虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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21/10/04(月)00:52:10 「はむ... のスレッド詳細

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21/10/04(月)00:52:10 No.852633323

「はむはむ……」 「おーい……?」 「はむはむ……」 「あの……」 「んふふふ……」 「……だめだ、これは」  諸兄らへ端的に説明しよう。  俺は動くことも出来ずに仰向けの状態でベッドに寝転がっている。もののついでだ、とても良く似ているだろうと自信を持って言えるものを紹介しようと思う。キリストの磔刑、ウィトルウィウス的人体図。別に拷問を受けているわけではないけど、俺の姿はアレらに瓜二つな感じだ。  そんな俺の右腕を枕にして、横臥の状態で上機嫌なのは。 「はむはむ……うふ、うふふふふ……」  愛すべき俺の担当、そのウマであるグラスワンダーだ。  彼女は今、俺の頬を謎に甘噛みしながらけらけらと楽しそうに笑っている。 「大丈夫かな……これ……」 「うふふ……だいじょうぶ、ぜったいだいじょうぶですよぉ……」  常として、大丈夫でない人間ほど大丈夫の魔法を唱えたがる。確かに君は大丈夫かも知れない。が、俺は全く大丈夫じゃない。俺の気持ちはフェアリーサークルド中央。妖精の踊りに脳をやられている真っ最中。意味が分からないだろうけど、俺だって意味が分からない。これこそが大丈夫じゃない何よりの証拠だ。

1 21/10/04(月)00:53:21 No.852633840

「とりあえず……」  対処の方法を考えるより先に、こと此処に至るまでの経緯を整理すべきだ。誰に対してと問われれば、そいつは勿論自分に向けて。状況の把握は肝要だ、本当に。俺も混乱が解けたわけではないし、冷静さ百パーセントに立ち返るためにも、これまでの出来事を思い返すべきだろう。 「えへ、えへへへ……トレーナーさーん……」  抱き枕よろしくで組み付かれている今現在のことには、なるたけ見ないフリを続けつつ、溜め息ひとつを空に放ち、よし、と丹田に気合を入れる。  さあ、絶体絶命のピンチから、なんとか活路を見出すとしよう。  話は一時間前に遡る―― 「――もう真っ暗ですね」 「そうだねえ。でもまあレースを観て、軽くご飯を食べて……」 「おまけにちょっとだけ観光もして……ふふ、かまぼこ、美味しかったですね」 「ははは、確かにね。でもさ、やっぱり電車の方が良かったんじゃないか。長くない距離とはいえ、座ってるだけじゃ退屈だろう?」  高速には乗らず下道を行きながら、助手席に座るグラスと会話する。 「たまのドライブを楽しみたかった、そんな理由では駄目ですか?」

2 21/10/04(月)00:54:14 No.852634174

「そう言われちゃ弱いなあ。でしたら、帰宅までしっかりエスコート致しますよ、お嬢」 「うふふ、最後までしっかりお願いしますね」  三年目の秋口。シニアも佳境のタイミング。俺たちは来たるべき有マの舞台に備え、中山レース場の視察に来ていた。どうせならレースも観たほうがいいだろう。距離の合致はともかくとして、グラスなら一を見て十を知ることだって出来るかも知れない。そんなわけで俺たちは、セントライト記念が開催される今日を狙って千葉へと訪れたわけなのだが。 「すっかり暗くなっちゃったな」 「レースを観たあとに必勝祈願で成田山……」 「どうせだし観光も……とか欲出しすぎた。遅くなっちゃってごめんな」 「いいえ、揚げかまぼこもおいしかったですし、何よりとっても楽しかったですし、それに……」 「それに?」 「いいえ、何でも~」  含みのあるグラスの言に少しだけ首が傾ぐ。けれど、 「ふんふんふん~……」  続く言葉は特になく、グラスは鼻歌をうたうだけだった。 「トレーナーさん、今日はありがとうございました」

3 21/10/04(月)00:54:53 No.852634432

「こちらこそ、と言いたいところだけどまだ早いって。送るまではとっといてくれると嬉しいよ」 「感謝の気持ちというのは言えるときに言うのが良いと言いますから。それに、何回言っても良いものじゃないですか?」 「まあ、それはそうかも。言われて悪い気持ちはしない」 「うふふ、では運転が終わりましたらまたお伝えしてあげますね?」  雑談を交わしていれば車は自然と前へ前へ、ゴールに向けてどんどん進んでいく。車が信号で止まるたび、ちらり。やっぱり、グラスの機嫌はここ一週間ぐらいずっといい。今日なんて特に機嫌が良くて、まるで頭の上に音符が出続けているようなゴキゲンさだ。悪いことではないのだが、正直ちょっと怖かったりする。良すぎるものは時にとんでもない落とし穴を用意したりするからだ。 「そういえば、グラス?」 「はい~?」 「寮到着遅れるって電話なりメッセージなり入れたかい?」 「……あっ」 「えっ?」 「申し訳ありません、失念していました~」 「……なるほどね」

4 21/10/04(月)00:55:38 No.852634747

 グラスはペロッと舌を出し茶目っ気たっぷりに謝る。コンパネ確認、現在の時刻は……夜の九時。ハンドルを握り締めながら天を仰ごうとしたとき、奇しくもちょうど府中の入口へと入り込んでいた。しかし時すでに遅し。美浦寮の門はとっくの間に閉まっている。寮長のヒシアマゾンは情に厚いことで知られているが、早寝早起きの猛者であることもまた知られている。開けてもらおうにも連絡が付かないのではどうしようもない。 「どうしましょう~?」  グラスはうーんと声に出しながら悩み、俺に訊ねてくる。その行動に驚いた。珍しいことなのだ、グラスの性格だったら自らのミスなんて許せないはず。即座に過度な反省、いや訓戒を設けて己を戒めるはずだ。 「……ハッ?!」  そういえば聞いたことがある。遠出イベントにかこつけて、意中の人間の貞操を奪う行為のことを。大変下で品のない噂だと思っていたが、アレは本当だったのか? 「まさか、な……」 「息なんか飲んで、ふふ……一体全体どうしたんですか?」  信号で止まった車の中に、グラスの艶やかな声と吐息が響き渡る。

5 21/10/04(月)00:56:23 No.852635038

自意識過剰などではなく、俺は確信した。冷ややかな汗が背筋を伝う。助手席から伝わるオーラに全身が慄く。俺は、グラスに。大事な操を、狙われている―― 「ちょっとだけ嬉しいかも……」 「あら? 何か仰っしゃりましたか?」 「いやあ、何でも! どうしようかと思っただけ」 「そうですね~、本当にどうしましょうか……」  適当なコンビニの駐車場に車を停め、俺はグラスへと向き直る。 「じゃあ、これからどうすべきかを整理しよう」  そして始まる、逃げ対差しの駆け引きが。 「選択肢はいくつかあるけど……」 「ここから私たちが採択できるのは……五つほどでしょうか?」  疑問符を浮かべながら呟かれたグラスの答えに首肯した。 「ああ。門越え、俺の部屋、ホテル、車中泊、徹夜。君の思考と合致してるか?」  グラスもまた、俺の問いかけにこくんと頷く。 「なら話は単純だ。ここから"有り得ない選択肢"を除外していくぞ」

6 21/10/04(月)00:56:59 No.852635269

「ええ。まずは、徹夜……ですね。これは一番あり得ません。体力回復、精神安定、パフォーマンスの劣悪化。これからを闘う者として、徹夜は唾棄すべき選択です」 「そうだな。続いて車中泊。これも君が先程上げた理由とほぼ同じだ。寝られるという点についてはカバー出来ているが、ハッキリ言って体力の回復には繋がらない」  翌日に差し障る二つが消え、監視カメラの関係や、精神的にしこりを残しそうな寮の門越えを話し合いのうちに消えた。あとに残ったのは…… 「ホテルと……」 「俺の、部屋か……」  そうだ、五つとか言ったけど結局のところ真っ当な選択肢は二つなのだ。というか一つだ。俺とて男だ、その前に担当かつ清い学生を監督するトレーナーだ。自分の部屋に泊めるなんてそんなもの…… 「あの、ト、トレーナーさんっ!」 「え、どしたの」  車内灯の頼りない光がグラスを照らす。ぽっと頬を赤らめ瞳を潤ませながら、彼女はお願い事を口にした。

7 21/10/04(月)00:57:29 No.852635466

「トレーナーさんのお部屋じゃ、だめですか……?」 「はあっ……?! 駄目、駄目だよそれは!」 「ですが、ここでホテルを取って……というのはただの浪費ですし、それに今からでは……その、そういうところしか、取れないかと」 「それは……そうなんだけど……」  丁寧に冷静に。グラスは俺の後退できるエリアを消し去っていく。流れる冷や汗脂汗。誰か、助けて―― 「グラス、待っ――!」 「でしたら」  ごほん。お淑やかで厳粛な咳払いを間に置いて。 「道は一つ。じゃないですか?」  グラスは目を細めて、にっこり笑う。  瞬間、心千切れて。俺は項垂れるようにこくんと頷いた。

8 21/10/04(月)00:58:15 No.852635708

「はい、どうぞ。最近、最低限の掃除しかしてないから。散らかってるけど」 「お邪魔します~……うふふ、何だか不思議な感じですね」 「ん? 何が?」 「私は本来ここにいるはずのない存在ですから。なんだか可笑しくて」 「はは、そうなるとだらっとしてねとも言いづらいかも。まあいいか、とりあえず冷蔵庫とかに入ってるものは好きにしてくれていいから。適当に寛いでね」 「いえ、そういうわけには。座って待ってますから……」 「いやいや、俺とグラスでもう三年だよ。いつも通りでいいんだよ」  俺の言に思うところがあったのか、グラスは 「ふふ、分かりました。好きにさせてもらいますね?」 「ああ。んじゃシャワー浴びてくるけど……覗くなよ!」  自意識過剰な捨て台詞をぶん投げて、高速で脱衣し風呂場に雪崩れ込む。シャワーのレバーを押し上げ、ドラマか何かの主人公のように壁に腕と頭を押し付けて、四十度よりも低い水流に当たり続ける。 「考えろ、考えろ俺……!」  グラスを招くということ。その上で平穏無事なままで一日を終えること。それがどれほど難しいことかなんて、議論の価値もないくらい明々白々の道理だ。

9 21/10/04(月)00:59:00 No.852636004

弱みを出したら即ゲームセット。三振、ゴロ、いいやこれは牽制死。しかもどこで刺されるか分かりゃしないのが野球とは違うところだ。愛バに対してそこまで警戒するのはどうなのか。他のトレーナーやウマ娘たちから、俺の在り方を白眼視されたこともある。だがそれは、グラスのしたたかさを知らないから抜かせる話だ。こうしているうちにも彼女は『準備』を整え始めているかも知れない。杞憂かも知れないが、グラスならやりかねない。で、あれば。 「たらたらなんてしてられない……!」  光速で髪を洗い、神速で身体を洗い。俺はカラスの行水を済ませてリビングへと舞い戻った。当のグラスはといえば、ベッドに腰掛け枕をじっと見つめていた。 「ふぅっ……!」 「……っ! トレーナーさん、早かったですね」 「お客を待たせて長風呂なんて出来ないさ。とりあえずシャワー上がったから。換気扇も回してるし、嫌じゃなかったら君も入っておいで。一応風呂に湯も張ってるから、そっちはお好みで。バスタオルとフェイスタオルは脱衣所のとこに置いてある。えと、着替えは……」

10 21/10/04(月)01:00:34 No.852636573

「うふふ、大丈夫です。ちゃんとありますよ」 「そうか、それは良かったよ」 「では遠慮なく厚意に甘えさせて頂いて。お風呂、お借りしますね」 「ああ――」 「覗いちゃだめ、ですよ?」  妖艶な微笑みを残し、グラスは風呂場へと消えていく。いかん、腰を抜かして惚けている場合か。今がチャンスとパジャマに着替え、自分を落ち着かせるために秘蔵のドリンクに手を伸ばす。氷にうなるロックグラスにとくとくと注がれていく、それ。ちびりちびりと飲んでいくと、不思議な話だが頭と心が少しずつしゃっきりしてきた。 「よし……うん……」  何がよしで、うんなのか。そこについてはついぞ分からない。俺は給湯機のうなりとシャワーの音から逃げるようにテレビを点けた。時間は既に十一時も間近。朝とあまり変わらないニュース内容を聞き流しつつ、俺はこれからの行動策を組み立て始める。風呂場にグラスが行ったいま、このリビングは俺の城だ。ここで考えなくてどこで考えるのか。思考を止めるな、乗り切る方法を探せ。だってさ、仮に、仮に。相思相愛なのだとしても。ここが初めてになってはいけないだろう。

11 21/10/04(月)01:01:09 No.852636765

年端もいかない学生と、いい歳した大人だぞ。少なくとも、彼女が学生で無くなるまでは清い関係でいたいじゃないか。良き大人とはかくあるべき。自らに課した誓いを護り抜くため、他者に誇れる自分で在り続けるために。 「そうさ、そうだろ……!」  誰ともなく呟き発奮する。俺は戦うべきなのだ。理性を、平穏を、これからの人生において。担当とヤッたとかいう最悪の烙印を押されぬように。そして必ず勝ち取ろう、清く美しいこれからの未来を。 「あがりました~」 「おっ……あ……うん!」  脱衣所で着替えたのだろう、パステルカラーのかわいらしいパジャマを身にまとい、風呂場の熱で上気した頬を隠すこともせずにつかつかと歩いてきて、俺の目の前で世界三大美女もかくやのうっとりするような微笑みを浮かべた。 「コンセントお借りしてもいいですか? 髪の毛を梳かしたいので」 「あ、ああ! どうぞ!」  何故かグラスはベッド近くのコンセントを使いドライヤーを掛け始めた。これみよがしに、挑発するかのように。その美しき様はまるで女神像の如し。なんだ、これ。目が離せない。四分の三は残ったコップをベッドの宮部分、ヘッドボードのところへ置く。

12 21/10/04(月)01:01:38 No.852636959

「えと、見られていると少し……」 「あっ、ご、ごめん!」 「ふふ、すぐ終わりますから~」  ロングヘアーの彼女だというのに、その言葉通りドライヤーはすぐに終わった。と、なると。残るのは最終決戦のみ。 「もうこんな時間ですか~、そろそろ寝ないといけませんね?」  あとは朝までどう戦うか。ある程度の思考時間はあった。  故にここからは、頭脳戦だ! 「さ、グラス。俺はソファーで寝るから、落ち着いたらベッドでおやすみ――」  シーリングライトによって煌々と照っていたはずの室内が、淡い月光だけが射し込む幻想の世界に切り替わる。 「はっ……?!」  あまりに唐突で 思考が正常に稼働を始めるまで多少の時間を要した。まさか、これは。電気が、消されたのか?! 「――うわっ!」  そして即座に押し倒される俺。布団から舞い散るかすかな埃。軋むマットレス、ベッドの骨組み、見上げた先には、濁った瞳で舌なめずりする、グラスの姿――!

13 21/10/04(月)01:02:29 No.852637285

「トレーナーさん……」 「待って、グラ……っ!」 「逃しませんっ……」 「やっ、やだっ、あっ、うあーっ!」 「ん~……ちゅ~……」 「ん、んんっ、んむ~っ!!!」  グラスのみずみずしい唇が、守ってきた俺の世界のすべてを奪う。  やられた。  秒で負けた。  なんてことだ。  見通しがガトーショコラ並に甘かった。  勝てなかった。  頭脳戦とか言ってる場合じゃなかった。  もうこっからどうしよう。頭の中で走ウマ灯のようにこれまでの出来事がスライドショーされていく。出会い、メイクデビュー後の初勝利、あの日一緒に笑い合った、時には涙も流した最高の出来事たち……畜生、バカ、バカバカバカ! 思ったそばから全部駄目になった! そんな、少なくとも彼女が学生で無くなるまでは清い関係でいたいと思っていたのに! 「うふ、不思議な味……」

14 21/10/04(月)01:03:02 No.852637467

 なんて、なんて酷い仕打ちをするのだろう神さまは。泣きそうになるのをこらえて、マウントポジションを取っているグラスを見る。ここまですべてがグラスの作戦だったのだ。交通渋滞、寮への電話、俺の部屋への合法的な侵入、そして俺が飲んでいる、一夜の過ちを首肯する魔の力。一ピースでも欠けていればこの状況は恐らく生まれてはいまい。グラスは虎視眈々と俺を嵌めるための網を編み上げ、運気到来したまさに今。ハーベストタイムはピークに達した。獲物の喉笛に牙をピタリと添わせているような状態。いわば、最終直線。既に無いも同じの逃げ道を更に無くす、確固たる既成事実を作ろうとしている段階。引き下げられようとするパンツ、外されていくパジャマのボタン、最早一刻の猶予もない! 「駄目っ、グラス、これ以上は……!」 「ふふ、もう止まれませんし。止まりませんよ。トレーナーさん……?」  でも、と一言置いて、グラスはヘッドボードの棚へと腕を伸ばした。手に持ったのは、氷と氷がりん、と響くガラスのコップ。 「喉、かわいちゃいました。トレーナーさん、これ。ふふ、頂きますね?」 「あ、え……? あ、グラス、待って……」

15 21/10/04(月)01:03:56 No.852637803

 マウントの体勢は崩さぬまま、止める間もなくコップの中身を傾け始める。  ぐっと、腰に手を当てて。  やけに漢前なポーズでもって、ぐいっと一気に飲み干した。  そう、俺の飲んでいた、ほんのりキツめな芋焼酎のロックを。 「ん……?! ん~! ごほっ、ごほっ、んむぇ~……」 「ちょっ、大丈夫か、グラ……」 「へーき、です」 「水、持ってくるから! ちょっと、のいて――」 「へーき、へーきなので、うごいちゃ、だ、め……ん、あ……きゅう」  よろよろ、ぱたん。まるでアニメか漫画のようにグラスはベッドに寝転がった。そして、俺が呆然としていただけのしょうもない二分のあと。眠たげに眼を開いて、気の抜けた笑い声を上げたかと思えば、伸ばした腕を取られ――  ――現在に至る。 「はむはむ……まむまむ……んふふ、んふふふ……とれーなーさん……だいしゅき……」 「本当になんだ、この状況……」

16 21/10/04(月)01:04:43 No.852638081

 思わず口に出してしまったが、この状況で困惑しない人間などいるだろうか。いいや、いやしまい。第三者的目線でアクシデントを俯瞰して観察したのなら、実に愉快痛快な事象として捉えられるだろう。しかし、いざ渦中の人になったなら皆、俺を笑うことは出来ないと確信できる。異常を冷静に処理する能力なんて、真の鉄火場でなければ育たない。日常生活を謳歌している一般人の目の前に、腹を空かせたライオンが突然現れたとき。正着を選べるヒトなんて限りなくゼロに近いはずだ。つまり、俺はそういうシチュエーションにいるのだ。とりあえず、深呼吸。ボディソープとシャンプーに混じってなんだかフローラルな香り。まずい、ちっともリラックスできない。 「しゅき……だいしゅき……いっしょ……んへへ……えへへへへへ……」  はぐはぐはぐ。俺のほっぺはもうべたべただ。頬のことはほっておいて、俺は思考を巡らせた。今にして思えば、酒をかっ食らったのも確信犯ゆえの行動だったのかも知れない。そう考えると辻褄が合う。酔っているふりだけしていて、実は素面なんて可能性を考慮する。気が抜けない、気を抜いていられない。

17 21/10/04(月)01:05:06 No.852638204

トレーナーさんメスにんsってない?

18 21/10/04(月)01:05:15 No.852638261

十把一絡げの女生徒ならまだしも、俺の前にいる相手はあのグラス。余裕綽々、意気軒昂、明鏡止水、才気煥発。優秀に最強を掛け合わせた、ハイブリッドでエスペシャルな担当ウマ娘。だからこそ、ここから先まですべて織り込み済みで、次の次なる十手先を読んで行動しているに違いない。そう思って様子を見ていたのだが。 「えへへへ……」 「考えすぎ、だったかな」  かわいいかわいい俺の愛バ、幸せそうな寝息を立てるグラスの髪を、自由の利く左手で優しく撫でた。やたらめったらに幸せそうな笑顔で寝られたらお手上げだ。持っているつもりだった毒気も牙も根こそぎ抜かれた。 「そうだよな……まだ子供、なんだ……」  幼さの残る顔つきと体躯は、父性による庇護欲を抱かせる。グラスはかわいい。これは紛れもない事実だ。守りたくなる、この愛らしさ。蹂躙したいと思う奴は、人としてどうかしているのだ。心の底からそう思う。 「にしても……」  未成年だから当然は当然なんだけど、まさかここまで酒に弱いとは思わなかった。ウマ娘は健啖家で酒豪である。

19 21/10/04(月)01:05:46 No.852638431

彼女たちの食べっぷり飲みっぷりを指した有名なラベリングだが、ことグラスには二つの『ぷり』のうち、一つは当てはまらなかったらしい。 「ま、かわいいからいいか……」  撫で続けていた左手が疲れてきた頃合いで、考えるのも疲れてきた。足元で丸まっていた掛け布団を引っ張り上げる。俺と、そしてグラスにちゃんと掛かるようにして、眠気に任せてゆっくりと目を閉じた。  まあもう添い寝の状態から軽々には抜け出せそうにはないし、あとはなるようになるだろう。その結果がどうであれ俺は受け入れる。とにかく、俺は大人で、グラスのトレーナーだ。ならば取れる選択肢はひとつ。 「良い夢を、また明日……」  誰が手など出せようか。それに運転や日帰り旅行みたいなもんで疲れたし。もう寝よう。この添い寝はなんというか、ご褒美だと思おう。あと、ちょっとだけ、グラスの手を握らせてもらって。それで寝よう。純なままでいよう。 「おやすみ、グラス……」 「………………いくじなし」  まぶたの裏の暗闇が次第にまどろんでいく。その間際に責めるような囁きが聞こえたような気もするが、それを考えるだけの思考能力はなかった。

20 21/10/04(月)01:06:08 No.852638525

長い!

21 <a href="mailto:蛇足1/2">21/10/04(月)01:07:20</a> [蛇足1/2] No.852638897

 ――まあ、これは敢えて語る必要もないと思うけれど。一応、述べておこう。二人で迎える翌日の朝。パジャマを着ていたはずの俺は何故だか丸裸にされていたし、酔っぱらって寝ていたはずのグラスが何故か裸んぼになっていたりしたのは、特段言うまでもない事実である。そして理不尽なことだと思うのだが、俺は起きしなにこっぴどく叱られた。 「――の恥と言いますから。私が言うのもおかしな話ですが……」 「……はい、そうかも知れません」 「知れませんではなくてそうなんです。あんなに勇気を出したのに、お酒まで飲んだのに、何にもされないなんて。正直どうかと思います」 「いやいや、流石に教え子に手なんて出せないからな。人として。というか、それが普通の大人だと思うよ?」 「でも……スペちゃんはもう……」 「本当に……? 進んでるなあ……じゃあ俺に幻滅した?」

22 <a href="mailto:蛇足2/2">21/10/04(月)01:07:55</a> [蛇足2/2] No.852639091

「いーえっ! うふふ、もっと好きになりました」 「そいつは怪我の功名だなあ」 「でも傷ついたのは確かなんですからね。とりあえず、ちゃーんと責任、とってください?」 「……せめて、告白したかったなあ」 「ふふ、それについては」  とりあえず、俺たちの明日は明るいらしい。産まれたままの姿で、何故か正座で見合いながら、俺たちは少しだけ身体を伸ばしてキスをした。そして、その後は……ははは、言わせてくれるなよ、分かるだろう? 「これからに期待、してますね?」 「期待外れにならないように、頑張るさ」  酒は飲んでも呑まれ……いいや、飲ませるな。俺は創作したことわざを胸に抱きながら、出会った時と同じような力強い握手を交わした。そのあとは、そう。朝の支度にとりかかる。  もちろん、性交渉は有マのあとまでおあずけだ。  大人として、な。

23 21/10/04(月)01:08:23 No.852639221

濃密だな…

24 21/10/04(月)01:08:55 No.852639379

>「やっ、やだっ、あっ、うあーっ!」 大の男が放つ台詞か?これが…

25 21/10/04(月)01:09:04 No.852639416

長い!でも読める!不思議! クドくない日本酒みたいな感想になっちまったがとても好きです

26 21/10/04(月)01:09:30 No.852639526

こいつ担当のこと好きすぎるな…

27 <a href="mailto:s">21/10/04(月)01:10:00</a> [s] No.852639639

興が…乗ってしまって…長くなっちゃったごめん…ホントはグラスにほっぺた噛ませるだけだったはずなんだ…ごめん…

28 21/10/04(月)01:10:13 No.852639697

電気消してとかゴム付けて、なんてトレーナーの方が色々うるさそうで良い

29 21/10/04(月)01:10:25 No.852639757

素晴らしい鋼の意志を持ってるなこのトレーナー…

30 21/10/04(月)01:10:38 No.852639809

>大の男が放つ台詞か?これが… 成人男性と言えどウマ娘の前では赤子同然だからな……

31 21/10/04(月)01:11:19 No.852640012

>こいつ(グラス)担当(トレーナー)のこと好きすぎるな… >こいつ(トレーナー)担当(グラス)のこと好きすぎるな…

32 21/10/04(月)01:11:44 No.852640098

流されてえっちしなくて偉い!

33 21/10/04(月)01:12:02 No.852640176

お淑やかな中にも強かさがありつつ年相応な子供らしさもあるグラスはやはり可愛すぎると思う

34 21/10/04(月)01:21:10 No.852642341

健全に好き合いやがって…

35 21/10/04(月)01:32:56 No.852645054

何もなかったらしいけど普通に身ぐるみ剥がされてる…

36 21/10/04(月)01:38:41 No.852646293

ねえこれトレーナー朝だっちモロじゃないの? グラス大丈夫?我慢できる?

37 21/10/04(月)01:39:26 No.852646419

で、なんで二人して裸になってたんです?

38 21/10/04(月)01:44:44 No.852647425

秋とはいえまだまだ暑い日もあるから…

39 21/10/04(月)01:49:23 No.852648204

>ねえこれトレーナー朝だっちモロじゃないの? >グラス大丈夫?我慢できる? 安心してくださいトレーナーさん あなたが起きた時にはもう処理されていました

40 21/10/04(月)01:51:29 No.852648597

鋼の意思してるトレーナーもまた素晴らしい

41 21/10/04(月)01:51:30 No.852648604

こういう乙女グラス好き…

42 21/10/04(月)01:58:05 No.852649765

巧妙に馬場を整えるグラスいいねぇ…

43 21/10/04(月)02:00:53 No.852650281

馬場を整えるといえば…やはりそのつもりだったのだからしっかり整えてきたのだろうか?

44 <a href="mailto:s">21/10/04(月)02:03:57</a> [s] No.852650791

fu401405.txt いる人いるか分かんないけど長いからテキスト置いとくね グラスはふわふわほんのりだけど準備万端だと思うよ

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