21/09/09(木)01:04:08 人を好... のスレッド詳細
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21/09/09(木)01:04:08 No.844061519
人を好きになるということは相手の二つの面を知ることだとヒシアマゾンは理路整然とした論理ではなく、肌で感じ取っている。 一つはその人物の好い面、もう一つは好くない面である。善い、悪いではない、自身と気が合う、合わない面という所が、いかにもこの暑苦しいまでに一本筋が通った女傑らしい。 しかしそんな姉御肌のウマ娘にも、どちらの面もよくわからない相手というものがいる。その一人が今、ヒシアマゾンの前に立っているアグネスタキオンであった。 「やぁ、席をご一緒してもいいかな」 と、アグネスタキオンは融けた太陽のような不思議な瞳を少し細めて、テーブルに座っている寮長へと向けた。 ヒシアマゾンが座っているのは、多くのウマ娘でにぎわっているカフェテリアのその隅の小さな二人掛けのテーブルで、様々なウマ娘から慕われるこのウマ娘にしては珍しく一人での昼食だった。 「……あぁ、もちろん構わないよ。座りな」 (へぇ) と思ったのはタキオンである。どんなウマ娘にも変わらぬ面倒見の良さを見せることで評判の彼女が、どうにも何処かよそよそしい。
1 21/09/09(木)01:05:16 No.844061790
(もしかしたら、何か薬品でも持っている弁当の中に混ぜ込まれるのではないかと思われているのかもしれないねぇ) そんなことを思いつつ、席に座りながらその考えに自嘲した。そもそもそれは風評の類ではなく、ただの事実で、実際そんな前科が数えきれないほどもある。 「アンタ、弁当作れたんだね……」 だが、そんなマッドサイエンティストの考えは外れていた。よそよそしいというより、食など興味がない、研究の邪魔になるとまで言っていたらしいタキオンがカフェテリアや購買のものではない、弁当を持っている。それが意外なだけだった。。 「いや、これは」 それにタキオンも気づいたのだろう、くつくつと笑いがこらえきれずに飛び出した。 「トレーナー君だよ。彼から渡されている。カフェテリアに弁当を持ってきたのは初めてだから、そう思われても仕方がないか」 普段は研究室という名の不法占拠のように居座っている理科室などでタキオンは弁当を開ける。食べながらでも研究に没頭したいからであるが、今日そこにいないのは、異臭騒ぎを起こしてしまって入ることも儘ならないからという、同席相手が聞いたら椅子からずり落ちそうな何ともな理由であった。
2 21/09/09(木)01:05:41 No.844061913
「めっきり、カフェテリアに姿を見ないと思ったらそういうワケか。へぇぇ」 タキオンが大きな弁当の蓋を開けてみれば、中身はかなりシンプルでおにぎりが詰められているだけである。 しかし、一つかじれば中からたっぷりと入ったおにぎりと合う具材が入っていて、中には上手く味付けされている野菜などもあってバランスもいい。 (こりゃあ、相当手間かけてるね) 家事慣れしているヒシアマゾンがそれら一つ一つを作るための手間を頭の中で浮かべて、感心した。ただでさえ忙しいトレーナー業の暇を盗んでこれを作るには、いったい何時に寝て何時に起きねばいけないか。 「愛だねぇ……」 「愛?」 思わずつぶやいたヒシアマ姐さんに、うん、うん、と言いながら箸を進めていたタキオンが顔を上げた。 「これに愛が入っているのかい?」 「決まってんだろう? じゃないと、こんな手間がかかった弁当は作れないよ!」 「なるほどねぇ、それってどうやるんだい?」 へ、という顔をヒシアマはした。最初は弁当の作り方を聞いてきたのかと思ったが、どうやら違う。愛情の入れ方を聞いているらしい。
3 21/09/09(木)01:06:52 No.844062229
「私は最近、人体に作用する感情というものに興味を持っていてね。愛が込められているのならば、いったいどうやって概念的な感情をこの料理たちに入れ込むんだい?」 「変なことを聞く子だなぁ、アンタも」 呆れというより、根っからの研究者肌のタキオンに関心しているような声色だった。 タキオンも、別に愛の祈りを捧げれば料理が美味になるとは信じていない。しかしこの数年間でタキオンの舌はすっかり自分のトレーナーの作る料理の味に染まってしまって、時たま外食をしたりするとなんだか味気なく感じてしまう。これがタキオンにとっては不思議で堪らない。 「料理も立派な化学だ。この前に一回精密なレシピを貰って、スカーレット君に分量1グラム、所要時間一秒も誤差なく作ってもらったが、やはり味は違った。まったく興味深いよ」 「アンタは理屈で考えてるからいけないんだ。いいかい、料理ってのはタイマンだ! 相手の事を知って、どうやったら食べてもらえるか、健康に良く出来るか、そういう事を考えていたら、入っちまうもんなのさ! 例えば、この弁当も……あっ」
4 21/09/09(木)01:07:21 No.844062366
ぱっと話しながら自分の弁当の蓋を開けたヒシアマゾンは、数秒してからその中身を思い出してまたそっとふたを閉めた。 「へぇ、自分で自分を作ったのかい? まるでフラスコの中の小人と言うべきか、ユニークじゃないか」 「いや、これは……その、ウチのトレ公が作って……あぁ、もう! 誰にも言うんじゃないよ!」 ヒシアマゾンの弁当にはデフォルメされたヒシアマゾンがいた。そぼろやら海苔やら色んな具材を器用に組み合わせて表現している、所謂キャラ弁というものでこれがまたハムで形作られたハートもちりばめられているのもあって可愛らしい。 「今日はトレ公と弁当でのタイマンしててね、フジからお題は相手を驚かすものって言われたから何をしてくるかと思えば……前にブライアンに作ったけど、される方は意外に恥ずかしいね……」 「なるほど、確かに愛が入ってるねぇ」 タキオンの言葉に、ヒシアマは焼けた浅黒の頬をぽっと染めた。 「ばっ……何言ってるんだよ! だーかーらー人に見せるのは嫌だったんだ、こんなもん作りやがって、トレ公の野郎次見つけたらとっちめてやる」 「それならちょうどいい、ほら機会が来たようだよ」
5 21/09/09(木)01:08:08 No.844062567
え? と、行儀悪くタキオンが向けた箸の先をヒシアマ姐さんが見てみると、ちょうど少し遠くのテーブルに自分のトレーナーを見つけた。隣にはタキオンのトレーナーもいる。 その顔を見たとたん、女傑と呼ばれるウマ娘からさっきまであった文句なんかがするりとどこかに流れてしまい、不思議な高揚感と恥ずかしさだけが残って、顔を合わせに行こうとすると顔が熱くなって脚が動かない。 タキオンというと、自分のトレーナーもいたからだろう。耳をピンと立てて顔を向けている。ウマ娘ならだれでも盗み聞きをしているのだと分かった。 ウマ娘の耳というのは大きく、自由が利く。器用に動かせば喧騒の中でも、目当ての声を聴き分けることができた。 「あぁ、気にしないでくれたまえ。自分のモルモットを観察するのはいわば研究者の役目みたいなものだ」 と、止められるかと思ったタキオンが人格を疑われそうなことを言ったが、ヒシアマというとタキオンの前に耳をすましていて元より何も聞いていないらしい。 「いやぁ、今日も光っているねぇ」
6 21/09/09(木)01:08:37 No.844062705
そんなことを言ったのは、ヒシアマゾンのトレーナーだった。ヒシアマたちの同期を担当するトレーナーの中では少しばかり年長で、飄々とした声の中に渋さがあって、これが年上好きのウマ娘に人気がある。 「すいません、食事の邪魔じゃなければいいんですが」 そう返したのは、アグネスタキオンのトレーナーである。人の好さそうな声で、何処か人懐っこさを感じさせる。が、大腿骨の部分から発せられる青色の光のせいで、近づく者はまずいない。 「いやいや、君がどうにもないならそれでいいんだけどさ。しかしまぁ、担当が来いと言ったら行き、やれと言ったらやり、飲めと言ったら飲む。此処まで担当のいうことを聞くトレーナーはまずいないんじゃないかな。君、揶揄好きのトレーナー連中からなんて言われてるか知ってるかい?」 「マッドサイエンティストと哀れなモルモットとかですか?」 「関白な亭主とそれと結婚した哀れな奥さん」 それを聞いてぶふっと笑ったのはタキオンだった。このウマ娘は自分の悪評やらなんやらを客観的にみて、それを楽しむまでの豪胆さを持ち合わせている。 「酷いなぁ」
7 21/09/09(木)01:09:29 No.844062961
「ハハハ。でもまぁ、俺も気になるよ。君、弁当だけじゃなくて朝も夜も作ったりするんだろう? 自分の部屋まで貸す時もあると聞く。どうしてそこまで?」 「別に、俺は彼女のためなら何でもやるってだけです。そう約束しましたし、そういう契約ですから」 「ははぁ。ちなみにかこつけて、そのまま結婚でもしろと言われたらどうする?」 「しますよ」 何ともないようにそう言ったので、思わず全員が動きを止めた。タキオンでさえ、目を丸くしている。 「タキオンの果てを見れるなら、何でもします。俺の人生ぐらいあげたって別にかまわない」 融けた太陽のような男の瞳が、此処ではない、どこか違う風景を見ていた。 「タキオン、アンタのトレーナーいったいどうしちまったんだい?」 「ハッハッハ。どうかしてしまっているんだよ、彼は」 そういって微笑むタキオンの頬は少しだけ上気していて、アマゾンは人並みにそんな感情を向けられる相手がいたことに驚いた。普段の行動からは思いつかないが、やはり乙女の内なのだと少しだけ自分と同じ面を持つことに安堵さえしている。 「なるほどね。君は一人を一途に愛せる人らしい」 「……弁当、食べないんですか?」
8 21/09/09(木)01:10:48 No.844063334
その言葉に少しだけ顔を赤くしたタキオンのトレーナーが話題を変えると、ヒシアマ姐さんのトレーナーは露骨に頬を緩ませて弁当を玉手箱のように撫でた。 「そうだったそうだった。今日はヒシアマとの弁当対決の日でね、これが楽しみで楽しみで」 「またタイマンですか、好きですねあなたも」 「本当にいい子だよ。面倒見がいいし、家事なんて達人だし、親しまれてて、優しい、でも豪快で、根気がある。十歳ぐらい遅く生まれてたらなぁ、絶対逃がさないのに。世の中の男子高校生は何やってるんだ」 タキオンのトレーナーからしたら、タイマン好きのことを言ったのだが、それから飛躍してヒシアマゾンの魅力ばかり語るものだから当の本人は耳から湯気が出そうになるまで顔を赤くしてしまった。 しかしそれよりも、気になるのは弁当の方のようで、開けるときをいまいか今かと待っている。タキオンはすでに平らげた弁当に蓋をして面白そうにそれを観察していた。 「さて、と。今日は勝つ自信があるがさて……」
9 21/09/09(木)01:11:20 No.844063468
ヒシアマゾンのトレーナーが、にやにやと笑いながら二段重ねの弁当を開けてみると、そこにはシンプルな和食で揃えられた具材たちがあった。焼き鮭や人参の甘煮、ひじきやしいたけ、れんこん。どれも綺麗にまとまっていて思わずため息がでるほど、ホッとする。しかしトレーナーはそれだけに首を傾げた。お題とはまったく合わない。 「なんと言いますか、地味ですね。勝負放棄でしょうか」 「いやぁ彼女はそんなことは絶対にしないだろう。うーん、弁当を間違えたとか……」 そうして白飯が詰まっているだろう二段目を開けた時、トレーナー達は固まった。それを察したのだろう、ヒシアマ姐さんの尻尾も大きくフリフリと揺れた。 二段目のご飯にはふりかけがかかっていた。しかしそれは立派に大きくハートの形になっている。一片たりとも一段目の素朴さと、ヒシアマゾンの性格からは想像できない光景だった。 「いやぁ……ヒシアマには勝てないなぁ。フジキセキ君の入れ知恵だとしても、なんというか本当に驚いた。一生彼女には勝てない気がする」 「結婚でも申し込みますか?」 「そうしちゃおうかなぁ」
10 21/09/09(木)01:11:51 No.844063589
そんなことを言いながら、笑い合うトレーナーを他所に、弁当箱の中身までは見えないタキオンが赤くなった顔を誰にも見せないように俯いて震えているヒシアマ姐さんに声をかけた。 「どうやら、君の勝ちらしいよ。一体弁当に何を入れたんだい? 愛かい?」 女傑はただ無言で一つ頷いた。 まだまだ秋の入り口だというのに、春が来そうな予感が誰の肌にも感じられる、不思議な午後だった。
11 <a href="mailto:s">21/09/09(木)01:13:19</a> [s] No.844063958
自分のいない所で自分の事を話すトレーナーを見たウマ娘学会の者でしたがヒシアマさんのトレーナー像は完全に自分の趣味ですヒシアマ姐さんはなんだか年の差婚しそうで…
12 21/09/09(木)01:14:40 No.844064301
モルモット君やっぱタキオンよりおかしいな…
13 21/09/09(木)01:15:40 No.844064576
トレセンは……お見合い会場や…
14 21/09/09(木)01:15:45 No.844064596
良い……
15 21/09/09(木)01:16:35 No.844064809
ヒシアマ姐さんの育成シナリオだと全然年上感ないけどなヒシアマトレ
16 21/09/09(木)01:16:59 No.844064914
ヒシアマ姐さんこのトレーナーと結ばれようと思ったら苦労しそうだな…
17 21/09/09(木)01:18:04 No.844065152
>そんなことを言ったのは、ヒシアマゾンのトレーナーだった。ヒシアマたちの同期を担当するトレーナーの中では少しばかり年長で、飄々とした声の中に渋さがあって、これが年上好きのウマ娘に人気がある。 こんなトレーナーでも初詣で手をベタベタにするしシャツのボタンは取れるしヒシアマ姐さんに指一本で腕相撲に負けるんだな…
18 21/09/09(木)01:18:24 No.844065225
オカンみたいな女の子には それを上回るダンナをぶつけるわけか…
19 21/09/09(木)01:20:35 No.844065802
>こんなトレーナーでも初詣で手をベタベタにするしシャツのボタンは取れるしヒシアマ姐さんに指一本で腕相撲に負けるんだな… ちょっと隙のある子供心もあるけど料理も出来るダンディなトレーナー!どうです?
20 21/09/09(木)01:20:56 No.844065884
やっぱりトレセン学園はマッチング施設なのでは? 理事長代理は訝しんだ
21 21/09/09(木)01:21:12 No.844065929
やっぱトレ公とヒシアマ姐さんは結婚すべきだと思うの
22 21/09/09(木)01:25:30 No.844066933
モルモットくん果てに魅了されすぎて自分に関する優先度がタキオンより下になってるんだな…
23 21/09/09(木)01:26:29 No.844067147
監禁薬物実験すら許可する男だ 面構えが違う
24 21/09/09(木)01:30:25 No.844067977
常識のない狂人と常識を語れる狂人どっちがヤバいかって話しだからな…
25 21/09/09(木)01:30:29 No.844067987
モルモットくんは愛にも狂っているね…いい…
26 21/09/09(木)01:44:23 No.844070737
ヒシアマ姉さんいい…
27 21/09/09(木)01:54:37 No.844072502
破れ鍋に綴じ蓋すぎる…
28 21/09/09(木)02:02:43 No.844073832
好きな雰囲気だ
29 21/09/09(木)02:04:16 No.844074044
こういうの好きだよ
30 21/09/09(木)02:07:05 No.844074531
>融けた太陽のような男の瞳が、此処ではない、どこか違う風景を見ていた。 タキオンの走りを初めて見たときのこととか思い出してたんだろうな…