虹裏img歴史資料館

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21/09/06(月)01:02:42 9月下旬... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1630857762864.png 21/09/06(月)01:02:42 No.843092877

9月下旬、日曜日。東京都内。天候は曇り。ある総合病院の前。 赤色のトヨタ・シエンタが駐車場に停車した。 まだ熱さの残るこの年の9月だったが、なぜだろう、この日は妙に肌寒かった。冬にはまだ早いにも関わらず、その匂いが近づいてくるように、季節の香りは遠ざかり、そして少しだけ寂しさをもたらすような風が吹く。 「着いたよ、マベちゃん」 運転席に座った彼女はそう言った。 「ありがとね、トレーナーちゃん」 助手席に座ったマーベラスサンデーがそう答える。 宝塚記念の骨折の後、しばらく車椅子生活が続いていた彼女であるが、ようやく松葉杖で身体を動かせるまでに、骨の具合は快方へ向かっていた。 エンジンが切られた車内。二人はそう言ったきり、外に出ようとしない。今日は彼女の診察の日ではなかった。あるウマ娘の見舞いのため、この病院に訪れたのだ。

1 21/09/06(月)01:02:58 No.843092961

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2 21/09/06(月)01:03:56 No.843093270

そしてそれは2人にとって、足取りの重たいもののようだった。正確に言えば、足取りが重たいというより、そのウマ娘と会うのに覚悟がいる、と言ったほうが正確かもしれない。希望と情熱をもってフランスに渡ったのに、目的の凱旋門賞の前哨戦の最中に故障してしまい、無念の帰国をしたウマ娘、スリゼローレルと面談することが。 「あのさ、トレーナーちゃん」 「何、マベちゃん」 「お願いがあるんだけど」 「うん」 そこまで会話をかわすが、沈黙が訪れる。 お互い視線を合わせない。トレーナーはハンドルに手を掛け、フロントガラスの先をぼんやり眺め、マーベラスサンデーはダッシュボードを見つめたきりで。 どのくらい時間が経過しただろう。30秒だろうか、1分だろうか、5分だろうか。エンジンを切ったため車内の時計の液晶画面は消えている。ただ、時間をどれだか重要という訳ではない。2人にとって大切なこと。それは現実と向き合うことのようだった。

3 21/09/06(月)01:04:22 No.843093405

そしてようやくマーベラスサンデーが言葉を切り出した。 「今日はね」 「うん」 「1人で行きたいんだ、お見舞い」 その言葉に、マーベラスサンデーの顔を見つめるトレーナー。彼女の方を向いた瞬間、すでに彼女の顔を見ていたマーベラスサンデーと目が合った。 そこに宿っていたのは強い光。瞳がいつもの金星色でなく、あたかも太陽のような光を帯びて輝いていた。 「そう」 それを見たトレーナーは優しく微笑み、彼女の頭に左手をふんわりと乗せた。 「行っといで」 そう彼女が言うと 「ありがと」 マーベラスサンデーも歯を見せてにっこり笑った。 そしてマーベラスサンデーはドアを開ける。トレーナーも車外に出ると、後部座席に置いた松葉杖を取り出し、助手席側に回ってマーベラスサンデーの立ち上がる補助をした。 「じゃ、ちょっと待っててね」 そう言ってマーベラスサンデーはゆっくりと、病院の方へ向かって歩き出す。その後姿をいつまでもトレーナーは見続けていた。

4 21/09/06(月)01:04:53 No.843093535

スリゼローレルの病室の前についたマーベラスサンデーは、彼女には珍しく、心に若干のためらいを持っているようだった。 いつものようにすぐに部屋に入ることなく、廊下に留まり続けている。何時まで経っても部屋に入ろうとせず、ただドアに手を掛けるだけで。 鼻孔に漂う消毒液と病人の香り。それが鼻の奥まで届いてしまう程の時間が経つ。 だが何時まで経ってもそうしている訳にはいかない。そう考え、少しだけ彼女は深呼吸をすると、遂にドアをスライドさせる。 そして一歩だけ足を病室内に入れて 「先輩、マーベラスです」 カーテンで覆われたベッドに声を掛けた。 「マベちゃん?」 「はい」 「どうしたの?」 「お見舞いです。そっちに行ってもいいですか?」

5 21/09/06(月)01:05:19 No.843093649

マーベラスサンデーの言葉に 「ちょっと待ってね」 とスリゼローレルは言うと、少しだけ物音がして 「どうぞ」 とマーベラスサンデーに声を掛けた。 ピンクのカーテンをマーベラスサンデーが開くと 「こんにちは、マベちゃん」 ベッドに腰かけたスリゼローレルが、マーベラスサンデーに話しかける。その顔はどこか穏やかなものだった。 「こんにちは、ローレル先輩」 マーベラスサンデーもそれに応えてやさしく微笑んだ。

6 21/09/06(月)01:05:49 No.843093761

スリゼローレルはマーベラスサンデーの全身を見て 「車椅子はもう卒業?」 と話しかける。 「うん、だいぶ良くなったの」 そう答えたマーベラスサンデーに 「良かったね」 と言葉を掛ける。そしてベッドから身体をずらし壁に掛けられたパイプ椅子を手に取ろうとした。 「大丈夫だよ、先輩!」 それを制するようにマーベラスサンデーは声を張り、急いでパイプ椅子の方に松葉杖で歩き進める。 「その脚じゃまだ無理でしょ」 「そんなことないって!」 ひと問答をした後。結局マーベラスサンデーがパイプ椅子を強奪するように手にし、どうにか広げて腰を落ち着けた。 「強引なんだから」 「先輩だって」

7 21/09/06(月)01:06:13 No.843093884

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8 21/09/06(月)01:06:37 No.843093982

そうお互いに息を切らして言った後 「ふふっ…」 「…あははッ☆」 お互いに顔を見せて笑いあった。 そして 「どうなの、ローレル先輩。脚の方は」 単刀直入にマーベラスサンデーが問いかけた。 「そうねぇ…」 そう困ったようにスリゼローレルは微笑む。だが微笑むばかりで、中々言葉が出てこないようだった。 「どうしたものかなぁ…」 彼女は言葉をつづけ、手で布団を握ったり離したり、手遊びをしながらただ俯く。

9 21/09/06(月)01:06:55 No.843094060

そして少しだけ諦めたように笑い、そしてため息をつき 「屈腱炎、なんだって」 と一言言った。 マーベラスサンデーはその言葉を黙って聞いていた。屈腱炎。それは脚の腱繊維が一部断絶し、患部に発熱と腫れと張りをもたらす病気。 何よりも厄介なのが、再発しやすく完治の可能性が限りなく低いこと。レースに臨むウマ娘にとって競技生活を諦めざるを得ない病気の一つである。 「ごめんね、マベちゃん」 何も悪くないのに彼女はマーベラスサンデーに謝罪の言葉を掛けた。そして涙目になりながら彼女はどうにか笑みを作り 「今度こそ、もうダメみたい」 と、マーベラスサンデーに語り掛けた。

10 21/09/06(月)01:07:25 No.843094200

マーベラスサンデーを待っている間、手持ち無沙汰になったトレーナーは、病院内の売店に向かい、カップコーヒーを買うと、中庭へ足を進めた。落ち着いてコーヒーが飲めるところはないかな、と探すとベンチが開いているのに気が付いた。そこでベンチに向かい腰を下ろす。 「急に…寒くなったなぁ…」 そうつぶやくとコーヒーを一口口につける。 よく焦げたドリップコーヒーの香りが鼻孔をくすぐり、暖かいコーヒーが喉を通る。胃に辿り着いた熱量がすぐにぬくもりとなり身体を内から温める。 「ふぅ…」 一息つくと不意にマーベラスサンデーのことが頭によぎった。スリゼローレルとどんな話をしているんだろう。そう頭の中で考える。

11 21/09/06(月)01:07:47 No.843094284

実のところ、マーベラスサンデーには伝えていなかったが、スリゼローレルが屈腱炎であることは彼女は既に知っていた。なぜかといえばトレーナーだからという答えに終始する。トレセン学園に属したウマ娘の情報であれば、トレーナーであればある程度は把握できる。特に彼女を教えるトレーナーと仲のいい彼女だ。それを知ったのは、彼女が帰国して割と早い段階からだった。しかし、マーベラスサンデーにその話はしなかった。終生のライバルで大親友である、スリゼローレルの病状をただ話すには、重すぎる話だと思ったから。 そんな最中 「なにこれ~」 と駄々をこねたような声がするのに気が付いた。 ふとその方向を見ると、1人の少年がベンチに座り、何やら銀色の四角い機械をこねくり回しているようだった。 最初は無視しようと考えていた彼女だが、苛ついた声を何度もあげ、癇癪を起そうとしている少年の態度を見て、 「仕方ないなぁ…」 とため息をついてベンチを立ち上がった。

12 21/09/06(月)01:08:06 No.843094361

そして彼の方に歩むと 「どうしたの、ボク?」 と声を掛ける。 「あ」 知らない大人に声を掛けられ、真ん丸な瞳が驚いたように彼女を見上げた。 トレーナーがその機械を見て 「なんだ、ラジオじゃない」 と一言。 「どうしたの、それ」 と問いかけると 「病院にね、おじいちゃんが入院してるんだけど、もらったの。おかあさんがしばらくこれで、遊んでなさいって」 「そっか」 その言葉でなんとなく状況を察したトレーナーである。込み入った話があるか、落ち着かない子どもを同伴させるのを見かねたんだろう、と。

13 21/09/06(月)01:08:29 No.843094457

「ちょっと貸して」 「え?」 「使い方分かるから」 トレーナーの言葉に少しためらいながらも、おずおずと少年はラジオを差し出した。 手に持ったラジオを少し眺めると、すぐに電源スイッチがあることにトレーナーは気づき、それをオンにする。 そしてチューニングを合わせ、アンテナを伸ばすと 「はい」 と少年にラジオを返した。 「それ、音楽を聴く機械なの。ここのダイヤルでチャンネルを合わせられるから、あとは自分でやってみて」 「これってあいふぉん?」 「iPhoneじゃないかな…」 「じゃあなんなの?」 「ラジオっていうの」

14 21/09/06(月)01:09:45 No.843094752

その言葉に 「ふーん…」 と少年は言い、手に渡された銀色のラジオを眺めた。 『今日のリクエストナンバーの時間です。久しぶりに懐かしい曲がリクエストされました。今日のような日曜日にぴったりの曲です。それではいきましょう』 ラジオのMCがそう話し出す。 そして曲が流れだした。静かな病院の中庭に、陽気な音楽が。天に向かうように響き渡り始めた。

15 21/09/06(月)01:10:07 No.843094841

同時間、スリゼローレルの病室にて。 「治るよ」 マーベラスサンデーは屈腱炎だと告げたスリゼローレルにそう言い放った。 「絶対。絶対治るよ、ローレル先輩」 なおも言葉を強める彼女に、スリゼローレルの瞳が向く 「なに…」 そして出てきた言葉は嗚咽交じりのもの。 「何言ってんの!!!ふざけないでよ!!!」 そのままの勢いにスリゼローレルは感情を爆発させた。 先程の笑みもどこにもない。瞳からは涙を流し、悲しみの青色に満ちて。その顔は悲壮そのもの。そんな彼女の顔を見てもマーベラスサンデーの表情は平然としたものだった。

16 21/09/06(月)01:10:51 No.843095027

「私が!!!私が一番悔しいの!!!あとちょっとだったのに…あと、あと少しで…!!!」 その先の言葉を彼女は言えずにいた。泣き声が邪魔をする。胸からこみあげる感情が、その言葉を言うのを良しとしない。 それでも、言わずにはいられなかった。無神経な言葉を掛ける大親友に。その言葉を、彼女自身の心中を、吐露しなければ気が済まなかった。 「あとすこしで…!!!お父さんとお母さんの故郷で走れたのに……!!!」 そこまで言って彼女は泣きだした。決壊を起こしたダムのように、彼女の涙がとめどなく流れる。 「見せたかった…!!!お父さんにも…お母さんにも…!!!ローレルは凱旋門を走りますって!!!故郷で走りますって…!!!でもそれももうダメ……。もうダメなの……。もう走れないの……!!!」 そこまで言って彼女は布団に突っ伏した。嗚咽と涙と鼻水に溢れ、感情の波を制御できず、その大瀑布に溺れていくかのように。 マーベラスサンデーの表情はそんな感情を前にしても冷静そのものだった。いや、冷静になろうとしていた。

17 21/09/06(月)01:11:46 No.843095280

彼女にもスリゼローレルの気持ちは痛いほど分かった。何度も骨折をしたトレセン学園。それ以前からずっと病弱だった自分自身。いつも気づけばひとりぼっちだった。いつも病気が、怪我が足を引っ張った。忘れたころにやってきて、大事な機会も思い出を作る時も、何もかもをすべて奪い去り、ただ無為に時間だけを過ごすのを強いるそれを憎んでいた。 だがそれは、どうしようもないことだった。病気を憎んでも消えるわけでない。怪我を嫌ってもなる時にはなる。そうやって諦めて、切り替えて、悩むのを止めてここまでやってきた。 それでも尚、諦めることを辞めないのなら、必ず世界が振り返ってくれると、そう信じて。 世界を革命することが、マーベラスな世界に辿り着けると心に刻んで。 「先輩、アタシね。有マ記念に出る」 唐突にマーベラスサンデーはそう彼女に切り出した。 「え…?」 「それでね、絶対に勝つの」 笑顔でマーベラスサンデーはそうスリゼローレルに決意を伝える。

18 21/09/06(月)01:12:13 No.843095387

「で、でもマベちゃんは…」 彼女の怪我の事。重篤な骨折のことはスリゼローレルも知っている。 骨折が癒えるのは11月。しかし身体に埋め込まれたチタンボルトを取ることは出来ない。取れるのは骨折から1年後を目途だと聞いている。つまり来年の6月だ。 病み上がり。練習不足。そしてボルトの入った身体。全てが無理で無駄で無謀に思える条件ばかり。 それでも、マーベラスサンデーの決心は揺るがない。 「だから、約束してよ。ローレル先輩、お願い。絶対に勝って、必ず一着を取るから。ローレル先輩も走るのを諦めないで」 ふと窓の外の重い雲から光の切れ目が覗いた。 そして、病院のどこかで歌が鳴り響く。 『リクエストナンバーは、日曜日よりの使者』 ラジオMCがそう告げて、曲は流れ出す。

19 21/09/06(月)01:13:02 No.843095589

『このまま どこか遠く 連れてってくれないか  君は 君こそは 日曜日よりの使者  たとえば 世界中が どしゃ降りの雨だろうと  ゲラゲラ 笑える 日曜日よりの使者  きのうの夜に飲んだ グラスに飛び込んで  浮き輪を浮かべた 日曜日よりの使者  適当な嘘をついて その場を切り抜けて  誰一人 傷つけない 日曜日よりの使者

20 21/09/06(月)01:13:25 No.843095687

流れ星が たどり着いたのは  悲しみが沈む 西の空  そして東から昇ってくるものを  迎えに行くんだろ 日曜日よりの使者  たとえばこの街が 僕を欲しがっても  今すぐ出かけよう 日曜日よりの使者』 スリゼローレルはマーベラスサンデーの顔を改めて見上げた。 満身創痍のウマ娘に宿った瞳の奥に、力強い超新星のような熱量がうずまいているのを、この時彼女は強く意識したのだった。

21 21/09/06(月)01:14:34 No.843095969

こんな話を私は読みたい 文章の距離適性があってないのでこれにて失礼する 次走の有マ記念で長かったマーベラスサンデーの話は終わりを迎えます 明日の0時には書ききるつもりです 最後までお付き合いいただきますようお願いいたします fu316116.txt いままでのやつ

22 21/09/06(月)01:23:20 No.843097908

モンゴルくらいの距離適性か貴様ッッッ

23 21/09/06(月)01:26:52 No.843098691

完結するの凄えわ

24 21/09/06(月)01:29:38 No.843099300

本当にここまで長かったなぁ 遂に終わりか…

25 21/09/06(月)01:38:19 No.843101270

いいレースを

26 21/09/06(月)01:38:46 No.843101365

待ってる待ってる この密度で書き続けてるの本当凄いわ

27 21/09/06(月)01:40:36 No.843101777

マーベラスな日曜日を迎えに行かなきゃね

28 21/09/06(月)01:44:30 No.843102677

初めてじゃない? マベちゃんがレースで勝つって言ったの

29 21/09/06(月)01:46:58 No.843103267

秋天を最終話にするとばかり思ってたからこれはやられた

30 21/09/06(月)02:10:33 No.843107818

もうすぐ終わってしまうのか…いいものをありがとう…

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