虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

1 21/10/02(土)00:31:36 No.851823672

では結論を知った今、少し考えてみよう──果たして顧客の99％が食べ盛りのウマ娘の食堂が、ヒトという残りの1％をターゲットにしたメニューを作るのか。 答えは考えるまでもなくノー。 そりゃそうだ。忙しく料理を作ってるやつ99％に対応するのに必死で、1％の事なんか考えちゃいない。よってメニューなんて全部ウマ娘向け、量が多い事なんて周知の事実でさっきの考えと同じぐらい当たり前だ。 ただそれでもここに来るヒトのトレーナーなんていうのは、担当と仲良くやってるやつか、よっぽど食欲があるやつか……あとは俺の奴隷ぐらいだろう。その結果俺含め、必然的にここへ来るトレーナーは少数派になる。 ──まあ、食堂だとか、少数派だとか、ここまで余計な話が長くなったが……今日の本題はそんな話ではなく、俺の奴隷。 いつもなら俺の隣の席に居るはずの、ウマ娘でもなければ、自ら進んでここに来るほどの大食いでもなく、ただ単純に俺目当てで来て毎回辛い顔しながら飯を食べている頭のめでたい奴隷。

2 21/10/02(土)00:31:52 No.851823758

ではその奴隷が今日どうしたのかというと── 『……どこ行ったんだ』 ──来ない。 いつもなら来るはずの時間に、来る気配すら見せない。 それにもっと言えば、木曜日なのにも関わらず、今週に入ってから一度会っていない。主従関係を結んだあの日から約３ヶ月の間、俺が居た日は毎日俺の隣に座ってきたあいつが、この四日間──正確には三日と半日、連絡もなく、一度たりとも。 俺からしてみれば、あいつがクビになるかくたばるかしない限りこんな事は起こりえない話だ。仮に関係を元通りにするという意図だとしても、異常ともいえる執念からしていきなり別れの言葉も告げずに俺から離れるのは考えにくい。 雇い主としては何かあったと考えるのが筋だろう。 考えられる可能性は二つ。

3 21/10/02(土)00:32:17 No.851823905

一つ目──さっき言ったように、知らない間に道端でくたばった。 ……まあ確かに体つきを見ればすぐ弱りそうではあるがこれは──一応なくもない。もしそうだとしたら話題にもならない辺り死んだ後も悲惨な思いをしていることになるだろうが。 二つ目──遂に愛想が尽きた。 百年の恋も冷めるという日本のことわざのように、俺への愛情もあんな扱いをされてやっと冷めた──可能性としてはこれが一番高く、考えづらい話。傍から見れば言えば一番現実的と言った所だろう。 理由はさっきも考えた通り、去るときに絶対あいつは別れの言葉を言ってからどっかに行く。生憎と人間観察は趣味じゃないから、勿論これは単なる憶測でしかないが──

4 21/10/02(土)00:32:44 No.851824068

……いや……なんで俺は今こんなこと考えてるんだ。 雇い主か何かのせいで流されたが、この二つの考え──どっちになろうがせいぜい部屋が汚くなることぐらいで、特にこれと言った影響はないはず。 なのにどうして── どんな状態だろうがどうでもいいと言ってもいいほどなのに、何故行動しようとしたか。 考えようが考えまいがどっちでもいいはずなのに、何故考えるを選んだか。 何故か？ 『……最悪』 ──まさか。そんなはずは。 いち早く思考が直結する、あいつと関わり始めた時になるはずがないと除外した、そのまさかである最悪の要素。ある意味この環境では一番関係性があるとはいえ、最悪という言葉を発したように、その要素はあまり認めたくはない。 しかしそうは言っても、もう否定するのは無理があるぐらいに、ここまで考えを巡らせた──巡らせてしまったのは事実…… 悔しいが、もうこの際言い訳無しに、潔く認めよう──なんとも思ってなかった奴隷に、情が移った。まあ多分そういう事だろう。

5 21/10/02(土)00:33:04 No.851824174

ただし情が移ったと言っても、恋愛という意味合いのつもりはない。気にかけるだとか、情けをかけるだとか、所詮は愛情がない慈しみのようなもの。 あいつをようやく一人の人間として見る。奴隷ではなく、俗に言う同僚として扱う──そう扱えるかどうかは知らないが、それ以上でもそれ以下でもない。 ……ともかく、情が移ったことに気が付き、かつての奴隷を同僚と認めた今。失踪した同僚相手に俺が次に取るべき行動──いや、おそらくもっと早く取るべきだった行動は何か。 安否の確認。何かしらのコンタクト。真昼間という時間帯ではあるが……手っ取り早い例といえば、電話。

6 21/10/02(土)00:33:40 No.851824371

『……もしもし』 つい最近交換した連絡先に電話してみれば、５コールした後にお決まりの言葉。 ひとまずこれで生きているのを確認できた……かと思えば、話している相手の声はいつもの声ではない──不調だと言わんばかりに低く、しゃがれた上に……なんというか、まるで死にかけているような声。 『最近行けてなくてごめんね……ちょっと風邪ひいちゃって……熱が出たり喉が痛くなったりで色々死にかけてるよ』 『……俺も一応お前の同僚なんだから、連絡ぐらいくれたっていいだろ』 『いや……言ってもあしらわれるだけかと思って……もしかして心配してくれた？嬉しいなぁ』 熱で頭がおかしくなったのか、あるいは元からこんなもんだったかと、酷い声でヘラヘラ笑いながら言う。 身分を弁えるのは良いが、なんでこういう時に噛み合わないのか……。 死んだわけでも、愛想が尽きたわけでもなく、ただ風邪で休んでいるだけ──まあ確かにこいつの言う通り、三日前の俺なら適当にあしらっていたし、この結果に落胆していただろう。

7 21/10/02(土)00:33:54 No.851824462

しかし生き物の考え方というのは、天気、コンディション、意識……様々な条件によってころころ変わる──そして勿論今の俺のように、突如として固執していた考えを捨てることだってある……いや、見殺しの趣味が無いのもあるかもしない。 まあ要するに気が変わったということだ。人のことを気をかけるという、俺からしてみれば大きな一歩を踏み出した。ただそれだけの話。 『たまたま気が向いただけだ。帰りにお前の部屋に寄るから鍵開けておけ』 『え、いきなりはちょっと────』 行くと決めたんだからお前の意見は関係ない。返事を待たずに、そう思いながら通話を終了した。

8 21/10/02(土)00:34:29 No.851824652

──────── 『お前……良く死ななかったな』 『自分でもそう思うよ』 お菓子、カップ麺、サプリメント──以上がこの部屋の食料。調味料や食器は一切無く、おまけに冷蔵庫の中身は酒と水以外はほぼ何も無し。何かスープでも作ってやろうかと思ったが、食材を探しても食べられるものがこの3種類しか見当たらなかった。そしてそれ以外にあるのは家具、パソコン、本──後は病院から処方された薬だけ。 そんな俺のイメージとかけ離れているこいつの部屋は、ほぼ入居時の姿を留めていて、日常生活を送る上で重要な何かが欠けているような部屋──洒落っ気の欠片すら無く、整理整頓されたのが相まって、もはや金銭的な問題とは違う貧しささえ覚えてしまう。 無理やり言い表すとするなら、精神的な面での貧しさ……だろうか。 それくらい俺から見ても空っぽで、違和感がある部屋だという印象がある。ゴミ屋敷よりましだと言えばせめてものフォローになるかもしれない。

9 21/10/02(土)00:34:53 No.851824767

『……助けてほしい』 『──は？』 『ごめん……迷惑だと思って、元気を装ってた……けどやっぱり限界なんだ。辛くて、苦しくて……薬を飲んでも良くならない上に自分じゃ何もできなくて──もう正直こうやって歩くぐらいがやっと……だから、お願いだから……助けてほしい』 もう君しか頼りが居ないんだ、と。 額に手を当てれば分かる酷い熱と、酷い顔色の病人から出された──それはなんとも唐突で、か弱く、拙いSOS。 来て早々、酷い声の若干鈍い受け答えと共にこの有様だ。 見るからに身体が弱く、尚且つ学園のコミュニティに属しても居ない状態での重い風邪。そして絶望しながらも誰にも助けを呼ぶことも出来ずに唯々辛い時間だけが過ぎていく……よくある話だが──多分こいつはそれだけじゃない。 今の状態から察するに、休んでいた四日間丸々とはいかずとも……しばらくこいつはまともな飯を食べていない──いや、食べられなかったのだろう。

10 21/10/02(土)00:35:11 No.851824858

風邪を引いたと聞いて来てみればこんな放っておけば死にそうな様だったなんて、気の毒としか言いようがない。しかしそれ以上に──俺が薄情に接してきたとはいえ、餓死しそうな状態でも助けを呼ばないのはバカだとしか言えないが。 『分かった。分かったからもう動くな』 『……ごめん』 『……なあお前……俺が来なかったらどうするつもりだったんだ』 『どうするって……？』 何も考えていなかったと言わんばかりの返事。 やはり熱や栄養が届いていないせいで頭が働かなくなっているのか、自分の身体だというのに最悪の未来すら瞬時に思いついていない。 『どうせお前は他に助けを求める人もいないし、飯も作れなかったんだろ？』 『……そうだけど……』 『このままじゃ死ぬかもしれない状況なんだったら、もっと早く俺に助けを求めるべきだったんじゃないか？無駄な気遣いなんか捨てて、死ぬかもしれないから助けてほしいって言うべきじゃないのか？』 『…………』

11 21/10/02(土)00:35:28 No.851824942

弱ってる相手に過去の選択を責めるべきじゃないなんて、そんなのは分かってる。 分かっているが、今回ばかりはどうしてもこいつに言って置かないといけない──くだらない配慮ごときで自ら助かる方法を消去するなんて、俺からしてみれば配慮や気遣いでも何でもない。むしろ今回に関して言えば自殺と何ら変わりない。 それに今回まで酷くないにしろ、何かとこいつは自分の身を顧みない事が度々ある。 心配をかけない事が良いだとか、我慢するのが美徳だとか、何を教えられて育ったか俺は分からないが……まず大前提として、死んだら全部意味が無くなる。 死ぬ恐怖はあるくせして、奇妙なことにこいつはこれを分かってない。 ──そして、俺はそんな考えが大嫌いだから、こいつには死んでほしくないから──というよりも、半分俺のせいで死なれても後味が悪いだけだから、責めた。

12 21/10/02(土)00:35:44 No.851825012

『いいか、死にかけてるんだったらなりふり構うな、お行儀よく相手の都合なんか考えるな、自分なら何とかなるなんて思うな──どうやって生きるかということだけを考えろ。 ……だから今みたいに死にかけて、生きる方法を考えて、考え出した結果が俺なんだったら……俺はそれを断るほど薄情じゃない』 少し間を置き、何も言わずに泣き続けるこいつに、言葉を続ける。 『……だから……次に何かあった時は連絡ぐらいして欲しい──手助けぐらいは、してやりたいから』

13 21/10/02(土)00:35:57 No.851825076

──失言した。 失言というか、口走った。こいつ相手に、かなりらしくない事を言ってしまった。 もしかしたら聞こえていないかもなんて希望を抱いたが……残酷なことにそんなはずもなく、変な空気になったというのに目の前の顔は酷くなるばかり。 何も泣く要素なんて無かったとは思うが……。 まあとりあえず一旦ここから逃げるしかない、材料の買い出しとでも言って出よう──しかしそんなことを考えるも無駄で、次の瞬間、酷い顔をした目の前の相手に抱き着かれ、動きを封じられてしまった。 『……意外とあるんだね』 『病人とはいえやって良い事と悪い事があるんだぞ』

14 21/10/02(土)00:36:17 [s] No.851825174

今回も長くなってしまって本当に申し訳ないです…… 本当は途中で切るつもりだったんですが切りが悪かったので二本立てにしました これまで fu394426.txt

15 21/10/02(土)00:38:20 No.851825808

良き…

16 21/10/02(土)00:47:33 No.851828629

不器用で良い…

17 21/10/02(土)00:48:16 No.851828873

SSさんも日本に来て多少トゲが取れたという

18 21/10/02(土)00:49:28 No.851829236

いい…

19 21/10/02(土)00:56:39 No.851831386

多少丸くなってきたSSと生きるのが下手なトレーナーいいよね…

20 21/10/02(土)01:07:18 No.851834140

このトレーナー死にかけてるのにたくましいな…

21 21/10/02(土)01:08:52 No.851834517

抱けーっ！抱けーっ！！！

22 21/10/02(土)01:16:05 [s] No.851836242

>このトレーナー死にかけてるのにたくましいな… 感動して抱き着いただけです 多分

23 21/10/02(土)01:17:38 No.851836610

ねぇカフェってSSさんに似てるってさぁ… これ二人知ってる人からするとこのトレーナーは幻影を追ってるんじゃないかって曇ったり怒ったりしない？大丈夫？カフェ勝てる要素ないよ？

24 21/10/02(土)01:39:56 No.851841249

抱いてssさんに雌にしてもらえ

25 21/10/02(土)01:41:18 No.851841549

でもこのSSって今はもう…

26 21/10/02(土)01:42:47 No.851841859

>でもこのSSって今はもう… 本編で死んだとは言われてないし行方知れずとか植物状態かもしれん

27 21/10/02(土)01:45:13 No.851842428

六条御息所みたいになっているのかもしれん

28 21/10/02(土)01:47:32 No.851842944

>六条御息所みたいになっているのかもしれん カフェに生霊がついてるんだ…