21/09/11(土)23:07:00 大きく... のスレッド詳細
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21/09/11(土)23:07:00 No.845042035
大きく手を振るのは、この気持ちをかき消すため この感情を悟られないようにするため 愛おしさも、寂しさも、全部この空にまき散らしてしまえば、残るのは空っぽの笑顔だけだから
1 21/09/11(土)23:07:15 No.845042140
1. 「ふぃ~…もうしばらくメシはいらねえや。」 パンパンに膨れたお腹をさする。船に揺られてるせいでなんだか気持ち悪くなってきた。 「食べ過ぎよ。」 横に座ってるお客さんが呆れた様子でオレっちのお腹を眺めてくる。けどお客さんの料理のせいだぜこれ。 「お客さん、胃腸薬とかねえかい?」 「ハイハイ。」 マオさん主催の料理会からの帰り道、オレっち達はメレメレ島行の船に揺られていた。 【相手の好きそうなもの】っつーお題で料理対決することになったから、毒と草を料理を作ろうとしたらサポートのスイレンさんからガチめに怒られた。あんでだ? 仕方がねえから、前にお客さんから褒められたおかゆをアレンジしてりぞっと?にしたら皆に引かれた。あんでだよ! 「だって、運び屋さんからそんなオシャレな料理が出てくるなんて思わなかったから…。」 とはお客さんの言。今日のために色々調べてきたんだよ。
2 21/09/11(土)23:07:29 No.845042227
「今日のリゾット、美味しかったわ。運び屋さんは本当に料理が上手ね。繊細さなんてカケラも見えないのに。」 「ヘヘン!…ゲフッ。お客さんのも美味かったけど、もうちょっと量考えねえとダメだぜ?」 美味かったからおかわりしたら、お客さんがどんどんつくる…を繰り返していたら、今にもはち切れそうなこの腹が完成。 「分かったわ、じゃあもうおかわりナシね。」 そ、そんなぁ! 「ハイハイ…一回までよ。」 「よっしゃ、次も楽しみだな!」 あの誕生日以来、なんだか自然に遊びに行ける関係になってきた。今回のマオさんもだけど、スイレンさんや博士も色んな企画を提案してくれる。2人でデートっていうのとは違うけど、一緒に遊ぶ機会が増えてるのは間違いねえ。 まだ意識するとダメだけど、…この調子で慣らしていけば、案外早くいけるんじゃねえか?お客さんへの告白― そんなお気楽なことを考えている横で、お客さんが少し元気のなさそうな顔をしていることに気付いた。
3 21/09/11(土)23:07:46 No.845042347
===== 「よっしゃ、次も楽しみだな!」 港に着くと、運び屋さんは屈託のない笑顔を向けてくる。 わたしは嬉しくもあり、少し辛くもあった。 「…実はね、これからしばらく――1か月くらいウルトラスペースに滞在することになりそうなの。」 「うへぇ!」 「今取り組んでいる実験は研究所に泊まり込みでやらなくちゃいけなくてね。」 「おぉう…大変だな。また倒れないでおくれよ?」 「その時はまた看病をお願いしようかしら。」 冗談半分揶揄い半分に提案してみる。 「事前にクスリつくっときゃあ良いだろ。」 ……そうなんだけどね。そうなんだけど、なんか腹立つ。
4 21/09/11(土)23:08:03 No.845042471
「しかし1か月かー。んじゃあ戻ってきたらご苦労さん会やろうぜ?今日より美味いメシ食わしてやっからさ。」 「ありがとう、楽しみにしてるわ。」 仕事頑張れよー!と手を振る運び屋さんに別れを告げて、我が家に向かって歩き出す。 ふと後ろを振り返ると、まだこちらに手を振っていた。 「…恥ずかしくなるじゃない…もう。」 そう思いつつも、気付けば口角が上に吊り上がっていく。 帰りを楽しみにしてくれている人がいる。 それだけでも頑張れる気力が沸いてくる。
5 21/09/11(土)23:08:17 No.845042572
======== お客さんの背中が小さくなるまで手を振り、姿が見えなくなるのを確認し… 「~~~~~~………1か月は長げえよーーー!!!!」 感情を爆発させる。 1か月会えねえなんて我慢できねえよ!その間この感情をどこにしまっときゃ良いんだ……いっそ向こうでバイトしよっかな?…いや、お客さんの邪魔はしちゃいけねえな。けどよう… そんなことを考えてると、マオさんから電話がかかってきた。 「おう、今日はサンキューなマオさん!」 『どーいたしまして!何か進展はあった?』 「それがよぅ……」 お客さんと1か月近く会えない事情をマオさんに説明。 『フム。だったら、その1か月で色々と準備しようよ。』 準備ってなんだっけ?誕生日はまだ先だぜ? 『ムーンちゃんが戻ってきたらさ、サンくんが告白できるように色々整えておけばいいじゃん!告白の言葉だったり、シチュエーションだったり、プレゼントだったり。ね?』 あーそういうことか。…そうしてえのは山々だけどさ、未だに告白できてねえわけで。
6 21/09/11(土)23:08:28 No.845042660
『…これは、あくまでわたしが受けた印象だけどね。ムーンちゃん告白したらOKくれるかもよ?』 「…んだとぉ!?」 『少なくとも、サンくんのこと大切に思ってるように見えたなー。弟分としてなのかもしれないけど…。でも、そろそろサンくんが最初に言ったことを実行する時期に来たと思うよ!』 …最初に言ったことってなんだっけ? 『しっかり気持ちを伝えて、その上でムーンちゃんに好きになってもらうって。例えいまムーンちゃんがサンくんのことを異性として意識してなくても、告白してアタックしていけばムーンちゃんもサンくんを恋愛対象として見てくれるかも。だから、この1か月でその準備をしよう!』 「…そっか、そうだな。分かった!マオさんサンキュー!」 マオさんの言葉に、確かな勇気をもらった。
7 21/09/11(土)23:08:41 No.845042749
…いよいよ、ゴールが見えてきたんだな。いや、ようやくスタートラインなのか?何にせよ、お客さんが戻ってきた1か月後が勝負だ。 頭上で薄暗く光りはじめた月に手を伸ばす。 1か月を短いと取るか、充分にあるとみるか。 指の間から差し込んでくる月の光はとてもキレイで、背後で海の底に沈んでいくもう一つの光は気にも留めなかった。
8 21/09/11(土)23:08:54 No.845042843
2. 約1か月のウルトラスペース滞在を終えてアローラに戻ってきた頃は、暦は既に10月を迎えていた。 「久々に太陽を見たわね…。」 『もう秋だっていうのに照り付けが眩しいロト。』 我が家に帰還後すぐさまベッドにダイブ。 俯せに倒れていると、ヒドイデが抱き着いてきて心を癒してくれる。 「ありがと…。」 今回は大仕事だっただけに、無事に終わったことへの達成感が凄い。張り詰めていた糸が少し解れたような感覚。すると、今まで抑え込んでいた様々な欲求が湧き上がってくる。最初に浮かんだのは、運び屋さんの顔だった。 「はー…運び屋さんに会いたい。」 『………。アイツに会ってもかえってストレス増えると思うロト。』 「…それもそうなんだけどね。」 無意識にその名を口に出した自分に驚く。 ロトムが言うように、きっとデリカシー皆無なことや腹の立つことを言われて尚更疲れるがオチなのは分かってる。 分かっているけど、それでも“会いたい”と無意識に思っていたのだから仕方ない。 ―あの誕生日以来、わたしの中で運び屋さんという存在が大きく変化している。
9 21/09/11(土)23:09:19 No.845043007
いつだったか、運び屋さんがわたしたちの関係について聞いてきたことがあったっけ。 運び屋さんは今のわたしたちの関係をどう認識しているかしら? わたしたちはどういう関係になりたいと思っているかな? あ、あとで帰ってきたことを連絡しないと…その時に聞いてみようかしら。 そんなことを考えながら、ウトウトと深い眠りに落ちていく。 アラーム音でも目覚めないくらい深い眠りに。 お父さまからの着信に気付いたのは、翌朝になってからだった。 「お久しぶりです。昨日は出られなくてごめんなさい。ハイ、こっちは元気にやっています。」 至急伝えたいことがある、とのこと。何かしら? 「…………え?…わたしが…ですか?」
10 21/09/11(土)23:09:35 No.845043112
3. 彼女がウルトラスペースから帰ってきた翌日、ぼくを尋ねてきた。 「…お伝えしたいことがあります。」 その理由(わけ)はもう知っているが、彼女の意見を聞くために、ひとまず彼女が昨日受けたご両親からの電話の内容について説明してもらった。 「…新規プロジェクトの研究員か。」 「未開拓の分野ということで、学際研究を進めるため様々な分野の学者を集めているみたいなんです。」 「そして薬学の代表として、ムーンに白羽の矢が立ったと…。凄いじゃないか。その年齢(とし)で代表者に選ばれるなんて。」 世界の第一線級の学者達と研究ができるなんて羨ましい限りだが、その浮かない顔をみるに何かが引っかかっている様子。 「…わたしは、ネクロズマの回復とルザミーネさんの容態をみるためにアローラに戻ってきました。どちらもまだ途中の段階です。それなのに、事前準備のためにすぐ帰ってきて欲しいだなんて言われても…。」 「だがそのプロジェクトに加わればより多くのことが学べる。」 「………。」
11 21/09/11(土)23:09:52 No.845043229
「お父さまからも、向こうでの経験が今進めている研究の進展につながるかもしれない。だからこそ今回のチャンスを生かして欲しいと説得されました。」 ムーン自身も参加で得られる経験値の有益さは充分理解しているはずだ。だが、現状素直に喜べない気持ちも分かる。 「こちらの引継ぎ作業も必要なので、なんとか一カ月ほど猶予を頂きました。お父さまもそこは理解して下さっているので。ですが…やはり途中段階で投げ出すことになるのは…」 「ぼくはお父さんの意見に賛成だ。」 腑に落ちていない様子の彼女に対し、はっきりとした口調で意見を伝えた。 「意地悪な言い方をするなら、現状ムーンがいなければどうにもならないということはない。それでもキミは責任感も正義感も強いから、途中で投げ出すような真似はしたくないだろう。だが、お父さんのいう通り、参加することで今の研究に有効な情報が得られる可能性も高い。研究の世界は、すべての点と点が線で繋がって出来ているからね。」 「……。」 ムーンはしばらく俯いたまま思案しているようだったが、やがて意を決したように顔を上げた。 「分かりました。」
12 21/09/11(土)23:10:16 No.845043399
「より知識を磨いて、本物にしてきます。ネクロズマやルザミーネさんの解決の糸口が見つかるかもしれませんので。」 覚悟を決めた彼女に、頑張れよと激励をおくる。 「色々とご相談に乗って頂きありがとうございます。」 「いやいや、ぼくもこの数か月本当に助けてもらったからね。だからこそ、キミの優秀さも分かっているつもりだ。是非多くのことを学んできて欲しい。」 「はい!」 覚悟を決めた表情で返事をするムーンだったが、その表情には同時に陰りも見える。 その理由は直ぐに察しがついた。 猶予は1か月。短いと取るべきか、充分にあるとみるべきか。 いずれにせよ、アイツにとって…いや彼女にとっても辛い決断を迫られることになるだろう。 …世の中は、どうして順序良く事が起きないのか。心の中で静かに恨み言を呟いた。
13 21/09/11(土)23:10:30 No.845043504
4. わたしが向こうにいる間に、リーリエたちがカントーから帰ってきていたので、入院中のルザミーネさんの健診をおこなうことに。 「健康状態に異常はありません。目覚めない理由として考えられるのはやはり精神の方かと…。」 ルザミーネさんの容態は前より良くなっているけど、依然目を覚ます気配はない。 少しずつ前進はしているものの、未だ解決の糸口が見つからず。 リーリエの心情を考えるだけで胸が痛くなる。 「リーリエがね、お父さんが見つかれば目を覚ますかもって、今度はお父さん探しに行こうとしてるの。初めて出会った頃からは想像もつかないくらい前向きになったわ、あの子。」 わたしの心情を察してか、笑顔で話すバーネット博士の言葉を聞いて少し安堵する。 そっか、リーリエも強くなっているのね。…だからこそ、もっと力になってあげたかった。だけど、要因が精神的な問題である以上、今のわたしにできることは経過観察しかないのも事実…。 新天地で、必ず何か手掛かりを見付けてこないと。
14 21/09/11(土)23:10:44 No.845043594
「でも残念ね。せっかく戻って来れたのにもうお別れなんて。親子(ふたり)のことはわたしに任せて。こういっちゃなんだけど、一番熟知してるのはわたしだからね!」 そう言ってわたしの背中を押してくれるバーネット博士。 「あまり後ろめたさなんて感じなくて良いわよ?むしろここまで色々サポートしてくれて本当にありがたかったわ。…とはいえ、色々寂しく思う子たちも多そうね。なにせ―」 「運び屋サンでーす!お荷物お届けに上がりました。」 大声で病室に入ってきたのは、お見舞いの果物を抱えた運び屋さんだった。 「しーっ!」 「あ、めんご。これお届け物の見舞い品ね、サインかハンコを…ん?あんだよお客さん、コレ食いてえのか。」 「いえ、そうじゃなくて…」 いつもと変わらない様子の運び屋さん。今の会話は聞かれてなかったかな? …このことは、まだ運び屋さんには伝えていない。 何度か電話をかけようと思ったけど、やっぱり直接伝えたい。 「……運び屋さん、ちょっと良いかしら。」
15 21/09/11(土)23:11:16 No.845043779
休憩室で飲み物を片手にベンチに腰を掛けるわたしたち。 「お客さん、少しは疲れ取れたかよ。リーリエの話は聞いたかい?今度は父ちゃんを探しに行くんだってよ。早く見つかると良いなー。」 目標を追いかけるリーリエを素直に応援する運び屋さん。 そう、運び屋さんは夢や目標に向けて頑張っているなら、きっと応援してくれる。 「…あのね運び屋さん。」 「なんだい?」 いつもの明るいトーンの声がかえってくる。 出発までまだ一か月近くある。 …だけど、ほとんどはウルトラスペースでの引継ぎ作業に時を費やすことになるはず。実際に運び屋さんと会って話をできるのは、あって数日。 だから、早く伝えないと。
16 21/09/11(土)23:11:26 No.845043847
「えっと…」 言わなきゃ 「その…………」 言わなきゃ 「………い、慰労会はいつする?」 「え?ああ、ご苦労さん会?明後日の午後か、これからでも良いぜ。」 「じゃ、じゃあ明後日の午後からにしましょう。…うん、それだけ。ごめんなさい、忙しい時に。」 「おう、んじゃな!」 急ぎ足で階段を下っていく運び屋さんの背中を、手を振りながらわたしはただ眺めていた。 ……言えなかった。 その事実に、胸がズキンと痛む。
17 21/09/11(土)23:12:39 No.845044280
5. それから、わたしはお世話になった人たちのもとを行脚した。 マオさんたちは凄く残念がってたけど、激励とともに「帰ってきたらまた料理会しようね!」と誘ってくれた。 アローラに“帰って”きたら。 短い期間だったけど、わたしをアローラの住人だと受け入れてくれていることが嬉しくて、寂しかった。 「サンくんは何か言ってた…?」 「………実は、まだ…。」 「えー!もう伝えてるのかと思ってた!早く伝えてあげないと!」 「そう…ですね。…そうですよね。」 これ以上運び屋さんに言わずにしておくのは失礼。頭では分かっている。 それなのに、携帯を取り出して運び屋さんの番号を押そうと、指が震え腕は硬直する。
18 21/09/11(土)23:12:57 No.845044406
「ムーンちゃん…?」 「……ッ…ごめんなさい、いま掛けますから……。」 震えるわたしの両手を、マオさんは優しく包んでくれた。 「サンくんには伝えてないんじゃなくて、伝えられないんだね…。」 「………。」 …どうして?どうして言えないの? 運び屋さんに早く伝えたい、伝えなきゃって、分かっているのに、どうして…。
19 21/09/11(土)23:13:09 No.845044479
頭を抱えて目を瞑ると、この数か月間の運び屋さんとの記憶が脳裏に浮かび上がってくる。 ⦅明日からも…よろしくな!⦆ ⦅おーっし約束だぜ!待ってるからなー!⦆ ⦅…だからさ、早く元気になっておくれよ。⦆ ⦅じゃあもう少し一緒にいられるな!⦆ ⦅お客さん、あんたと出会えてよかった⦆ ⦅戻ってきたら、ご苦労さん会やろうぜ?今日より美味いメシ食わしてやっからさ。⦆ …運び屋さんは、わたしといる時間を楽しんでくれている。 わたしも、いつからかあなたといる時間を楽しむようになっていた。 趣味も考え方もまったく違うのに、あなたが喜んでくれるとわたしは嬉しくなる。 だからこそ、早く伝えたいのに、だからこそ、伝えられない。 伝えればきっと、凄く悲しむだろうから。
20 21/09/11(土)23:14:06 No.845044870
あなたが辛い思いをするのは、わたしは堪えられない。 あなたに、また辛い思いをさせたくない。 あの日のような――あの時は、ダラーが戻って来てくれたからこそ、運び屋さんも元気になれた。 だけど、今回は…… …くさん、お客さん。オーイ!」 ハッと我に返ると目の前に運び屋さんが怪訝な表情でこちらを眺めている。 「大丈夫か?悪いモンでも入ってたかな…?」 「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていたから…。ご飯美味しいよ。」 運び屋さんが開いてくれた慰労会は、わたしの提案により我が家で開催することに。 理由は…すぐにベッドにもぐりこむことができるから。
21 21/09/11(土)23:14:21 No.845044973
「ヘヘン!お客さんが向こういる間に、マオさんからお客さん好みの味付けを習ったんだよ。これから疲れた時は、デリバリーコックをしても良いぜ?」 笑顔でそんな提案をしてくる運び屋さんを見ていると、必ず伝えるという意志に綻びが入りそうになる。 だけど、それは絶対に赦されない。 結局今のわたしは、運び屋さんの辛い顔を見たくないという自分勝手な考えで、彼に伝えることから逃げているだけ。 そんな覚悟も持てない人間が、誰かの命を預かるなんて以ての外。 運び屋さんのためにも、自分のためにも、ここで伝えるしかない。 そう思いつつも、食事を終えて、談笑をして、気付けば夕刻に迫っていた。 「おっと、そろそろお暇しねえとな。」 「ま、待って運び屋さん!」 帰ろうとする運び屋さんを引き留めるも、頭が真っ白になる。 言葉を紡ごうにも、急に喉に物が痞えたように声が出せなくなる。
22 21/09/11(土)23:14:36 No.845045087
「あ……」 言葉が出ないまま硬直しているわたしを、運び屋さんはただ静かに待っていた。 「あの…あの………」 …どうして言えないのよ!お願いだから言わせてよ!お願い…… どうしようもなく俯いていると、ふと手に温かい感触が広がる。 顔を上げると、運び屋さんがわたしの手を握って真剣な表情でこちらを見つめていた。 「…ちょっといいかい?」 そう言って、わたしの手を引っ張って外に飛び出す運び屋さん。 わたしは手を引かれるがままに運び屋さんについていくのだった。
23 21/09/11(土)23:14:55 No.845045225
6. 「久々だな、ここに来んのは!」 連れてこられた場所は、はじめて出会った場所―運び屋さんがナマコブシ投げのバイトをしていたところだった。 真っ赤な夕日が沈んでいく静かな海を見ていると、少しだけ心が落ち着いていく。 「…わたしを落ち着けようと、連れてきてくれたの?」 と運び屋さんの方を振り向いた瞬間 「とりゃっ」 ベチャッとヌルヌルしたものが顔面を直撃する。これは…… 「いきなり何すんのよ!」 ナマコブシを運び屋さんの顔面に投げ返す。 「ほら、はじめて会った時にスキンローションなんているか!みたいなこと言ってたからよ。それで欲しくなったのに言い出しづらいのかなって思ってさ。」 「どういう思考回路してんのよ…」 そんなこと言った覚えないし、欲しくなった覚えもないし、冗談で言ってるのか本気で言ってるのか…。
24 21/09/11(土)23:17:08 No.845046259
「けど元気になったな。」 ……確かに、鬱々とした気分はナマコブシと一緒に吹き飛んじゃったけど。なんというか、素直に感謝したくないわね…。 「せっかくだし、ちょっと涼んでいこうか。」 ヤキモキするわたしをよそに、運び屋さんは吞気に浜辺に腰を掛ける。 仕方がないのでわたしもいっしょに夕涼みを楽しむことに。 10月の海からは、夕刻だからか涼し気な潮風が吹いてくる。 …結局、まだ何も解決していないけど、少しずつ心が安らいでいく。 「お客さん。」 振り返ると、真剣な表情の運び屋さんの横顔が目に飛び込み、安らいでいた心がざわつく。 「…なに?」 「実はさ、携帯を解約しようと思ってんだ。」 「……は?」 解約?なんで?どうしてわたしに?というか急にどうしたの?
25 21/09/11(土)23:17:34 No.845046428
「解約して、その分の料金も貯金に充てようと思ってさ。」 指でお金のジェスチャーをする運び屋さん。 「1億円貯金をしてた5年間は、そのことしか頭にねえくらいその為に生きてた。今は色々気持ちに余裕ができたから周りをみたら、みんなも何かの夢に向かって必死に頑張ってたんだ。それでいてオレっちの夢の応援もしてくれてて。だから、もっと頑張ろう、一刻も早くポケリゾートを完成させようって思った。そんで、みんなの夢も応援しようって。」 「いい心がけだと思うわ。携帯解約するのはどうかと思うけど…。」 「いいんだよ、ない生活の方が長かったし。…だからさ、」 運び屋さんはわたしの方を振り向いて 「オレっちは、お客さんの夢もゼンリョクで応援してるぜ。」 そう言い終えると、再び海を眺めはじめた。 ……運び屋さんの真意は分からない。だけど、わたしはその言葉にどれだけ心が救われたか分からなかった。
26 21/09/11(土)23:17:46 No.845046515
海に沈んでいく夕日は、黄昏はとても綺麗で、どこか残酷にみえた。 「運び屋さん。」 なんだい?と、優しい声色で応えてくれる。 「わたし、…わたしね、11月の頭にはアローラを離れなきゃいけなくなってったの。」 運び屋さんは相変わらず海を眺めたままだった。 「新規プロジェクトの研究員として5年間働くことになってて…。」 「親父さんの研究所(とこ)に戻るのか?」 運び屋さんの問いかけに、わたしは首を横に振る。 「……宇宙。」 「ウチュウ?」 「宇宙からやってくる未知のポケモンについて、宇宙ステーションに研究所をつくって生成物質を採取しながら研究を進めていくの。研修期間が1年、宇宙で4年。その手続きや準備の関係で、ひと月後にはシンオウに戻らなきゃいけない。」 シンオウなら、休みの日にアローラへ来ることもできたかもしれない。だけど、わたしが向かう先は、この星の遥か上にある宇宙。一度行けば、4年間戻ってくることはできない。
27 21/09/11(土)23:17:59 No.845046620
だから…あなたの誕生日を一緒に祝うことは叶わない。 あなたが学んでくれた手料理を食べることも、傷ついたあなたの身体を治すことも。 …5年経ったら、あなたはわたしの声も顔も忘れちゃうかな。 楽しかった思い出も、全部記憶の奥底に沈んでいくのかな。 …あぁ、わたしはまた自分のことばかり考えてしまう。だけどそれは、今この瞬間の運び屋さんの反応を知るのが怖いから。 運び屋さんはわたしの夢を全力で応援すると言ってくれた。だから……だけど―――
28 21/09/11(土)23:18:13 No.845046718
「そうなのか、まあ頑張ってきなよ!」 「……。」 拍子抜けするくらい明るい声の応援が返ってきた。 恐る恐る運び屋さんの顔を見ると、いつもの底抜けに明るい笑顔が瞳に映る。 「へ~宇宙かー。やっぱお客さんはスゲーなぁ。スケールが違ぇや。それに良かったじゃん。」 良かった…? 「宇宙ならずっと夜だぜ?」 「……プッ」 運び屋さんらしい発想に、思わず笑ってしまう。いつもなら呆れるところだけど、いまはその“らしさ”が嬉しかった。 「お客さん、将来たくさんの生命を救える薬剤師になりたいって言ってたよな。また夢に近づけたじゃねえか。」 「運び屋さん…。」 「オレっちはポケリゾートつくっために地上で頑張っから、お客さんは宇宙で頑張ってきなよ。お互い、夢に向かって突き進んでいこうぜ。」 「うん。」 突き出した拳をコツンとぶつけ合う。
29 21/09/11(土)23:18:27 No.845046805
別れ際、運び屋さんがもう一度わたしの手をとって両手で包み込んできた。 「頑張れよ、お客さん。」 その言葉に、色んな感情が溢れ出しそうになるのを必死に堪えながら、「あなたもね」と返事をする。声は震えていたけど、気付かれてないかな…? 「じゃあな!」 笑顔の運び屋さんに別れを告げながら、帰り道に向かって歩き始めた。 歩きながらゆっくりと心を整理していく。 運び屋さんもわたしの夢を応援してくれた。 その事実に安堵と嬉しさが沸いてくる一方、一抹の寂しさを感じる。 …最初から分かっていたじゃない。 運び屋さんに、そういう感情はないって。 ただ純粋に、わたしの夢を応援してくれている。 だからこそ頑張らないと。運び屋さんに胸を張ってまた会えるように。
30 21/09/11(土)23:21:31 No.845048027
――ふと立ち止まって後ろを振り返るも、沈む夕日に照らされた運び屋さんは相変わらずこちらに手を振っていた。 そのシルエットにもう一度わたしは手を振り返して、それから前を向くのだった。 わたしが進むさきには、夜空に大きな満月が浮かんでいる。 お互い頑張ろうね、運び屋さん。
31 21/09/11(土)23:22:07 No.845048294
7. ……まだだ まだ耐えろ 今は堪えろ。お客さんに気付かれちまうだろう あの子にこんな顔を見せるんじゃねえ あの日からずっとずっと考えて、お客さんに辛い思いをさせねえって決めたじゃねえか 好きだからこそ、夢を応援するって、笑顔で送り出すって、決めたじゃねえか 考えるな、何も考えるな、笑顔で見送るんだ だから止まれ 止まってくれ どれだけ自分に言い聞かせても、いくら想いに蓋をしても、大粒の涙が溢れ出すのは止められなかった。 fu333767.jpg
32 21/09/11(土)23:22:23 No.845048404
きっと、これからたくさんの凄いひとたちに囲まれて、たくさんの出会いがあって、夢に向かって脇目もふらず突き進んでいくんだろう オレっちのことなんて、忘れちまうくらいに でも、それでいいんだ そうすりゃ夢の邪魔にはならねえからな だから、泣くんじゃねえ 泣くんじゃねえ 意味のないことだと分かってるけど、繰り返しそう言い聞かせる。 お客さんは大きな満月に向かって進んでいく。 そんな絵になる光景も、涙のせいでまともに見えやしねえ。 もう何も届かねえと分かっているのに、手を前に伸ばしてしちまう。 支えになれる男になりたかった どんどん先に進んでいくあんたに、追いつきたかった 想いが溢れるほど、涙も止めどなく流れていきやがる。
33 21/09/11(土)23:22:34 No.845048501
止まらねえんなら、いっそ全部流しちまっておくれ 悲しみも、寂しさも、この気持ちも そうすれば、心からの笑顔で送り出せっからさ… 伸ばした手を振り上げて、すべてをかき消すように大きく手を振る。 オレっちは、あんたが大好きだよ だから これでさよならだ、お客さん (つづく)
34 <a href="mailto:s">21/09/11(土)23:22:52</a> [s] No.845048629
以上です
35 21/09/11(土)23:23:34 No.845048933
お疲れ様です 文字通りの月と太陽みたいな状況になってしまって続きが凄く気になる…
36 21/09/11(土)23:24:00 No.845049120
続くんかい!
37 21/09/11(土)23:26:06 No.845050067
>続くんかい! そらここで終わるわけにはいかないだろう 幸せになってもらわないと
38 <a href="mailto:s">21/09/11(土)23:26:25</a> [s] No.845050224
あと2話でおしまいです 久々の奉納になっちゃいましたが決してサボってた訳じゃなくてですね 仕事の修羅場×ワクチン副作用で9月以降こんな感じの日々が続いてましてね 次回もいつ奉納できるか分からんのでできる時にします
39 21/09/11(土)23:27:55 No.845050915
>1631370385375.png 凄いハードスケジュール…
40 21/09/11(土)23:31:32 No.845052563
>1631370385375.png お誕生日おめでとうございます 30ってサンと丸い満月で出来てますね
41 <a href="mailto:s">21/09/11(土)23:33:50</a> [s] No.845053510
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
42 21/09/11(土)23:34:31 No.845053780
>1631370830570.png 鬱なパートは書いてて筆折りそうになるよな…
43 <a href="mailto:s">21/09/11(土)23:38:23</a> [s] No.845055395
リクエストあればどうぞ(運ムンに限らず)
44 <a href="mailto:お乗様">21/09/11(土)23:39:58</a> [お乗様] No.845056018
>リクエストあればどうぞ(運ムンに限らず) お言葉に甘えてダイヤコスマーズを…
45 21/09/11(土)23:42:26 No.845056936
>鬱なパートは書いてて筆折りそうになるよな… レブル「」が書いてた記憶喪失の悪夢回は本当にブルーみたく吐きそうになりながら出力したのかな…
46 21/09/11(土)23:45:56 No.845058472
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
47 <a href="mailto:お乗様">21/09/11(土)23:46:32</a> [お乗様] No.845058739
>1631371556032.png かたじけねえ…
48 <a href="mailto:レブル「」">21/09/11(土)23:48:47</a> [レブル「」] No.845059648
>>鬱なパートは書いてて筆折りそうになるよな… >レブル「」が書いてた記憶喪失の悪夢回は本当にブルーみたく吐きそうになりながら出力したのかな… 吐きそうまではいかないけどブルーに釣られてだいぶ凹みました その心へのダメージが文章に反映されてまた凹んでとなって 自分の文章で心折れかけました 話に必要だしその後現在ではラブラブなパートあるとはいえカプが破局したシーン書いてたのでダメージがデカかった あともうちょっとそのパート続いてたらやばかったですね…
49 21/09/11(土)23:55:30 No.845062667
お乗様に便乗してレッドの衣装のブルーが見たいです
50 <a href="mailto:s">21/09/11(土)23:56:36</a> [s] No.845063113
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
51 21/09/11(土)23:57:47 No.845063648
>1631372196467.png 鬱のサンは運ムン「」には悪いけどもっと見てみたいかも…
52 21/09/11(土)23:59:48 No.845064459
>吐きそうまではいかないけどブルーに釣られてだいぶ凹みました >その心へのダメージが文章に反映されてまた凹んでとなって >自分の文章で心折れかけました >話に必要だしその後現在ではラブラブなパートあるとはいえカプが破局したシーン書いてたのでダメージがデカかった >あともうちょっとそのパート続いてたらやばかったですね… やっぱり推しカプを自分で壊すダメージって凄まじいんですね…あの悪夢パートは他作とのギャップもあってリアタイで(うおぉ…)ってなったのを覚えてるので自分もいつかシリアスなダメージが与えれる文を書きたいです
53 <a href="mailto:s">21/09/12(日)00:01:51</a> [s] No.845065379
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
54 21/09/12(日)00:02:35 No.845065689
>1631372511846.png ありがとうございます! 悪戯っぽく舌だしてるのがらしい!
55 21/09/12(日)00:04:20 No.845066454
>>1631372511846.png >悪戯っぽく舌だしてるのがらしい! この文で勝手に拝借されて「あれオレの服どこ!?」ってパンツ一丁で慌ててるレッドさんを幻視しました
56 <a href="mailto:s">21/09/12(日)00:04:45</a> [s] No.845066654
休みだった日が悉く振出になってくので次回の予定日は未定です でも月後半の方が修羅場だから中旬までに完結させたい…