お待たせーーーっ!!」 早速写真を見せて褒めてもらおうとマヤノは駆け寄る。 しかしベンチに座るトレーナーは微動だにしない。 「……トレーナーちゃん?」 速度を落としてそっと近づき、俯き気味の顔を覗き込む。 トレーナーは目を閉じたまま規則正しい呼吸をくり返していた。 「あーーっ!寝てるしーーー!!」 マヤノは背を正して頬を膨らませる。 女性をほったらかして居眠りなんて。ましてやデートの真っ最中に! 今日の予定はまだまだいっぱいあるのだ。 山頂に着いたらもう二・三枚の風景とツーショットを撮っておきたいし、 お出かけ報告用にみんなに渡す綺麗な落ち葉も拾っておきたい。 下山したら駅前の喫茶店でポップに出てたマロンケーキと紅茶の紅葉セットを楽んで、 それから、それから──……とにかく、予定は詰まってるのに!!

4 21/12/06(月)01:04:40 No.873580634

「もぉぉ~~~っっ!!起き──」 大きく口開いて抗議の声をぶつけようとした、その瞬間。 ブワッ……!! 秋風が強く吹き抜け、舞い上がったイチョウの葉が何枚も顔に貼りついた。 「きゃふ……っ!?」 慌ててそれを払いのけると、 「…………ハア」 短い息だけを吐いて口を閉じる。 出鼻をくじかれ、怒る気持ちも不完全燃焼になってしまった。 しかたないので横に腰かけ、改めて寝顔を眺める。 ──トレーナーの表情には安らぎからくる緩みはなかった。口を真一文字に結んで、仏頂面にも見える。 眠りに身を委ねるつもりはないのに睡魔に意識を奪われた時の寝顔。

5 21/12/06(月)01:04:55 No.873580701

「……ここのところ、ずっと忙しそうだったもんね」 泊まり込みも何度かしてたはず。……もしかして、今日のお休みも頑張って都合つけたのかな。 そう考えていると、トレーナーの身体がぐらりと傾いた。 「わわっ!!」 反射的に肩に手を当てて支えたマヤノは、自分の行動にフフッ、と笑い声をこぼしてしまう。 さっきは自分で起こそうとしてたのに。とっさに「トレーナーちゃんが起きちゃう!」って焦っちゃった。 こうなってしまっては、もう無理矢理起こせない。 マヤノはゆっくりと支えている手の力を抜いていき、倒れてきたトレーナーの頭を自分の肩に置いた。 二人の体勢が崩れないよう正面を向き、息を付く。 「────ふう」 その瞬間、一帯の空間を静寂が支配する。。 空白感が頭に広がり、マヤノの思考を一旦停止させるほどに。

6 21/12/06(月)01:05:26 No.873580842

イチョウ並木に音を立てるものは何もない。鳥の鳴き声さえ響かない。 黄色の葉がくるくると回転しながら散り落ちていくけれど、 その不規則な動きはむしろ静寂を際立たせていて。 「………………」 突如訪れた静寂に呆け、マヤノは動けずにいた。 音の無い光景の中では日光を透かす紅葉のきらめきが一層強く映る。 湧き立つように色彩を放ち、包み込むように。 その中で視覚以外に伝わるのは、自分とトレーナー、二人きりの気配。

7 21/12/06(月)01:05:39 No.873580898

それを知覚した時、マヤノの心が何かに触れた。 ただそこに在る世界。緩やかに流れる時間。 実体のないものの感触が確かに伝わり、胸をくすぐっていく。 (なんだか──……) 常にキラキラを追い求め動いているマヤノ。 そんな彼女にとって、その感覚は馴染みのないものだったが……

8 21/12/06(月)01:05:53 No.873580965

「……ん……──っ!?」 唐突に頭の中でスイッチが入り、意識が戻る。 まずい。うたた寝してしまっていた。 まどろんだ記憶すらないことにトレーナーが狼狽していると、 「あ、トレーナーちゃん起きた?」 すぐ真横から優しく声をかけられた。 いつの間にかマヤノが戻っていて、自分の隣に座っている。 「……どれくらい寝てた?」 「うーんとね、30分くらいかな」 「そっか、悪い!」 慌てて立とうとするトレーナー。その服の裾をマヤノが掴んで止める。 「もう少し、こうしていたい」 「……ここで?」 「うん」 そのまま引っ張られて座り直すと、マヤノは手を離して正面を向く。

9 21/12/06(月)01:06:07 No.873581043

少し傾き始めた太陽の下、山の木々はまた別の彩を見せ始めていた。 「~~~~♪」 動かず、喋ることもなく。 マヤノはただ静かにその中に身を委ね、秋という季節を感じている。 ──自分は本当は、どれだけの間寝ていたのだろう……? 先程別れた時よりもずっと大人びて見えるマヤノの横顔を、トレーナーはまじまじと見つめるのだった。

10 <a href="mailto:s">21/12/06(月)01:06:47</a> [s] No.873581181

秋の間に書きあげるはずだったものを供養投下。 雰囲気ものなので、過ぎ去った季節を感じてもらえれば。

11 21/12/06(月)01:07:10 No.873581253

少女は一瞬で女になる いいね…

12 21/12/06(月)01:10:14 No.873581974

どんどんいい女に成長していくマヤノを見守れるなんて幸せだろうな

13 21/12/06(月)01:18:01 No.873583580

そんな急に大人っぽくなられたらドキッとしちゃうじゃん!

14 21/12/06(月)01:30:08 No.873585883

めっちゃ綺麗な文章で好き

15 21/12/06(月)01:35:42 No.873586848

いい秋をありがとう

16 21/12/06(月)01:36:04 No.873586927

パパ!どうなんですか!

17 21/12/06(月)01:40:56 No.873587848

これでとても秋を感じたから今はきっと9月か10月なんだろう

18 21/12/06(月)01:46:17 No.873588798

今年もあと3ヶ月で終わりかぁ~

19 21/12/06(月)02:06:25 No.873592147

マヤらしさいっぱいで良い…

20 21/12/06(月)02:26:33 No.873594947

いい空気感だ…秋のイチョウ並木に2人だけの空間…

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