ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/09/17(金)20:27:30 No.847076793
微睡みから覚めて周りを見渡す。青々とした木々に草花、遠く聞こえる子供達のはしゃぐ声。 揺り椅子はあまりにも心地よくてつい眠ってしまう。特に今日のように暖かな日差しと心地よいそよ風が合わさればなおさらだ。なにより、ここ最近疲れやすくなったのかやたらと寝てしまうことが増えたように思う。 微睡みの中で見た夢はいつもの通り素敵なもの。 あの眩い時代。家名と自身の誇りとをかけて駆け抜けた青春の日々。そこには今でも忘れえぬ朋友達がいて、同じ家名を背負った家族達がいて、自分を誰よりも認め支え導いてくれた指導者でありパートナーがいて。 美しい時代だった。熱い時代だった。誰もが勝利を目指して魂を燃やし駆け抜けた日々だった。 自分を含む皆が学園という戦いの場を去りそれぞれの道を歩み始めてからも時には顔を見せ時には文を交わし時には声を届け、その縁を慈しんできた。 子供の自慢話なんて、誰と何度したことかわからない。 時の流れの中で顔ぶれが変わり始めたことを切なく思いつつも、決して消えない思い出を胸に今日に至る。節くれだった手を見つめ自らに問う。私は立派に生きてきたかと。
1 21/09/17(金)20:27:43 No.847076869
立派に家名を背負えたと思う。 立派に誇りを貫けたと思う。 少なくとも誰に恥じることなく、子や孫に囲まれて穏やかな日々を勝ち取ったと胸を張っていいだろう。 そんな私の中に一つ、ずっと刺さったままだった心残りがあった。 学園を皆が去っていく中、それぞれの連絡先も進路もそれなりに知っていた。中にはテレビをつければ連日見るような方や、遠路はるばる何度も顔を見せにくる方もいた。親しい間柄であるほどにそれは当たり前のようで。 そんな中でただ一人だけ。連絡先も、進路も、それどころか行方そのものがわからなくなってしまった『友』がいた。
2 21/09/17(金)20:27:57 No.847076942
奇特な方だった。その『友』はまさにその一言に尽きるし他の言葉を並べれば息が続かない。 常に奇想天外、波乱万丈、型にはまることは罪であると言わんばかりに『当たり前』に背を向けて暴れ続けた芦毛の長身。 口を開けば耳を疑い、手足を動かせば目を疑う。しかしその予測不能な中で誰かを守り慈しむことはあっても傷つけることはしなかった、本当にただただ奇特な人物。 気がつくと隣にいて気がつくと振り回された日々を思い返す。 その時気づけただけでも手が足りない。後になって気づいたものは数えきれない。それほどに私を守ってくれた方。 何度笑顔を向けられたことか。何度笑顔にされたことか。 思い出すほどに、ああ…彼女は私にとって、確かな『特別』であったのだろう。 そんな彼女の行方は、それすらも気づいた時には途絶えていた。 何度も探した。何度も尋ねた。 しかし結局孫ができるという歳になる時まで何一つ掴めないままだった。
3 21/09/17(金)20:28:32 No.847077130
その全てを悟ったのは、孫が生まれたと聞き我が子らの元を尋ねた時だった。 「お婆様。お呼びですか?」 気づけば、そこにその孫本人が立っていた。そうだ、今ほどの時間に尋ねるように言っておいたのだった。歳をとるとこんなに忘れ事が多くなるとは。 「ええ、呼びつけてごめんなさいね」 「いえ、そのようなことは」 その言葉遣い。艶やかな栗毛の髪によく映える大流星。赤を主体に金のラインを施された衣装。 大人しく、美しく、ともすれば儚さすら感じる幼い孫の姿に…私は、あの日を思い出す。
4 21/09/17(金)20:28:59 No.847077288
生まれた孫の姿を見た時、老体が崩れ落ちるかと思うほどの電流が脳髄を駆け抜けたのを忘れない。 何一つ根拠など無い。しかし、その赤子を目にした瞬間に『理解できた』。 あぁ、そういうことだったのだと。見つからぬはずだ。全く意地が悪い。 零れ落ちる涙は孫の生誕を喜ぶだけでなく、私にとっては紛れもなく再会の涙でもあったのだ。
5 21/09/17(金)20:29:26 No.847077439
「いいかしら。まだわからなくていい。何のことかわからずとも、聞いておいてほしいの」 手を伸ばせば、静かに一歩踏み出し小さな手を私に重ねてくる。 「貴女はいつか、途方もない冒険をすることになる。想像もできないほどに壮大な、けれど大切な冒険を」 見つめる瞳は一度たりとも逸らすことなく。 「きっと沢山の大切な人達に出会うはず。その時は、その人達を守ってあげなさい。その時貴女はもう誰にも負けないほどに強く美しくなっているから」 それは誰よりも私が知っているから。 「その時には…どうか、お願いしますわね」
6 21/09/17(金)20:29:41 No.847077534
私の愛しい孫。 私の誇り。 「ゴールドシップ」 私の友。
7 21/09/17(金)20:30:49 No.847077936
「わかりました。その時が来たら…必ず」 静かに、しかし力強く頷いた孫の微笑みに。 ついに全てが報われた。そう思えたような気がして。 (あの日の私達を、どうかよろしくお願いいたしますね。…ゴールドシップさん) 全ての友らに誇りたい。私を導いてくれた方に誇りたい。 「貴女に、貴女の道に幸多からんことを」 私は、メジロマックイーンは。 幸せになったのですよ。
8 21/09/17(金)20:34:59 No.847079530
このしばらく後で冒険談を笑って聞くマックちゃんはいますか