ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/09/30(木)22:11:52 No.851437265
敬老の日なんて考えた奴は誰だ? んでオレは何故バカな真似をしたんだ? 分かってる、格好つけてトレちゃんの懇願なんかに従っちまったからだ。 だけどいくら後悔してももう遅い。 軋む胃袋が訴える吐き気をスマホを握りしめる事でギリギリで堪える。 『どうした? 私の話を聞いているのかリョテイ』 電話口から漏れ出る、疑わし気な老婆の言葉。 猜疑に満ちたしわがれ声に心臓が止まりかける。 「は、はい――――お祖母様」 不審に思われない程度に取り繕えたとは思うが……どうだろうな。 このババアはオレの内心を知っていながら嬲ってる節がある。 小さく鼻を鳴らすと、機嫌よく小言を再開し腐りやがってクソが……。
1 21/09/30(木)22:13:03 No.851437798
マスクの下でニヤニヤと笑みを浮かべる老ウマ娘の姿がまざまざと瞼に浮かぶ。 アメリカの豪邸へ最後に足を運んだのは昔の話だが、まだまだ現役らしい。 クソ親父たちも大概他人を見下してやがるが、この老いぼれは群を抜いてる。 現役時代は気に食わないトレーナーや他のウマ娘を何人も病院送りにしたらしい。 が、絶対裏で数人か沈めてる。この怪物を爺さんはどうやってこましたんだ? 普段ならオレに舐めた態度を取る奴は誰だろうと許さねぇ。 だがこのババアは親父やお袋以上に相手にしたくなかった。 『リョテイ、まだ泳げないんだって? どれ私が泳げるようにしてやろう』 にこやかな笑みを浮かべたまま、まだ小さいオレをプールに放り投げやがった。 必死にプールサイドに辿り着いても、また沈められ最初からやり直させられる。 ああ、おかげで泳ぎは得意になったよ! 同時にトラウマも刻まれたがな……。
2 21/09/30(木)22:14:23 No.851438494
しくじりに一人頭を抱えながら、虚ろな瞳を壁のカレンダーに向ける。 今日は本来なんて事ない、ただの祝日の筈だった。 折角の休みだからとゴルシ達と飯でも行くか、と思い立って誘いに行って ――――そこからケチが付きだしたんだ。 『すまんオヤジ! これからマックイーンを食べ放題に連れてくんだよ』 丁度出掛ける所だったゴルシやオルフェ達にあっさり断られた。曰く 『何故かアタシらも付き添いさせられるっス』 『バッカ! マックちゃんにはいつも世話になってんだろ!?』 『それはアンタだけだろ』 『かーっ! 冷てぇウマ娘だな! 敬老精神を持てよ!!』 『なんでもいいけど早食いの賭けに勝ったら奢りって話、忘れてねぇだろうな?』
3 21/09/30(木)22:15:07 No.851438854
とギャーギャー騒ぎながら出掛けていくのを見送った。 去り際にゴルシがこっそりと 『孝行相手はちゃんと居るだろヒヒヒ。例えばトレちゃんとか、さ♥』 顔を上げれば後ろじゃフェスタやドリジャ達もニヤニヤ笑ってやがった。 追いかけるも既に外履きだったアイツらに逃げ切られたので、後でしめる。 が、確かに午後の予定は白紙になったし? 丁度する事もないし? 『オラ! 折角の休みに仕事してんじゃねぇ!!』 『な、なんだ!? どうしたリョテイ?!』 部室で仕事をしていたトレちゃんを強襲した。 ……ゴルシ達の気遣いが分からない程鈍いつもりはない。 慮って二人きりにしてくれたんだろう、ケッ余計なお世話だ。
4 21/09/30(木)22:16:37 No.851439596
けど貰った機会を無駄にするのも……まぁ悪いしな。 『あー……えー……働きすぎだから肩でも揉んでやろうかなって』 いつもオレの為にトレちゃんが働いてくれてるのは知ってる。 なら一年に一度くらい労ってやるのも悪くない筈だ。 だってのにこいつはポカンとした顔をした後、クスクス笑って 『気持ちは嬉しいけど、他にやってあげるべき相手がいるだろ?』 ありがとう、だけど大丈夫だよとあやすように頭を撫でながら抜かしやがる。 ムカついたから逆に頭を噛んで、ソファーに叩き込んだ。 祝日まで仕事してんじゃねぇバーカ! そのままキレた勢いで部屋を立ち去ろうと踵を返す。 が、小さな声でトレちゃんがオレを呼び止めた。たった一言、
5 21/09/30(木)22:17:54 No.851440232
『――――リョテイ』 んな縋る声出すんじゃねぇよ、調子が狂うだろうが。 いやきっと狂ったんだろう、だからオレもつい口が滑った。 『分かってるよ、昔とは違ぇーよ』 今日と同じ明日が続くと思う愚かさを、星の王の末路をトレちゃんの口からオレは知っている。 だからオレらしくもない約束をしちまった……クソ、呪うぜ過去のオレ。 受話器から握りしめながら早くババアの話が終わるのを願う。 明らかにオレの心を削るの楽しんでる正論にひたすら無心で頷くしかない。 『はい……はい……お祖母様の仰る通りです……』 と壊れた機械のように返事を繰り返すだけの作業。頼む終われ……。
6 21/09/30(木)22:18:54 No.851440717
『また返事がいい加減だな。あの担当のせいで頭が鈍ったか?』 「――――……は?」 今、こいつ、聞き流せない事を、言いやがらなかったか? 思考が先程とは違う意味で真っ白になり、言葉が全く形にならない。 だが遮られない事に気を良くしたのか、老いぼれは声の調子を上げていく。 『そうだ、ずっとお前にあの男について聞きたい事があったんた』 「一体、何、でしょうか……?」 『あの二流トレーナーいつ担当から外すんだ? 気になっているんだよ』 「な、何を仰って……」 舌が上手く回らず、声が震える。 カタカタとオレの手が震えてるのは、怒りか寒気か。 なんでこいつにトレちゃんが目をつけられる……?
7 21/09/30(木)22:19:43 No.851441080
とにかく無言は拙い、黙ってると何言われるか分からねぇ。 最悪『反論がないなら私が手を下しておいてやる』なんて言い腐る筈だ。 「……わ、私は今の担当のおかげでドバイと香港で、結果を残せましたが?」 『それはお前の才覚で雑魚共を捻じ伏せただけだろう?』 「ち、違――――」 『話では体調管理すら不十分だったらしいじゃないか、なぁ違うのか?』 何が面白いのか、ババアが電話の向こうでケタケタと笑う。 唇を噛んだままスマホを強く握りしめるとミシリと悲鳴を上げた。 ……確かに体調は絶不調だったのは認める、事実だ。 だけどそれだけじゃあない、オレとトレちゃんの間にはもっと大切な事があった。 『ドリームトロフィーでより結果を出したいのだろう?』
8 21/09/30(木)22:20:54 No.851441575
「…………」 『私の一族に相応しい走りをみせたいなら――――』 あの二流から別の者に担当を変えろ 最後の言葉に嘲弄はなかった。あるのは傲岸不遜な冷酷さだけ。 ……悔しいが、言葉の一部は事実だろう。 より確実で安定した結果を求めるなら、トレちゃんはオレに甘い、優し過ぎる。 もう一度香港と同じ走りが出来るかと問われたら分からない。 反応を窺っているかのような無言の間に、息を整える。 「――――お言葉ですがお祖母様。私の担当を二流と仰られましたが、それは違います」 だとしても怪物だろうが魔王だろうが、言われっぱなしは性に合わねぇんだよボケ!
9 21/09/30(木)22:21:18 No.851441745
『ほぉ反論があるのか? 言ってみろよ』 「彼のおかげで戦って来れました……もし違う者だったなら、結果は出せなかった」 トレちゃんは世界最高峰の天才トレーナーか? そう訊かれたらオレは間違いなく笑いながら違うと断言するだろう。 だが、もう一個断言できる事がある。 「彼は私にとって最高の、かけがえのないパートナーです」 指示には従わない、本気も出せない、家柄だけはあるウマ娘。 誰がそんな奴を担当したい? あの一族のウマ娘ならば、んな風に一人勝手に期待するのは楽だろう。 気性難だから付き合えない、なんて自分勝手に失望するのも楽だろう。 けど色々な事を経ても尚相手を信じるのは難しい、本当に難しいんだ。
10 21/09/30(木)22:22:42 No.851442326
「ですからご指示には従えません」 『――――……私に逆らうのか、ふむ』 鼻を鳴らすとババアは口を噤んだ。 相手は目の前にいないにも関わらず、オレの背に冷や汗が流れる。 上から見下ろされている錯覚さえするが、歯を食いしばり耐えた。 最悪トレちゃんを連れ、二人きりで逃げる覚悟を固める。 『……そこまで言うなら今度担当の男を我が家に連れてこい』 「……へ? それはどういう意味でしょうか?」 『私が見定めてやる。啖呵を切ったのだ、文句はないな?』 確認のような台詞だがオレの意思を無視した事実上の確定事項だ。 仮にここで嫌だと言えば自信がない事になる以上、頷くしかない。 歯噛みしていると、電話口から嘲弄するような苦笑が漏れ聞こえる。
11 21/09/30(木)22:23:30 No.851442691
『もっとも? お前が気性難で見限られていなければ、の話だがな』 別れの挨拶もないまま、それで電話は切れた。 その後ウマ耳に届くのは無機質なツーツーという音ばかり。 とりあえず地獄のような時間は終わったらしい。 「……このオレが? あのトレちゃんに見限られるだと? ハッ!」 スマホをベッドに投げつけて笑い飛ばす。上等だ。 あの呆けババアは耄碌して見誤った、オレ達の絆って奴を。 長電話のせいか窓の外はもう暗く、門限はとっくに過ぎているだろう。 規則? 命令? んなもんオレの知った事じゃねぇ。 ドバイも香港も決別の危機も、二人だから乗り越えられた。だから今度も。 上着を引っ掴み、唯一無二最高の相棒に会うべくトレーナー寮へと脚を向けた。
12 21/09/30(木)22:25:38 [本編おわり] No.851443614
もうとっくに時季外れで何番煎じだけど許して 祖母様のキャラ付けが不鮮明なので失礼する 傲岸な口振り許さん…許さんぞ…〇ングヘイロー