21/10/18(月)23:36:10 ふと我... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1634567770778.png 21/10/18(月)23:36:10 No.857840003
ふと我に返ると、冷たい冬の風が私たちを襲いました。 「しかしこんな寒い時期にびしょ濡れでは体調を崩してしまうよー……モルモット君、替えの服はないのかい?」 「本当に人任せだなお前は……アイツのご家族が服を貸してくださるとのことだから、着替えてくるか?」 そう言われて、タキオンさんと二人で少し悩んだのですが。 「……いや、そろそろ散骨も始まるだろう。そんなに長くないだろうから、終わってから着替えさせていただくよ」 「……そうですね」 タキオンさんの言葉に頷き、空を見上げると。 二羽のカモメが、互いにじゃれつくように飛び回っていました。 まるで、いつかの自分とトレーナーさんを見ているかのようで……。 ……ダメですね、いつまでも引き摺られていては……。 fu444538.txt
1 21/10/18(月)23:37:03 No.857840407
そう自分に言い聞かせて、こみ上げてくる感情を、必死に押し殺して。 最後くらい、穏やかに見送ろう、と、そう心に決めた……はずでした。 「あ……」 タキオンさんが、海の方を見つめて声を漏らしました。 私とモルモットさんも、そちらへ目線を向けると。 ご家族の方がまさに今、散骨を始めるところでした。 「見届けたまえ、カフェ」 「……はい」 最後にトレーナーさんに会えて。小さな贈り物も貰えて。 あとは、トレーナーさんを見送るだけでした。 普通ならボートなどで沖合いに赴いて遺骨を撒くのですが、近隣に漁業等ご迷惑になってしまう相手がおらず、地域の理解が得られたため。 また、少しでも多くの人に見送ってもらえるように、と。 小さな岬からの散骨となる、とのことでした。 岬にご家族の方が並んでいて。 その……手元には……。
2 21/10/18(月)23:37:32 No.857840590
「……待って……」 覚悟は決めた、はずでした。 「……待って、トレーナーさん……」 見送るために、色とりどりの花びらが撒かれて。 「行かないで……ください……トレーナーさん……」 それでも、私の足はよたよたと、岬に向かって進み始めてしまって。 「……やっぱり、嫌です……一人に、しないで……」 そんな私を、タキオンさんが弱々しく引き止めます。 「タキオンさん……離して、ください」 「……カフェ、そんなことでは……トレーナー君は、旅立てないよ……」 「……それで、あの人が……そばに留まってくれるなら……」 口から溢れた本音を耳にしたタキオンさんは、背中から力強く、抱きしめてきて。
3 21/10/18(月)23:37:53 No.857840707
「あぁ、きみのトレーナー君は大バカ者で最低なやつだ……心を通わせ、自分を愛してくれた者を遺して、勝手に逝ってしまったのだからな」 見下げるような物言いとは相反して。 タキオンさんの言葉には、自身もどこか諦めきれないような、未練がましい色が感じられました。 「それでも……どんなに酷いやつでもね……ちゃんと送り出してやらなきゃいけないんだよ、カフェ……」 「……分かってますっ……分かってます、そんなことっ……!」 頭では分かっているんです。 それでも子どもの駄々のような気持ちが。 タキオンさんと一緒に、涙ながらに抱きしめてくれているお友だちの存在が。 どうしても私に残された最後の未練を、断ち切らせてくれませんでした。
4 21/10/18(月)23:38:09 No.857840811
『それではこれより、散骨を』 ウマ娘の耳に、最後の言葉が聞こえました。 ご家族の方が名残惜しむように、遺骨が包まれているであろう小さな封を、海上にかざしました。 「さぁ、カフェ」 「……ええ、分かってます。分かってますから……」 再度、覚悟を決めようと。 噛み締めた唇の端から、僅かに血が滲むのを感じます。 こんな距離で見えるはずがないのに。 さらり、と。 トレーナーさんが、海へと舞うのが見えて。 ……そんなときに限って。 どうして。 思い出が、頭を過るんですか。
5 21/10/18(月)23:38:24 No.857840908
『カフェとなら、夢を見ていい気がするんだ』 子どものように無邪気な笑顔。 『ごめん……俺が至らず、勝たせてやれなかった……』 ぼろぼろと互いに泣いた、悔しい夜。 『美味しいなあ、すっかり俺よりもコーヒー淹れるの上手くなったね』 内心、何よりも楽しみだった、昼下がりのコーヒーブレイク。 『……そういうの、勘違いされるからやめたほうが、いいぞ……?』 私の気持ちを知ってか知らずか、顔を真っ赤にしながら置かれた距離。 『カフェは暖かいなあ……もう少し……手、握っててもらってもいいかな……』 私の風邪が伝染って寝込んでいたときに漏れた、ほんの弱音。 そして、菊花賞に勝った、あのときの。 『いつまでも、見ていたいな……カフェが先頭を駆け抜ける姿を』 目に焼き付いて離れない、あなたの横顔。
6 21/10/18(月)23:38:46 No.857841029
「おい、カフェ!」 だから私は、きっとまだ私のことを心配している、あの人に。 もう大丈夫ですよ……と。 返事をしなければならないんです。 タキオンさんの手を振り払い、砂浜へと走り出て。 海に向かって、あらん限りの大声を張り上げて。
7 21/10/18(月)23:39:07 No.857841170
「トレーナーさん!」 滲む視界。 「私、もう、心配をかけませんから!」 落ち行く夕陽。 「オペラオーさんも、ドトウさんも、他の強者も蹴散らして!」 その水平線のどこかに。 「きっときっと、あなたに勝利を捧げますから!」 あなたはきっと、いるのでしょうか。
8 21/10/18(月)23:39:28 No.857841282
「あなたが信じて、夢をかけてくれた、この足で!」 この声は、届いているのでしょうか。 「必ず、あなたと私の名前を、刻んでみせますから!」 もし、そうならば。 「だから……」
9 21/10/18(月)23:39:44 No.857841393
だから。 「だから、どんなに遠くても、旅立った先でもいいですから……」 「……私を見守っていてください……」 「……それくらいの我儘は……許してください……トレーナーさん……」 あの人は、私の叫びを聞き届けてくれたでしょうか。 目の前に広がる、大海原で。 「どうか……安らかに……」 行ってらっしゃい、トレーナーさん。
10 21/10/18(月)23:40:01 No.857841490
散骨を終えて。 心の叫びを全て吐き出して。 涙は乾いて。 胸中にあるのはただ、勝手に結んだ、トレーナーさんとの約束。 「……すっきりしたかい、カフェ」 すすり泣いているタキオンさんの頭を撫でながら、モルモットさんが語りかけてきました。 「……強いんですね、モルモットさんは」 「きみらよりは幾分か長く生きてるからね……こういった場も、初めてではないさ」 そうは言いつつも、やはりどこか寂しげで。 改めてトレーナーさんが旅立っていったことを、心から実感せざるを得ませんでした。
11 21/10/18(月)23:40:22 No.857841602
「モルモットさん、お願いがあるんですが」 「何かな?」 「タキオンさんからも言われていましたが……しばらくの間、私のトレーニングを見ていただけませんか」 そう伝えると、モルモットさんは一瞬驚いた表情をしてから、すぐに不敵な笑みを浮かべて。 挑発的な声色で、発破をかけてきました。 「随分都合のいいことを言ってくれるね……今から有マまでに、調整が間に合うかな?」 「間に合わせますよ」 迷いなく答えた私の表情に、モルモットさんが再び、驚きの表情を見せます。 「有マと、それにあの人が出てほしいと言っていた、春の天皇賞……誰が相手でも、私は勝ちにいきます」 「……どうやら本気みたいだねぇ、カフェ」 涙を拭いながら、タキオンさんが正面に立ちます。 「いいとも、私も併走でも新薬の開発でも、何でも助力しようじゃないか!」 いつものようにふんぞり返って、こちらを見下すように宣言するタキオンさんに。
12 21/10/18(月)23:40:47 No.857841768
「ええ……実験でも何でも、勝つためならどんなことでもやりますよ……」 「お、おぉ……!? カフェ、随分気合が入っているねぇ……!」 「ただ勿論ですが……ルール違反にならない範疇でお願いしますね……」 私の気迫に、思わず気圧されるタキオンさん。 モルモットさんも、畏怖や期待に心が躍る様を隠しきれていないようで。 「その調子なら望みはありそうだな……よし、本番まで容赦なくやっていくぞ、覚悟しろよ」 「こちらこそ、よろしくお願いします……」 「ふぅン、カフェも大変だねぇ……モルモット君のスパルタメニューは厳しいから頑張りたまえよ」 「タキオン、お前もやるんだよ」 「えーっ?!」 「旅は道連れと言いますからね……」 そんな二人と話していると、お友だちが燃え上がるような瞳で、こちらを見つめてきて。 自然と私も、何かが心の底から湧き上がってくるのを感じました。
13 21/10/18(月)23:41:11 No.857841933
「……んん?」 「どうした、タキオン?」 「いや、目が疲れてるのか……カフェの隣に、黒いモヤが……」 「いや、私には見えないが」 「今、カフェに重なるように……あ、消えてしまった……」 「色々あったから、疲れてるんじゃないか?」 「そうかねぇ……ううん、しかし、いつも見かけていたような気が……」 何やらごちゃごちゃと呟き合う二人でしたが。 私が二人の方を見やると。 「……カフェ、少し雰囲気が……変わったかい……?」 「そうでしょうか?」 おずおずと声をかけてきたタキオンさんと、身震いしながら笑みを浮かべるモルモットさん。 いつの間にか、ずっと隣にいたお友だちはいなくなっていました。 ただ、胸の中に、強い強い光と闇が満ちていて――。
14 21/10/18(月)23:41:26 No.857842022
「カフェ、本当にやれるんだな?」 モルモットさんが、最後に確かめるように、重く言いました。 その言葉を前に私は、その目を見据えて。 「ええ……お任せを」 見据えた先にあるのは……私の前にあるのは……ただただ、突き進む道。 あの人に捧げる、栄光の輝きのみ。 「血に飢えた猟犬のように、レースを制してみせましょう」 『摩天楼の幻影』は、金色の瞳を煌めかせて。 目の前の二人と、あの人に。 そう、誓いました。
15 21/10/18(月)23:43:34 No.857842882
連日読んでくれてありがとねお話はここで閉廷 ちょっと体調悪いので一旦休憩して日付変わる前にはエピローグ投下し始めるね ちょっと待っててね
16 21/10/18(月)23:44:34 No.857843260
超大作すぎる…
17 21/10/18(月)23:46:57 No.857844098
融合してる…
18 21/10/18(月)23:51:44 No.857845882
『エピローグ』 陽も落ちた暗い海辺で、私は一人、夜風に当たりながら海を眺めていました。 都会近くの工業地帯、クリスマスの夜。 橋の上から眺める海は、あの人の故郷とは様相が全く違っていて。 それでも世界と繋がる海は、そのどこかに、あの人の気配を漂わせていました。 手元の缶のブラックコーヒーを開けて一口飲み、続けて黒いチェスターコートの懐から煙草を出して火を点けていると。 「カフェ、身体に悪い遊びはやめたまえよ」 「……遅いですよ、タキオンさん」 散々遅れたくせに悪びれもせず、ニヤニヤしながら警告してくるタキオンさんその人がいました。 「全く、もう走らないからってねぇ……」 「……ほんの戯れですよ……あの人との思い出に浸るときだけですから……」 海に向かって息を吐くと、白い息と煙が混ざって、遠く遠くへと広がっていきました。
19 21/10/18(月)23:52:19 No.857846107
「……あなたも一口、吸ってみます?」 「いいや、私は結構だ」 「研究者ともあろう者が……好奇心の前に怖気づきますか……」 にやりと笑い、軽く煽ってみます。タキオンさんにこの煽りは効果てきめんなので。 「言ってくれるじゃあないか、カフェ……寄越したまえ」 案の定、むっとした表情で煽りに乗ってくれたタキオンさん。受け取った煙草を軽く、一口吸って……。 「うぇっほ! げほっ! おええ、なんだいこの兎に角不味い物体は!」 「慣れると悪くありませんよ」 「いやいや無理だ! 私は慣れる気がしない! よくこんなものが吸えるねぇ、カフェは……」 「そこでこのコーヒーを一口……」 「やめてくれたまえ! 私を殺す気かい!?」 まるで、かつて実験台から逃げ回っていたときの自分を見るようで。 少しは学生時代の溜飲が下がりました。
20 21/10/18(月)23:52:34 No.857846196
「しかし、かれこれもう何年経つやら……お互い、すっかり大人になってしまった」 「研究の方は捗っているんですか?」 「それが最近は少々、手こずっていてねぇ……」 タキオンさんはトレセン学園を卒業後、そのままトレセンの研究部門へ配属となりました。 新しくできた部門で、足が脆かったり、怪我に悩まされていたりする学生たちを救うべく。 日々様々な薬品を研究しているそうです。 ……というのは建前で、事実上、タキオンさんが好き勝手するための秘密基地と化していますが。 「カフェこそ、店はまだ開かないのかい?」 「この間の菊花賞のお陰で、しばらくはまた煩そうですから。また数年して落ち着いた頃に考えます」 「ああ……彼女と彼だね」 タキオンさんが二人のことを思い出しながら、クスクスと笑いました。
21 21/10/18(月)23:53:37 No.857846622
「『摩天楼の幻影の再来』……なんとも光栄な呼び名じゃないか」 「二人とも頑張れとは言いましたが……まさか、トレセンでコンビを組むなんて……」 「私はあのときから、二人には運命的な何かを感じていたよ」 良きモルモットとしても、立派に君の後継を果たしてくれているからね、と。 タキオンさんはこっそりと呟きました。 「…………は?」 「いやいや、彼女らは実に健気で献身的でねぇ。なんと二人揃って目を輝かせて『何かお手伝いできることはありませんか?』と来た。カフェとは大違いだよ」 ……頭が痛くなってきました。 私という監視役がいなくなった途端、これですか……。
22 21/10/18(月)23:53:49 No.857846699
「未だに、きみが有マや天皇賞で見せつけた狂気の走りをもっと見ていたかった、なんて声も多い。短い競争人生を、瞬く間に駆け抜けてしまった、とね」 「私とあの人のトゥインクル・シリーズは……あそこで終わりでしたから……」 「確かにあの春のレースで、きみは燃え尽きていた……あのままズルズルと続けていても、ろくな事にならなかったかもしれないねぇ」 夢の続きは、今をときめく二人に頑張ってもらおう、と。 そんなことを言いながら、二人で顔を見合わせて笑いました。
23 21/10/18(月)23:54:04 No.857846816
「……モルモットさんとはどうなんですか」 「あー、そういえば最近、モルモット君ではあまり実験していないねぇ……時々私と彼女らとのやり取りを見て、唇を噛み締めているが」 あっけらかんと言い放つタキオンさん。 客観的に見てご自身が危機に直面していることに、まだ気付いていないようですね……。 「タキオンさん」 「ん? なんだい?」 「そのまま放っておいたら……モルモットさん、あなたから離れていきますよ」 「……へぇっ?!」 「新しい子、何人も担当しているんでしょう? そうでなくても人当たりのいいモルモットさんのことですから、フリーとなれば色んな人からアプローチが……」 「待て! 待ちたまえ! モルモット君は私のモルモット君だぞ?!」 あたふたと慌て始めるタキオンさん。 その左手には、未だに指輪はありません。 ……全く、この二人は……私とあの人以上に煮えきらないというか……何というか……。
24 21/10/18(月)23:54:20 No.857846912
「……それとも……私が頂いてしまいましょうか……?」 「カフェぇ?!」 「……ふふ、冗談ですよ」 私にはあの人しかいませんから。 今も、昔も。 「そろそろちゃんと……言うべきことは言いましょうよ……」 「そうは言ってもねぇ、今更何を話せばいいのやら」 「今更も何も……まだ何も始まってないじゃないですか……」 なんて、何も知らないふりをしていますが。 実は先月、モルモットさんから相談を受けていたんです。 クリスマスの夜……どんなお店なら、タキオンさんが喜んでくれるのか。 そのあたりはモルモットさんの方が詳しいんじゃないかとも思いましたが……。 「……折角、このあとは久しぶりのお食事なんでしょう? 楽しんでくればいいんですよ」 「そうしたいのは山々なんだがねぇ……最近、学内で顔を合わせてもすぐにそっぽを向いて去ってしまうんだよ……」
25 21/10/18(月)23:54:37 No.857847032
まさか、本当に私から離れて……と無用な心配を繰り返すタキオンさん。 流石に少し、可哀想になってきました。 なので、少し勇気づけを。 「色々言いましたが、大丈夫ですよ……何せ、あなたのモルモットさんなんですから……」 そう告げて、珍しく乙女の表情を見せるタキオンさんの額に、小さく口づけをしました。 「か、カフェ、私ももう子どもじゃないんだぞ……」 「……でもいつも……こうしてあげると頑張れるじゃないですか、タキオンさん」 「全く、誰も見ていないからいいものを……」 ぶつくさと文句を言いつつも、満更でもない表情をしています。 未だに、少年にしてあげたときのタキオンさんの言葉の真意は分かりかねますが。 「だが、少しは勇気が出てきたよ」 「……それは何よりです……」 そう言って微笑むと、タキオンさんは照れたように、頬をぽりぽりとかいていました。
26 21/10/18(月)23:54:53 No.857847130
それから二人で夜風に当たりながら、小一時間ほど話し込んで。 三本目の煙草を携帯灰皿に押し込んだところで、タキオンさんのモバイル端末に着信がありました。 「モルモット君かい? ああ、お仕事お疲れ様。今から駅に向かうよ」 手短に待ち合わせの連絡を終えて、タキオンさんは名残惜しそうな表情を浮かべました。 「次に会えるのはいつになるかねぇ」 「私は比較的時間がありますから……タキオンさん次第ですね」 「たまにはトレセンに遊びに来ておくれよー」 「……考えておきますね」 この場から立ち去ろうと身を翻したとき、タキオンさんはふわりと舞った私のコートを見て。 「よく見たら懐かしい、彼のコートじゃないか。貰ったのかい?」 「ええ……ご家族の方が、良かったら、と」 少しサイズは大きいですが、私もあれから、少し背が伸びて。 着れなくはない身長になっていました。
27 21/10/18(月)23:55:10 No.857847247
「まるで当時の勝負服みたいだねぇ」 「当然ですよ……あの勝負服、このコートがモデルなので」 どんな勝負服にするか悩んでいたとき、たまたまトレーナーさんが着ていたのがこのチェスターコートでした。 そのデザインに、私が一目惚れして……。 「袖が少し長いですが」 「似合っているよ」 珍しく、タキオンさんが素直に褒めてくれました。 「背は伸びたみたいだが、幸い、指輪はまだサイズが合っているみたいだねぇ」 「ええ、はめられなくなったらネックレスにでもするしかないかと思っていましたが……」 左手の薬指にはめられた黒猫の指輪。 毎日丁寧に磨いているそれは、あの日から変わらず、ささやかな輝きを放っていました。
28 21/10/18(月)23:55:26 No.857847345
「……おっと! そろそろ行かないとモルモット君を待たせてしまうな!」 「それではまた……次はモルモットさんもお呼びして、三人で喫茶店でも行きましょうか」 「いいねぇ、紅茶もコーヒーも美味しいお店で、ね」 そう言い置いて、タキオンさんは幸せそうに走り去っていきました。 ウマ娘の速さではなく、ヒトの速さで。 その姿を見るだけでも、彼女の暮らしぶりや、優先しているものの大切さが。 現在の等身大のタキオンさんの姿が透けて見えるようでした。 「私は、これから……どうしましょうかね……」 傍らのお友だちに語りかけると、難問とばかりに首を捻っていました。 タキオンさんとモルモットさんが結ばれるのは、時間の問題のように思えますが……。 「……あの二人……子育てとかできるんでしょうかね……」 多忙な上に育児能力が心許ないタキオンさん。 子煩悩そうですがやはり多忙そうなモルモットさん。 「……心配ですね」
29 21/10/18(月)23:55:41 No.857847445
そのときは。 「近くに喫茶店でも開いて……お二人が忙しそうなときは、のんびり私が子守でも……」 そういう未来も、悪くないかもしれません。 何せトレーナーさんのところへ行くまでは、暇で暇で仕方ありませんから。 そして子守も一段落ついて、都会にも飽きたら……。 「……あの人の故郷で……穏やかに過ごせれば……」 そんな夢想に、心を委ねて浸っていると。 なにやらお友だちがつんつんと、後ろから私の肩を突いてきます。 「どうしました……あ」 振り向いて足元を見ると。 黒猫が一匹、私に頭を擦りつけていました。
30 21/10/18(月)23:55:53 No.857847522
「……お久し振りです、トレーナーさん」 首元を撫でてやると、ごろごろと喉を鳴らして気持ちよさそうにしていました。 「私の誕生日以来ですね……」 うにゃあん、とひと鳴きすると、今度は黒猫が私の腕に絡みついてきました。 「猫は液体って話、本当だったんでしょうか」 そのまま徐々に細くなり、するすると私の首元まで登ってくると……。 暖かい何かが巻き付いてきました。 「マフラー……ですか……?」 それは他の人には見えない、サンタさんからのプレゼント。 あの人に抱きすくめられているかのような、切ない温もりに包まれていました。 「……ふふ……ありがとうございます、トレーナーさん……」 目の前の空間に微笑みかけると、ゆらゆらと。 見慣れたシルエットが恥ずかしそうに頭を掻いていました。
31 21/10/18(月)23:56:07 No.857847591
「……でも本当に……いつも突然会いに来るんですから……」 お陰様で、ろくに贈り物も用意できません。 そんなときは、私は、いつも……。 「さぁ、トレーナーさん……こちらへ……」 そう言いながら両手を広げると。 一瞬戸惑いを見せつつも、トレーナーさんは静かに、私の胸元へ飛び込んできました。 ふわりと漂う、懐かしい香り。 それに包まれるだけで、まるで、あの幸せだった日々に帰ってきたようで……。 「……顔を、上げてください」 そして私はいつものように、その情けない顔に、自分の顔を近付けて……。 「……んっ……」 優しく、その唇を奪いました。
32 21/10/18(月)23:56:21 No.857847684
私からの、ささやかな贈り物。 不意打ちのように受け取ったトレーナーさんは、もう初めてでも何でもないのに、相変わらずあたふたしていて。 「……口と口でするのは、あなただけですから」 そんなトレーナーさんの姿を見ていると、なんだかこちらも気恥ずかしくなって、頬が熱くなってきます。 ずっと、こうしていたい。 二人で手を握り合って、穏やかに過ごしていたい。 「あ、トレーナーさん……」 ですが、私たちの間に、そんなに長い時間は残されていなくて。 トレーナーさんは足元から少しずつ、光の粒子となって消えていきます。 「本当に……せっかちな人なんですから……」 そんな身勝手なあなたにも、随分慣れましたから。 あの頃のようには涙を流さず、今夜も笑って見送れます。
33 21/10/18(月)23:56:37 No.857847788
でもやはり、名残惜しいのは変わらず。 トレーナーさんの襟元を、きゅっと握りしめて。 「また、会いに来てくださいね……トレーナーさん……」 最後に思いっきり抱きしめると、トレーナーさんも抱きしめ返してくれて。 そして気がつくと。 そこには、私とお友だちしかいませんでした。
34 21/10/18(月)23:57:26 No.857848068
「……すみません、付き合わせてしまって」 お友だちに謝りましたが、気にしてないよ、と言わんばかりに纏わりついてきて。 この可愛い隣人にも救われていることを、改めて実感しました。 「……夜も更けてきたことですし、帰りましょうか」 家路へと歩み始めると、お友だちは嬉しそうに後をついてきました。 またあの人と二人で、隣合わせで過ごせるその日が来るまで。 沢山の経験と思い出を集めて。 再び一緒になれたら、二人きりの長い長い時を、語らいながら過ごしましょう。 「トレーナーさん……もうしばらく、待っていてくださいね……」 暗がりでそう、水平線の彼方の夜空に語りかけると。 こんな都会の空に、一条。 流星が光ったように見えました。
35 21/10/18(月)23:59:08 No.857848651
良かった...それだけしか言えない
36 21/10/18(月)23:59:10 No.857848669
これにて完全に閉廷! 先日見かけたカフェダイスの完成カフェが脳髄に刺さりすぎたせいでこうなった カフェトレとカフェタキ(友情)を求めた結果がこれです 読んでくれてありがとね
37 21/10/18(月)23:59:53 No.857848928
いい…
38 21/10/19(火)00:00:54 No.857849310
>先日見かけたカフェダイスの完成カフェが脳髄に刺さりすぎたせいでこうなった 原作あれかよ!リアタイで見てたわ!
39 21/10/19(火)00:01:05 No.857849386
SSさんの要素とかも取り入れてて良かった
40 21/10/19(火)00:03:12 No.857850120
まあアレの影響は感じたよ…よくぞここまで仕上げたよ
41 21/10/19(火)00:04:44 No.857850663
面白かった...黒猫っていうのは何か元ネタがあったりするの?
42 21/10/19(火)00:05:19 No.857850873
お土産 エピローグまで含めたフルtxt fu444660.txt あと寂しい人向けに以前投下した穏やかなカフェトレ fu444671.txt
43 21/10/19(火)00:07:35 No.857851721
いいもん読ませてもらった…しんみりしてるのに暖かいいい話だった
44 21/10/19(火)00:07:39 No.857851753
>面白かった...黒猫っていうのは何か元ネタがあったりするの? カフェ猫好きだし黒猫マグ使ってるくらいだからトレなら選ぶかなと
45 21/10/19(火)00:14:18 No.857854295
案の定両親共に忙しくて子供をカフェに預けっぱなしだった結果自分より懐かれてるカフェとかいいと思う
46 画像ファイル名:1634570480016.png 21/10/19(火)00:21:20 No.857856930
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
47 21/10/19(火)00:21:36 No.857857019
力作来たな...
48 21/10/19(火)00:23:16 No.857857680
>1634570480016.png ありがとう……カフェはこの後ろ姿が似合いすぎるよ……
49 画像ファイル名:1634570932826.png 21/10/19(火)00:28:52 No.857859708
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
50 21/10/19(火)00:29:11 No.857859803
長い時間かけてしんみりやっちゃったんで次はえっちな本でも書きます 数日に渡ってありがとね
51 21/10/19(火)00:29:58 No.857860059
>1634570932826.png 流れてるよ……ありがとう……
52 21/10/19(火)00:30:29 No.857860211
いい物読ませてもらったさ…ありがとうね
53 21/10/19(火)00:32:16 No.857860837
>案の定両親共に忙しくて子供をカフェに預けっぱなしだった結果自分より懐かれてるカフェとかいいと思う ええーーー!?
54 21/10/19(火)00:33:01 No.857861076
美しい…
55 21/10/19(火)00:34:04 No.857861431
>>案の定両親共に忙しくて子供をカフェに預けっぱなしだった結果自分より懐かれてるカフェとかいいと思う >ええーーー!? ほら……カフェお姉さんのとこから帰りたくないって言ってますよ……?